日本の「万博」の歴史 – 大阪万博から愛知万博まで、そして再び大阪へ

2025年に開催が決定した「大阪・関西万博」は、1970年に行われた「大阪万博」と同じ総合的なテーマを扱う「万国博覧会」であり、55年ぶりの開催です。 そこで今回は「日本」の「万博」の歴史についてまとめました。

はじめに- いよいよ2025年に開催、万博の歴史を振り返ろう

「大阪・関西万博」が、2025年に大阪府大阪市の夢洲(ゆめしま)で開催が決定した「万博」。

今回は、そもそも「万博」とは何かと日本の「万博」の歴史について解説します。

▼公益社団法人2025年日本国際博覧会協会
https://www.expo2025.or.jp

「万博」=「国際博覧会」とは?

「万博」とは、「国際博覧会条約」に基づき、加盟国が参加する「国際博覧会」のことです。人類の進歩や、人類の将来のビジョンを示す展覧会だと定義されています。EXPO(エキスポ)と呼ばれることもあります。

日本では、「万国博覧会」と呼ばれることもあり、その略称が「万博」です。

フランスのパリに本部を置く「国際博覧会事務局(BIE)」が承認した博覧会だけが、「万博」を名乗ることができます。

世界で初めて「万博」が開催されたのは1851年にイギリス・ロンドンでした。その後は、1862年にフランス・パリで「第二回パリ万博」が開かれています。

「万博」の開催地では、その当時の技術を活かした象徴的な建造物が作られてきました。例えば、フランス・パリの象徴でもあるエッフェル塔は、1889年のパリ万博を記念して建設されたものです。

日本で初開催となった1970年の「大阪万博」でも「太陽の塔」が建設され、現在でも大阪のシンボルとなっています。

「一般博」と「特別博」の違い

「万博」には2種類あり、広く人類の進歩などをテーマとし、大規模で総合的な展示を行う「一般博」(または「登録博」)と、テーマを特定の分野に絞った「特別博」(または「認定博」)があります。

日本が初めて参加した「万博」

日本を代表して初めて「万博」を視察したのが、1862年の「パリ万博」を訪れた遣欧使節団でした。

その後、日本が初めて出店した「万博」は1867年にパリで開催された第2回国際博覧会です。

しかし当時は「日本」としての参加ではなく、「徳川江戸幕府」と「薩摩藩」、「鍋島藩」がそれぞれ別のブースで出店したようです。

「日本国」として統一した1つのブースを出展したのは、1873年にオーストリアで開催された「ウィーン万博」です。

日本開催の「万博」の歴史

日本で行われる「万博」の正式名称は「日本国際博覧会」です。これまでに実施されてきた日本開催の「万博」についてご紹介します。

1940年 幻の東京開催

日本では、1940年に東京で最初の「万博」が開催される予定でしたが、戦争の影響で中止となりました。

もし開催されていれば、「東京・横浜」が会場となり、紀元2600年を記念した「東西文化の融合」をテーマの各国の展示が行われていたと言われています。

幻の「東京・横浜万博」は、実際に入場券が印刷、発売されていたところで、第二次世界大戦が勃発し、1938年に中止が決定されたようです。

東京都の中央区にある勝鬨橋(かちどきばし)は、この幻の「万博」のために建設されました。

1970年 日本初開催の「日本万博博覧会」-「大阪万博」

1970年に「人類の進歩と調和」をテーマとした「大阪万博」が、念願の国内初の「一般博」の「万国博覧会」として開催されました。

この「大阪万博」は1970年の3月15日に開幕し、9月13日までの183日間実施され、大阪府吹田市にある約350ヘクタールもある広大な千里丘陵が会場として使用されました。

「大阪万博」には世界77カ国と4つの国際期間が参加し、国内外からのべ約6400万人が来場しました。

「大阪万博」の開催を記念して制作された、岡本太郎氏の「太陽の塔」は全国的にも有名となり、現在でも大阪の観光名所となっています。

「大阪万博」は日本の高度経済成長を世界に知らしめる機会とともに、国内でも「万博」は社会現象となりました。

1975年 特別博としては日本初「沖縄国際海洋博覧会」

「大阪万博」からわずか5年後には沖縄県で、「特別博」としては日本初開催の「沖縄国際海洋博覧会」が実施されました。

「沖縄海洋博」は1975年の7月20日に開幕し、183日間実施され、翌年1月18日に閉幕しました。会場は沖縄本当の約100ヘクタールの土地です。

「沖縄海洋博」のテーマは「海ーその望ましい未来」で、「海」「海洋」をテーマに、科学技術等が展示されました。

総来場者数は約348万人でした。

1985年 国内2回目の特別博「つくば科学万博」- 茨城県

「沖縄海洋博」の10年後の1985年に開催されたのが茨城県の筑波研究学園都市で開催された「国際科学技術博覧会」、通称「つくば科学万博」です。

「つくば科学万博」のテーマは「人間・住居・環境と科学技術」であり、日本を含む48カ国と、37の国際機関が参加しました。

総来場者数は、2033万人でした。

1990年 国内3回目の特別博「国際花と緑の博覧会」-大阪府

日本の「万博」としては4例目に開催されたのが、特別博の「国際花と緑の博覧会」、通称「花博」で、会場は大阪府大阪市の鶴見緑地公園でした。

「花博」のテーマは、「花と緑と生活の係わりを捉え 21世紀へ向けて潤いのある社会の創造を目指す」であり、日本を含む83の国と、37国際機関に加えて、18の園芸関係などの国際団体が参加しました。

総来場者数は、約2312万人でした。

2005年 「愛知万博」 – 愛知県

「花博」の15年後に開催されたのが、「愛・地球博」とも呼ばれた「2005年日本国際博覧会」で、2005年の3月25日から9月25日までの約半年間、愛知県の瀬戸市、長久手市、豊田市などが会場でした。

「愛知万博」には国内開催では歴代最多となる世界121カ国と4つの国際機関と33の国連関係機関が参加し、総来場者数は約2200万人でした。

いよいよ2025年に開催決定!「大阪・関西万博」

1970年の「大阪万博」以来、日本ではたびたび「万博」が開催されてきましたが、いずれも「特別博」で1970年の「大阪万博」に比べると小規模でした。

2025年に開催されることとなった「大阪・開催万博」は70年ぶりに日本で開催される「一般博」であり、55年ぶりの総合的な「万国博覧会」です。

開催国として、日本政府が中心となって準備が進められています。

「一般博」である2025年の「大阪・関西万博」では、新しい科学技術の披露なども期待されており、来場者による大きな経済効果も見込まれているようです。

まとめ

このページでは、2025年に大阪・関西で開催が予定されている「日本国際博覧会」、つまり「万博」について、今までの日本の歴史を振り返ってご紹介しました。

日本ではこれまでにも数回の「万博」が行われてきましたが、「万博」の中でも最も大規模で、総合的なテーマを扱う「一般博(登録博)」の日本誘致は55年ぶりとなります。

1970年の「大阪万博」を記憶している方にとっては、あの熱狂が再び日本にやってくるといった期待の声も聞かれます。

2025年開催の「大阪・関西万博」の事務局となる日本国際博覧会協会では、「ロゴマーク」の公募が行われるようです。日本全国の皆さんが2025年の「万博」に興味を持ち、参加することが、国を挙げて期待されています。

グラフィックデザインが得意な方は、ロゴマークについても応募してみてはいかがでしょうか?

【2025大阪・関西万博】ロゴマークの公募サイトがオープン

本記事は、2019年11月16日時点調査または公開された情報です。
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