刑務官など矯正職員歴37年,現在里山で晴耕雨読を享受している元・国家公務員の小柴龍太郎さんのコラム、国家公務員時代を振り返ってマスコミや政治家の先生方に困ってしまったときのお話です。言いたいことが言えない、その理由とは何でしょうか。
公務員時代を振り返って思う…「よく泣かされたなあ」
「役人」とは広く公務員を指して使われます。
上級の役人は「官僚」とも言われます。私はその「役人」として東京(霞が関)をはじめ全国各地で働いてきたのですが、定年になって公務員時代を振り返ると、
「よく泣かされたなあ」
と思います。
いじわるな上司とか困った部下のことではなく、マスコミとか政治家の先生方のことです。
このような人たちの前では、私ら役人は言いたいことが言えないからです。理不尽な罵詈雑言を浴びせられても言い返せない。
何もマスコミなどが怖くて言えないわけではありませんし、実際に悪いことをしているから言い返せないというわけでもありません。
役人がこれらの人たちにモノを言うときには、言うべき内容があらかじめ決められているから、言えないだけです。
勝手に言ってしまうと後で大目玉をくらいます。だから言えない。そして心の中でつぶやくのです。(くそったれ!)
役人が産んだ芸術品「想定問答」
「あらかじめ決められている」ものは「想定問答」といわれます。マスコミなどが訊いてきそうなことを想像して「問い」の形で書き、それに対する「答え」を続けて書くのです。そしてこの想定問答は役所の内部で検討され、重要なものは上級官庁までつながれて検討されます。こうして出来上がった想定問答は、それこそ一字一句が吟味され尽くしたものです。言ってみれば芸術作品のようなものです。
芸術作品ですからその一部でも欠けてはいけないし、余計なものが足されてもいけません。だからマスコミなどに対応する「役人」はそのとおりを口にするしかありません。いわば腹話術で使われる人形みたいなものです。自分の意志で話しているのではありません。
ベテラン記者や経験豊富な政治家はこの辺をよく知っていますので、役人が答えられないことを訊いたりはしません。無駄ですから。そのようなことは「官僚」に訊くのです。しかし駆け出し記者や新米議員さんは声高に追及してきます。困ったものです。できれば新人教育の中でこのようなことを教えてくれればいいのですが。
もう一つ言わない・言えない事情があります。
よく週刊誌などでセンセーショナルな報道がなされることがありますが、役所はそれらに対して基本的に黙殺する姿勢をとります。いちいち反応しない。反応するのは手間暇がかかって大変ということもあるし、反応する場合と反応しない場合とを使い分けると、反応しなかったケースは事実だと認めたことになる、という関係を心配するからだろうとも思います。
ともあれ、こういう事情なものですから、報道内容が仮にガセネタであっても、あたかも事実であるかのように巷に広まります。
たいてい役所や役人・官僚が悪いとする内容ですから、国民は役所とか役人などを悪いものと思い、刷り込まれていきます。役人はそれをただ我慢して心の中で泣くしかありません。役人とすれば、これが結構シンドイのです。トランプ大統領のようにツイッターでつぶやけたらどんなに気持ちがいいだろうと思います。
「それは嘘だ! デタラメだ!!」
(文:小柴龍太郎 平成29年3月20日)
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