刑務官が刑務所で自転車?
刑務官が刑務所の中で自転車に乗っているのを初めて見たときはびっくりしました。
普通自転車というのは道路を走るものです。それが刑務所の構内を走っている。銭湯に行ったらスーツを着てお風呂に入っている人がいたみたいに面食らいました。
ただし、刑務所内で自転車を使っているのは大きな刑務所に限られます。理由は、刑務所が広すぎて歩いていたのでは工場担当職員が交代するときなどに時間が掛かり過ぎるからです。
工場と休憩所とを往復するだけで休憩時間の大半が無くなってしまう。それでは困るので自転車を使うというわけです。
それから刑務官の詰め所から遠い工場で非常ベルが鳴ったときにも使います。スタートダッシュは走った方が早いのですが、工場まで何百メートルもあると、工場に着いた時には息が上がってしまって暴れている受刑者を制圧することができない、といった笑えない事態が起きるからです。
陸上競技の中に400メートル競走がありますが、ゴールした選手は立っていられないほど疲れ切っています。あれと同じようなことが起きてしまうということです。
そのような大きな刑務所になると、工場の数も多くなります。私が勤務した刑務所では27工場ありました。これは、受刑者が行う作業(刑務作業)のうち生産作業といわれる分野に属する工場です。
そして、この作業は民間の企業と契約を結んで受刑者が働くものであり、刑務作業の大体8割がこれに属します。私がいた刑務所でこの作業を契約している会社は約80社。これだけの数の会社が材料などを刑務所に持ち込み、受刑者が作った製品を持ち帰るわけです。
まるで刑務所が工業団地みたいな様相を呈することになります。結果として刑務官の詰め所から相当離れた所に工場を造らざるを得ないという事態に至りますし、自転車も必要になるわけです。
刑務所で自転車のリスク
もっとも、刑務所の中に自転車を持ち込むとリスクも生じます。
万一これが受刑者に使われたら刑務官が追いかけても間に合わないからです。そのまま刑務所の外に逃げられたら最悪の事態となります。
刑務官が通常刑務所の構内に出入りするゲートはその都度鍵で開閉しますので、鍵を持っていない受刑者がそこから自転車で逃げるということはまず無理です。
しかし、上記のように刑務所には多くの会社が出入りしていますので、作業用の材料を持ち込んだり、製品を搬出したりするときはトラックを使います。その際に使われるゲート(「作業門」などと呼ばれます。)はとても大きいので、その開閉には時間が掛かります。
したがって、トラックが出入りするタイミングで自転車に乗った受刑者がゲートに突っ込んでいけば逃げ出せるかもしれません。
もちろん、そんなことができないように、ゲートを守る刑務官は細心の注意を払いますし、物理的にもそのようなことができないように工夫したりしていますが、自転車が使われることによってリスクが高まることは否定しきれません。
そんなこんなで悩ましいのが刑務所の自転車というわけです。
(文:小柴龍太郎)
コメント