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アメリカ第29代大統領ウォレン・ハーディングについて

アメリカ合衆国の大統領シリーズ、第28回目は、第29代大統領を務めたウォレン・ハーディングです。ウォレン・ハーディング は、初めて、上院議員の現職中に大統領に選出された人物です。

公務員採用試験の「外交」や「歴史」で押さえておきたいテーマです。

2019年10月11日更新

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目次
はじめに
「ウォレン・ハーディング」のプロフィール
「ウォレン・ハーディング」の経歴
ポイント1:予算会計法
ポイント2:ティーポット・ドーム事件
ポイント3:ワシントン海軍軍縮会議
まとめ
ウォレン・ハーディングに関する豆知識

はじめに

1921年3月から1923年8月までアメリカ第29代大統領を務めたウォレン・ハーディングは、大統領在職中に病に倒れ、政治手腕を存分に発揮することなくこの世を去りました。

アメリカを第一優先に考える政策や、有能な人材を抜擢することに長けていたウォレン・ハーディングでしたが、本格的な改革に乗り出す前に命を落としたことから「アメリカ大統領史上最も活躍できなかった人物」としても知られています。今回はそんなアメリカ第29代大統領ウォレン・ハーディングについて紹介します。

「ウォレン・ハーディング」のプロフィール

ウォレン・ハーディングは1865年にオハイオ州で8人兄弟の長男として生まれ、教師の父親と医師の母親の元で暮らしました。幼い頃からアメリカ建国の父としても知られるアレクサンダー・ハミルトンに憧れを持っており、政治色が強い傾向があったとされています。

農業も営んでいた父親の手伝いをしながら学校に通ったウォレン・ハーディングは名門オハイオ・セントラル大学(現在のマスキンガム大学)に進学し、学内新聞の編集者として活躍するようになります。この経験が後に演説家や新聞社の創設に繋がり、政治家への第一歩となるのでした。

大学を卒業してからは地元で経営難に陥っていた「マリオン・デイリー・スター」という新聞社を買収し、共和党を支持する内容を盛り込んだ紙面で売り出し、経営を立て直すことに成功します。新聞の影響力が高じて、1899年にはオハイオ州議会議員に選出されています。その後、同州の副知事、連邦上院議員を務め、1921年に大統領に就任しました。

大統領就任後は保守的な政策でアメリカ第一主義を主張し、アメリカ経済がヨーロッパなどの他国からの影響を受けないほどに独立したものになることを目指しました。一方で、オハイオ州時代の友人や政治的な関係者を優遇するなどしたためスキャンダルが多かった人物としても知られています。

1923年、全国遊説のためにアラスカを訪れ、ワシントンD.C.に戻る途中に食中毒と肺炎を発症、最終的には脳梗塞が原因で大統領就任後2年目で命を落としました。

「ウォレン・ハーディング」の経歴

大統領就任まで

1865年、ウォレン・ハーディングはオハイオ州で生まれ、平均的な教育を受け、大学も社会人としても同州を拠点に生活しました。教員や農業で生計を立てていた父親が地方週刊誌の経営を始めると、ウォレン・ハーディングは新聞や書物が一般社会に与える影響について考えるようになります。

大学に進学してからは学内新聞の編集者としても活躍し、政治的な意見の主張や演説の基礎を築くようになりました。また、テレビなどのメディアがなかった時代、政府と庶民を繋げる重要なツールは新聞であり、新聞の重要性を認識したウォレン・ハーディングは大学を卒業すると同時に、友人と一緒に300ドルで経営難に陥っていた新聞社を買収します。

24歳になった1889年、ウォレン・ハーディングは自身の新聞社(マリオン・デイリー・スター)を郡内で最も影響力がある新聞にまで成長させて大成を収めます。1891年には離婚歴があった年上のフローレンスと結婚しますが、結婚生活はうまくいかず、後の大統領在職中に病に倒れたのはフローレンスによる毒殺という噂がたつほどでした。

オハイオ州屈指の新聞社の代表になったウォレン・ハーディングは、1899年にオハイオ州議会議員に選出され、1903年にはオハイオ州副知事、1915年には連邦上院議員を務めるまでになりました。第一次世界大戦後の1920年の大統領選では、民主党候補のジェイムズ・コックスを記録的な大差で破って大統領に就任します。

大統領就任後

1920年の大統領選において「A return to normalcy.(普通に戻ろう)」というスローガンで圧倒的な勝利を収めたウォレン・ハーディングでしたが、1920年頃のアメリカは第一次世界大戦による戦時バブルを始め、世界シェアが80パーセントを超えるまでに成長した自動車産業や石油産業によって好景気に湧いていました。

また、建国以降初めて人口が1億人を突破し、アメリカ国内では個人や企業が自由に利益を追求する自由放任主義が加速していきました。ウォレン・ハーディングはこのような行き過ぎたアメリカの好景気を客観的に捉え、多くの国民が望んでいた「常態または正常」への回帰を約束したのでした。

大統領就任後のウォレン・ハーディングは富裕層への減税措置や、関税引き上げなどの手法で国内産業の保護に取り組みます。一方で、議会との連携に苦労し、自身が打ち立てた政策が実らないことが続きました。また、先代の大統領であるウッドロウ・ウィルソンによって設立された国際連盟(現在の国際連合:United Nations)への参加を正式に拒否したことでも知られています。(アメリカはヨーロッパ諸国に干渉しないし、させないことを定めた「モンロー主義」が理由)

ウォレン・ハーディングの名が広く知れ渡った功績のひとつに「第一次世界大戦の正式な終結」があります。ウッドロウ・ウィルソン政権時代に調印こそしたものの、アメリカ議会の批准を得られなかったヴェルサイユ条約(第一次世界大戦におけるドイツと連合国間の講和条約)を両院合同決議に持ち込んで成立させました。

ウォレン・ハーディングは存命中、アメリカ第一主義で敵を作らないことを重視していましたが、強力なリーダーシップがなく、議会との調和に苦心した大統領でした。また、大統領在職中は地元のオハイオ州の友人や親身にしていた閣僚がスキャンダルで逮捕されるなどして評判を落としたことも事実です。

1923年6月、ウォレン・ハーディングは全国遊説に出かけた帰路で肺炎を悪化させ、命を落とします。政治家になる以前、新聞社を経営していた時の激務が祟ったことも指摘されています。現代でこそ、活躍していれば偉大な大統領になっていたに違いないと評価が見直されている人物のひとりです。

ポイント1:予算会計法

ウォレン・ハーディングは今日まで続く予算会計法を制定した大統領です。各省庁の歳入と支出を監督する権限を大統領に付与し、経済性と効率性の向上に貢献しました。予算会計法の成立によって、大統領が予算配分を統括できる法的な権限を得たことは、アメリカ政府全体に変革を起こし、革命的な仕組みになったとされています。

ウォレン・ハーディングによって正式に制定された予算会計法は、第27代大統領のウィリアム・タフトによって創設されたタフト委員会が起源になっています。現代でも予算会計法はアメリカ政治史における画期的な出来事のひとつとされ、合衆国憲法の制定と並ぶほどの大きな進展だったと言われています。

ポイント2:ティーポット・ドーム事件

ウォレン・ハーディングはスキャンダルに追われた大統領のひとりでした。なかでも、ティーポット・ドーム事件が知られています。ティーポット・ドーム事件とは、ウォレン・ハーディング政権時代に内務長官を務めていたアルバート・フォールが、海軍が保有していた油田を破格で民間業者に貸し出して裏金を得ていた汚職事件で、結果的にアルバート・フォールは収賄罪でアメリカ史上初となる内閣メンバーの懲役刑を受けました。

ティーポット・ドーム事件は、後に起こるウォーターゲート事件(1972年)が発覚するまでの間、アメリカ史上最悪の汚職事件として知られていました。この事件によって任命責任を問われたウォレン・ハーディング自身も評判を落としてしまうのでした。

ポイント3:ワシントン海軍軍縮会議

ウォレン・ハーディングは第一次世界大戦後、イギリスや日本が海軍軍拡競争でアメリカを脅かす存在になっていたことを抑制するため、海軍軍縮会議を実施し日英同盟を破棄させ、アジア太平洋地域においてアメリカ、イギリス、日本を中心にした国際協調体制を築くことを実現した人物です。

アメリカにとって脅威になりかねなかった日英の海軍を平和的に抑制したうで、なおかつアジア太平洋地域でのアメリカの影響力を維持できることに繋がったことは大きな成功だったとされています。

まとめ

ウォレン・ハーディングは大統領在任中に病に倒れたことや、周囲の人間によるスキャンダルによって評判を落としたままこの世を去った人物です。しかしながら、ウォレン・ハーディングの死後、平和的な外交や国内産業保護政策を通じた失業率の大幅な改善など、国民にとって大きな見返りをもたらした人物として再評価されています。このような背景から「アメリカ大統領史上最も活躍できなかった人物」と言われているのです。

ウォレン・ハーディングに関する豆知識

・第一次世界大戦を正式に終結させた文章に署名した際、ウォレン・ハーディングは犬と遊びながら署名し、文書を読み上げた後はすぐにゴルフに出かけたとされています。
・ウォレン・ハーディングが政治的に優遇したオハイオ州の友人や閣僚たちは、周囲から皮肉を込めて「オハイオギャング」と呼ばれていました。

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