働きながら税理士資格をとるのは、簡単ではありません。会計事務所の薄給に耐え、その中から、TACや大原といった受験専門校に通う授業料を捻出しなければなりません。人によって差はありますが、全科目合格までには100万円前後必要です。
平日の仕事が終わってから、週2回程度講義を受け、それ以外に日々の予習も欠かせません。8月の受験が近づいてくると、土日には全国模試や答案練習会が待っています。
そんな生活を数年続け、ようやくつかめる税理士資格、それでも約束された未来が無条件で待っているわけではないのです。
今回は、企業の税務担当者の立場から、税に係わる世界の人間模様を紹介します。税理士をめざすみなさんに、何かをお伝えできれば幸いです。
試験合格者だけが税理士ではない
税理士の4割以上は役人OB
日本税理士連合会によると、税理士の数は毎年増え続け、平成28年時点で7.6万人に達しています。ここ20年で2割増加しました。完全に過当競争の世界で、限られた優良顧問先を奪い合っているのが実情です。
税理士は、試験合格者だけではありません。公認会計士・弁護士、そして税理士法に規定された試験免除者にも、税理士資格が与えられます。試験免除者とは、主に会計・法律の大学院卒業者と国税・税務署のOBです。
実は、試験合格者の占める割合は4割強に過ぎず、次に多いのが国税・税務署OBの3割です。そしてこのOBたちは、公務員在職中の経験を活かして、強い存在感を放っています。
税務の経験がなくても税理士になれる
国税や地方税に関する業務に携わった公務員には、一定の条件を満たせば税理士資格が与えられます。例えば税務署職員の場合、23年以上勤めあげれば税理士登録ができます。大卒なら50歳前に税理士になれます。
税務署や国税局の職員は、個人・法人・資産といった税務の仕事だけに携わっているわけではありません。徴収一筋という職員も珍しくありません。
一般企業と同じように、人事・会計・総務といった内部組織の運営管理ばかりに係わっていた職員も多いのです。
そして、税理士資格は、こうした職員にも付与されます。
では、顧問税理士として受け入れる側の、企業の事情はどうでしょうか?
税務を仕切る経理部担当者
上場企業の多くは、経理部や財務部に税務担当者を置いています。そして社内の税務は、彼らが切り盛りしているのです。
税務担当者の仕事は、確定申告書の作成だけではありません。では彼らは、普段は何をしているのでしょうか?
企業の経営トップや部長クラスの幹部が、必ずしも会計や税務に精通しているとは限りません。むしろ営業一筋で出世してきた営業本部長、ずっとメディアや広告代理店を相手にしてきた宣伝担当役員が多いのです。
会計や税務に疎くても、彼らは巨額の経費を使う権限を握っています。そしてしばしば、問題のあるお金の使い方をします。
例えば、役員に対するお手盛りの手当て支給、役員の出身母校に対する寄付、得意先への協賛金支出などなど、税務署が泣いて喜びそうな案件がごろごろしています。
税務担当者は、常に役員会議資料や議事録といった資料を取り寄せたりと、常に社内の動向に目を光らせ、問題の目を事前に潰します。
販売・生産・マーケティングといった企業活動の現場に対しても、税務担当者は目を配らなければなりません。大きな会社では、各セクションに日常的な会計処理を任せているケースが多いのです。
細かいレベルでは、飲食費などの適正処理、経費や売り上げの期またぎなども要チェックです。
つまり日常的な会計処理や税務対応は、社内で仕切っており、税理士の出番はなさそうです。
もちろん、記帳処理・資金管理・コスト管理といった領域は、社内に専門部隊を抱えており、税理士が口をはさむ隙間はありません。
それでも企業は、顧問税理士を雇います。なぜでしょうか。それは税務調査対応です。
泣く子も黙る税務調査
マルサはレアケース
〇いきなりマンションに乗り込み、ドアのチェーンをバールでぶった切る
〇調査員は安全靴を履いている(玄関ドアに挟み込み閉められないようにする)
〇天井奥の裏帳簿を見つけ出す、本棚裏側の隠し金庫を暴き出す
意図的に脱税を謀る不埒物を懲らしめる、税務調査といえばそんなイメージをお持ちの方も多いでしょう。「マルサの女」でも有名になったガサ入れは、「強制調査」と呼ばれ、裁判所の令状が必要です。年間200件前後行われ、約200億円の脱税額が暴かれています。
任意で調査とは言うものの
一方で「任意調査」は、一般の納税者を対象に実施します。任意調査は、現金取引が中心の事業を除き、事前に調査期日と担当調査官の氏名が予告されます。
任意とは言うものの、調査官には質問検査権が認められており、納税者は求められた資料の提出を拒否できません。提出資料はいわゆる帳簿書類だけでなく、取締役会などの意思決定にかかわる書類、さらに最近ではメールのやり取りの閲覧も求められます。
つまり、調査官は強い権限を持っており、企業側は逆らうことができず、「どこが任意?」と言いたくなります。
税務調査は年間18万件実施され、3800億円が追徴されています(2014年実績)。
「税の番人」調査官
国税局・税務署はピラミッド社会
国税局・税務署もお役人の社会であり、入庁時に国家総合職(キャリア)かそうでないかによって、その後の出世スピードがほぼ決まってしまいます。
キャリアにも2種類あって、財務省に採用された職員を「省キャリ」、国税庁(国税局の上級官庁です)に採用された職員を「庁キャリ」と呼びます。
「同じキャリアじゃん」と思いますか?実はこの両者、出世のスピードもゴールも全く違います。
国税庁長官や庁の長官官房ポスト・各部長、東京・大阪などメインの国税局長は、全て省キャリが独占しています。
庁キャリはといえば、回ってくるのは局の各部長・不服審判所長がせいぜいで、最高ポストが広島・仙台といった格下の国税局長です。
実際に実務に携わる調査官は、一般職です。局の特別調査官や統括官(係長クラス)まで到達しない職員も多く、総務課長から税務署長への転出はかなりの出世コースです。たまに局の部長に任官される一般職もいますが、本当にレアケースです。
調査官の高い使命感
それでも調査官たちは、真摯に業務に取り組んでいます。調査の過程で少しでもおかしなところがあれば、徹底的に調べ上げます。深夜も休日も厭わない、「働き方見直し」無視の活躍ぶりで本当に頭が下がります。
彼らを突き動かしているのは、まさに「税の番人」としての使命感ではないでしょうか。
手心が加えられるわけではないけれど
交渉の余地はある
「国税OBを顧問税理士に雇えば、税務調査に手心が加えられる」との噂は絶えません。
さすがにそこまでやると、調査官たちのモチベーションを大きくそぎ、現場の士気低下を招きかねません。あからさまな介入はできないのです。
それでも、交渉の余地はあります。
そもそも税金の世界は、法令によってすべてが白黒はっきり分かれるわけではありません。だからこそ課税当局は実務での運用基準として通達を出しているのです。この通達は、数百ページにわたる分厚さになります。
その通達でもすべてがカバーできるわけではありません。建物の修理が、経費か固定資産かといった判断は、税務調査でもよく揉めます。
完全にアウトの事例は別として、グレーな案件は調査官との調整が可能です。そこで活躍するのが国税OBの顧問税理士です。
別に税務に詳しい必要はありません。求められるのはヒューマンスキル、とくにネゴシエーションスキルです。
税務調査は、2-3か月に及ぶ実査が終わると、講評(調査結果発表)が催されます。講評は、会社側からは財務担当役員や経理部長、局からは特別調査官(特官)が参加する大事な節目です。そして1-2か月の調整後に修正申告が行われ、最終的な追徴税額が決まります。
この過程で国税OBが活躍します。実査で取り上げられていた懸案事項が講評では消えていたり、講評での指摘事項が修正申告の段階では削除されていたりということは珍しくありません。
どこでだれと会っていたかはわかりませんし、聞いても教えてくれませんでしたが、何かしら動いてくれたのは間違いありません。
交換条件ではありませんが、課税当局が推奨するETAX(電子申告)の導入や、ガバナンスの整備(各部門管理職に対する税のお勉強会などです)を進めることもあります。調査官も宮仕えですから、職場内で点数稼ぎがしたいのです。
顧問税理士はパイプ役
懇意にしていただいた顧問税理士は、局で人事系が長いOBでした。国税局内さらには国税庁内にもネットワークを持ち、局内事情に通じている、それが言葉の端端から感じられました。
税務調査には、新任調査部長や特官のキャリアやスタンス、局全体の方針などが大きく影響します。調査に対するシビアさや重点を置くポイントが変わってくるのです。顧問税理士はこうした情報をマメに仕入れ、調査対応を指導してくれました。
さらに調査部長(キャリアです)が替わった時には、会社側トップとの会食の席をとりもちます。
顧問税理士は、まさにパイプ役なのです。
重加算は避けたい
調査で所得漏れが指摘された場合、本来支払うべき税金の他に過少申告加算税(本税の10%)・延滞税というペナルティーが課されます。
さらに所得漏れが悪質だとみなされると、重加算税(本税の35%)が課されます。重加算は金額が高いだけでなく、次回の税務調査にも影響します。「あの会社は税金をごまかすところだ」とレッテルを貼られ、徹底的に実査されるのです。
重加算は経理部長や担当役員にとっても汚点であり、なんとしても避けたいところです。
完全にアウトのケースをセーフにはできませんが、ボーダーライン上なら交渉の余地があります。ここでも課税当局とのパイプが活きるのです。
ちゃぶ台返しも後出しじゃんけんもできる課税当局
研究会を通じた合意形成
税務研究会という出版社をご存知でしょうか?ターゲットは一般ユーザーではなく、税理士や企業関係者で、「税務通信」をはじめとした会員制で雑誌を販売すると同時に研修会等を開催しています。「納税者と税務当局との架け橋」を標ぼうしているそうですが、どんな架け橋でしょうか。
そのほか、課税当局主要ポストの職員名や経歴などをデータベース化しています
税務研究会の会員には、多くの上場企業が会員として加盟しています。
こうした雑誌でのインタビューや研修会を通じ、現役の国税職員やOBが税務調査の実務運用やグレーゾーンの解釈事例を発信します。
つまり、税務調査に関する運営指針に対して、納税者サイドから口を挟ませず、課税当局主導で決めていきたいのです。彼らが欠けたい架け橋は、あくまで一方通行の架け橋なのです。
余談ですが、税務研究会では懇親会なども催し、課税当局と企業関係者のインナーなネットワーク強化を図っています。
後出しじゃんけんもできる
課税当局は、法令の盲点を突いて節税を図る「節税スキーム」を最も嫌います。そして徹底的に潰しにかかります。毎年の税制改正や通達追加で抜け穴をふさぐのは常とう手段です。
それだけではありません。形式的に法令には適合していても、法令を悪用して節税したとみなせば、課税当局はスキームを「租税回避行為」とみなして否認します。
つまり、税理士には「知恵を絞って納税者のために節税を考える」なんてことは求められていないのです。税理士の使命は、あくまで納税者にルールを守らせることにあるのです。それが現実です。
グローバル化の波に乗れ
移転価格税制への対応が急務
そんな旧態依然とした税務の世界にも、時代の変化が訪れようとしています。それが国際課税の波です。今やサプライチェーンやマネーは軽々と国境を飛び越え、グローバル企業は世界中で活動を展開しています。
どの国で利益が生じても、企業グループの利益であることに変わりはありません。ところが各国課税当局にとっては死活問題です。このグループ内部の利益配分に直結する取引価格、つまり移転価格を巡り各国間のつばぜり合い、税金の奪い合いが熾烈を極めています。
ここ数年、移転価格に関する税務調査がソニー・ホンダといった大企業に入り、多額の追徴課税を課される例も増えています。これを正式な手続き(相手国との相互協議など)で解決しようとすると、何年もかかります。
中国のように相互協議に応じない国も珍しくありません。こうしたトラブルを避けるため、社内の取引価格を文書化(移転価格ポリシー)して、あらかじめ税務当局とネゴしておく事前確認制度(APA)を利用する動きも進んでいます。
BIG4で栄達をめざす
移転価格対応に、調査官・国税OB・古株の税務担当は役に立ちません。国税庁は庁キャリを中心に海外留学を経験させ、庁内の相互協議室内に人材を集めるなど、体制固めを急いでいます。
上場企業の多くは、社内の人材だけではとても対応できず、税理士法人のコンサルティングに頼り切っています。こうした仕事は、税理士法人の中でも、KPMG・プライスウオーターハウス・デロイト・トーマツのBIG4に集中しています。
税理士として栄達したいなら、こうしたBIG4への入社をめざすのも悪くありません。こうしたBIG4へは、5科目合格していれば採用の確率はかなり高くなります。移転価格部門を希望するなら、TOEIC700以上の語学力は身に付けておいた方が賢明です。
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