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【日本の政策史その3】豊臣秀吉の「刀狩り」は、身分制度政策?

日本の歴史に残る「政策」について取り上げて考察するシリーズです。第3回目は、豊臣秀吉が天下統一のために行った「刀狩り」についてです。なぜ刀狩りが必要だったのか?また刀狩りが現代の日本にもたらしている影響についてさらには、アメリカと比較し考察します。

2017年05月19日更新

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目次
「刀狩り」とは? 社会構造を変える政策
豊臣秀吉はなぜ「刀狩り」を行ったのか?その背景にせまります。
今の日本は、「刀狩り」から「銃刀法」へ。アメリカは?
まとめ
豊臣秀吉の刀狩り政策

織田信長の後継者となった豊臣秀吉は1590年に天下を統一します。長く続いた戦乱の時代に終止符を打ったのです。豊臣秀吉の名前を知らない日本人はいないでしょう。

みなさんは豊臣秀吉と聞いて何を思い出すでしょうか。「百姓から天下人まで出世した成り上がり者」、「人たらし」、「関白」、「太閤」、「中国大返し」、「大阪城」。いろいろありますね。

それでは学校の社会や歴史の授業では何を習ったでしょうか。

「太閤検地」は有名ですね。日本全国の田畑の測量を行いました。これによって権力を持つ中央は全国の正確な年貢高の情報を得ることができたのです。つまり税金の収入額と人件費などの支出額がはっきりしたわけです。日本の経済の基礎ができていきます。

豊臣秀吉といえばもう一つ有名なのが「刀狩り令」です。こちらも教科書に記載されています。全国規模で百姓の刀を回収するというものです。

それではなぜ豊臣秀吉は刀狩りを行ったのでしょうか。

「兵農分離」を行うためだったといわれています。豊臣秀吉はこの刀狩りによって、身分制度を明確化していくのです。この感覚は現代に生きる私たちには実感するのが難しいかもしれません。なぜなら私たちは「武器」を所持していないからです。武器を所持しない生活が当たり前になっています。ですから刀狩りに対してあまり疑問を感じないのではないでしょうか。

もし現代のアメリカ合衆国でこの刀狩りに準じた法律を施行したら大問題になりますね。暴動も起きかねません。アメリカ人にとって武器を所持することは認められた正統な権利だからです。

現代の問題に照らし合わせながら、私たちはもう一度「刀狩り」について考えていかなければならないのかもしれません。

「刀狩り」とは? 社会構造を変える政策

刀狩りとは、武士以外の一般市民から武器を取り上げることを指します。時代によって対象や内容が異なりますので、紹介していきましょう。

日本で最初に刀狩りが行われたのは1228年とされています。鎌倉時代ですね。3代目執権の北条泰時が高野山の僧侶に対して武装解除を命じました。平安時代から大きな寺には悪僧と呼ばれる武装した下級僧侶がおり、権力者に対して武力を背景にした強訴を行っています。つまり最初の刀狩りは僧侶の力を削ぐために行われたのです。

1242年には鎌倉市中の僧侶とその従者に帯刀の禁止令が布告されています。1250年には5代目執権の北条時頼が市中の庶民の帯刀も禁止しています。

最も有名な刀狩りは豊臣秀吉が布告した刀狩り令です。1588年8月29日とされています。原文も残されており、三箇条によって構成されています。

第1条では「百姓が刀、脇差、弓、槍、鉄砲などの武器を持つことを禁じる。年貢を怠り、一揆をおこすものは罰する」とあります。また第2条では「回収した刀は方広寺の大仏建立のための釘やかすがいにするので、協力した百姓はあの世まで救われる」とあります。第3条では「農具だけ持って耕作に励めば子々孫々まで無事に暮らせる」とあります。

豊臣秀吉の刀狩りの対象は百姓でした。百姓が一揆などのトラブルを起こさないようにすることが目的でした。予定どおりの年貢を徴収するためには百姓に農業に専念させる必要があったからです。

ちなみにそれ以前の1585年には、豊臣秀吉は根来衆・雑賀一揆の制圧のために刀狩りを行っています。こちらは「原刀狩令」と呼ばれています。同時期には高野山の僧侶に対しても武装解除の命令をしています。さらに1587年には喧嘩停止令を出し、武器を使用した村同士の紛争解決を禁じました。

このような経緯の中で一定の成果を確認できた豊臣秀吉は、全国に向けて刀狩り令を布告したのでしょう。さらに1590年には「浪人停止令」が出され、その中で武家の奉公人以外は武器を所持することを禁じています。

その後、明治維新でも「廃刀令」が出され、刀の所持は軍や警察に限られました。最近の刀狩りでは1946年の第二次世界大戦後のことになり、ここではおよそ300万の刀剣が没収されています。

豊臣秀吉はなぜ「刀狩り」を行ったのか?その背景にせまります。

なぜ豊臣秀吉は刀狩りをしなければいけなかったのでしょうか。

これには時代の習慣や文化が密接に関係しています。まず、豊臣秀吉が刀狩りを行う以前は誰もが武器を所持していました。そもそも武士と一般庶民の区別が曖昧だったのです。かつて日本の村々には15歳の成人に際して「刀指」という習慣がありました。武家ではなく農耕に従事する百姓たちの話です。15歳になると百姓も脇差を帯びていたのです。

なぜ農耕に関係ない刀を帯びる必要があったのでしょうか。

戦国時代の百姓は領主の命じに応じて戦争に参加しています。その際に用意しなければならない刀や弓、槍などは自分の所有品を持参するような形式でした。百姓が武装しているのは常識的なことだったことを示しています。

こうなると百姓というよりも武士です。この頃の百姓らは武装して落ち武者狩りなども積極的に行っています。他の村との争い事も武器を使用して武力で解決することも頻繁にあったようです。

百姓らには自治組織もありました。「惣村」というグループです。「惣掟」もそれぞれに決められ、自検断を行っています。追放や死刑などを惣村単位で勝手に実施していたのです。さらに自分たちの権利を守るために一致団結して領主などに抗議活動を起こしています。
こちらは「土一揆」と呼ばれるものです。惣村の全員が一揆に参加するなどの盟約もあったそうです。私たちのイメージ以上にこの頃の百姓は自由奔放に生活していたのかもしれません。

しかし、自治権などというものは権力者からするととても邪魔な存在です。百姓は黙って働き年貢を収めていればいいのです。徳政を要求したり、年貢の軽減を訴えるなど面倒事に過ぎません。彼らの発言力を弱めるには武装の解除が最も効果的なやり方でした。そこで取り入れられたのが刀狩りです。

武装することが根付いている当時の百姓たちを説得するのは難しいことだったのではないでしょうか。刀以外はほとんど禁じられていなかったともいわれています。

つまり刀狩りには他の目的もあったのです。

それが「身分制度の確立」でした。厳格な身分制度がないことで百姓に自由な権限を与えてしまう原因にもなっていました。

豊臣秀吉は刀狩りを実施した後、1591年に身分統制令を布告します。武士は商人や百姓になってはならない、百姓も商人や武士にはなれないと決めた法令です。諸説あるものの、これによって今までなかった厳格な身分が確定したわけです。百姓には百姓らしい生活や習慣が要求されました。年貢高もある程度計算できるようになり、朝鮮に出兵する兵力も確保することができたそうです。

つまり刀狩りを行うことで、民衆の統治をやりやすくしたわけです。彼らの権利を制限し、発言権を弱めることに成功しました。自治組織であった惣村という存在はどんどん消失していきます。

今の日本は、「刀狩り」から「銃刀法」へ。アメリカは?

現在の日本ではコレクションとして刀を所持している場合があったとしても、刀で人を傷つけるような事件はほとんど見かけません。さらに殺傷力の強い銃を所持することも含めて「銃刀法」で固く禁止されています。一部、暴力団の抗争事件などで使用される以外、銃を使用した殺傷事件はほとんど発生してはいないのです。

日本における刀狩り=武装解除は定着したといってもいいでしょう。

今後、「帯刀すべきだ」「銃の所持を認めるべきだ」という意見が出たり、討論が行われることもないのではないでしょうか。

2015年、日本における殺人事件は戦後最低数を記録しています。その数は実に933件です。これが刀狩りの成果であるのかという検証は難しいのですが、他人を簡単に殺傷できる武器が手元にないことは一定の犯罪抑止力があるのではないでしょうか。

比較する対象として現代のアメリカ合衆国を見てみましょう。

この国は建国当時より自警の意識が民衆に根付いています。合衆国憲法修正第2条の規定に「安全にとって必要であるから人民が武器を保蔵、または所持する権利を侵してはならない」とあります。刀狩りとはまったく逆の法律ですね。国民が銃を所持することを認めているのです。

2015年のアメリカ合衆国で発生した銃の乱射事件は372件です。1日1件のペースで銃乱射事件が発生していることになります。乱射事件とは4人以上が銃で殺傷された場合の話です。それ以下の人数が犠牲になった銃事件を含めると数は飛躍的に増加します。

驚くことに2015年に銃に絡んだ事件は5万件以上発生しているのです。銃によって殺害された人は1万2942人になります。最大の先進国とされるアメリカ合衆国は、1日に35人以上が銃で殺されているような社会なのです。ちなみに銃による自殺者は約2万人でした。恐ろしい数ですね。国内に存在する銃の数は3億丁を超えるそうです。

アメリカ合衆国の銃社会の背景は日本の刀狩りとまったくの逆です。武器は自警のために必要であり、かつ政府が圧制の主体となるのを防止するためだといいます。不当な支配や統制から身を守るための効果的な武器、それが銃なのです。

全米ライフル協会(NRA)のスローガンを最後に紹介しましょう。

「人を殺すのは人であって銃ではない」

そのとおりだと私も思います。武器がひとりでに動いて人を傷つけることなどありえません。問題は武器を持つ人なのです。
しかし、実際に発生している銃による殺人の数を見る限り、武器の存在が人の心を惑わすのもまた真実なのではないでしょうか。

まとめ

まとめると、刀狩りの目的は「安全な社会を創るため」と「国民の反乱を防ぎ統治するため」の二点になります。
約四百年前に豊臣秀吉によって布告された刀狩り令は姿を変えながらも国全体に浸透し、確かにその目的を果たしました。
アメリカ合衆国と比べると日本ははるかに安全な国だといえます。

しかし殺人事件がゼロではありません。包丁やナイフなど人を殺傷することのできる道具は存在します。その道具を社会から無くすことは不可能でしょう。であればもっともっとそのような道具を扱う人の心の教育に力を注がなければなりません。

さらにテロによる新しい国際犯罪や事件も増加し、日本の安全も脅かされつつあります。核ミサイルを開発し、軍事力を整備し、日本の脅威となる国もあります。日本は、それに伴い自衛隊の戦力を強化し、対抗できる権限を与えようとしています。「共謀罪」といった新しい犯罪監視システムも完成しつつあります。これは慎重に論議しなければならない事項です。暴走するとたいへんな事態を引き起こすからです。

刀狩りによって私たちは自治権を失ったわけでも、発言権を弱めたわけでもありません。国や権力者たちが誤った選択をし、その方向に進もうとしているのであれば阻止する義務があります。武器がなくても反対し、正すことはできるのです。

安全な社会を築くことに協力はしても、権力者によって安易にコントロールされるような社会は築いてはいけません。
刀狩りを通して現代の世界情勢を考察していくと、このような懸念と希望が見えてきます。

ぜひみなさんの日本の将来を考えるきっかけにしていただければ幸いです。

(文:ろひもと理穂)

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