「毎月勤労統計」とはどのような統計なのか
まずは、「毎月勤労統計」とはどのような統計なのが、今回行われた不正がどのような手法だったのかについて説明します。
「毎月勤労統計」とは?
「毎月勤労統計」とは「厚生労働省」が管轄している統計で、国が重要だと定めている基幹統計の一つで、労働者の雇用や給与、労働時間などについて調査している統計です。
「毎月」と名前がついているとおり、毎月調査、集計されています。統計の内容については以下のURLから確認してください。
*毎月勤労統計調査(全国調査・地方調査):https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/30-1.html
なんのための統計を作成しているのか
「毎月勤労統計」には労働者の雇用や給与、労働時間の状態を確認するという役割もありますが、もう1つ重要な役割があります。それが雇用保険や労災保険の給付額の算定です。
例えば、失業した際の失業保険の給付金額は、基本手当日額×失業日数という式で算定されます。このときの基本手当日額は賃金日額に一定の比率を算出して計算されます。賃金日額は退職前6か月間の給与金額によって決定しますが、掛けあわせる比率については各自によって異なります。給与が安い人を保護するために、賃金日額が低い人にはかける比率は高く、賃金日額が高い人にはかける比率が低くなるように設定されています。
このときにどの位の値をかけるのかは「毎月勤労統計」の結果に基づいて決められます。つまり、毎日勤労統計の労働者の賃金の調査結果が低ければ、基準となる金額が低くなるので失業保険の金額も低くなります。その結果、約2,000万人の給付金が実際よりも少なくなり、金額に換算して数百億円規模の給付不足は発生していると言われています。
今回の「毎月勤労統計」の不正は23年前から行われているという調査結果がでているので、原則論で言えば、23年前に遡って正しい統計を調査しなおして、失業保険や労災保険の給付金額に不足があればさかのぼって支払うというのが妥当です。
ただし、23年前の統計をさかのぼって調査できるのか、23年前の給付不足を追加で給付することが可能なのかなど、是正には大きなハードルがあります。
どのような不正を行ったのか
今回の不正は、調査対象のサンプリングに問題があったと言われています。「毎月勤労調査」は従業員5人以上の事務所について行います。そして従業員500人未満の事業所については一部の事業所をサンプリングして、500人以上の事業所は全部の事業所を調査することになっています。しかし、東京都には従業員500人以上の事業所は1464事業所存在するのにも関わらず、実際には491事業所しか調査していませんでした。
その結果、比較的給与額が高い大企業の給与が調査に反映されず、実態よりも給与水準が統計上、低くなったとされています。
なぜ統計不正は起こったのか
上記が統計不正事件の顛末(てんまつ)ですが、なぜ統計不正が発生したのかということについて考察します。
統計職に関する軽視
まず、23年前から続いていたということを考えると、統計不正の問題は誰かに忖度して発生したものではなく、官公庁の体質から発生した問題であると考えられます。その中でも問題として考えられるのが統計の重要性に関する軽視です。
日本における統計職員数は人口10万人あたり、1.5人だと言われています。この数値は諸外国と比較しても少ない数字です。例えば統計職員の多いカナダでは日本の10倍の15.0人、フランス9.1人、イギリス5.6人、アメリカ4.1人、ドイツ2.8人と諸先進国と比較してもかなり低い数になっています。
更に日本では統計職員が削減される傾向にあります。2006年には全省庁に5,581人存在した統計職が2016年には1,886人と約3分の1まで減少しています。問題は発生した厚生労働省にしても同じ期間で統計職員が331人から237人まで減少しています。
毎月勤労統計不正の背景の一つにはフランスの6分の1と異常に少ない日本政府の統計職員数がある:https://blogos.com/article/352491/
統計職は忙しい?
今回の不正統計について、もちろん関わった職員の責任という点も考えられますが、統計職の不足も大きな問題になっていると考えられます。統計職の削減によって、統計調査に掛けられる手間が小さくなって、全数調査が事実上できなくなり、決められた手順とは違い従業員500人以上の事業所の全数調査ができなくなったとも考えられます。
また、上記の通り他の官庁でも統計職員が削減されているので、このような不正統計問題は厚生労働省に限って発生しうることではないと考えられます。これを裏付ける証拠として毎月勤労統計の不正問題を受けて、政府は56の基幹統計を総点検しましたが、22件の基幹統計に何らかの問題があったと結果を公表しています。
上記の結果からも、不正統計問題は全省庁に共通する統計の専門家育成と採用に関わる問題だと考えられます。
高まる統計のスペシャリストへのニーズ
以上のように、官庁における「統計不正問題」は統計職の価値を軽んじて、統計職員の採用と育成に注力してこなかったことに原因があると考えられますが、一般には統計の専門家に対するニーズが高まっています。
統計とビジネスパーソン
近年はデータを正しく扱える人材に関するニーズが高まっています。例えば、近年注目されている職業としてデータサイエンティストという職業があります。データサイエンティストは企業が保有している膨大なデータを統計や数学、ITの力を駆使して分析して、企業のマーケティングや業務改善に活かすための職業です。
もちろん、このようにデータに関する専門家に対するニーズは高まっていますが、多かれ少なかれデータを分析してただしい施策を行えるというのはビジネスマンにとって重要な能力になっています。
ネットにおける口コミや、営業における成約パターン、マーケティングにおける客層別の成約率など、WEBやシステムを介してありとあらゆるデータにアクセスしやすくなっています。このような、データからいかにビジネスのヒントを見つけ出すことができるのかは営業にとって重要な能力です。
統計の作成方法にも専門性が必要になる
以上のように統計を活かしてビジネスをすることの重要性について説明しましたが、そもそも統計を作成するということについても専門性が必要になります。
どの位のサンプルを取ればどの位確からしい結果が出るのか、質問の項目はどのように作成するべきなのか、アンケートの結果をどのように図表にすべきなのかなど、統計の調査や図表作成1つとっても専門性が必要になり、作成手順を軽視すると現実を正確に把握していない統計が出来上がることになります。
統計と信頼
以上のように民間において統計をきちんと扱える人材のニーズが高まっていることについて説明しましたが、もちろん政府においてもきちんと統計を管理することは重要です。
統計がきちんと整備されていなければ、政策の立案や効果検証ができずにアイデアありきで成果を検証しない政策がまかり通ってしまいます、国策を誤るかもしれません。また、対外的にも統計がきちんと整備されていないということは、信用不安の要素の1つになり、為替や海外からの投資に悪影響を与える可能性があります。
今後どのように日本の統計の信頼性を取り戻すのかは非常に重要な論点の1つです。
統計職をどのように育成するのか
日本の統計の信頼性を取り戻すためには、一度、現在の統計行政における膿をすべて吐き出した上で、統計職員の採用、育成に取り組む必要があります。
では、統計職をどのように育成すれば良いのでしょうか。統計職の採用と育成に関して説明します。
統計職は各省庁で採用されている
まず、統計職の育成において問題となるのが、各省庁で統計職を採用しているということです。そのため各省庁が保有している統計調査部門はお互いに独立していて、統計部門間での情報共有や相互協力が困難になります。
しかし、一方で各省庁の統計職員は削減される傾向にあり、省庁内の統計部門の人員が削減されるということは、人材育成が困難になったり、労力の限界によって不正調査が発生したり、不正調査が発生してもチェックが不十分になる危険があります。
このように分散型の統計部門の設置をしていることは現代においては、実態を反映しない統計の温床になりやすいと考えられます。
統計庁を設置すべきか
1つの解決策として考えられるのは統計庁を設置して、統計の作成・チェックを集中管理することです。
統計庁という機関に統計職員を集中させることによって、統計職を育成し専門性を高めたり、各省庁の調査のタイミングによってリソースを柔軟に振り分けたりすることが可能になります。また、統計不正を監視する専門の部門を設けることによって、統計不正の防止にもつながると考えられます。
まとめ
以上のように統計不正問題から、統計の重要性について説明してきました。
政府の基幹統計のチェックによって56件の基幹統計から22件に対して問題が発覚したと言うのは非常に重要な問題です。基幹統計に不正があるということは、統計に関する信頼性が損なわれて、ただしい政策判断が行えないというだけではなく、海外からの信頼にも影響を及ぼす問題です。
このような政府統計の不正問題ですが、職員が個人で行った不正というよりは、構造的な問題が根幹にあると考えられます。省庁における統計職の地位は低く、人員削減される傾向にあり、先進国の中でも統計職員が少なくなっています。
このような統計職員の軽視と人員削減が行われる中で、統計人材をきちんと採用・育成するためには、各官庁が分散的に保有している統計職員を統計庁のような形で1つの部署に集中させて、育成、業務をすることも検討した方が良いでしょう。
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