「アンゴラ共和国」ってどんな国?
「アンゴラ共和国」の正式名称は、ポルトガル語で「Republica de Angola(レプブリカ・デ・アンゴーラ)」であり、通称「Angola(アンゴラ)」です。英語の公式名称は「Republic of Angola(リパブリック・オブ・アンゴウラ)」です。
日本語では「アンゴラ共和国」、通称「アンゴラ」、漢字表記では「諳喀剌」です。
国名の由来は、その昔「アンゴラ共和国」の地を支配していたンドンゴ王国の王号「ンゴラ」からきています。
面積・場所について
「アンゴラ共和国」の国土の広さは、約125万平方キロメートルで、これは日本の約3.3倍の大きさに相当します。
「アンゴラ共和国」の場所は、アフリカ南西部にあります。西側は大西洋に面していて、国境は、東は「ザンビア」、南は「ナミビア」、北は「コンゴ民主共和国」と接しています。
都市について
「アンゴラ共和国」の首都は「ルアンダ」であり、「アンゴラ共和国」最大の都市です。場所は国の西端にあり、大西洋に面しています。
「ルアンダ」の人口は、アンゴラ共和国国勢調査によると約680万人です。
「ルアンダ」には天然の港があり、そこが「アンゴラ共和国」の主要な港になっています。また、同国における行政の中心的な役割を担っています。
人口について
「アンゴラ共和国」の人口は、約2900万人(2016年)で、これは日本の東京都と大阪府と北海道の人口を合計した数字とほぼ同じです。
成り立ちについて
「アンゴラ共和国」の地域にはもともと、1世紀頃より、バントゥー系のアフリカ人が住んでいました。
1483年、この地にポルトガル人が到来し、1648年にはこの地域を支配下に置きます。「ポルトガル」はアンゴラ人を奴隷として「ブラジル、ウルグアイ、アルゼンチン、キューバ」などに供給し、次第に奴隷貿易を拡大させていきます。1836年までの間に、約300万人ものアンゴラ人が、奴隷として連行されていきました。
アンゴラの人々は「ポルトガル」の支配に、激しく抵抗しました。1952年、「ポルトガル」は「アンゴラ共和国」を植民地ではなく、対等な立場であるとして「海外州」と呼び変えましたが、実際は植民地と変わらない待遇でした。
1961年、「アンゴラ共和国」は「ポルトガル」からの独立戦争を始めます。そして、1975年に「アンゴラ人民共和国」として独立し、ネト大統領が就任しました。
しかし、「アンゴラ人民共和国」は独立後すぐに、内戦状態へと突入します。「キューバ・ソ連」が支援する政権と、「南アフリカ共和国・アメリカ合衆国」が支援する反政府勢力との間で、政権の争奪戦が行われました。
1992年、「アンゴラ人民共和国」は「アンゴラ 共和国」となり、2002年には停戦合意が成立、政府軍と反政府勢力による、長く続いた内戦は終結しました。その後は、反政府勢力の武装解除・動員解除が行われ、「アンゴラ共和国」は国家再建を目指し、進展していきます。
2010年には新憲法が公布され、国家議員の間接選挙による大統領の選出や、首相職の廃止などが施行されました。
「アンゴラ共和国」の国民・宗教・言語について
国民について
「アンゴラ共和国」の国民は、バントゥー系黒人諸民族が大半を占めており、その内訳は、オヴィンブンドゥ人が約40%、キンブンドゥ人が約25%、バコンゴ人が約15%です。
しかし、メスチーソと呼ばれる白人と黒人の混血人種が少数存在し、ポルトガル系のヨーロッパ系市民も僅かに住んでいます。
宗教について
「アンゴラ共和国」の宗教は、カトリックが約40%、プロテスタントが約15%と、キリスト教徒が人口の半分以上を占めます。
残りの半分の国民は、土着の在来宗教を信仰しています。
言語のついて
「アンゴラ共和国」の公用語はポルトガル語であり、学校教育でもポルトガル語が用いられています。しかし多くの国民は、アフリカ在来の国民言語「バントゥー諸語」である、キンブンド語、ウンブンドゥ語、コンゴ語、リンガラ語を話します。
「アンゴラ共和国」の経済状況について
「アンゴラ共和国」の通貨はクワンザで、GDPは約1260億ドル、世界第59位です。一人当たりのGDPは約4500ドルで、世界で107位です。
1975年の独立以来、「アンゴラ共和国」国内では内戦が長期化し、経済は著しく停滞しました。しかし、沿岸部に埋蔵している石油や、内陸部から産出するダイヤモンドなど、経済発展の要となる鉱物資源が多く眠っていたため、2002年に内戦が終結したあとは、経済は順調に拡大していきます。
特に石油は、世界で見ても有数の産油国であり、2007年には石油輸出国機構(OPEC)に加盟、2009年は議長国を務めました。
しかし現在、アンゴラ政府は、石油にのみ依存した経済構造から転換するため、農業や製造業を振興させ、産業を多角化することを目指しています。
貿易について
「アンゴラ共和国」の主要な貿易相手国は、2016年のアンゴラ国家統計局の調べによれば、輸出が「中国、インド、米国、ノルウェー、南アフリカ」で、輸入が「ポルトガル、米国、中国、ノルウェー、南アフリカ」です。
「アンゴラ共和国」の主な貿易品目は、輸出が原油、ダイヤモンド、石油製品で、輸入は、機材・電化製品、車両及びスペアパーツ、医療品です。
総貿易額は、輸出が約330億ドル、輸入が約170億ドルであり、輸出額の方が多くなっています。
「アンゴラ共和国」の政治・政策について
政治体制について
「アンゴラ共和国」は共和制国家であり、国家元首は大統領です。現行の憲法は2010年に制定されたもので、その施行に伴って、首相職が廃止になりました。
「アンゴラ共和国」の議会制度は一院制の国民議会であり、議席数は220名、任期は5年です。
政治状況に関しても経済状況と同じく、1961年~1975年の独立戦争、そして建国後の1975年~2002年の内戦によって、長く不安定な時期が続きましたが、内戦終結によって政治体制は安定してきています。
「アンゴラ共和国」の大統領・首相について
大統領について
「アンゴラ共和国」の大統領は、国家元首であり、国家議員によって、間接選挙で選出されます。5年任期で、連続して2期まで務めることが出来ます。
現在の大統領はジョアン・ロウレンソ氏で、2017年の9月に就任しました。
首相について
首相職は、政府の長として設置されていた役職ですが、現在、首相職の機能は大統領職に統合されています。
「アンゴラ共和国」の国防制度・軍事制度・兵役について
「アンゴラ共和国」は、陸軍・海軍・空軍及び防空軍の3系統と、緊急即応警察軍を擁しています。
兵役は徴兵制度であり、兵役適齢は17歳から49歳までとなっています。
兵士数は陸・海・空軍で合わせて約11万人、準軍事的組織で約10万人であり、軍事予算は28億万ドルです。
「アンゴラ共和国」と日本の関係について
「アンゴラ共和国」と「日本」は、1976年に外交関係を樹立しました。外交関係樹立後も、「アンゴラ共和国」の内戦などもあり両国の関係は希薄でしたが、2000年には「日本」に在京アンゴラ大使館が開設され、2005年には「アンゴラ共和国」に在アンゴラ日本国大使館(実館)が開設されるなど、両国は200年代に入ってから、友好関係を深めています。
「日本」は「アンゴラ共和国」に多額の経済支援を行っており、その援助実績は、有償資金協力が236億円、無償資金協力420億円、技術協力は64億円にのぼります。「日本」は、「アメリカ」や「EU」を抜いて、一番多額の援助を行っています。
なお、現在「アンゴラ共和国」には35人の日本人が住んでおり、「日本」には49人のアンゴラ人が住んでいます。
まとめ
いかかでしたか?
「アンゴラ共和国」は内戦終結後は政治も安定し、石油やダイヤモンドなどの産出によって、経済も比較的順調に成長し、近隣諸国とも友好関係を築いている国です。
しかし、急速な経済成長によって、国内の物価が高騰していることや、長く続いた独立戦争や内戦による地雷問題など、課題も抱えています。
「アンゴラ共和国」では、スポーツはバスケットボールやサッカーが人気があります。サッカー代表チームは、2006年のFIFAワールドカップに初出場を果たしました。
なお、男子サッカーの「アンゴラ共和国」のFIFAランキングは、201812月では「125位」です。
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