はじめに
2017年に経済産業省が公開した「不安な個人、立ちすくむ国家」というレポートが注目を集めました。
これは経済産業省の次官・若手プロジェクトとして若手が中心になったレポートで、異例の150万ダウンロードを記録し世間に賛否両論を巻き起こしました。これから社会人になる人にとって有意義なレポートであると考えられるので、その内容を要約し、若手公務員が考えるべき問題について説明します。(本稿は事実をもとに筆者の考えをまとめたものであり、本メディアの意見と必ずしも一致するものではありません。)
※このレポートは誰でも閲覧することが可能です。興味がある方は以下のURLよりダウンロードして原典を読んでみてください。
https://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf
「不安な個人、立ちすくむ国家」の内容
まずは、このレポートにはどのようなことが書かれているのか簡単に要約します。
3つの大項目
本レポートは3つの大項目によって、構成されています。
1つ目は、「液状化する社会と不安な個人」という項目で現状の国民が抱える不安と社会構造の変化について説明しています。2つ目は、「政府は個人の人生の選択を支えられているか?」という項目で、高齢化、貧困、教育など社会システムによって発生する問題について説明しています。そして、3つ目の「我々はどうすれば良いか」という項目で全体を解決するために解決しなければならない個別の概念について解説しています。
ただし、このレポートが何か具体的な社会問題を解決しているというものではなく、論点整理をする程度の内容に留まっています。
液状化する社会と不安な個人
液状化とは、これまで政府や宗教、企業などの組織がトップダウンで統制していた組織中心社会が技術の発展によって個人の決断やリスクテイクに依存する部分が増大した個人中心社会に変貌を遂げつつあるということを指しています。
例えば、YouTuberやブロガーのような人は組織に所属しなくても自分が作った動画や文章で生計を立てています。このように特定の企業に所属せずに働くフリーランスの人は増加しています。また、インターネット環境さえあれば、日本から仕事の依頼を受けつつ、海外に長期滞在をするといったことも可能です。
個人が自由に生きられるということは反面、組織がどうすれば良いのか答えを教えてくれないということでもあり、自分で決めなければならないということに人々は不安を感じます。このような社会の中で秩序ある自由を実現した社会を実現できるか、組織の権威へ回帰する社会に戻るのかの分岐点に差し掛かっているのではないかと説明しています。
政府は個人の人生の選択を支えられているか?
個人中心社会になりつつあるのに、政府は個人の自己決定を支えられているのかというのがこの章での問題提起です。現状の社会制度では、定年後に居場所がなくなったり、自分の好きな場所で終末を過ごせない、母子家庭は貧困になりやすく、また非正規雇用、教育格差によって貧困は連鎖する、若者の活躍の場が用意されていなかったりするのではないかと提起しています。
また、生き方が多様化する中で政府はすべての人生にあてはまる共通目標を示すことができていないのではないかとも提起しています。昔は一人当たりGDPの増加が生活満足度につながっていましたが、近年は一人当たりの実質GDPは30年で約2倍まで伸びたにも関わらず、生活満足度はあがっておらず、政府が国民の幸せを一律に規定するのが困難になっています。よって、国民が自身の幸福を追求できるように「個人の選択を支え、不安を軽減するための柔軟な制度設計」をしなければらないのではないかと説明しています。
さらに、個人の自己決定も自分で選んでいるつもりで選ばされているのではないかとも説明します。すなわち、インターネットが情報の流通経路を圧倒的に増やした反面、人は自分が所属したコミュニティの情報にしか接触せず、フェイクニュースも拡散しやすいため、選択は誰かにゆがめられているのではないということです。
我々はどうすれば良いか
この項目では提起した問題についてどのように解決すれば良いのかを示しています。ただし、問題を整理しただけであって、具体的な解決策を示すものではありません。解決策の方向性は3つあります。
1つ目は「一律に年齢で「高齢者=弱者」をみなす社会保障をやめ働ける限り貢献する社会へ」の転換です。年齢により一律に国民を区分するのではなく、個人の意欲、健康、経済状況などに応じた負担と給付を行うような社会制度に変革することによって社会保障費の増大を抑制し、健康な限り働きつけられる社会を作らなければならないということです。
2つ目は「子どもや教育への投資を財政における最優先課題に」するということです。すなわち、子どもから大人まで自由を行使し変化を乗り越える力を身につけられるように教育に投資を財政の最優先課題にして、高齢者の医療にかかる予算より優先するべきではないかということです。また教育についても、ただ学校教育の予算を増やすのではなく、民間サービス、最先端テクノロジー、金融手法なども活用して、何をどう教育するかも含めて転換することを検討しなければならないとしています。
3つ目は、「「公」の課題を全て官が担うのではなく、意欲と能力ある個人が担い手に」なることです。「公」に関する業務は「官」が担わなければならないという思い込みにより、官業の肥大化による財政負担の増大と、官の提供するサービスと個人や地域の多様なニーズとのミスマッチが発生しています。これを解決するためには、意欲と能力のある個人が「公」に参画できるような仕組みをつくり、民間の力を使って課題解決をすれば良いのではないかということです。
レポートに関する反響と価値
以上、レポートの内容を要約したものですが、このレポートは官庁の資料としては異例の150万ダウンロードを記録し、後に書籍化もされました。もちろん、このレポートの内容に関して賛成する意見だけではなく、反対する意見も多くあります。
レポートに関する反響と価値について説明します。
レポートに関する反響
レポートに関する反響はさまざまです。レポートの内容に共感するという声も多いですが、一方で内容に反対する意見もあります。ただし、各論では反対しつつも総論では賛成という意見が多いと感じられます。
例えば、投資家の山本一郎氏はレポートについて、時代認識、データの扱い、社会保障などの将来におかしさがあるとしつつも「このペーパーの主眼は、衰亡する日本の中で何をなすべきかという退廃的な議論ではなく、ブレイクスルーを惹起するような建設的な議論を増やしたい、ということなのでしょう。たしかに根拠となる各種データはクソですが、このまま新しい何かを実現できなければ日本はヤバいという気持ちにはなります。」と説明しています。
残念な檄文「経産省ペーパー」3つの誤解
https://president.jp/articles/-/22369
古くて新しい社会改革論
このような技術による社会の変革に対応しなければならない危機感はたびたび議論になります。例えば、社会学者の鈴木謙介氏は、「日本においても1970年代ごろから通産省(現在の経産省)を中心に、重厚長大型産業からスモールビジネスへという掛け声があり、何度となく「社会の変化に合わせて産業構造を変えるべきだ」という主張が提示されてきたのだ」と指摘し、このレポートが提示しているのは古くて新しい「社会の構造変動」論であるとしています。
なぜ”経産省若手提言”はネット炎上したか
https://president.jp/articles/-/22164
つまり、今回の経産省若手のレポートは何も特殊なことではなく、産業構造が大きく変化する際に抱かれがちな問題意識であると説明しています。
本レポ―トの価値
以上のようなことから考えると、このレポートが持つ価値は目新しさではなく、議論に呼び水となることにあります。150万ダウンロードされているという結果からも分かるとおり、多くの人が産業構造から促される社会構造の変化に関心を寄せており、重要な問題だと考えています。ただし、このような問題は突然発生したのではなく、産業構造が変革する節目では発生しがちな問題となります。
これまでも人類は、その知恵を結集して産業構造の変革に合わせて社会体制を変革させていったので、このレポートが提示している問題も解決することは可能でしょう。
公務員の仕事における問題意識
よくビジネス書では「仕事に関する問題意識を持ちましょう」と書かれていることがあります。もちろん、問題意識しているテーマに拘泥すればかえって生産性を低下させることにもつながりますが、適度に問題意識を持って仕事に取り組むことは、仕事のやりがいや成果にもつながります。
すなわち、問題意識に拘泥しすぎると初めからその問題に取り組もうとして、「意図しない部署に回された」あるいは「上司が自分の提案を認めてくれない」という僻みにつながり周囲との軋轢を生んだりモチベーションを下げたりしてしまうかもしれませんが、きちんと仕事をしていると多かれ少なかれチャンスは回ってくるはずです。
そして、自分が問題意識を持って取り組んだ仕事はやっていて楽しいですし、成果も出しやすいです。そして更にその成果は次の良い仕事を生み出してくれるはずです。
本レポートは経済産業省の若手が発表した「問題意識」に関するレポートですが、国家公務員、地方公務員問わず、仕事に対して持っておくべき問題意識はあるはずです。例えば、地方では「高齢化、若者の人口流出にどう対応するか」「地域内の産業振興をどのように図るべきか」などはよくあるテーマです。
ぜひ、公務員として仕事をする際は社会や地域に関する問題意識を持って仕事をしてみてください。
まとめ
「不安な個人、立ちすくむ国家」というレポートは、現代に産業構造の変化とそれに伴い求められている社会構造の変化について説明したレポートです。各論では反対したり、古臭い議論だとしたりする反対意見もありますが、現代の閉塞感をどうにか打破しなければならないという点では賛成する人が多いレポートだと考えられます。
確かに、このような議論は産業構造の変化の際にたびたび言われることであり、ある種の定型的な議論だと言えるかもしれません。しかし、社会に議論を巻き起こす呼び水として一定の価値がこのレポートにあるのではないかと考えられます。
ちなみに、このレポートは経産省の若手の問題意識を表出したレポートですが、どこの官庁で働くかを問わずに、問題意識を持って仕事に取り組むことは大切です。問題意識を持って仕事に取り組むことはやりがいや成果に代わるからです。
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