【アメリカ州制度】ジャズ発祥の地として有名な州「ルイジアナ州」解説

日米安全保障条約をはじめ、日本と政治的にも、経済的にも密接な関係にあるアメリカ合衆国についての現地日本人レポートです。

今回のテーマは「ルイジアナ州」です。ルイジアナ州はアメリカ史のなかでも奴隷制度の中心的な地域ですが、特徴や歴史を通してどんなところなのか解説していきます。

ルイ・アームストロングやニューオーリンズなどアメリカのなかでも「音楽」にゆかりがあるルイジアナ州ですが、アメリカ史では奴隷制度や人種差別が色濃く残り続けている州でもあります。

いまでも続くルイジアナ州での人種差別問題の背景には歴史的な背景や、州の成り立ちが深く関係しています。今回はそんなルイジアナ州についてご紹介します。

ルイジアナ州の特徴

2018年時点でのルイジアナ州の総人口は約468万人です。第二次世界大戦が終わった直後から急激な人口増加が始まり、1985年までの40年間で倍増しました。アメリカの州別人口ランキングでは第25位のため、人口はさほど多いわけではありませんが人口を構成している人種に特徴があります。

ルイジアナ州の州民の構成はおおよそ60パーセントが白人、ヒスパニック系が5パーセント、残りの35パーセントはアフリカ系アメリカ人とされており、アメリカのなかでも黒人の比率が非常に高い州のひとつです。

アメリカの中で様々な人種が多く集まることで有名なニューヨーク州と比較した場合、白人の比率は同じ程度ですが、黒人の割合は倍以上の開きがあります。また、アメリカ全国で増え続けるヒスパニック系の割合よりも黒人の方が多いことから、ルイジアナ州は黒人が多い州と言えます。

この背景には、もともとルイジアナ州は奴隷制度の中心だったことがあります。1700年代初頭、フランスの資本家アントワヌ・クロザーが現在のルイジアナ州周辺での商業権を取得し、アフリカから多くの黒人を連れてきたことに由来します。砂糖などの大型プランテーション経営が主流になったため人手が必要になり、次々と黒人がルイジアナに連れてこられたのです。

南北戦争終結後、ルイジアナで奴隷として扱われていた人たちは北部のイリノイ州やアイオワ州などの工業地域に平和な生活と職を求めて一斉に移動しましたが、一部の奴隷はルイジアナでの生活を続けました。その子孫達が現在でもルイジアナで生活をしているため、黒人の比率が高いのです。

一方、アメリカ系白人はフランスから格安でルイジアナを始めとする土地を買収して領土を広げたことや、ルイジアナでの農業経営の成功など、黒人よりも遥かに国に貢献していると自負していました。このようにしてプライドが高い白人と、奴隷という黒人の対立構図ができ、今日まで続いているのです。

ルイジアナ州では古くから白人と黒人の文化が入り交じっていたことから、独特の文化が生まれました。フランス、スペイン、アフリカの文化を融合させた「クレオール文化」はルイジアナ州で生まれ、広く浸透しいまではルイジアナ州を象徴する文化です。

クレオール文化には食、音楽、言語など生活に密着したものが含まれています。なかでも有名な「ジャズミュージック」は奴隷だった人たちがアフリカの音楽を変化させたことが始まりとされています。また、世界的ジャズミュージシャンとして知られるようになるルイ・アームストロングが生まれたのもルイジアナ州です。

他にもルイジアナ州に定住した「ケイジャン」と呼ばれるフランス人子孫たちによってフランスの文化も残り続けており、ルイジアナ州の道路標識には英語に加えてフランス語表記が残っている箇所もあります。事実、ルイジアナ州ではフランス語を耳にする機会が多いため、同じ南部の州のなかでもユニークな存在と言えます。

ルイジアナ州の特徴を知る上で、奴隷制度の歴史やクレオール文化は欠かせないでしょう。

ルイジアナ州の歴史

ルイジアナ州は、1812年に18番目の州として認められました。アメリカ政府が財政問題を抱えていたフランスから領土を買い取った「ルイジアナ買収」により、アメリカ政府のものになったという背景があります。

この際に買い取った土地は、現在のアメリカ大陸中央部の南から北まで丸ごとに及び、210万平方キロメートルを1,500万ドルという格安の条件でした。土地を多く確保したいアメリカ政府と、ナポレオンが侵略を続けたため財政が逼迫していたフランス政府との間で折り合いがつき実現しました。

1528年、ヨーロッパ人の探検家がルイジアナを初めて訪れた際に先住民のインディアンが生活をしていました。ルイジアナ広域に渡り、10以上の部族が生活しており、その時すでに複合的な住居を構えていたほど長い期間定住していたと考えられています。

1682年、フランス人探検家のロベール=カブリエ・ド・ラ・サールが母国の王であるルイ14世にちなんでこの地を「ルイジアナ」と名付けました。その後、現在のアメリカ大陸中央部のメキシコ国境からカナダ国境までの膨大な土地がフランス領になりました。

当初、フランス政府はルイジアナの地でスペインと交易しながら、スペインがルイジアナを攻め込まないように目を光らせていました。フランス政府はスペインを警戒しつつ、ルイジアナで綿花の大規模プランテーションを開発し、ニューオーリンズなどで大規模農園が作っていきました。

拡大が続くプランテーション用にフランスの管理下だったアフリカのセネガルから奴隷の流通が始まります。ルイジアナに連れてこられた奴隷の3分の2はセネガルの人でした。奴隷を使った農場経営はさらに発展しルイジアナを潤しますが、奴隷への悪待遇や人種差別の温床になっていくのでした。

1755年、アメリカ北部を中心にして「フレンチ・インディアン戦争」が起こります。イギリスとフランスがそれぞれインディアンも巻き込んでアメリカ大陸の領土を巡って争いました。

この戦争に勝利したイギリスはアメリカ大陸を南北に貫くようにして流れるミシシッピ川から東の土地を手に入れます。さらに、1763年にはフランスと講和条約を結び、ルイジアナの土地はスペインの領土にすることが決定します。

スペインの支配下になったルイジアナですが、フランス人や他州からの開拓者が増え続け、比例するようにして奴隷の数も増えました。1763年以降、州民の半分以上は奴隷だったとされ、その時の様子は「再アフリカ化」と言われたほどです。

1800年、フランスのナポレオン・ボナパルトは、ルイジアナの地をスペインから取り戻しますが(サン・イルデフォンソ条約)、密かに抱いていたアメリカ大陸で帝国を築くことを諦め、1803年にアメリカ政府に破格で土地を譲ります。

1850年頃にはルイジアナ州のニューオーリンズは国内最大の奴隷市場になり、人口は国内3位、富裕層が最も多く生活する場所になりました。1861年、奴隷制度廃止を進めるエイブラハム・リンカーンが大統領に就任したことを受けて、ルイジアナ州はアメリカ合衆国から脱退して、アメリカ連合国に加盟し、南北戦争に突入します。

南北戦争の結果により、ルイジアナ州でも奴隷制度は撤廃されますが、一時期は奴隷制度とその労働力によってアメリカで最も裕福な場所になった誇りがあるため、現在にまで続く人種差別、白人至上主義が存在しているのです。

ルイジアナ州の政治情勢

ルイジアナ州では2012年、2016年いずれの大統領選でも共和党を支持しています。国政選挙においては共和党が圧倒的に強いため、ルイジアナの結果は共和党優勢という味方が定着しています。

1965年に「1965年選挙権法」が成立するまでは州民の大半を占めていた黒人には選挙権がありませんでした。公民権法と選挙権法が成立し、人権擁護を推進した民主党の第36代大統領のリンドン・ジョンソンは黒人から支持されますが、これに反発するように白人は共和党を支持するようになりました。

白人と黒人の対立姿勢は支持する政党に表れており、ルイジアナで共和党が圧倒的に強い背景には、白人至上主義が見え隠れしていると分析されています。

ルイジアナ州の経済

2018年時点、ルイジアナ州の失業率は4.6パーセントです。ルイジアナ州では内陸部では農業が盛んですが、メキシコ湾に面していることもあり海産物産業や観光業なども発展しています。また、ミシシッピ川沿いにある「南ルイジアナ港」は西半球最大の積出港で世界第4位です。

テキサス州と同様でメキシコ湾沿いでは石油と天然ガス資源が豊富です。ルイジアナ州は国内第4位の石油産出量を誇ります。

ルイジアナ州の税金

2018年時点で、ルイジアナ州の消費税は10パーセントです。連邦税と地方税それぞれが5パーセントずつの内訳です。アメリカの消費税は州ごとにも違いますが、さらに州内の地域によっても異なります。このことを考慮してもルイジアナ州はアメリカで最も高い平均消費税率です。

ルイジアナ州の銃や薬物問題

ルイジアナ州ではマリファナは医療目的に限り許されていますが、喫煙する方法は禁止されているため、実質的にはマリファナは禁止されていると言えるでしょう。ルイジアナ州の銃に対する取り組み格付けは最低ランクの「F」とされています。州民10万人に対し、銃による犠牲者数は20人と他州よりも多いため銃犯罪は州の課題です。

ルイジアナ州の教育または宗教事情

ルイジアナ州の教育水準はアメリカ国内でも最低レベルとされています。卒業率、学費、低所得者層の教育など多くの課題を抱えています。なかでも4年制大学の卒業率は46パーセントで、アメリカの平均58パーセントを大きく下回っています。

ルイジアナ州の宗教はキリスト教が多いものの、フランス文化が根強く残っているためカトリック系が多く、無宗教の人の割合は10パーセント以下と低いことが特徴です。

まとめ

このようにルイジアナ州はアメリカ史のなかでも奴隷制度の中心であり、奴隷制度によって大成を収めた歴史があります。これによりアメリカ南部の白人至上主義や人種差別が残る州とされています。

本記事は、2018年8月23日時点調査または公開された情報です。
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ルイジアナ州
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