国家は様々な権力を保有しています。
例えば、国家運営の財源確保のために国民から税金を徴収する課税権、治安を守るために犯罪を取り締まる警察権など様々な権力が存在しますが、その中でも近代国家において特に重要な権力が通貨発行権です。通貨発行権とは、名前の通り通貨を発行する権利の事で、円やドル、ユーロなどの貨幣を発行して市場に供給する事ができる権利の事を指します。
現代の経済において、通貨発行権はとても重要で、信用が無い国が過度に通過を発行してしまえばその通貨の相対的な価値は下がりますし、欲しいという人が多いのに通貨の量を国が過度に制限していればその通貨の価値は上がります。この通貨の価値が経済に与える影響は大きく、日本でも円安によって輸出業産業の競争力が高まって景気が良くなったり、円高によって輸入製品の値段が安くなったりと私たちの生活に国によって発行された通貨の量は密接に関連しています。
このように、通貨の発行によってその価値をコントロールするのは、その国の専属的な権利でしたが一方で最近誕生した仮想通貨は各国が通貨発行権によってコントロールできないお金です。すなわち、皆がビットコインで取引をすれば通貨の供給をコントロールする事によって景気をコントロールする事ができなくなるのです。
本記事では「通貨発行権」vs「仮想通貨」と題して、仮想通貨がどのように通貨発行権に影響を与えるのかについて説明します。
信用貨幣の誕生と通貨発行権の重要性
まずは時系列順に通貨の歴史について説明します。
原始時代にさかのぼれば私たちは物々交換によって自分たちの欲しいモノを手に入れていました。しかし、物々交換のためにモノを持ち歩くと重いので不便です。そこで例えば珍しい貝殻や石、金属などのように軽くて持ち運びしやすく、また壊れにくいモノを媒介させる事によって物々交換を行う様になりました。これが貨幣の誕生です。
そして貨幣は物々交換の手段と言うだけではなく、何にでも交換できて便利という事で貨幣自体の重要性が増してきて、人々は貨幣を求めるようになりました。貨幣として長い間使われてきたのは、金・銀・銅などの金属です。このような金属を鋳造して金貨・銀貨・銅貨などが市中で用いられていました。
しかし、貨幣の流通量は増えてくるにつれて人々が保有する貨幣の量も増えてきました。そうなると、貨幣を持つと言うのはまた不便になります。いくら貨幣は軽いと言っても土地や家など大きな買い物の際には膨大な量の貨幣を持ち歩く必要がありますし、誰かに奪われる可能性があるかもしれません。
これによって誕生したのが紙のお金である紙幣です。国家が金と交換できる交換券である紙幣を発行し、人々は紙幣で買い物をするようになりました。つまり、金や銀などの希少な金属ではなく、どこにでもあるような「紙」が価値を持つようになったのです。
「紙」がお金として価値を持ち出すと、人々のお金に対する価値観も変わります。今までそれを裏付けている金や銀などに価値があったのに、「紙」の交換券自体に価値があるように思うようになったのです。しかし、この状態では国は紙幣の価値を裏付ける金を保有しなければ紙幣を発行する事ができません。しかし、価値を裏付ける金が足りなくなり、それでも紙幣が必要だと言う事で、国は保有している金の量に関係なく紙幣を擦り始めるのです。
この紙幣の信頼性は国の信頼によって担保されています。すなわち、きちんとした国が発行している紙幣なので価値があるだろうという国の信用が価値の源泉となったのです。金等の裏付けがあった紙幣を兌換(だかん)紙幣と呼び、信用に基づいた紙幣を信用紙幣と呼びます。
ちなみに、現代を生きる私たちにとって信用紙幣は当たり前の事となっているかもしれませんが、信用紙幣が誕生したのはここ100年、150年の事で、信用に基づいて国家が貨幣を発行できるというのが人類の歴史から見ればごく最近誕生した常識だと言えます。
信用紙幣が裏付けするモノがなくても自由に作り出せるという事は重要で、国にとって自国で発行する信用紙幣は、流通量をコントロールする事によって経済に影響を与える極めて重要なツールだったのです。
すなわち、景気が悪ければ市中のお金の量を増やしてインフレ状態にして景気を刺激し、景気が良くなって物価が急激に上昇するとお金の流通量を少なくしてデフレ状態にするという風に国がお金の量をコントロールして景気をコントロールしているのです。
コントロールできない仮想通貨
このように国にとってその国が発行する信用紙幣は景気をコントロールするための非常に重要なツールなのですが、最近誕生したのが国によってコントロールできない「仮想」通貨です。仮想通貨が通貨の定義にあてはまるのかについては議論が分かれますが、それでも仮想通貨は物々交換の媒介として利用できるツールであり、国が発行する信用紙幣よりも時によって使い勝手が良い場合があります。
この仮想通貨の特徴を挙げると以下のような2つの特徴があります。
誰も通貨の量をコントロールできない
まず、第一の特徴として挙げられるのが、通貨の量をコントロールする人は存在しないという事です。国が発行する信用貨幣の場合は、国から独立した中央銀行が発行します。国から独立していると言っても日本の場合、日銀の総裁や副総裁などの重要なポストは内閣や財務大臣が任命する事になりますし、日銀法上も政府の経済政策の基本方針と整合的に運営される事が求められるので、日銀が発行する紙幣の量には政府の政策が反映されています。
一方で仮想通貨の場合は通貨の量をコントロールする事はできませんし、マイニングという新たな仮想通貨を生み出すための方法はあるのですが、状況に合わせて誰かが増やしたり減らしたりして価値をコントロールするという事は出来ないのです。
また、誰もコントロールしないから偽造が容易かと言えばそのような事は無く、ブロックチェーンという情報を分散させて管理するシステムを利用して残高や取引を管理しているので、かえって偽造などを行いにくいと言われています。
世界で共通の価値を持っており、流通させやすい
次に挙げられるのが、世界で共通の「通貨」として使えるという事です。国が発行する紙幣の場合、例えば日本では円が使われていて、アメリカではドルが使われていて、アメリカ人が日本で買い物をしたい場合は一度ドルを円に両替しなければなりませんし、円とドルの交換レートは刻々と変化します。このような理由から通貨の違う国で買い物をするという事は非常に不便なのです。
更に貿易などに用いられる国際送金の仕組みも複雑でお金を送る人、送られる人の2社だけではなく当事者それぞれの国の銀行が関わる事になり簡単に決済はできません。これと比較して仮想通貨は同じお金を使用して決裁を行いますし、決裁には送る人と送られる人の2人しか必要ないので、国際決済が簡単となります。
仮想通貨は信用貨幣を駆逐するのか?
このように説明すると、国家が発行する通貨と比較すると様々なメリットがあるように見えます。たしかに国が発行している通貨の信用力が低い国民にとって仮想通貨というのが自分の資産を守る手段として有力だと言えます。実際に2015年、16年ごろの仮想通貨のメインプレイヤーは中国人で、中国が規制するまで中国は最も仮想通貨の取引が活発だった地域の一つでした。では、仮想通貨がいずれ国の発行する信用貨幣を駆逐するという事はありえるのでしょうか。
国際的に流通可能な誰でも恣意的にコントロールできない通貨というのが仮想通貨のコンセプトで技術上はそのような世界のインフラになりうるようなモノですが、少なくとも2018年初頭においての仮想通貨を巡る状況はこのような理想とは異なっています。
仮想通貨に対して大量の投機的な資金が流れているので価値が乱高下していますから安定した国際決済の手段にはなりませんし、仮想通貨で決裁できるサービスも少ないので、実際は通貨のように利用できません。いずれ価値が上がる事を期待して買ったと言う人はいても、仮想通貨を何らかの決済手段に用いた事があるという人は少ないのではないでしょうか。
仮想通貨が新たなお金のスタンダードとなるのか、それとも単なる投機商品の1つになってしまうか、今後の仮想通貨の動向に注目が集まります。
まとめ
私たちは昔から物々交換を円滑にするためにお金を使ってきましたが、国が自国の信用に基づいて紙幣を発行するというのがスタンダードになったのはここ100年程度の事です。
このように時代とともにお金のあり方も人類の進化にと共に変化していくのですが、次のお金のモデルとして注目を集めているのがIT技術を利用した仮想通貨と言うお金の形態です。国が発行する信用通貨よりも偽造が難しく、誰もコントロールできずに、流通も簡単なので新たな決済手段として注目を集めていますが、投機資本が大量に流れで相場が乱高下しているので必ずしも通貨として信頼できるわけではありません。
では、貨幣として相場が安定して通貨として利用できる様になった時に、信用貨幣は駆逐されるのかもちろんそのような事はありません。国にとって通貨発行権は経済をコントロールするための重要な権利なので保守しようとするでしょうし、税金の支払いはその国の通貨を使って行うはずなので、何でも仮想通貨で売買できるようになるというわけではありません。
今後、公務員はこのような仮想通貨の技術とも向き合う必要があります。いくつかの地方自治体では仮想通貨の仕組みを使って資金調達を行うICOによって地域を創生できないかという研究が始められています。これまでは通貨は国にしか発行できませんでしたが、このような仮想通貨の技術によって地域単位の独自の「通貨」を発行する自治体も誕生することが予想され、今後注目が集まると考えられます。
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