歯科医師が語る「歯科医師過剰問題」 – 原因とその影響、これからの展望

近年歯科医師が増え、それに伴い歯科医院が増加の一途をたどっているのはなぜでしょうか。その原因や、なぜ医師は不足傾向なのに歯科医師は過剰傾向なのか、また、これから見直される歯科業界の展望などについてご紹介します。


はじめに

突然ですが皆さんは街中で歯科医院をどのくらい見かけるでしょうか。

近年、歯科医院は増加の一途をたどっており「歯科医師過剰問題」とも言われるようになりました。

歯科医師として働く私が、今回はなぜここまで歯科医師が増え歯科医院の乱立が起きているのか、それが私たちにとってどのような影響を及ぼすのかをご紹介したいと思います。

歯科医師過剰問題は目に見えていたこと

歯科医師を育成するための大学というのは歯科大学や歯学部のある大学です。日本国内には29の歯科大学があり、毎年約3000人の学生が国家試験を受験しています。

2000年ほどまでは全体の国家試験の合格率は85%程度で推移していました。数にすると約2700人ほどです。歯科医師免許に年齢制限はないので毎年2700人ほど歯科医師が増えていたという計算になります。

少子高齢化が進み人口は尻すぼみであると予想されていたのにも関わらず歯科医師数は年々増加の一途をたどっているというのは昔から分かっていたことでした。

手を打たない国、警鐘を鳴らすメディア

歯科医師数を管理する厚生労働省も歯科大学を管理する文部科学省もこの問題に対して対処をしませんでした。

あの時対処をしていれば…と悔やまれます。

時は流れ2010年代にもなるとメディアが歯科医師数過剰問題を取り上げ始めました。さらには歯科医師の5人に1人が年収300万円以下のワーキングプアであるとも報道をします。

教育機関では問題を取り上げた結果として歯科医師の人気が下がり歯科大学の定員割れが起きました。

これが2000年くらいから今に至る20年弱の出来事です。


定員割れをする私立。入学者を入れる作戦は?

私立歯科大学の経営は主に文部科学省の私学助成金制度と生徒一人一人からもらう学費(授業料)、そして経営している付属病院の収益で成り立っています。その中でもメイン収入なのが学費ですが、定員割れを起こすと必然的に学費の収入も下がってしまいます。定員割れが日常的に起こっている今、私立歯学部は学生を呼ぶことに必死です。

では、どのようにしたら学生が集まるのでしょうか。

それは歯科医師国家試験の合格率を上げることです。

歯科医師国家試験の合格率は後述でも紹介しますが年々低下傾向にあります。合格率が低下している中で、私立歯学部は大手予備校のように合格率を前面に出すことで大学としてのブランド価値を保とうとしているのです。

では、具体的にどのようにして合格率を上げているのかという話をします。

結局のところ大学の偏差値というのは一気に上げることはできなくて、何十年もかけて上がっていくものです。それなので大学に入ってくる学生の質や基礎学力には大きな差がありません。どこで差をつけて合格率を上げるのかというと卒業人数です。歯科医師国家試験の受験資格は歯科大学を卒業したもの及び卒業見込みのものに与えられます。

そのため、国家試験前に各歯科大学は卒業試験というものを実施し卒業者を決定してから試験会場へ送り込むのです。

各大学の合格率はこの卒業人数の中から何人が合格したかという計算方法で出されます。言ってしまえば卒業人数が少なければ少ないほど合格率が上がる可能性が高くなるのです。

実際問題、このように卒業人数を例年よりも大きく絞ることで過去最大の合格率を上げている私立大学があります。

さらに学生数が少ない私立大学は学内進級を厳しく設定していることも多く、毎年大学全体で100人を超える学生を留年させている私立大学もあります。18歳からの貴重な6年間で安くても約2000万円の授業料を払った先に待っているのは一体何でしょうか。

歯科医師国家試験の難易度

歯科医師国家試験は年1回厚生労働省主管の元で開催されています。約3000人が受験し2700人ほど合格していた時代が続いていたため歯科医師数はグングン伸びていったとすでに紹介しましたが、現在の歯科医師国家試験はどうなのでしょうか。

現在は、歯科医師過剰問題を受け合格率の引き下げに厚生労働省の役人達が奮闘しています。ここ数年の合格率は85%から大きく下がり65%ほどになりました。

今後も合格率の引き下げは行われないという見方が強いですが、難易度はさらに上がり、多浪生に対しては司法書士試験と同じで受験回数制限を設けるとの話も出てきています。

なぜ医師は不足傾向なのに歯科医師は過剰傾向なのか

まず根本からの話になりますが「歯科医師も医師だから内科とかやればいいのに」といった意見を年に何回か聞くことがあります。しかしながら歯科医師は医師とは全くの別物なのです。歯科医師は歯科医師免許で歯科のみ診療することができます。変わって医師は医師免許一つで内科や外科、小児科、皮膚科、眼科など多岐に渡り診療することができるのです。

ではなぜ医師は不足傾向で歯科医師は過剰になってしまったのかという問題です。


前述の通り医師は一つの免許で複数の科で診療することができますが、歯科医師は歯科のみの診療になります。これが一番の原因だといえます。

平成26年度調査の医師・歯科医師数調査(厚生労働省調べ)を見ると医師数は約30万人、歯科医師数は約10万人となっています。歯科だけで約10万人という数字はどこの科よりも群を抜いている数字で、医科で最も従事者が多いと言われる内科でさえ約6万人です。さらには歯科への受診率の悪さがこの問題の要因の一つとしてあげることができます。

歯科の受診率の悪さ

頭痛や吐き気、発熱があるときは学校を休んだり、仕事を休んだりして病院に行く方が多いと思います。歯科に関してはどうでしょうか。虫歯で歯が痛いときに市販の痛み止めを買って飲んでしまう人や、歯を磨いたときに血が出ても気にせず口をゆすぐだけの人が多いのではないでしょうか。

いつの時代もそうなのですが一般的に歯科の疾患は医科の疾患に比べ軽視され、手遅れになってから歯科医院へ来る方が多いです。

行き着くところは死なない病気

一般の人は歯周病や虫歯と聞いて痛そうとか歯が抜けるといったことは容易に想像つきますが、死なないものであり優先順位を低く考えがちです。確かに歯周病や虫歯で死ぬことは極めて低い確率です。(※中には虫歯菌が血液中に流れてしまい、敗血症で亡くなった方もいますがごく稀です)

大体の方は歯が痛くなってからや、口がものすごく臭くてたまらないといった末期症状が出てから歯科医院へ行くケースが多いので結果として歯を抜くことになってしまうことが多いのです。死ぬことのない病気だという認識があるうちは歯科への意識の低さは否めないです。

歯がなくても放置する

歯を抜かれてしまっても、または自然に自宅で抜けた後でも人の歯は基本的に上下左右で28本ありますので前歯が抜けない限りは気にしない人の方が多いです。

入れ歯やブリッジなどを作るにしても通院回数や金額もかかるといって通わなくなってしまう人がいます。これがもし医科で「脳梗塞の既往あり」と診断された人ならばどうでしょうか。脳梗塞発作が出ないように薬を飲まなければならないので、薬をもらいに通院します。もし、麻痺が残っていれば麻痺の改善のためにリハビリへ通うことにもなるでしょう。

定期的に検査が必要なので検査にも通ってくれます。長々となってしまいましたが歯科の受診率の悪さの原因は、医科と歯科で病気に対して患者さんの認識が大きく異なっているということが原因になっています。

医師は病院がある。歯科医師は診療所しかない。

歯科の受診率の悪さをあげましたが、もう一つ医科と歯科で異なる点があります。それは病院の有無です。医師は基本的に病院勤務が多いです。市民病院や大学付属病院で勤務医として働いている医師が、中年になり開業医として診療所を開設するということもありますが多くの医師は病院勤務をします。

では、歯科医師はどうでしょうか。

みなさんの自宅近くにある、いわゆる病院の中で歯科医師が働くことができるのは「口腔外科」のみです。または歯科大学には大学付属病院を作らなければならないので、各大学で付属の歯科病院を持っています。この歯科病院というところあまり馴染みのあるところではないですよね?

歯科病院とは。

歯科病院とはその名の通り歯科に精通した病院のことで、通常の歯科診療所では「歯科」「小児歯科」「矯正歯科」「口腔外科」の4科を標榜することができ、その多くは1人の歯科医師で診療をしていることが多いです。

歯科病院はこの4科を始め「歯の根っこを治療する科」「被せ物を作る専門の科」「入れ歯を作る専門の科」「障害者歯科」など専門性の高い科ごとに分かれていて診療にあたっています。

多くの歯科医師は出身大学の付属歯科病院に残り研修医を行い、その後は勤務医として働いて開業を目指すというのが常套手段です。一般開業の歯科診療所に比べて、一人の患者さんに時間をかけて治療することができるのと難症例の患者さんも多く紹介されてくるので歯科医療の最後の砦として位置付けても過言ではありません。

これから見直される歯科業界の展望

歯科業界はこれからどのように変化していくのでしょうか。私立大学で作る私立歯科大学協会ではこれからの展望についてこう考えています。

「今よりも歯科医師の数が不足してくる」

これには数字的根拠があり、現在の歯科医師の数は前述の通り約10万人です。その10万人のうち50歳以上の歯科医師の数は約5万人と全体の50%をしめているのです。(平成26年末日現在、厚生労働省調べ)歯科医師は70歳を超えるとだんだんと引退をしていくことが多く、20年後には5万人の歯科医師が現役を引退するということが考えられます。

在宅医療の浸透

今や超高齢化社会となっている日本では有料老人ホームでも介護老人施設でも入居することは難しく在宅で介護をしている人も少なくはありません。病院も同じで、何ヶ月も入院させていることはなく寝たきりでも病状が安定していれば退院させ在宅で過ごすよう指導が入ります。


そんな時に利用するのが在宅医療です。自分の家で家族に見守られながら最期を迎えることができるというのは患者さんにとっても家族にとっても有益な時間を過ごすことができるということで人気が出てきています。

その在宅医療へ歯科医師も参戦するようになりました。

元々、歯科の在宅医療や訪問診療は介護の現場で誤嚥性肺炎を起こさないための口腔ケアの一環として行われてきましたが在宅医療が普及してきた現在では自宅に歯科医師がいくことも多くなっています。在宅医療への歯科の進出はまだまだ浸透していないので在宅診療を行うことも一つの手です。

歯科疾患と全身疾患の関係性の解明

歯周病と糖尿病・歯周病と動脈硬化・歯周病と早産など歯科疾患と全身疾患との関係性の研究が進んできています。この結果、医科から歯科疾患の治療を依頼されることも早産のリスクについて説明を受けた妊婦さんが治療に訪れるなどしています。まだまだ全体の研究までは進んでいませんが因果関係がわかっているので患者さんへ啓発するべきことです。

女性歯科医師の増加

歯科大学でも女性の入学が多く歯科医師の中でも40歳以下の歯科医師の割合は男女比で1:1に迫る勢いです。手に職をつけるべきという時代なので歯科医師を志している人がいるのですが、やはり結婚し家庭に入った後で常勤歯科医師として働く女性歯科医師は少ないです。女性歯科医師の増加に伴い、男性歯科医師の働く機会はもっと増えていくと想定しています。

まとめ

歯科医師は現在過剰であることは否めません。歯科医院数も過去最大です。しかし、今の時代耐えていくことが大切です。どの業種にも登場しているAIも歯科医療という技術職の分野ではまだまだ登場する機会はないでしょう。何よりも患者さんや国民の口腔衛生を守るのが歯科医師の務めです。

本記事は、2018年9月16日時点調査または公開された情報です。
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