はじめに-太田記念美術館のTwitterが話題に
新型コロナウイルス感染症の感染予防と拡大防止のため、2020年3月1日(日)から3月16日(月)までの臨時休館を決めた「太田記念美術館」のTwitterが話題になっています。
その内容は、太田清藏の浮世絵のコレクションを展示する「太田記念美術館」らしく、「十二支」が合体して描かれた、浮世絵画家・歌川芳虎の「家内安全ヲ守十二支之図」の紹介でした。
一体でも縁起が良い「十二支」が、合体して一体の守り神となって、家の安全を守ってくれるという縁起の良い浮世絵は、新型コロナウイルスから家内安全を守る象徴として、多くの人にリツイートされたようです。
「太田記念美術館」話題のツイート
新型コロナウイルスの拡大防止を祈念して、歌川芳虎の「家内安全ヲ守十二支之図」をご紹介。家の安全を守るため、何と十二支が合体!この頼もしい姿を見て下さい!これでおうちの安全は・・・大丈夫でしょうか?太田記念美術館は3/16まで臨時休館のため、自宅で過ごす方のために #おうちで浮世絵 pic.twitter.com/bMG43mDPVH
— 太田記念美術館 Ota Memorial Museum of Art (@ukiyoeota) March 2, 2020
そもそも「十二支」って?
「太田記念美術館」のTwitterで話題となった「十二支」ですが、もともとは「十干十二支」の一部で、「十干十二支」の略称が「干支」です。
「十二支」は子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12の要素を意味しており、「十干」は甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10の要素を示しています。
「干支」は、中国やアジアなどの地域で、主に日、月、年や時間、また角度、物事の順序などを示すために使われたもののようです。
つまり、単純に動物を表すのではなく、単位、あるいは数字の代わりのようなイメージです。日本では年を表す使用法が現在でも残っており、「子年」「丑年」などと12年周期でその年の「干支」が「十二支」の中から十番に決められています。
「十二支」や「干支」の起源は諸説ありますが、約3,000年前に滅びたといわれる中国最古の王朝の「殷(いん)帝国」にあると言われています。殷帝国は、紀元前17世紀末もしくは16世紀初頃~紀元前11世紀後半までにあった王朝です。その後、中国からベトナムや北朝鮮、韓国、そして日本などに伝わったとされています。
日本に「十二支」が伝えられた時期にも諸説あるようですが、一般的には奈良時代より以前と考えられています。その根拠として、正倉院の宝物に「十二支」に関連したものがあるようです。
「十二支」に選ばれた動物に意味はない?
「十二支」は漢字が先に決まっており、動物が当てはめられたのは、後からだという説が有力のようです。そして「十二支」に当てはめられた動物は、もともとはそれぞれの漢字に関連がない動物ばかりのようです。
現在の日本では、子は「ねずみ」、丑は「うし」、寅は「とら」、卯は「うさぎ」、辰は「たつ」、巳は「へび」、午は「うま」、未は「ひつじ」、申は「さる」、酉は「とり」、戌は「いぬ」、亥は「いのしし」という12種類の動物が選ばれていますが、その理由ははっきりとしておらず、今日でも様々な説が語られている状態です。
ちなみに中国では、猪ではなく豚が選ばれており、チベットではウサギの代わりに猫が入っているなど、その国によって選ばれている動物に若干の違いがあるようです。
「十二支」の物語
日本でよく語られる「十二支」の伝説に、「十二支」の順番がどのように決まったのかという物語があります。
それは、お釈迦様に新年の挨拶に訪れた順番が、「十二支」の順番だ、というお話です。
その物語によると、ねすみが一番乗りできたのは、牛の背中に乗り、直前で飛び降りて駆け出したからと伝えられています。
また、日本の「十二支」に猫が入っていないのは、ねすみに挨拶に行く日について嘘の日を教えられたからであり、今でもそのことを根に持った猫がねずみを追いかけている、などと伝えられています。
もちろんこれらの話も推測に過ぎませんが、日本ではこのような物語とともに「干支」や「十二支」が伝えられ、生まれ年の別称や占いの方法などとして生活の中に取り入れられてきました。
▼参考:年賀状博物館「干支について」
http://www.nengahaku.jp/eto.html
太田記念美術館とは?
今回話題になったツイートをした「太田記念美術館」は、浮世絵を専門に展示する美術館です。
「太田記念美術館」の浮世絵コレクションはかつて東邦生命保険相互会社の社長を務めていた「五代 太田清藏氏(1893年~1977年)」が収集していたものであり、彼が亡くなった後、遺族たちがコレクション公開のために美術館を設立しました。
「太田記念美術館」が所有する約12,000点という膨大な浮世絵は、浮世絵の歴史の始まりから終焉までを網羅的に辿れるような作品群となっており、浮世絵の両輪とも言える「肉筆画」と「版画」のどちらについても素晴らしい作品を数多く所有している美術館は世界有数のようです。
「太田記念美術館」は東京都渋谷区の原宿駅近くにあります。
▼参考:太田記念美術館
http://www.ukiyoe-ota-muse.jp
まとめ
このページでは、新型コロナウイルス感染症対策のために臨時休館を決めた「太田記念美術館」のTwitterと美術館の概要についてご紹介しました。
また、ツイートで取り上げられていた「十二支」がそもそもどのような起源をもち、日本で使われるようになったのかを解説しました。
「十二支」といえばまず12種類の動物を思い浮かべる方も多いかと思いますが、実は動物は後付けであり、国によって当てはめられた動物が違うというのは意外だったのではないでしょうか。
とはいえ、現在でも生まれた年によって当てはめられる「十二支」は親しみをもって日本人の生活の中で用いられていますし、年賀状でも縁起物として「干支」をモチーフにしたデザインが使われています。
「太田記念美術館」が紹介した浮世絵が描かれた当時も、「十二支」は既に家を守る縁起物として考えられており、それが今日でもお守りとして呟かれ、拡散されるというのにはロマンを感じます。
日本人を古来から和ませてきた「十二支」が合体することで、家の中はもちろん、日本全体の守り神となってくれたらと願って止みません。晴れて感染症が収束した際には、「太田記念美術館」に浮世絵を見に行ってみてはいかがでしょうか。
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