日本の救急車・救急隊員の変遷について
救急救命士資格があれば、救急車内で医療行為が可能に
市民からの119番通報に応じて現場まで駆け付け、急病人や怪我人も医療機関への搬送および救急救命処置を行うのが救急車です。救急車に搭乗している救急隊員は、各市町村自治体の消防本部に所属する消防職員で、管轄内の各消防署に配属されています。
救急車に搭乗している救急隊員は医師や看護師などの医療従事者ではないため、救急車内での医療行為が禁止されており、かつての救急車は通報を受けて医療機関へ傷病者を搬送するのが主な任務でした。その後1991年の救急救命士法の改正に伴い、現在では救急隊員の中でも救急救命士資格を持つ者は、医師と連絡を取りながら救急車内での一部の医療行為が可能となりました。
高規格救急車やスーパーアンビュランスの誕生
救急救命士資格を持つ救急隊員が医療行為を同時に行いながら、医療機関への搬送が可能となったのを受け、日本の救急車も変化していきました。
かつてはメインストレッチャー、サブストレッチャーの2基のベッドを有した「2B型救急車」、これが派生し交通事故を想定して生まれた3基のベッドを有した「3B型救急車」がメインで運用されていましたが、現在では救急救命士が応急処置や医療行為を車内で行うための設備が搭載され、かつ立ったまま医療行為が行えるように天井が高くなった「高規格救急車」が多くの消防署で運用されています。
また、東京消防庁の特別高度救助隊、ハイパーレスキュー隊が持つスーパーアンビュランスなど、搬送だけでなく現場で傷病者の収容や医療行為の可能な特殊救急車も誕生しました。
救急救命士による医療行為、そして新しいタイプの救急車の運用増加に伴い、日本の救急救命率も飛躍的に向上しました。
救急通報を巡る背景について
救急車の利用率の増加に伴い、隊員と救急車が不足
救急通報からの救急救命率の向上に繋がった日本の救急搬送ですが、実は救急通報事案の増加に伴って救急隊員と救急車が不足しています。
日本は現在、人口全体の21%以上を高齢者が占める、超高齢化社会に突入しています。高齢者の人口割合の増加も、救急通報事案が増えた要因のひとつです。通報事案の増加に対応できるように、各市町村消防本部でも消防職員の採用人数を増やしたり、救急隊員および救急救命士資格を持つ職員の育成を強化したり、救急車両を増やしたり、といった対策を行っていますが、まだまだ通報の需要に供給が追い付いていない状態です。
総務省消防庁の発表したデータによると、1995年から2005年の10年間で救急車の出場件数は61%増加、一方で救急隊の増加は8%にとどまっています。(総務省消防庁 消防の動き2007年7月号より)
日本全国で救急車の出場件数は増加、かつ救急隊は不足の傾向にあり、例えば宮城県仙台市の2017年の救急車の出場件数は約5万件で過去最高、一日平均136.5件、10.6分に一回の割合で救急車が出場していることになります。仙台市に配備されている計25台の救急車のみで、24時間体制で救急要請に応じています。(リビング仙台 一人ひとりが知っておきたい救急時の対応より)
救急隊員と救急車の不足による弊害
▼現場到着時間の遅れ
救急車の出場件数に救急隊が追い付いていないと出る弊害のひとつに、通報から現場へ到着する時間の遅れがあります。2005年の119番通報から現場に救急車が到着するまでの時間は全国平均で約6.5分、10年間で0.5分ほど遅れが生じるようになりました。
現場に到着する時間が遅れると、それだけ救急救命活動の開始が遅れることになりますので、傷病者の救急救命率にも影響が出てしまいます。1981年に仏のM・カーラー教授によって提唱された、心肺停止、大量出血など人間が重篤な状態にある時の経過時間と死亡率の関係を表した「カーラーの救命曲線」によると、心臓停止から3分間放置で50%、呼吸停止から10分間放置で50%救命率が下がると言われています。
参考:釧路総合振興局 あなたの担う6分間 命をつなぐ救命手当
http://www.kushiro.pref.hokkaido.lg.jp/hk/hgc/0000top/3000topix/hoken/9_9day/9_9.htm
▼本当に必要な人の所へ行けない
119番通報を受けると、現場の管轄内の消防署より救急隊と救急車が出場します。もしも同時に管轄内で複数の救急通報が発生した場合は、さらに近隣の消防署より救急隊と救急車が出場します。
救急車は通報を受けた順番で出場しますので、もしも先に受けた救急通報で出場している途中で、さらに重篤な傷病者からの通報があっても、そちらに出場先を変更することはできません。119番通報が増加すると、本当に救急車が必要な人の所へ救急車がただちに向かうことができない状況にも繋がります。
そのため、総務省消防庁以下全国の消防本部でも、救急車の適正利用を呼び掛けています。次に、市民である私たちも知っておくべき、救急車の適正利用に繋がる取り組みをご紹介します。
通報前に覚えておきたい、救急車の適正利用への取り組み
自力で医療機関を受診できる場合は自力で
119番通報による救急車の出場案件において、全体の51%が入院の必要のない比較的軽度な症状での通報でした。これらの軽度な症状にも関わらず救急車を呼ぶ理由に、「救急車をタクシー代わりに使う」ことが挙げられます。特に、自力で医療機関へ向かう時の交通手段がない時に、タクシーの代わりに救急車を利用する人も少なくありません。
このため、まずは自力で医療機関を受診できる時には自力で向かうように呼びかけられています。もちろん、自力で立ち上がれない、歩けない場合には迷わずに救急車を呼びましょう。
119番通報以外で相談できるダイヤルの設置
急病や怪我が発生した時にも、救急車を呼んだ方が良いか分からないことがあります。その時に相談できる救急相談センター(おとな救急電話相談など、名称は自治体によって様々)#7119、小児救急医療電話相談事業(こども夜間安心コールなど、名称は自治体によって様々)#8000の電話相談窓口を開設しています。病状についての相談や、その対処についてのアドバイスを医療スタッフが電話で行いますので、救急通報を迷った時だけでなく、夜間や休日にお子さんが急病になった時に救急病院を受診するかどうか判断したい時などにも相談ができます。
すぐに救急車を呼んだ方がいい症状の紹介
総務省消防庁や、各市町村自治体では救急車の適正利用のための「救急車利用マニュアル」を作成、配布しています。その中に、すぐに救急車を呼んだ方がいい状態がイラストで分かりやすく紹介されています。これらのマニュアルは、当該地域の住民に配布されているほか、インターネット上でもPDFとして公開されています。
参考:
仙台市 仙台市救急車要請マニュアル
http://www.city.sendai.jp/kyukyukanri/kurashi/anzen/tobani/riyo/documents/manyuaru.pdf
総務省消防庁 救急車利用マニュアル
http://www.fdma.go.jp/html/life/kyuukyuusya_manual/pdf/2011/japanese.pdf
救急通報や救急搬送をスムーズにするために覚えておきたいこと
通報をスムーズに行えば、現場到着時間の短縮に
119番通報を行うと、実際に救急車を要請するときに必要な情報を聞かれます。その時に、スムーズに重要な情報を伝えられれば、現場到着時間の短縮に繋がります。あらかじめ、救急車を要請した時に電話で聞かれることをまとめておきましょう。
救急車の要請で聞かれることは、救急車を呼ぶ住所、現場の目印となる建物など、誰がどうしたか(病気か怪我か、急病や事故かなど)、傷病者の年齢・性別・持病の有無、具体的な状態(意識はあるか、話はできるか、出血はなど)、通報者の氏名・電話番号の6点です。
救急車の到着までに用意しておくもの
救急車が到着してから医療機関へ搬送され、適切な処置や治療を受けた後は入院する、もしくは自力で帰宅しなければいけません。救急車が到着する前に、あらかじめ準備しておくべきものを揃えておけば、スムーズな搬送に繋がります。
救急車の到着までに用意しておくものは、保険証あれば診察券、お金、服薬中の場合は薬やお薬手帳、靴の4点です。さらに、傷病者が乳幼児の場合は紙おむつやミルク、母子手帳も用意しておきましょう。
応急処置技術を身に着けておく
心肺蘇生などの応急処置やAEDを活用すれば、救急車の到着前の救命率向上に繋がります。各消防本部や日本赤十字では、市民に向けての救急救命法などの応急処置を学べる講座を実施しています。応急処置の技術を身に着けておけば、救急車を呼んだあとのスムーズな搬送にも繋がります。
119番通報・応急処置をサポートするスマホアプリのリリース
各消防本部では、緊急時の応急処置を分かりやすくナビゲートするスマートフォンアプリをリリースしています。例えば、仙台市消防局がリリースしたスマホアプリ「救急ナビ」では、心肺蘇生法や止血法などの応急処置を、音声と動画でナビゲートします。
また、119番通報をする時には気が動転していることも多く、伝えるべき情報がうまく伝えられないことがあります。スマートフォンアプリでは、いざという時の119番通報時もサポートを行います。また、病状に応じて救急通報が必要かどうかを自己判断できる機能も搭載されています。
参考:
仙台市救急受診ガイド 「救命ナビ」
http://www.sendai119.jp/#appli
こどもの救急対処方法が分かるページ開設
公益社団法人 日本小児科学会では、生後1カ月~6歳のお子さんを対象に診療時間外に診療を受けるべきか自己判断ができるwebページ「こどもの救急」を開設しています。電話でなくwebページ上で判断できるため、救急車を呼ぶかの判断にも役立ちます。
参考:
公益社団法人 日本小児科学会 こどもの救急
http://kodomo-qq.jp/
まとめ
少子高齢化が進んでいくことを受け、今後人口は減少しても救急車の出場要請数は増えていくことが予想されています。だからこそ、私たちももう一度救急車を適正利用するために覚えておくべきこと、スムーズな救急通報や救急搬送のためにやるべきことを見直しておかなければいけないと感じています。
(文:千谷 麻理子)
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