スイッチング・コストとロック・イン効果
ロック・イン効果とは、スイッチング・コストを嫌ってしまい、今までと同じやり方を続けしてしまうことを言います。そして、スイッチング・コストは、字義どおりですけれども、何かを変えるときに支払わなければならないコストのことですね。
人には、何かを変えるときに、それに伴う負担であるスイッチング・コストを嫌い、今までのやり方を踏襲しがちとの指摘が経済学ではなされています。
このことを、私自身のスマートフォン購入行動を例に説明してみましょう。
ガラケー歴の長かった私は、2017年にiPhone8購入によって初めて「スマホデビュー」しました。PCを含め機種ごとの性能には疎いですし、デザインセンスのかけらも私にはないので、その時発売されていたNEW機種を単純に購入したのです。そして、2020年にiPhoneSE(第二世代)へと買い換えを行いました。
その理由は、iPhoneSEがiPhone8をベースとしており、「同じような操作方法で済む」となっていたからです。つまり、私はスマホの機種を大きく変えて、新しい操作方法を覚えるようなスイッチング・コストを嫌い、今まで通りの操作方法という行動の不変性が実現できる形を選んだわけです。ここに、ロック・イン効果が見てとれます。
私に限らず、いつも同じメーカーで車を乗り継ぐ方、同じブランドから服を探す方、飲食店街でなじみの店ばかりでランチを済ます方などは、このスイッチング・コストを嫌い、今までどおりに行動しようとするロック・イン効果が働いている可能性が高いといえます。
そして、これは何も購入行動などのビジネス分野だけに起こるものではありません。法律や制度を変えようとする改革派に対して、守旧派が出てくるのは、政策的論争だけでなく、単に変えるのを煩わしいと思う人間心理が働くからです(注1)。それから、恋愛において、今更別れて次の恋愛というのは疲れるから、現在そこまで魅かれていなくても恋人関係を続けているなどのありがちな話もロック・イン効果で説明がつきます。
学習行動はロック・イン効果で継続させられる
このように、ロック・イン効果が人間行動のいたるところで働いています。それでは、辛いであろう学習活動においてもロック・イン効果は働くのでしょうか。
私は「Yes」だと捉えています。
説明のために、私の教え子のAさん(大学生)のケースを紹介しましょう。
Aさんは、大学までの通学電車時間が長いので、この時間に公務員試験の暗記を頑張ろうと考えました。集中するために、スマートフォンの電源を切り、ずっと暗記系科目の参考書に目を通し続けることにしたのです。最初は、本を読む習慣もあまりなかったそうなので、この行為自体がしんどいものであり、また誰かからLINEが着ていないかも気になるなどしていたようです。集中できず、苦痛だったわけですね。
しかし、我慢して続けたところ習慣となりました。なにせ、試験直前のGWのことを、大学通うために電車へ乗らない日々となるので、集中して参考書を読めるか心配だと、だから無駄に電車にだけ乗ろうかなという笑い話をするくらいでしたから。
Aさんのように、最初は辛い行為でも、続けることで習慣化され、逆にそれができないことに違和感を覚えるケースがあります。行為を変えることを嫌い、続けようとしている意味で、辛い行為に対してもロック・イン効果は発生させられると考えられます。
メタルールを定め、ロック・イン効果を発生させやすくする
では、どうすれば学習行動の継続となるようなロック・イン効果は起せるのでしょうか。
そのヒントも、先のAさんの例から読み取れます。ずばり、「電車に乗っているときは暗記系科目の参考書を読む」としたところです。
この取り組み自体は、いわゆるメタルールです。ちなみに、ここでいうメタルールとは、決定すべきことが多くなった際に誘惑に負けないような行動指針を指します(注2)。
単に「〇時間の試験対策学習をする」と決めると、いつ何をするかの選択事項が入り込みます。だから、今は友人と電話し、後で勉強しようなどの誘惑が入り込んでしまい、結果として学習行動から遠ざかる懸念が生じます。
そうなる前に、あらかじめ「朝の1時間で数的処理を5題解き、夜寝る前の1時間は暗記科目の参考書を読む」、「1週間の学習計画が終われば金曜日の夜だけは友人と遊んでよい」などの行動指針となる規則(メタルール)を決めておくのです。
そうすれば、行動の選択肢に制限が加わりやすくなり、学習行動を自然と選びやすくします。あるいは、木曜日に友人とカラオケに行くことが自らの誓いを破るのかという話になり、その行為を選びにくくもします。
Aさんの「電車に乗っているときは暗記系科目の参考書を読む」もそうしたメタルールの1つになっています。そして、この手のメタルールの良いところは、ルールどおりに行動することで習慣化が図られるということです。
そうなれば、習慣以外の行動をしようとすると、このスイッチング・コストを嫌い、ロック・イン効果の発動が期待できます。つまり、学習の継続が起こるのです。
ですから、読者の皆さんには、是非とも「いつ・どこで・どういう学習をする」というメタルールを定めてもらい、最初しんどくても続けてもらいたいと思います。そうすることで、習慣化が図られ、これを変えようものならスイッチング・コストの発生となり、抵抗感を覚えて習慣を優先するロック・イン効果(ここでは学習継続)が望めます。
学習継続の先に、有意義な試験対策となり、合格を勝ち取ることを応援しております。
まとめ
今回は、学習における行動指針的なメタルールをつくって守ることで習慣化が生まれ、そうするとスイッチング・コスト(変化に伴うコスト)を嫌いやすい人間は、学習という辛くなりがちな行為を継続する形でロック・イン効果が生まれることをお伝えしました。
ちなみに、「経済学を味方に」の3回目ではサンクコスト(埋没費用)を、今回はスイッチング・コストを伝えましたね。平成30年の地方上級の教養試験「経済」では、機会費用(オポチュニティー・コスト)や限界費用(マージナル・コスト)などのコスト用語の理解を問う問題が出ました(注3)。
公務員試験は、一度出た問題が参照されて作られています。その意味で、今後は出題されたものに加えて、記事で紹介されているこうした費用概念なども選択肢の1つに出してくる可能性があります。そのため、記事を通じて受験への行動を身につけるとともに、用語自体も理解しておくことを推奨いたします。
注釈
注1
ポール・ピアソンによると、新自由主義的改革による福祉削減が目指された1980年代においての英米すら、現実にはその政策はそれほど成功せず、総じていえば福祉国家が後退して いないことから、ロック・イン効果があったそうです。この学説は、公務員試験の政治学でよく問われますので、ついでの覚えておきましょう。
注2
この定義は、ダン・アリエリー『予想どおりに不合理――行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』(早川書房)による説明に基づきます。
注3
『地方上級教養試験 過去問500』(実務教育出版)の掲載問題に基づきます。
コメント