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【総理の仕事(2)】内閣総理大臣の仕事や給料、なる方法

総理の仕事シリーズ第二弾は、「内閣総理大臣の仕事や給料、なる方法」です。そもそも内閣総理大臣って何?から、総理大臣の決め方(なり方)から、その仕事内容、給料から、どうやったら内閣総理大臣になれるか?などの基本的なところから、歴代の総理大臣の一覧化トリビアまで解説します。

2017年06月13日更新

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目次
内閣総理大臣とは?
内閣総理大臣の役割・権限・仕事・年収について
日本の内閣総理大臣の決め方・任期について
総理大臣トリビア 任期の長い4人の総理大臣
総理大臣トリビア 任期が短かった総理大臣
そもそも現在の内閣制度はどのようにしてできたのでしょうか?
初代内閣総理大臣「伊藤博文」について
アメリカの大統領と日本の内閣総理大臣の違い
まとめ
参考)歴代の日本総理大臣 一覧
【総理の仕事(2)】日本人なら知っておこう!内閣総理大臣の仕事や給料

内閣総理大臣とは?

日本では司法、立法、行政という3つの権力(三権分立)で成り立っています。内閣総理大臣とはこの3つに分かれているうちの行政を司る内閣のトップです。略称は「総理」で、通称として内閣における首席の大臣を意味する「首相」と呼ばれる事もあります。

他の国務大臣の任免権をもち閣議を主宰し、行政各部の監督・指揮を行うほか、内閣府の長として所管の事務を担当しており、最高裁判所長官、衆参両院の議長と共に「三権の長」と呼ばれています。

日本が内閣制度に移行したのは、明治18年(1885年)です。初代内閣総理大臣は紙幣の肖像にもなった伊藤博文です。就任時の最年少記録はこの伊藤博文の44歳で、現在もその記録は破られていません。

首相と似た役職でアメリカの「大統領」がありますが、こちらは司法、立法、行政三権すべてのトップです。どこの議会にも所属しておらず、政治の責任はすべて大統領自らの責任になります。

このように他の国では制度も違えば、選出方法も違っています。

内閣総理大臣の役割・権限・仕事・年収について

内閣総理大臣の1日は各地を訪問や国会、会合などで大忙しです。もちろん外交や日本国民の安全を守るため大事な仕事です。各国との条約や協定の締結を行ったり、被災地に出向き復興支援の為の現地視察に出向いたりもしています。

主な仕事内容は内閣の会議を開催し予算や法律などを政府として決め、決定した議案について内閣を代表して国会に提出します。一般の国務や外交関係について国会に報告して、そこで政策についての基本方針を説明したり、提出した予算案や法律案について国会議員からの質問に答えたりしています。決定した法律などを実行・指示するまでが1つの仕事の流れであり内閣総理大臣の役割です。国会の様子はテレビ等でも知ることが出来ます。

内閣総理大臣の仕事 主要な5つ

1)内閣のメンバーを決めます!
まずは、自分と一緒に「行政」を遂行する省庁の大臣を決めて、チーム=内閣をつくります!ちなみに「内閣」とは、「国の行政権を担当する最高機関」のことをいいます。この内閣は、内閣総理大臣と各国務大臣とで組織される合議体と定義されます。

2)内閣のリーダーとして、行政を運営するのに必要な重要政策を決めます。
総理大臣は「内閣の会議」、いわゆる「閣議」を開催して、政府として重要なこと(予算や法律など)を決めます。

3)国会で説明
総理大臣は、国会で「政策」について基本方針を説明したり、国会に提出した予算案や法律案について、 国会議員からの質問に答えたりします。この国会の様子は、国会中継として、NHKの番組で放送されたり、最近では、インターネットで配信されたりしています。

4)外交
国際会議に出席したり、各国と関係強化や交渉するために外遊します。

5)国家と国民を守る
日本とその国民の安全を守るためのリーダーとして活動します。いざというときに最高指揮官として自衛隊に出動命令を出すのは総理大臣の仕事です。

内閣総理大臣の権限

このような仕事の他に、内閣総理大臣になるといくつかの権限が与えられます。さきほどの『他の国務大臣を任命し、任意に罷免すること(憲法68条)』や『内閣を代表して議案を国会に提出すること(憲法72条)』は憲法・内閣法等の一つです。その他には『内閣を代表し、自衛隊の最高指揮監督権を有する(自衛隊法7条)』などの警察法・自衛隊法等、その他の法律にも権限のある物は沢山あります。

内閣総理大臣のお給料について

収入は公務員なので法律により決められており月給制です。その年により変化はありますが、月給は平均200万円の他に手当てが付き、年2回のボーナスを合わせると年収は平均4000万円ほどになります。(平成26年度の情報)

日本の内閣総理大臣の決め方・任期について

内閣総理大臣は日本国憲法第67条に基づき、国民によって選ばれた国会議員の中から国会の議決によって指名され、第6条に基づき天皇により任命されます。このような決め方は『議員内閣制(ぎいんないかくせい)』といい、憲法によって定められています。

指名の資格要件として、まずは衆議院か参議院の国会議員になる必要があります。そして文民でなければなりません。文民とは、『1、旧陸海軍の職業軍人の経歴を有する者であって、軍国主義的思想に深く染まっていると考えられるもの』『2・自衛官の職に在る者』以外の人の事を言います。

衆議院と参議院それぞれで選挙が行われ、投票で過半数の投票にあった人が総理大臣になれるのです。参議院と衆議院で意見が分かれてしまった場合は、衆議院の結果から総理大臣を決定します。

通常では政権を運営している与党の代表が選ばれて内閣総理大臣になることが多いです。

日本の内閣総理大臣の任期については、一期何年と明確に書かれてはいません。ですが衆議院議員の任期は解散がなければ4年なので、4年の任期終了の際に行われる総選挙後の首相指名選挙前に辞職することになります。もちろん新たに召集された国会において、再選されることは禁じられていません。

なので再び指名される事があれば首相の座につくことは出来ますし、制度上は指名される限り閣総理大臣を続けることができるのです。ただし、その政党の内規で党首職に再選制限が設けられている場合、その年限が事実上の上限となることがあります。

任期以外では「衆議院で内閣不信任決議が可決、又は内閣信任決議を否決した場合、10日以内に衆議院を解散しないとき」(憲法69条)、または「内閣総理大臣が欠けたとき」あるいは「衆議院議員総選挙の後に初めて国会の召集があった時」(憲法70条)は首相退任(内閣総辞職)をしなければならないとあります。これを退任といい義務となります。これ以外でも任意で退任(内閣総辞職)する事はできますが、首相が欠けるか退任した際には、内閣は直ちに両議院に通知しなければなりません。

総理大臣トリビア 任期の長い4人の総理大臣

日本の総理大臣はアメリカやイギリスに比べ交代が非常に多いと言われています。日本の総理大臣が23人も交代している期間に、アメリカの大統領とイギリスの首相は7人しか交代していないという統計も出ています。そんな日本の総理大臣ですが、在任2000日を超える総理大臣も歴代で4人います。通算で一番在職期間の長かった大臣は桂太郎(かつら たろう)で、在職期間はなんと2886日と3000日に届きそうなほど長期間に渡りました。次いで佐藤栄作(さとう えいさく)は連続就任は最も長く、通算でも2798日と、桂太郎にも負けず劣らずの長期在職です。伊藤博文(いとう ひろぶみ)は2720日、吉田茂(よしだ しげる)は2616日と、誰でも名前を知っているような大臣はやはり任期が長かったことが分かります。

戦後最年少で総理大臣に就任した、現在任職中の安倍総理も1823日と長期政権を実現しており、2017年の5月27日には小泉首相の1980日という在任記録を抜き昭和から歴代4位になります。2017年に衆議院の解散が予定されていますが、自民党が勝てば阿部総理は続投しますので、交代が多いと言われる日本政権ですが、安倍総理には是非とも更なる長期政権を目指してほしいところです。

総理大臣トリビア 任期が短かった総理大臣

2000日を超える長期政権を実現した歴代大臣を紹介しましたが、逆に任期の短かった総理大臣ももちろんいます。最も任期が短かったのは明治20年に就任した東久邇総理です。もともと日本の皇族で、皇籍離脱後に東久邇宮 稔彦王(ひがしくにのみや なるひこおう)から東久邇稔彦(ひがしくに なるひこ)を名乗った大臣です。羽田 孜(はた つとむ)64日、石橋 湛山(いしばし たんざん)65日と、短い任期の大臣は他にもいますが2カ月を待たずして終戦事務が一段落したということを理由に、わずか54日で総辞職となりました。

そもそも現在の内閣制度はどのようにしてできたのでしょうか?

日本に「内閣制度」が創設されたのは、1885年(明治18年)のことです。「太政官達第六十九号」が発せられ、「内閣」と「内閣総理大臣」がそれまでの「太政官制」と「太政大臣」に代わって設置されました。

明治維新後、五箇条の御誓文の方針に則った政治が太政官制度によって行われてきましたが、古くから続く太政官制度は新しい時代にはそぐわないものになっていました。また、太政官制度は太政大臣が極端に忙しいといった制度面においても欠陥がありました。当時、参議であった伊藤博文は、太政官制度の改革を提唱していました。そして伊藤博文は内閣制度を提案しています。その提案は保守派などの反対も受けましたが、結果的にその提案が通り、新しい制度が創設されることになりました。

それから1889年(明治22年)には、明治憲法が公布されています。明治憲法の下では天皇が統制権を総覧するものと定められていましたが、内閣については特段の規定は設けられませんでした。

初代内閣総理大臣「伊藤博文」について

内閣制度が創設された際、初代内閣総理大臣に就任したのは伊藤博文でした。当時、誰が内閣総理大臣になるか世間の注目を集めていましたが、内閣制度をつくり上げたことが評価されたことで就任することになりました。

第一次内閣では、大日本帝国憲法の下準備に奔走しています。その後、1888年(明治21年)に枢密院を開設する際に枢密院議長となるため内閣総理大臣を辞任しました。大日本帝国憲法は、第2代内閣総理大臣黒田清隆の下で、1889年(明治22年)に発布されました。
伊藤博文はその後、1892年(明治25年)から再び内閣総理大臣を務めています。そして、1894年(明治27年)に朝鮮半島を巡って日本と清との間で日清戦争が勃発しました。朝鮮内で起きた甲午農民戦争と呼ばれる農民の内乱に端を発したものです。この戦争の処理を巡って、日本と清との争いが激化しました。日清戦争は翌年にかけて続き、その結果、日清講和条約が締結されることになりました。

その後、日本は1904年(明治37年)に大国ロシアを相手に日露戦争を起こしています。その結果、アメリカ合衆国の大統領ルーズベルトの斡旋によってポーツマス条約と呼ばれる講和条約が結ばれました。

そして1909年(明治42年)、伊藤博文はハルビン駅を訪れた際に大韓帝国の民族運動家であった安重根に暗殺されました。ロシア蔵相と満州や朝鮮問題について非公式に話し合うためだったと言われています。

アメリカの大統領と日本の内閣総理大臣の違い

日本の内閣総理大臣とアメリカ大統領では、選ばれ方に大きな違いがあります。日本の内閣総理大臣は、選挙で選ばれた国会議員の中から国会での議決を経て選ばれます。ですから、国民が直接選ぶわけではありません。それに対してアメリカ大統領は、アメリカ大統領選挙で選ばれます。つまり、国民による直接選挙で選ばれているのです。アメリカの大統領は議会とは別に国民の意志によって選ばれるので、連邦議員である必要はありません。

また、アメリカ大統領と日本の内閣総理大臣では、その権限にも大きな違いがあります。例えば、日本の内閣総理大臣は、議会(衆議院)を解散できる権限を持っていますが、アメリカの大統領に議会を解散する権限はありません。

アメリカの合衆国憲法には、行政権は大統領個人に属すると定められています。そのためアメリカの大統領は全ての官僚を指揮することができます。アメリカの大統領には各省の長官を任命する権利があり、その下の幹部も任命できます。一方、日本国憲法には、行政権は内閣に属すると定められています。内閣総理大臣個人に属しているわけではありません。ですから、各省庁の官僚を指揮することができるのは、それぞれの大臣ということになります。内閣総理大臣はその大臣を指揮することができますが、官僚は間接的にした指揮することはできない仕組みになっています。

また、内閣総理大臣は、議会に法案を提出することができます。アメリカの大統領は法案を提出することはできませんが、議会に教書を送ることはできます。教書とは必要な法律をつくるように促すことができるものです。また、アメリカの大統領は、議会のつくる法案に対して拒否権を持っています。

それから内閣総理大臣は、議会から不信任を受けることがあります。内閣が不信任された場合には、内閣総辞職か衆議院を解散しなければなりません。アメリカの大統領は、議会から不信任を受けることはありません。

まとめ

いかがでしたか?今回は、日本の行政のTOPである内閣総理大臣についてと、現在の内閣の仕組みの歴史やアメリカとの比較について解説しました。

アメリカ大統領と日本の内閣総理大臣、言葉も違いますが、権限なども全くちがうことがわかりますね。

参考)歴代の日本総理大臣 一覧

1代 伊藤博文 (在職日数861日)
2代 黒田清 (在職日数544日)
(兼任)三條實美
3代 山縣有朋 (在職日数499日)
4代 松方正義 (在職日数461日)
5代 伊藤博文 (在職日数1,485日)
(臨時兼任)黒田清隆
6代 松方正義 (在職日数482日)
7代 伊藤博文 (在職日数170日)  
8代 大隈重信 (在職日数132日)
9代 山縣有朋 (在職日数711日)
10代 伊藤博文 (在職日数204日)
(臨時兼任)西園寺公望
11代 桂太郎 (在職日数1,681日)
12代 西園寺公望 (在職日数920日)
13代 桂 太郎 (在職日数1,143日)
14代 西園寺公望 (在職日数480日)
15代 桂 太郎 (在職日数62日)
16代 山本權兵衞 (在職日数421日)
17代 大隈重信 (在職日数908日)
18代 寺内正毅 (在職日数721日)
19代 原 敬 (在職日数1,133日)
(臨時兼任)内田康哉
20代 高橋是清 (在職日数212日)
21代 加藤友三郎(在職日数440日)
(臨時兼任)内田康哉
22代 山本權兵衞 (在職日数128日)
23代 清浦奎吾 (在職日数157日)
24代 加藤高明 (在職日数597日)
(臨時兼任) 若槻禮次郎
25代 若槻禮次郎 (在職日数446日)
26代 田中義一 (在職日数805日)
27代 濱口雄幸 (在職日数652日)
28代 若槻禮次郎 (在職日数244日)
29代 犬養 毅 (在職日数156日)
(臨時兼任) 高橋是清
30代 齋藤 實 (在職日数774日)
31代 岡田啓介 (在職日数611日)
32代 廣田弘毅 (在職日数331日)
33代 林 銑十郎 (在職日数123日)
34代 近衞文麿 (在職日数581日)
35代 平沼騏一郎 (在職日数238日)
36代 阿部信行 (在職日数140日)
37代 米内光政 (在職日数189日)
38代 近衞文麿 (在職日数362日)
39代 近衞文麿 (在職日数93日)
40代 東條英機 (在職日数1,009日)
41代 小磯國昭 (在職日数260日)
42代 鈴木貫太郎 (在職日数133日)
43代 東久邇宮稔彦王 (在職日数54日)
44代 幣原喜重郎 (在職日数226日)
45代 吉田 茂 (在職日数368日) 
46代 片山 哲 (在職日数292日)
47代 芦田 均 (在職日数220日)
48代 吉田 茂 (在職日数125日) 
49代 吉田 茂 (在職日数1,353日)  
50代 吉田 茂 (在職日数204日)  
51代  吉田 茂 (在職日数569日)
52代 鳩山一郎 (在職日数100日) 
53代 鳩山一郎 (在職日数249日)
 
54代 鳩山一郎 (在職日数398日)
55代 石橋湛山 (在職日数65日)
56代 岸 信介 (在職日数473日)
57代 岸 信介 (在職日数769日)
58代 池田勇人 (在職日数143日)
59代 池田勇人 (在職日数1,097日)  
60代 池田勇人 (在職日数337日)
61代 佐藤榮作 (在職日数831日)
62代 佐藤榮作 (在職日数1,063日)  
63代 佐藤榮作 (在職日数906日)
64代 田中角榮 (在職日数169日)
65代 田中角榮 (在職日数718日)
66代 三木武夫 (在職日数747日)
67代 福田赳夫 (在職日数714日)
68代  大平正芳(在職日数338日) 
69代  大平正芳(在職日数217日)
(臨時代理)伊東正義
70代 鈴木善幸 (在職日数864日)
71代 中曽根康弘(在職日数396日)
72代 中曽根康弘(在職日数939日)  
73代 中曽根康弘(在職日数473日)
74代 竹下 登 (在職日数576日)
75代 宇野宗佑 (在職日数69日)
76代 海部俊樹 (在職日数203日)
77代 海部俊樹 (在職日数616日)
78代 宮澤喜一 (在職日数644日)
79代 細川護煕 (在職日数263日)
80代 羽田 孜 (在職日数64日)
81代 村山富市 (在職日数561日)
82代 橋本龍太郎(在職日数302日)
83代 橋本龍太郎(在職日数631日)
84代 小渕恵三 (在職日数616日)
85代 森 喜朗 (在職日数91日)
86代 森 喜朗 (在職日数297日)

87代 小泉純一郎(在職日数938日)
88代 小泉純一郎(在職日数673日)
89代 小泉純一郎(在職日数371日)
90代 安倍晋三 (在職日数366日)
91代 福田康夫 (在職日数365日)
92代 麻生太郎 (在職日数358日)
93代 鳩山由紀夫(在職日数266日)
94代 菅直人 (在職日数452日)
95代 野田佳彦 (在職日数482日)
96代 安倍晋三 (在職日数729日)

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