経済学を味方に(3) サンクコスト(埋没費用)効果~学習分野を絞る時に考慮しよう!~

公務員試験対策に現在も関わっている現役大学講師の著者が、専門的に学んできた経済学の知見を活かして受験対策をアドバイスするシリーズです。

第3回は、受験戦術に関するアドバイスです。具体的には、試験科目の多い公務員試験では、いわゆる「捨て科目・分野」をつくることがしばしばありますが、この時、その判断に潜む邪魔者になる可能性を秘めたサンクコスト(埋没費用)効果を紹介していきます。


はじめに - そもそも、捨て科目・分野をつくってよいのか?

この記事をお読みしている方の中には、そもそも「捨て科目・分野」をつくるべきなのかが疑問という方もいるでしょう。これについては、もちろん全ての科目・分野を学習できる(理解でき、覚えられるまで行い試験で使おうとするまで勉強できる)のであれば、それにこしたことはありません。

他方、筆記試験は専門・教養試験共に7割近く取れていれば大抵は通過できます。ということは、受験戦術上、何問かに該当する科目や分野を捨て、勉強した科目だけで得点を取っていく形を選ぶことも可能です。

実際、私は、教養試験・専門試験ともに数科目ずつ捨てても無事合格をしました。また、現在までの指導においても、全科目を試験に使えるまでに準備できるよう学習した教え子さんは稀な存在で、大抵は何かを捨てています。

ということで、捨てていない科目を試験問題が解けるまで磨く意識を持てば、捨て科目・分野をつくっても筆記試験合格は十分可能でしょう。

そうすると、おススメの「捨て科目・分野」はあるのかとよく聞かれます。この時、私は、時期や既習状況、あるいは受けられる試験種によってアドバイスを変えています。受験までの時期の遠近によって、また高校までに何をどのくらい勉強してきたのかによって、そして試験種ごとの出題科目数などのバランスによって、理想の戦術が全く異なるからです。

ただし、やってはいけない「捨て科目・分野」の設定方法というものがあります。これが、経済学で出てくるサンクコスト(埋没費用)という概念に関わることなのです。

サンクコスト(埋没費用)効果とは?

では、サンクコスト(埋没費用)についてまず説明しましょう。これは、組織や自身が事業や行為に投下した資金・労力のうち、この事業や行為を撤退・縮小・中止をしても戻ってくることがない資金や労力のことです。

例を出します。ある人(Aさんとします)が、英語学習のために、英会話スクールに通ったとしましょう。月6時間で月謝3万円だとします。半年続けた場合、18万円の資金と36時間の学習という労力を払うことになります。この時点で、英会話スクールを辞めたり、通う回数を減らしたり、一旦休学したりしてもこの資金と労力は戻ってきませんよね(まぁ、稀に効果がなければ全額返金というスクールさんもありますが、そういう契約をしていないとしてください)。これが、サンクコスト(埋没費用)です。

つまり、サンクコスト(埋没費用)は回収できないわけですから、諦めてやり過ごすしかないわけです。これが経済学の考え方です。

しかし、人は非合理的な決定をしてしまうことがしばしばありますから、このサンクコスト(埋没費用)に引きずられた判断をしてしまいがちです。先の例で言いますと、英会話に投入した資金や労力を惜しんで、その投入をしていなかったらしないような判断をしてしまうわけです。

これを理解していただきたいので、Aさんのケースに次の条件を加えてみます。Aさんは大学3年生6月に英会話スクールに通いだしたのです。これは、観光業界に就職するという夢の実現に有利だと思ったからです。しかし、半年後(大学3年12月)、Aさんは観光振興を行政の立場で行いたいと考え直しました。そこで、公務員試験について調べてみると、科目も多く大変な試験を半年後(大学4年6月頃)に受けなければならないと分かりました。さぁ、Aさんは、公務員試験合格のためにどうしなくてはいけないでしょうか。


おそらく、Aさんが英会話スクールに行っているか否かの情報が全くなければ、公務員試験に多くの労力を投入すべきだとの答えを出ることでしょう。また、資金も公務員試験対策関連の書物や模試、あるいは予備校に通うお金に投入すべきだという判断もできるでしょう。だから、この事例を、あくまでも他人事で眺めれば、Aさんには英会話スクールを辞めたり休止したり、少なくとも減らしたりして、公務員試験に資金と労力をかけようという回答を容易できることでしょう。

しかし、Aさん本人や、Aさんを自分事に捉えてしまうと、スパッと英会話スクールを切るような判断が難しくなってしまうことがあります。せっかくやっていたし続けようという判断をしがちになるのですね。

これが前提となってしまうと、試験情報ですら、英会話を続けながらやろうとする正当化の材料に代わる場合もあります。例えば、公務員試験の面接試験において英会話ができるというのは宣伝になるはずだから続けようとか、公務員試験の筆記試験にある文章理解という科目には英文読解もあるので引き続き親しんでおくことも悪くないとか……とにかく、英会話スクールを続けた方が良いように捉えだすのです。

合理的に考えれば、もう半年通ったのだから、その事実を使って面接時に英会話のネタは触れることができると考えられますし、英文読解も過去問題集をやりこめば事足りるとなるでしょう。それなのに、英会話スクールに資金と労力を投入していた自分が邪魔をして、それに引きずられた判断になってしまうのです。

このように、サンクコスト(埋没費用)に引きずられてしまい、不合理な判断や行動をしてしまうことを、サンクコスト(埋没費用)効果と言います(←同じ意味でコンコルド効果とも言います)。

サンクコスト(埋没費用)効果による「捨てる科目・分野」の判断とは?

さて、サンクコスト(埋没費用)効果に引きずられると、どのように「捨てる科目・分野」の判断をしてしまうのでしょうか。いくつかありますが、少なくとも次の3点は指摘しておきたいと思います。

第一に、既習において今まで資金・労力をあまり投入していない科目を、深く考えずに「捨てる科目・分野」にしてしまうことです。

例えば、高校時代、文系の人の多くが地学を学習していないことでしょう。そうすると、地学にはいわゆるサンクコスト(埋没費用)がほとんどなく、思い入れがありません。そのため、安易に捨てる科目にしてしまうのです。しかし、地学の範囲の中には中学理科の知識で解けるものだったり、地理の系統地理分野とリンクしていて相乗効果が期待できたりという利点があります。その辺りを考えて捨てるか否かを判断しなければならないはずです。

あるいは、高校時代に世界史をほぼ学んでいない場合にもサンクコスト(埋没費用)のなさから捨て科目に挙げてしまう方がいます。確かに、あの膨大な国と地域の歴史なんて無理だろうと一見思いますよね。だから、捨てる分野をつくることは推奨します。が、丸々捨てると考えるのはいささか安易かもしれません。

なぜなら、18世紀以降の欧米史と中国史くらい押さえておけば大抵半分は取れるからです。さらに、法律学・経済学系の学問や思想などの多くは欧米発であり、発祥地の歴史が分かることで、どうしてこのような学説や思想家の考えが生まれたのかが理解できます。これは、暗記が容易になるのと同義です。この利点を補う得点源があるのなら丸々捨てるのも良いのですが、そこまで考えず判断するのは勿体ないと言えます。

ということで、自身が未習だから(=サンクコストが低いから)という理由だけで「捨て科目・分野」を作りすぎないように心がけましょう。科目の攻略法などを紹介する本や予備校などでの講義には、頻出箇所などへの言及があると思います。せめてその情報を得てから、「捨て科目・分野」を決めましょう。

第二に、自身に不向きなのに、サンクコスト(埋没費用)を気にして捨てきれない科目ができることによる問題点があります。

例えば、数的処理。出題科目数も多いので捨てられない科目の筆頭です。他方、文系出身者を中心に、独特な考え方をしないと正答にたどり着けないため、苦手意識を持つ方が多い科目でもあります。そういう方がしっかり得点するためには、参考書通読や過去問のやりこみ、あるいは予備校などの講義を聞くといった努力が必要です。とはいえ、模試など受けてみれば分かりますが、時間制約の中で、いくら学習をしても満点取れるまで磨ける人は、元々こういう系統が得意な人くらいです。

だから、ある程度磨き、試験時期が近付いた場合、この科目の学習を切り上げ(日に数問解きなおす程度にし)ながら、暗記科目で1問取りに行く態度が求められます。公務員試験は時事問題など、直前暗記が功を奏するケースは多々あるからです。

それなのに、試験時期が近づいても一日の大半を数的処理に費やすのは、この科目に時間を今まで費やしてきて頑張ってきたから、本番もぜひ得点ができるようさらに頑張ろうというサンクコスト(埋没費用)効果による判断が働いている可能性を感じます。


時間は有限であり、同時にたくさんの科目の学習はできませんから、他の科目がなし崩し的に「捨て科目・分野」にされてしまっては、効率的な受験対策とは言えないでしょう。

第三は、得意科目の過剰学習を引き起こすことによってできる「捨て科目・分野」です。

得意になるまでに投入した労力(サンクコスト)を思うと、得意科目では一点も失いたくないとつい考え、さらに学習してしまう可能性があります。私も経済学を学習し、勉強仲間にも教えられるくらいになっていたため、この科目は一点も失わず満点でいたいと思いすぎ、その勉強ばかりしてしまった経験があります。後で冷静になって振り返ると、他の学習にそのエネルギーを振り分けた方が効率的でした。

したがって、サンクコスト効果によって非効率な学習になっていたと言えます。そのため、このような、得意科目の過剰学習によって、他の学習に振り分けられず、事実上の「捨て科目・分野」を生み出す事態は避けるようにしましょう。

第二、第三のパターンへのアドバイスとしては、「どのような科目で正解しても1点は1点だ」くらいの極端にドライな気持ちを持ちましょうということですね。今までの学習への投入(=サンクコスト)に左右されすぎない学習計画が必要です。

まとめ

今回は、サンクコスト(埋没費用)効果について解説しました。

これによって「捨て科目・分野」がなし崩し的に生まれてしまう可能性について言及しました。時間は有限であり、ある科目を学習したらある科目はできないというトレードオフの関係であることを念頭に学習計画をしましょう。

また、サンクコスト(埋没費用)をあまり感じていない科目は根拠なく「捨て科目・分野」になってしまう場合も指摘しました。どういう科目なのかという特性を知り、自分に残された時間からここはやるけど、ここは捨てるという根拠で各科目と向き合うようにしましょう。そうすることで、得点向上という効率を考えた学習行動が導けます。

ぜひ一度、ご自身の受験戦術を見直す際に、サンクコスト(埋没費用)に引きずられていないかの点検をしてみてください。

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本記事は、2021年2月15日時点調査または公開された情報です。
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