誘惑に負けて公務員試験対策の学習ができない方へのアドバイス
公務員試験を突破するためには、筆記試験と人物試験の双方をクリアしなくてはならない場合がほとんどです。そして、この筆記試験は出題される科目・範囲が多岐に渡っており、それなりの学習が必要です。
特に、覚えて自分で正答にたどりつくための練習は、たとえ合格実績ある資格予備校などに通っていても自分の力でやらねばなりません。自分一人で机に向かい、問題を解くなどしないと対応できるようにならないわけですね。
ただ、この自己学習が辛いという方は大変多いと思います。
いざ始めても、すぐスマホを触ってしまい、ついにはLINEでおしゃべりをしてしまうとか、ゲームしてしまうとか。あるいは、本棚にある本やマンガを手にとって読んでしまうとか。これらの行動は誰しも経験あることでしょう。さらに言えば、急に友人に誘われて遊びなどに参加したり、部屋の汚れが気になって掃除をしたりして、そもそも学習を始める行為すら頓挫してしまったなども多くの人に起こってしまう状況だと推察します。
誘惑に負ける理由は「時間割引」
さて、上記で想定したケースは全て、学習以外の行動(以下、「誘惑事項」とします)が学習に優先されているとまとめることができます。
これは、合理的に考えると変な状況ですよね。
確かに、学習という苦痛あるだろう行為より誘惑事項の方が魅力的に感じるからその行為に走ってしまうというのは、短期的な視点だけで考えれば納得できます。しかし、ここでの学習という行為は、この積み重ねによって公務員に合格していくことを実現するもののはずです。受験を志している方が、このことを知らないわけではないでしょう。
したがって、合理的に考えれば、公務員になる満足度と、目の前の誘惑事項をすることの満足度を比べるはずです。そうなれば、前者が勝ち、学習する行為が選ばれるはずなのです。しかし、現実は誘惑事項を優先する行為をしてしまっているため「変な状況」なのです。とはいえ、この事態は、経済学にある「時間割引」の概念を用いれば、人間にはよくある行為だと説明できます。この概念を説明する前に、突然ですが、読者の皆さんに次の質問をしたいと思います。
「今日100円もらうか、来年の今日105円もらうか。どちらが良いですか。物価は変わらないとします。」
多くの方は前者(100円)でいいやとなりませんか。実際、研究結果はそうなるようです(注1)。
ここで大事なのは、105円より100円を選ぶことが多いという点です。
このケースは、1年後の105円を今の100円より低い価値に置いていることになっています。物価が変わらないのですから、105円の方が価値あるはずなのに、将来実現できる高い価値を低く見積もっているわけです。これが、実は「時間割引」というものです。
つまり、「時間割引」とは、時間によって将来実現する事柄の価値(満足度など含む)を割り引いて評価してしまうという、人間の非合理的な思考概念を指すわけです。
そして、今回の話に当てはめますと、公務員になるという満足度に「時間割引」が起こって、誘惑事項に負けていると説明できるわけです。これが、経済学で説明する誘惑事項を優先してしまう理由です。
「コミットメント」の有用性
理想的なボディにするため減量(プロテインに一食置き換える)する行動と、今晩にピザとティラミスを食べる行動を比べたとき、合理的に考えれば前者が選ばれるはずです。けれども人は、しばしば後者を選びます。この時も「理想的なボディ」という将来価値の実現に「時間割引」が起こっています。
このように、将来的に実現したい価値を目減りさせ、現時点で満足度の高い誘惑事項に引きずられた行動をとってしまう話は日常生活の様々なところで見られます。では、人間は「時間割引」には抗えないのでしょうか。
実は、抗う方法はいくつかあります。
今回は、その中でも「コミットメント」という方法をお伝えします。
コミットメント自体は「かかわりあい」「委任」「責任を持った約束・公約・確約」などを意味しますが、経済学の「コミットメント」とは、その行動しかとれないような実効性のある仕組みをつくることを指します。イメージ的には、「背水の陣」を敷く感じですね。
著者の昔の勤務先にいた先輩を例に出しましょう。
先輩はある時、「ダイエットをする。1か月後に5キロ痩せてなかったら、お前らに〇〇でメシを奢る」とおっしゃいました。「お前ら」が指す人数と「〇〇でメシを奢る」からは、10万円程度の出費を覚悟した発言でした。これは、ダイエットという価値だけだと目減りしてしまうので、「失敗したら10万円程度の出費」という覚悟を追加することで、ダイエットの価値を上げ、それに向けた行動ばかり自身がするよう仕向けたわけですね。
こういうものが「コミットメント」です。したがって、読者の皆さんが身近な人に「公務員試験に受からなかったら××する」という形で宣言したとき、公務員試験合格の価値が時間割引で下がったとしても誘惑事項よりは高い水準に保てる内容ならば、学習に取り組むと考えられるわけです。
「コミットメント」の留意点と良例
ちなみに、上記の例の先輩は無事5キロ痩せることができました。これは、恐らくその先輩が、私を含めた後輩たちから「仕事ができ言動も尊敬できる先輩だ」という眼差しで見られていることに自覚的であったからだと思います。
つまり、達成できない、あるいは奢る話をうやむやにするとなった場合、「ダサい」となり、その眼差しがなくなるとお考えだったので、必死に痩せる行動になったのだと考えられるのです。
逆に言えば、後輩と友達のように仲が良く、うやむやにしても人間関係に影響がないのであれば、このコミットメントは上手くいかなかったでしょう。現に、『やせる経済学』には、この「コミットメント」的なことを友人間でやろうとして失敗したエピソードが書かれています(注2)。
あくまでも「コミットメント」は、その行動をとらせるような「実効性ある仕組み」でないと意味がないのです。ぜひ、「実効性」にこだわった「コミットメント」の設定をし、学習せざるを得ないようにしてみましょう。誘惑事項に引きずられずに済むことが予見できます。
なお、私は、教え子など関わった方の中では、次のようなコミットメントに出会ったことがあります。
ア)親が元々就職浪人を許さない環境の中で、公務員試験の筆記試験終わるまで民間就職関連のサイト登録を含めた活動を一切しないと、嘘つきに厳しめな恋人に宣言する
イ)大学自習室が開いている全時間(授業時間除く)をそこで公務員試験の学習に充てる。そのとき、机上には公務員試験関連のみとし、スマホを含めたその他のものはロッカーに入れ携帯しないと友人に宣言。見かけた際に違う行動していたら、その場でジュースなどを奢るとした
ウ)次の公務員試験模試で6割得点取れなければ、サークルでのラスト発表会は裏方しかできない(もちろん、サークルに熱心な大学4年生)
アは、恋人と親の厳しさがある中ならば、大学4年生の夏ごろまで事実上公務員試験に没頭せざるをえないよう行動が絞られおり、これにより学習への動機づけを高めています。
イは、学習姿勢を監督させる発想です。この方は、全時間物理的にいられる意味でアルバイトを辞めていました。つまり、金欠なのに奢るという宣言でしたから、ここもきちんと「コミットメント」となっていました。
ウは( )書きの補足でお分かりのように、本人にはつらいものでした。
ア~ウの方々は「コミットメント」の設計が素晴らしいだけでなく、他の学習活動も良かったので最終合格を達成していましたが、中だるみの時期のコミットメントは自分にとって有効だとおっしゃっていました。よろしければ、読者の皆さんも参考にしてみてください。
まとめ
今回は、誘惑事項が試験対策の学習より優先してしまう理由を、「時間割引」という概念で説明しました。そして、これに対抗するため、「コミットメント」を活用するという方法がある点を述べました。
ここで取り上げた経済学は、行動経済学という領域の話です。公務員試験で出題される経済学は、伝統的で、どちらかというと合理的な人間像を前提としています。対して、行動経済学は非合理な存在であることを基に考える視点があります。その意味で、人間行動とどう向き合うか示唆的です。
今後も、経済学で使えるトピックスは行動経済学など筆記試験にあまり出ない領域であっても積極的に利用し、皆さんが学習に集中できる助言の形で紹介していきたいと考えています。引き続きお付き合いいただければ幸いです。
「経済学を味方に」シリーズ
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コメント
コメント一覧 (1件)
面白い視点で書かれているので、読みごたえありました。またすぐに実践できる例えも詳しく紹介されてるので、やる気がでました。ありがとうございます。