【幹部刑務官の養成】「高等科研修員の生の声」とは?

【国家公務員「刑務官」のコラム】
「刑政」に掲載されている昇任研修の入所試験受験指導というコーナーについてのコラムです。

今回のテーマは「高等科研修員の生の声」です。矯正研修所での幹部刑務官の「生の声」を紹介しながら、幹部刑務官の養成についてみていきます。執筆は、元・刑務官の小柴龍太郎氏です。


刑務官が読む機関誌「刑政」(矯正協会発行、2018年2月号)に掲載された記事から興味深いものを紹介します。

昇任研修について

この「刑政」には昇任研修の入所試験受験指導というコーナーがあります。刑務官の昇任研修というのは、係長クラス(副看守長)に昇任するための研修と、課長クラス(看守長)に昇任するための研修の二つがあります。そして、この研修は、入所試験に合格した者しか入れないので、なかなか狭き門なのです。

一方、近年、出世を望まない刑務官とか、出世はしたいが転勤は嫌だという刑務官が増えてきており、優秀な人材を育てようとする法務省の悩みの種になっているようです。そこで、刑務官が読む「刑政」にこのようなコーナーを設けて受験を督励しようとしているわけです。

高等科研修を受講中の副看守長の話

とまあ、このコーナーにはこのような背景があるのですが、今回ここに登場するのは目下高等科研修を受講中の研修員である川越少年刑務所の田中さん(44歳、副看守長)です。

この44歳というのは高等科研修員の中では最高齢に近い年齢で、どうやら矯正研修所としては、このような年齢の者でも高等科にチャレンジして合格し、有意義な研修生活を送っているということを読者たる刑務官に伝えたいようです。

実際に田中さんの書いたものを見ると、以上のような研修所の意図とは関係なく、興味深いことが幾つか書かれていましたので、紹介します。

その1

田中さんは、研修所の教官について言及しており、「過去の重大な保安事故発生時に困難を極める現場の第一線において指揮を執り事態を収束させた経験を持っている方もいます。元矯正管区長だった方もいらっしゃいます。」と書いています。

この中で感慨深く思うのは元矯正管区長が教官になっているという部分です。昔はなかったことだからです。

矯正管区長というのは、警察に例えれば管区警察局長のこと。県警本部長などを指揮する立場の人ですから相当偉い。そのような人が研修所の一教官として在籍する。これはとても異例なことです。

しかし、国家公務員に再任用制度が導入されたことでこれが可能となりました。つまり、矯正管区長を退職した後に再任用先として矯正研修所の教官が選べるようになったのです。

矯正管区長というのは、刑務所長などを経験していますから、刑務所の現場第一線だけでなく、刑務所の全体のことを知っています。


管理運営そのものもやってきていますから、これから刑務官の幹部となるべき人材に対して指導する教官としてはかけがえのない人とも言えます。研修所にこのような人が教官としているのですから、これから幹部となる刑務官の研修員は幸せです。

その2

田中さんは、研修所で学ぶ憲法について、いかにも高等科研修ならではのものがあると紹介しています。

いわく、「どうして人間であれば当然持っている人権というものを、被収容者は制限されているのか、という最も根本的なことを論理的に学ぶのです。」

そうですね。高等科研修ではこのようなことを学びます。初等科や中等科研修ではここまで憲法を深く学ぶことはありません。

しかし高等科研修を卒業した刑務官たちはいずれ看守長となって受刑者処遇のトップになり、あるいは所長となる人たちですから、この辺まで学ばないといけないのです。

深く学んでおけば、部下たちが判断に迷う事態に陥っていても的確な判断をし、指揮できることになります。万が一でもその判断を誤ってしまうと、その受刑者処遇が違法だったり憲法違反となったりして国が訴えられるというような事態を招くこともあるので、これはとても重要なことです。

多くの事務官庁の場合、判断に迷うことがあれば上司に尋ねたり、上級官庁に照会したりして過ちが起きないようにします。

しかし刑務所の場合はそのような時間のいとまがなく、直ちにその場で判断しなければならない事態となることが多いのです。

目の前に受刑者がいて、即座に判断しなければいけない場面が少なくないということです。ですから、現場にいる最上位の階級にある高等科研修卒業生の判断は極めて重要になるわけです。

その3

田中さんは、成人矯正法の勉強法も高等科ならではのものがあると紹介しています。

どういうことかというと、討論形式で学ぶこともあるのだということです。「成人矯正法」というのは、以前は「行刑法」とも言っていたのですが、受刑者処遇の基本法(「刑事収容施設法」)のことです。現場で働く刑務官にとって一番大事な法律です。

この法律の勉強を討論方式で行うということなのですが、具体的にはその討論の前日に課題が出されて、1日だけ研修員に考える時間が与えられた後、10人くらいで討論するのだそうです。

例えば、「Aという受刑者がBという受刑者に対して10万円の損害賠償金を支払うように裁判所から命令が来たけれど、刑務所はどう取り扱うべきか」といった課題が出るのだそうです。

刑務所内で受刑者同士がお金をやり取りすることは禁じられているのですが、裁判所からの命令ですからこれを無視するわけにもいかない。さて刑務所はどうすべきか、ということですね。

まとめ

教官は同席しますが基本的に口を出さないそうですから、研修員同士で議論し、刑務所が採るべき正しい道を探っていきます。確かにこれは鍛えられるでしょうね。


法律のどこを探してもそんなときに刑務所が採るべき措置は書かれていません。でも現場では時折そのようなことが起きる。

となると、あとは法律の趣旨を踏まえて解釈などを適切にして実務を執行するしかないのです。そしてこれは刑務官の上位の階級に在る者に常に求められる能力です。

どうやら、矯正研修所での幹部刑務官の養成は順調に進んでいるようです。

(文:小柴龍太郎)

本記事は、2018年8月13日時点調査または公開された情報です。
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