産み逃げ、産み捨て、野良妊婦…周産期医療の現場で今何が起こっているか

正常分娩率や母子の生存率も高く、日本は安全なお産ができる国としても知られています。ところが、医療機関以外で出産してしまう人、出産後子供を置いてしまう人、そして妊婦健診を受けないなど、イレギュラーな妊婦も多くなってきました。

今、周産期医療の現場では何が起きているのでしょうか。


安全に産める国、日本の現状

周産期死亡率は世界最低

妊娠22週から、生後7日間までの期間を周産期と呼びます。そして、周産期中に何らかの原因で母子が命を落とす確率を、周産期死亡率と呼んでいます。

日本の周産期死亡率は、戦前は46.6%と高い数値となっていましたが、戦後自宅ではなく医療設備の整った医療機関での出産が増えたことや、周産期医療の体制が整った事により、2001年には日本の周産期死亡率は3.6%まで下がり、2012年には2.6%と、依然低い数値を保っています。

現在、日本の周産期死亡率は世界で一番低く、世界で一番安全に妊娠や出産ができる国としても知られています。

周産期母子医療センターの整備

周産期に母体や胎児、新生児に何らかのトラブルが起きた時には、迅速な対応が必要になります。その為には、産科や小児科が連携して一貫した医療体制を整えなければいけません。

日本には、周産期医療の現場として各自治体ごとに周産期母子医療センターの整備を行っています。

周産期母子医療センターとは、母体・胎児集中治療管理室(M-FICU)を含む産科病棟及び新生児集中治療管理室(NICU)を備えた医療機関です。ハイリスク妊婦の受け入れや、周産期における救急医療に対応できる施設として、日本の周産期医療を支えています。

母子手帳の配布

出産時に母子ともに最適な状態で分娩に挑むために、日本では色々な取り組みが行われています。

代表的なのが、母子手帳の交付です。母子手帳とは、妊娠周期ごとの健康状態をチェックする為の、妊婦健診や検査結果を書き込む欄や、今までの妊婦の健康や仕事の状況等を記入する欄があります。他にも、妊娠中の妊婦の気持ちの変化やその時の状況を、日記のように目もできる欄もあります。

出産後は、分娩時の状態や子供の出生体重、退院時の記録なども記入できるようになっています。一か月後の産後健診の結果記入欄もあります。子供の出生届を提出すると、役所から提出済みの印鑑を押される欄も用意されています。

母子手帳は妊婦の健康状態を記録するだけでなく、出産後は子供の健康のための手帳になります。乳幼児健診の結果や予防接種済みを書き込む欄、健診前にその時の成長具合を親がチェックできる欄があります。

母子手帳は、自治体の役所によって交付されます。おおよそ妊娠周期6週から10週くらいの時に、自分が受診している産婦人科医から母子手帳をもらってくるように指示があります。


母子手帳には、他にも妊娠中の栄養状態や過ごし方などの知っておきたい事、育児のしおりや離乳食の進め方など、妊娠中や育児に関して知っておきたい基本的な情報も記載されています。

妊婦健診の充実

妊娠中は、母子共に順調に妊娠継続ができているかを見る為に、妊婦健診が行われます。

妊婦健診では、経腟もしくは腹部エコーで胎児の発育状態を確認する、妊婦の体重や血圧、たんぱくや糖の値を計測する、むくみの有無などを見ます。妊娠期間中に、妊娠高血圧症や糖尿病となった時、切迫流産や早産となった時にも、妊婦健診を受けていれば安静指示や入院、他のハイリスク妊婦を受け入れている病院への転院など、適切な処置ができます。

また、既往症や逆子、多胎などの理由で経腟分娩ではなく帝王切開になる時も、妊婦健診を行っている事により帝王切開の可能性を早期に知れると共に、予定帝王切開として計画分娩を行う事もできます。

妊婦健診は、母子手帳に付属している補助券を使用する事により、自治体からの補助が受けられ、比較的安めで受診できます。

医療現場を脅かす、イレギュラーな妊娠・出産の実態

産み捨て

自宅や外出先のトイレなどで子供を出産し、その場に放置する、もしくは自分で殺してしまう事を「産み捨て」と呼ばれています。

未成年が妊娠しているケースも多く、周りの家族も妊娠に気が付かなかった場合が多いです。本人も妊娠に気が付かず、結局人工中絶手術を受けられない周期まで妊娠が進んでいた為、やむを得ず誰にも見つからないように出産、その後出産した子供の扱いに困り、子供をその場に捨ててしまうのです。

産み逃げ

病院などの医療機関で分娩を行った時には、分娩費用や入院費用が発生します。

ところが、分娩を行った先にその費用を支払わずに、入院中にそのまま産婦が逃げ出してしまう事があります。経済的な理由など、色々な事情で医療機関へ支払うべき費用を踏み倒して逃げてしまう事を「産み逃げ」と呼ばれています。その時、出産した子供をそのまま医療機関に置いてきてしまう、前述の産み逃げを一緒に行う場合も多いです。

野良妊婦

妊娠した時には、母子の健康や発育状態を慎重に見ていくために、妊婦健診が実施されています。ところが、この妊婦健診を出産まで受けない妊婦もいます。

かかりつけの産婦人科を持たずに、妊婦健診を受けずに出産に挑む妊婦は、「野良妊婦」と呼ばれています。

妊娠中は体調が急変することもあり、旅行先や外出先で倒れてしまう事があります。救急搬送などを受けた時には、妊婦の持っている母子手帳や、母子手帳が手元になくても妊婦健診を受けているかかりつけの産婦人科から情報を得る事もできます。けれども、野良妊婦の場合には妊婦健診も受けていない為、妊婦の既往症や妊娠週数も分かりません。

また、前述の産み逃げや産み捨ては、野良妊婦が行う事が多くなっています。

駆け込み出産

野良妊婦状態だと、分娩する施設も決めていませんのでもちろん分娩予約もしていません。もしも、自宅で陣痛が来た時には救急車を呼ぶ、もしくは近隣の病院や産婦人科に自分の足で駆け込んで出産するケースが多いです。

野良妊婦が、出産時に医療機関へ駈け込んで出産する事を「駆け込み出産」と呼んでいます。


どうして野良妊婦・駆け込み出産が起きるのか

産婦人科が見つからない

産婦人科医は、日本の医師の中でも特に数が少なくなっています。妊婦健診ができる医療機関や助産院はあっても、その後の分娩ができる施設が見つからない為、暫定的に野良妊婦になってしまうケースがあります。

また、今まで産婦人科に通っていて妊婦健診もきちんと受けていたのにも関わらず、妊婦や胎児に何らかのトラブルが起きてしまい、今通っている産婦人科では対応できなくなり、他に対応可能な医療機関に移る場合があります。この時にも、周産期母子医療センターや総合病院のような施設の整った分娩可能な施設が見つからない時、暫定的に野良妊婦状態となってしまいます。

今まで妊婦健診を受けている人は、分娩時には何らかの方法で無事に出産できる施設を探し出すように努力し、結局は出産できるようにはなるケースがほとんどですが、一時的にもかかりつけがいなくなってしまう状況には、産婦人科医の不足も背景にあります。

外出先や旅行先で陣痛が来てしまう

いわゆる正期産である37週に入ると、いつ生まれてもおかしくない状態になります。それ以前でも、だいたい30週くらいからは何が起きるか分からないので、長時間の外出や、遠方への旅行は控えた方が良いとされています。里帰り出産などでやむを得ず飛行機に乗る時には、妊娠周期によっては産婦人科医の同意書の提出が求められます。

ところが、「自分は大丈夫」と思っていて、正期産近くに海外旅行へ行くなどしてしまう人がいます。かかりつけの産婦人科から遠く離れた所で陣痛が来て、そのまま分娩となる時には、駆け込み出産となってしまいます。

また、海外で出産となった場合には高額の医療費が請求されるケースが多いです。

経済的な理由

妊娠はしたけれども、経済的な理由で妊婦健診や分娩費用が支払えない為に、野良妊婦や駆け込み出産をするケースもあります。

母子手帳に付属している補助券を使用すれば妊婦健診も補助が受けられますので、通常よりもずっと安く妊婦健診を受ける事ができます。分娩費用についても、自分が加入している健康保険から出産一時金として子供ひとりあたり42万円が支給されます。

これらの制度を知らずに、もしくは制度を利用しても経済的な理由によって結局自宅出産や駆け込み出産をするケースもあります。

不法滞在など、社会福祉が利用できないケース

出稼ぎ労働の為に、日本に不法滞在している外国人などで、日本の社会福祉が使えないケースも野良妊婦や駆け込み出産となります。

また、駆け込み出産をして医療機関で出産を行っても、その後不法滞在がばれて母国に強制送還になる事を恐れて、産み逃げや産み捨てをしてしまう事にも繋がります。

周りに妊娠が言えない時

未成年の妊娠・出産や配偶者のいる女性が他の男性と不貞行為を行った時など、まわりに自分が妊娠している状態を言えない場合があります。

多くの女性が望まない妊娠は妊娠中絶手術を受けますが、既に妊娠に気が付いた時には、妊娠中絶手術が可能な22週を過ぎてしまっている時には、周りに妊娠を隠し続け、人知れず出産、そのまま子供を捨ててしまう、もしくは殺してしまうこととなります。

イレギュラー妊婦や出産が周産期医療に及ぼす影響とは

感染症などのリスクが高まる

駆け込み出産を行う野良妊婦は、今まで妊婦健診を受けていなかったので、本人に危険な感染症がある可能性があります。特に、分娩時は出血を伴い、感染症の多くは血液から感染しますので、より感染のリスクが特に高くなります。

駆け込み出産で来た妊婦が感染症だった場合、分娩を担当する医師や助産師だけでなく、その産婦人科などにいる他の妊婦や患者にも感染のリスクがあります。

他の分娩への悪影響

駆け込み出産できた妊婦の為に、本来その施設で妊婦健診を受けていて、分娩を受けるべき妊婦の間に割り込んできて、他の分娩に影響が出る事があります。

また、前述の通り野良妊婦が駆け込み出産を行う時には、感染症のリスクがあるので、よく状況を確認してから分娩を行う事になります。分娩を行える医師がひとりもしくは二人など、少数の医療機関の場合には、駆け込み出産の妊婦の対応に医師がかかりきりになってしまい、やはり他の分娩が進められない事になります。

医療機関への経済的な圧迫

野良妊婦や駆け込み出産は、経済的な理由で妊婦健診が受けられない人もいる為、駆け込み出産を行っても、子供を置いて入院中に逃げ出してしまう、産み捨てをする事が多いです。

そうすると、本来支払われるはずの分娩費用や入院費用が対応した医療機関へ支払われない事となり、医療機関の経済的な負担となってしまいます。


野良妊婦になると、どうなるか

医療機関のたらいまわしになる

上記の理由から、妊婦健診を全く受けていない野良妊婦の駆け込み出産は、周産期の医療機関に大きな負担となります。また、正規の妊婦健診を受け、分娩予約をしている他の妊婦にとっては、大迷惑となります。その為、駆け込み出産の受け入れ自体を断る医療機関が多くなっています。

野良妊婦状態の女性が、陣痛が来たので救急車を呼んだところ、分娩の受け入れをしてくれる医療機関がなく、いわゆる「たらいまわし状態」にされたというニュースがあります。その中には、残念ながら分娩時のトラブルで女性が亡くなってしまい、事件となったケースもあります。(2006年8月7日に発生した「大淀町立大淀病院事件」)しかも、被害女性が野良妊婦状態だったことは、事件当初は発表されておらず、受け入れを断った医療機関に対するバッシングのみで世間を騒がせました。

周産期医療現場の危機を救うには

産み捨てや産み逃げ、そして野良妊婦や駆け込み出産、そしてそれらの受け入れを断ると、世間からのバッシングを受ける…、それでなくても、いつ起きるか分からない分娩を取り扱う、肉体的にも精神的にも負担の多い産婦人科医は、なり手の少ない医師です。

このままでは、さらに産婦人科医のなり手が少なくなり、周産期医療現場の崩壊にも繋がります。その為には、妊婦健診を適切に受けられる、かつ誰でも安心して出産ができる体制づくりをする事が急がれます。

本記事は、2018年1月7日時点調査または公開された情報です。
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