陸上自衛隊の訓練
警察官や消防士がどんな事をしているかを国民は良く知っています。それは交通事故や火災・救急車による救急救護など警察官や消防士の仕事ぶりを、身近に見ることができるからです。
これに比べて、自衛隊の任務は有事の際に日本の平和と安全を守るのが主任務です。災害派遣も自衛隊の重要な任務の一つですが自衛隊が出動するような大規模な災害も頻繁に起こるものではありません。
ともあれ、自衛隊は有事の際に備えて様々な訓練をしているのですが、警察官や消防士のように、身近な所で見る事が出来るような訓練や行動はしません。
その為、日頃から国民の目に触れる機会の少ない自衛隊は、国民にはなじみが薄く、その為に自衛隊の仕事が、特別な仕事のように見えてしまいます。
しかし、自衛隊が有事の際にその役割を果たす為に取る行動は、全ての国民に影響のある行動で、その際は国民の協力が不可欠です。その為、自衛隊に対する理解を深めてもらう事は、常日頃の訓練と同じくらい大事な事です。
自衛隊に対する理解を深めてもらう為に、基本的な部隊である普通科中隊が行う一日の訓練をご紹介しましょう。まずは、訓練場所となる野外訓練場の環境から見て行きましょう。
駐屯地内の訓練と駐屯地外の訓練
駐屯地は、自衛隊の部隊が平時に駐屯している軍事基地で、略語では『Sta』と表記されます。これは『ステーション』という英単語の略です。また駐屯地の事を『キャンプ』と呼ぶこともありますが、キャンプは陸上自衛隊の駐屯地の正式な呼び方ではありません。
駐屯地は、陸上自衛隊の拠点であり同時に隊員の居住区も兼ねています。駐屯地は国有地で、その中には政府の行政機関も含めて様々な施設があります。駐屯地の区分を大きく分けると居住区と勤務区からなりたっています。
駐屯地の中にも軽易な訓練をする場所はありますが、駐屯地は広さに限度がある為に、駐屯地の中で出来る訓練と、出来ない訓練があります。
規模の大きな訓練をする場合や、戦術行動を伴う複雑な訓練をする場合は、駐屯地外の野外訓練場で訓練をする必要が出て来ます。
その野外訓練をする専用の場所を『演習場』と言います。
訓練のメッカ!演習場の概要
演習場とは、陸上自衛隊が軍事訓練を行う訓練場で、一般的に広大な敷地を有しています。広い意味では、単に『訓練場』と呼ぶことがありますが、正式には、演習場の固有の名称を先頭につけて『○○演習場』と呼びます。
演習場の大きさは、場所や使用目的により様々な大きさの演習場があります。小さい演習場の場合は、野球場程度の小規模な演習場もあります。
大きな演習場となると北海道の道東にある矢臼別(やうすべつ)演習場のように、日本で一番小さい香川県がそっくりそのまま入るような大きな演習場もあります。
陸上自衛隊の駐屯地は全国各地にある為、駐屯地から演習場までの移動に時間を掛けずに効率的な訓練ができるように演習場も全国各地に点在しています。
演習場にある訓練場及び付属施設
演習場には、訓練をする為に必要な各種訓練場や付属施設があります。なお、演習場の規模によっては無い施設もありますが、標準的な演習場の施設は次のようなものです。
廠舎(しょうしゃ)・宿営地
廠舎は、部隊単位で宿営する為の軍事施設専用の名称で、木造平屋建ての簡素なものから簡易アパートのようにベッドが備え付けになっている完備された施設があり様々な種類の宿泊施設があります。
とはいえ宿泊が目的ですから建物内部は簡素な作りになっているのが普通で、コンクリートの床だけで何もない廠舎もあります。ただし、テレビが備えつけられている施設が多いです。
その理由は地震などの大規模災害時の情報収集が目的でそういう意味では大きな病院のフロアに災害発生時の情報収集が目的でテレビを設置するのと同じような理由です。
なお、演習参加者が数千人を超えるような大規模な演習の場合は、宿泊施設が足りなくなります。その為、野営用のテントを設置する為に整備された宿営地域がある演習場もあります。
もっとも野営する為の装備や施設はどの部隊も持っているので、訓練内容によっては宿泊地域として指定されていない場所でも宿営することがあります。
戦闘射撃場
戦闘射撃場と言うのは、小銃などの小火器で戦闘をする場合、戦場の環境に近い状態にした訓練場で、大きさは300メートル×600メートル程度の広さが一般的で、数々の『戦況現示』を用いて実戦の状況を現出します。
戦況現示とは、ホップアップ的などを使用して『仮設敵』が現れる。あるいは隠れる。などの演出を行いリアルにシュミレーションします。また、ロケットランチャーやジープ車載の誘導弾などの実弾射撃も行います。
基本射場
自衛隊の個人装備火器である拳銃・小銃・機関銃などの小火器の基本射撃を行う訓練場で屋外射撃場と屋内射撃場があります。
基本射場では、通常、戦闘行為を伴わない射撃練度の向上を目的とした基本的な射撃訓練をするのが普通です。また射撃練度を判定する為の射撃検定や、競技会なども行います。
基本射撃以外の大口径の迫撃砲、大砲などの射撃場は、通常、『射撃地域』あるいは『陣地地域』と言われ、演習場内の特定の地域が指定されます。小火器の射撃同様に、弾着地域の方向に向かって射撃します。
弾着地
弾着地は、実弾射撃の弾が着弾する地域を指定した場所で『弾着地域』あるいは『目標地域』と言われます。この弾着地に許可なく無断で立ち入ることはできません。
弾着地に向かって実弾射撃訓練をする場合は立ち入り禁止場所に至る入り口などに所要の警戒員や安全係など、厳重な管理の基で射撃訓練を行います。
特に野戦砲などの射程距離の大きな武器の射撃をする弾着地は、広大な地域を必要とするので射撃訓練時は安全管理を確保する為の勤務編成も大人数になり、弾着監視員、安全係、射撃係、警戒員、緊急消火隊などが設けられます。
移動標的射撃場
移動標的とは、ロケットランチャーや戦車が移動する目標を射撃する為の訓練を行うために使われる実戦的な射撃訓練場で、通常は演習場内の弾着地域の近くに設置されています。
その他の付属施設
また、演習場には、洗車場、燃料補給処、浴場、売店、管理棟など訓練を円滑に行うために必要な付属施設があります。
付属施設には、固定した施設もあれば演習に参加する部隊が臨時で設置する移動施設もあります。
たとえば、燃料補給のようなものは移動できるように車両による補給部隊を編制した方が実践的なので、通常、車両等で臨時に指定された場所に展開します。
この訓練時に必要とされる後方支援を行う組織を『段列』(だんれつ)と呼びます。段列には、弾薬・燃料・戦闘に必要な備品類・食料等の補給、整備支援等があります。
連隊規模の部隊より大きな部隊の場合、演習場内に段列を編成して効率よく訓練ができる環境が作られます。段列は訓練の状況により移動します。
また大きな演習場には浴場が設置されていますが、組み立て可能な野外設置できる野外浴場もあります。災害派遣等で臨時に設置される野外浴場も後方支援部隊が持っている野外浴場施設です。
野外訓練の期間は、訓練目的により異なる
野外訓練の期間は、訓練に参加する部隊の規模や目的により異なります。駐屯地近くの演習場で行う小規模の訓練の場合は、数時間単位から1日程度で駐屯地からの日帰りで行わる事が多いです。
宿泊を要する訓練は『野営訓練』と呼びます。ただし、野営訓練は戦闘訓練と併用して行うもので長期間の戦闘訓練をすれば、必然的に野営訓練もすることになります。
また、野外訓練と言う場合は、駐屯地外の演習場などでやる訓練を言います。駐屯地内で行う訓練の場合、演習場などで行う野外訓練と混同しない為に『屋外訓練』と呼ぶことが多いです。勿論、野外訓練と呼んでも間違いではありません。
機動訓練を兼ねた長期野営(演習)
目的や参加する部隊の規模によって野営の日数は違いますが、一般的に連隊以上の大規模な野営になると、各種戦術行動に基づく多様な訓練をするので、野営日数が多くなります。また遠隔地の演習場に移動して野営訓練をする場合も一般的に長期間の野営訓練になります。
たとえば四国から北海道の演習場で訓練をする場合もあります。移動距離が長いので各地の駐屯地を経由したり民間のフェリー等を利用したりします。遠方の演習場での野営訓練は、経費が莫大に掛かるので数年に一度と言う頻度です。
遠隔地での野営の場合も、訓練日数が長く特別な場合は一カ月を超える野営訓練もあります。さらに遠方の演習場での野営訓練は、長距離の車両行進能力を練成するという目的もあります。
普通科中隊の野外訓練の概要
演習場で野営して行う訓練も、日帰りで行う訓練も部隊としての基本的な行動に大きな違いはありません。複雑な戦術行動は、説明が複雑になるので普通科中隊が駐屯地の近くの演習場で、一日程度で実施する訓練をご紹介します。
宿泊をしない野外訓練の場合は、炊事施設や、宿泊の為の資材などがいらないので、部隊が携行して行く資材はかなり少なくなります。
中隊規模の野外訓練の場合の訓練編成は、分隊単位から小隊、中隊単位まで目的に応じて違います。
いずれにしても、数日前、最低でも前日までに訓練編成が示されます。そして当日、出発時間が示されると、その時間までに営外から通勤している自衛官は出発に間に合うように登頂して所属中隊長の指揮下に入ります。
この場合、駐屯地の日課時限に関係なく野外訓練の計画が優先します。それらの行動は、全て命令によって示されます。
普通科中隊の野外訓練の一日(一例)
以下が普通科中隊で行う野外訓練の一例です。
(訓練時間は、訓練目的に応じて、その都度決められます。)
0630 集合完了
・集合場所○○連隊隊舎道路前
・車両集合場所○○連隊○○中隊駐車場前
・車両は車両移動計画に基づき、0600までに配列完了)
0640 出発・車両移動
・行進順序は移動計画による。
・往路:駐屯地~国道○号~県道○号~○○演習場
※事前に経路を指定しない場合は(中隊長計画と示される。)
0720 ○○演習場到着
・集合場所:○○○高地西の広場
0740 中隊命令下達
0800~1200 中隊統一訓練
・細部は現地で示す。
1200~1300 昼食
・集合場所:○○訓練場
(状況により各小隊長等計画)
1300~1600 中隊統一訓練
・細部は現地で示す。
1600 集合・武器装具点検
・集合場所:緑の台
1610 出発
・復路:細部は現地で示す。
1710 解散
・資材点検異常の有無の確認
・翌日の訓練指示
野外訓練の際の補給などについて
陸上自衛隊は、衣食住無料ですが、無料になるのは駐屯地内で居住する隊員の場合で、営外から通勤している営外者は衣食住、無料ではありません。
ただし、野外訓練の場合は命令によって行動するので、その場合は部隊喫食になります。たとえば野外訓練の時間が0800~1700の場合は、朝食は携行食になります。
その場合は、缶詰・パン・コンバットレーションなどが、訓練参加者に支給されます。(コンバットレーションとは、戦闘用糧食と呼ばれパック詰めされた携帯食料で、主食・副食・スナック菓子など種類は豊富にあります。)
また演習場が部隊から近い場合は駐屯地の食堂から訓練場まで食事を運搬する場合もあります。また訓練時間が0600~2200のように夜間訓練になる場合は、夕食あるいは夜食が出る場合もあります。
野外訓練は自衛隊の訓練でより実戦に近い想定をして訓練できるので大事な訓練ですが演習場で行われる為に一般の人が訓練を視察できる機会はほとんどありません。
一般の人が観覧できる野外訓練は、年に一度、陸上自衛隊が計画して行う『富士総合火力演習』があります。
その窓口は各都道府県にある自衛隊地方協力本部の広報部が担当しています。
コメント