はじめに – SNSを規制する大統領令とは?
2020年5月28日、アメリカのトランプ大統領はTwitterなどのSNSを規制する大統領令に署名しました。
この大統領令は、SNSを運営している企業がユーザーの投稿内容を政治的な理由で制限したり、削除した場合は、ユーザーが企業に対して法的な責任を問えるようにするものです。これにより、SNS運営企業のユーザー監視を抑制する狙いがあるとされています。
今回の大統領令に対してSNS運営企業は様々な反応を見せており、アメリカでは連日のように話題になっています。日本でも身近なSNSを巻き込んだ論争だけに注目が集まります。
そこで今回は、トランプ大統領とSNS企業がどのようなことで揉めているのかや、トランプ大統領の狙い、今後予想される展開などを解説します。
言論の自由が認められているアメリカで、言論を規制することは社会的な影響が避けられません。公務員志望の方は日本でも起こりうる問題として参考にして頂ければと思います。
「SNSへの規制強化」に関する大統領令発令までの経緯
そもそも今回の大統領令が発令されるまでにどのようなことがあったのか見てみましょう。
トランプ大統領のツイートに対して、Twitter社が「Fact Check」を注記
事の発端は、5月26日にトランプ大統領が投稿したツイートに対して、Twitter社が「Fact Check(ファクトチェック)」と呼ばれる、ユーザーに事実確認を促す注記(ラベル)を付けたことに始まります。
Twitter社はトランプ大統領の投稿が多くの閲覧者に誤解を招く恐れがあると判断し、大手メディアCNNテレビのウェブサイトを事実確認用のリンク先に設定しました。
つまり「大統領のツイート内容は信頼に足らないから、CNNのウェブサイトで事実確認をするように」という事実無根を伝えるメッセージという訳です。
トランプ大統領の投稿内容は「アメリカ大統領選の郵便投票」について
Twitter社がFact Checkの注記を付けたトランプ大統領のツイート内容は、カリフォルニア州が大統領選の際に郵便投票を可能にしたことに関連するものです。
5月8日、同州は大統領選の際に投票所が混雑した場合、新型コロナウイルスが再び広がる懸念があるため、郵便投票を可能にする行政命令を下しました。
この決定に対してトランプ大統領は「郵便受けが荒らされて、投票用紙が偽造される。さらには、違法印刷されて不正な署名もされるだろう」としたうえで「これでは不正選挙になる、受け入れがたい」とツイートしました。
このツイートに対してFact Checkの注記が付いたのです。Twitter社の広報担当者は「投票手順について誤解を招く恐れがある情報が含まれている」と判断した結果、注記を付けたとしています。
これまで20,000回近いツイートをしてきた大統領の投稿内容に対してFact Checkの注記は初めてです。過去を遡れば、Fact Checkの必要性がある投稿(ジョー・スカボローによるインターン生殺害陰謀論など)はいくつもあるとされています。
Twitterを自由に活用してきた大統領としては、大統領選まで半年になったここにきてなぜTwitter社がFact Checkによる注意喚起をしたのか納得がいかないようです。
このような背景からトランプ大統領は「SNS企業による大統領選への干渉だ」と憤慨しているのです。そして、トランプ大統領を怒らせた理由は他にもありました。
トランプ大統領のツイートに対する事実確認の参照元が「CNN」
Twitter社が事実確認用のソースをCNNにしたことがトランプ大統領のさらなる怒りを買ったと見られています。
トランプ大統領とCNNは因縁の関係です。例えば、トランプ大統領が大統領に就任して間もない2017年1月11日の記者会見で、ロシアとの関係を質問したCNNのホワイトハウス報道班(当時)ジム・アコスタ氏に対して「CNNはひどい会社だ。質問はさせない、フェイクニュースだから」と一蹴しました。
また、2018年の中間選挙後にホワイトハウスで開催された合同記者会見で、再びCNNのジム・アコスタ氏と口論になっています。この場ではアコスタ氏に対して「無礼者」と言い放ち、質問者用のマイクを回収にきた女性スタッフを同氏が振り払ったとして「暴力行為」を理由に、ホワイトハウスの入館証を剥奪する事態になりました。
翌週にCNNは大統領を提訴する事態に発展したため、トランプ大統領とCNNは「犬猿の仲」になってしまったのです。
ちなみに、トランプ大統領が頻繁に口にする「Fake News(フェイクニュース)」という言葉は、2017年1月にトランプ大統領がCNNに対して初めて使用しました。トランプ大統領にとってCNNは「フェイクニュースメディア」の筆頭格なのです。
「SNSへの規制強化」に関するアメリカ大統領令の内容
トランプ大統領が署名した大統領令とはどのようなものなのでしょうか?
「SNSへの規制強化」に関するアメリカ大統領令の概要
今回の騒動を受けてトランプ大統領が署名した大統領令は「SNSへの規制強化」に関するものです。
対象となる法律は「Communications Decency Act Section 230(通信品位法第230条)」です。
この法では、SNS運営企業による不適切な投稿の閲覧制限や削除など、内容を精査する権限を付与しています。また、ユーザーとの間で投稿を巡る訴訟問題が発生しても原則として企業側は法的責任を問われない仕組みです。
SNS運営企業が独自に定める規約に沿って投稿内容を管理できる一方で、企業側が意図的に投稿内容を制限できてしまう「抜け穴」があります。
今回の件で例えるならば、トランプ大統領はTwitter社が「政治的な意図」を持ってしてFact Checkの注意喚起をしたということです。
トランプ大統領は、大統領令によってこの法律の免責対象を狭めることが狙いです。ユーザーがSNS運営企業を訴訟しやすくすることで、企業側はユーザーの投稿内容に介入しにくくなります。
しかし、トランプ大統領が望むように法を改正するには議会の理解が必要となるため、実効性は不透明です。
「SNSへの規制強化」に関するアメリカ大統領令の問題点
今回の大統領令は、SNS企業がユーザーの投稿内容に関与しにくくする狙いがありますが、その反面で「言論の自由」を脅かすという問題点が指摘されています。
アメリカの憲法第1条では「言論の自由」が規定されており、国民は国家による言論統制から守られています。しかし、民間の(法律上は一般市民)SNS企業に対して規制を強いることは、国家による言論活動の制限と解釈できます。
今回の騒動を受けてFacebookの広報担当者は「表現の自由と有害コンテンツからの利用者保護」を両立させてきたと主張したうえで、大統領令による制限は反対の効果を生むとコメントしています。
インターネット上で言論の自由を具現化してきたSNSというプラットフォームにどこまで規制を設けるかによっては、民主主義の基本を揺るがしかねない訳です。
アメリカのメディアによると、SNS企業は大統領令に対する訴訟の準備段階にあるとしています。
「SNSへの規制強化」に関するアメリカ大統領令に対して、各SNS企業の反応は?
今回の一件を受けて主要SNS企業はどのような反応を見せているのかご紹介します。
Twitter社の反応
Twitter社は大統領令に対して「画期的な法律(通信品位法第230条)に対する反動的で政治的なアプローチだ」とし、遠回しに批判しています。
また、滅多に政治論争をしないことで知られているJack Dorsey(ジャック・ドーシー)CEOは、自身のTwitter上で「Fact Checkで最終的な責任を負うのは私です。(批判の矛先になっている)従業員を巻き込まないでほしい」としたうえで「世界中の選挙における不正確または真偽が争われている情報を指摘し続ける。もし間違いがあれば認めていく」と、今後もFact Checkを継続する姿勢です。
トランプ大統領のツイート内容に対してFact Checkラベルを貼ったことは「郵便投票の信頼性を恐ろしいほどに偽って主張したため」と説明しました。
Google社の反応
YouTubeを保有するGoogleは大統領令に対して「アメリカ経済とインターネットの自由を世界的にリードする役割を損なう」とコメントし、否定的な見方をしています。
また、同社が展開するSNSでは「政治的な見解とは無関係で明確なポリシーに基づいて運営している」と主張しています。「このことが世界中の人々や組織に発言の機会を与えることに寄与しており、力付けてきた」とも述べています。
Facebook社の反応
マーク・ザッカーバーグCEOは、FOXニュースのインタビューで「SNS運営企業による検閲を懸念している政府が、SNS運営企業に対して検閲するのは正しい反応ではない」と述べています。
一方で「フェイスブックやインターネットのプラットフォーム企業は、利用者がインターネット上で発言することの真実の判定人になるべきだとは思わない」とコメントしています。
同氏は「政治的な発言は民主主義において最も慎重に扱うべきもののひとつ」としたうえで、政治家の投稿についてFact Check(事実確認)をするのに消極的な印象を見せました。
事実、Facebookはトランプ大統領がツイートした内容と同じ郵便投票に関する投稿を警告していません。つまり、Twitter社とFacebook社で対応が異なるということです。
Twitter社によるトランプ大統領への反撃
郵便投票に関する投稿にFact Checkのラベルを貼り付けたTwitter社は、トランプ大統領から批判された後に再び別件で警告を与えました。
5月29日、トランプ大統領は自身のTwitter上で、ミネソタ州で起きた白人警察官による黒人男性への不当な暴力事件に関する投稿をしました。
この投稿では、事件を受けて暴徒化した市民が、抗議デモや略奪行為を始めたことから軍の動員と銃撃も辞さないことをほのめかしました。
これに対してTwitter社は同社の方針で禁止している「暴力行為の扇動」に繋がるとして、トランプ大統領のツイートに「警告」を与えました。(クリックしない限り見られない状態)
3日間で2度目の警告を受けたトランプ大統領は即座に反応し、Twitter社に対して「中国や極左の民主党の嘘や広報活動には全く対処していない」と指摘しています。
自分にばかり警告が集中していることを主張し、ますます事態は泥沼化してしまいました。
「SNSへの規制強化」に関するアメリカ大統領令、今後の展開は?
トランプ大統領による大統領令は実現が難しそうです。
Business Insiderがまとめた法律の専門家の話によると「今回の大統領令の一部は違法である可能性が高く、連邦政府機関はこれまでの判例に従わなければならない」としています。
また、同社へのインタビューに回答したセントジョンズ大学でインターネットの法律を教えるKate Klonick教授(ケイト・クロニック)は「この命令に強制力があるようには思えない。差し止め命令や訴訟によって比較的早く無効になるだろう」と答えています。
トランプ大統領はこの一件に怒りのあまり即座に反応したものの、Twitter社に報復することはあまり現実的ではないようです。
新型コロナウイルス問題の対応ミスの追及を避ける狙いや、大統領選に向けて熱狂的なファンに対するアピールという狙いがあるのかもしれません。
まとめ
トランプ大統領に対するTwitter社のFact Checkはわずか3日で大騒動になってしまいました。トランプ大統領の言い分には一理あることも事実ですが、大統領令を使ってまで押さえ込もうとする姿勢は少し乱暴な印象を与えてしまいました。
主要SNS運営企業はそれぞれの反応を見せていますが、法の改正には消極的です。1996年からインターネット上の言論の自由を守ってきた法を、トランプ大統領のひと声で改正することは、インターネット先進国アメリカにとってマイナスになりかねません。
今回の一件は「言論の自由と法規制の両立」という点で、日本も参考に出来る問題と言えるでしょう。
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