住民の権利
前回も解説しましたが、「普通地方公共団体」とは、私たちに一番身近な「市町村」や「都道府県」といった自治体のことで、この項目は地方自治法の中で最も重要なところです。
そしてその中で住民の権利について書かれているのが、第2、4、5章です。(一部、9章と13章にも住民の持つ権利が書かれています)
今回は、おもに第5章の「直接請求」について解説します。関連するところは次のようになります。
【普通地方公共団体】の第1章~14章のうち、
第2章「住民」10~13条
第5章「直接請求」74~88条
直接請求権とは?
住民の持つ2つの権利のうちのひとつ
地方自治法で規定されている住民の権利には、前回解説した「選挙権」と、もうひとつ「直接請求権」があります。
今回解説する「直接請求権」は、大まかに言うと住民が「条例の制定・改廃(こういう条例を作ってほしい、または無くしてほしいなど)」、「事務の監査(職員が事務をちゃんと行っているかのチェック)」、「議会の解散」、「都道府県知事や市長、その他の公職の解職(クビにすること、辞めさせること)」を求めることができる権利です。
このことはどういう意味を持つのでしょうか?
地方自治体には、直接民主主義の要素が取り入れられている
皆さんは、代表制民主主義(間接民主制)、直接民主主義という言葉を聞いたことがありますか。授業などで一度は耳にしたことがあるかと思います。
代表制民主主義とは、国民が選挙で代表者を選び、その代表者に自分の意思を託して間接的に政治に関わる制度のことです。
皆さんも選挙で自分の意思を反映してくれそうな候補者に投票しますよね。そして自分の代わりにその代表者に政治を行ってもらいます。これが代表制民主主義です。
それに対して直接民主主義は、一人一人が政治に参加して、皆で政治を行うことです。
人数が少ない集団ならばそれも可能ですが、数百万、数千万人だとそうもいきませんよね。
そこで、国でも地方自治体でも、先述の代表制民主主義のかたちが取られています。
地方自治体では知事や市長そして議員を住民が選挙で選び、選ばれた代表者が政治を行う代表制民主主義です。
しかし、住民がせっかく投票して当選した市長や議員が、当選したとたん方針を変えたり、住民の意思を代表して選ばれたはずがその意思とかけ離れた行動をとったりということも起こりえるわけです。
当選すれば終わりではない直接民主主義
そのように、選挙後は住民が政治に参加できない代表制民主主義では、そのあと問題が起きても住民はどうすることもできないという、制度の欠点があるのです。
そこで、地方自治法では、この代表制民主主義の欠点を補うために、住民が選挙後も常に政治を監視でき、また議員などをクビにすることが可能となるように、「直接請求権」という直接民主主義の制度を一部取り入れたのです。
国会議員を国民がクビにすることはできない
ちなみに国にはこの制度がなく完全な代表制民主主義ですから、選挙で自分が投票した国会議員が、当選後に豹変したとしても、クビにすることはできません。
そのような法律はないからです。
その意味で、地方自治法にあるこの直接請求権は、とても重要な意味を持つのです。
これだけは必ず覚えよう直接請求権
覚えるのが苦手な人の多い分野
直接請求の条文は74条~88条と一見少なそうに思えるのですが、実際の条文を見るとかなり長く、74条だけでも条文が1項から9項まであり、さらに74条の2として1項から13項まであったりと、長いうえにわかりづらいです。
そこで、重要な箇所のみを箇条書きにまとめましたので、種類とそのしくみについて覚えておきましょう。ここは試験にもよく出るところです。
まずここを覚えよう「直接請求権の種類としくみ」
直接請求権は7種類に分けられますのでひとつずつ見ていきましょう。①~⑦の項目の、請求先、必要な署名の数、必要な措置、請求制限期間、通知先等、の5つについて覚えておいて下さい。詳細は後半に解説しますので、まずはここだけ覚えましょう。
①条例の制定・改廃請求(第74条)
【請求先】地方公共団体の長 【必要署名数】有権者の1/50以上
【必要な措置】受理日より20日以内に議会を招集し意見を付け付議
【請求制限期間】なし 【通知先等】代表者に通知、公表
②事務の監査請求(第75条)
【請求先】監査委員 【必要署名数】有権者の1/50以上
【必要な措置】監査の実施 【請求制限期間】なし
【通知先等】代表者に送付、公表し、これを議会・長(知事、市町村長)・関係のある委員会・委員に提出
③議会の解散請求(第76~79条)
【請求先】選挙管理委員会 【必要署名数】有権者の1/3以上
【必要な措置】選挙人の投票に付し、過半数の同意あれば解散
【請求制限期間】一般選挙のあった日または解散請求に基づく投票のあった日から1年間は請求できない
【通知先等】代表者・議長に通知、公表し、長に報告
④議員の解職請求(第80条、82~84条)
【請求先】選挙管理委員会 【必要署名数】所管選挙区の有権者の1/3以上
【必要な措置】選挙人の投票に付し、過半数の同意あれば失職
【請求制限期間】就職の日(無投票当選を除く)または解職請求に基づく投票のあった日から1年間は請求できない
【通知先等】代表者・関係議員・議長に通知、公表し、長に報告
⑤長の解職請求(第81~84条)
【請求先】選挙管理委員会 【必要署名数】有権者の1/3以上
【必要な措置】選挙人の投票に付し、過半数の同意あれば失職
【請求制限期間】就職の日(無投票当選を除く)または解職請求に基づく投票のあった日から1年間は請求できない
【通知先等】代表者・長・議長に通知、公表
⑥副知事、指定都市の総合区長、選挙管理委員、監査委員、公安委員会の委員の解職請求(第86~88条)
【請求先】地方公共団体の長 【必要署名数】有権者の1/3以上
【必要な措置】議会に付議し、議員2/3以上の出席で3/4以上の同意あれば失職
【請求制限期間】副知事(副市長村長)、指定都市の総合区長は就職の日または解職請求に基づく議決のあった日から1年間、選挙管理委員、監査委員、公安委員会の委員は6か月間請求できない
【通知先等】代表者・関係者に通知、公表
⑦教育長、教育委員の解職請求(地教行法8条)
【請求先】地方公共団体の長 【必要署名数】有権者の1/3以上
【必要な措置】議会に付議し、議員2/3以上の出席で3/4以上の同意あれば失職
【請求制限期間】就職の日または解職請求に基づく議決のあった日から6か月間は請求できない
【通知先等】代表者・関係者に通知、公表
以上、①~⑦の基本的な部分を覚えられたら次の解説を見て、詳細を理解していきましょう。
①条例の制定・改廃請求
住民が求めることのできない例外がある?
実は、住民が「こんな条例を作ってほしい」と訴えることのできない「例外」が規定されています。
それは、「地方税の賦課徴収」「分担金、使用料、手数料の徴収」に関するものです。
1947年の地方自治法施行時には、これらのことについても住民が条例制定を求めることができました。
ところが住民から、では税金を安くする条例を作ろう!という請求が相次いだため、たった1年で法律が改正され、12条に上記の徴収金の件は除外すると規定されました。
この除外要件は覚えておきましょう。
せっかく条例制定を求めても、実現するのは1割に満たない?
この条例制定・改廃の規定の問題点は、最終的に決定する権限が議会にあることです。
自治体住民の1/50もの署名を集めて条例の制定を求めても、議会で最終的に「ダメ」と否決されれば実現しません。実現した件数は1割に満たない数です。
過去に議会で否決された関西の例では、神戸市で、市民の1/50をはるかに超える33万人もの署名が集まった神戸空港の建設問題があり、こんなにたくさんの署名が集まったにもかかわらず否決され、さすがにこれでは問題があるだろうということになりました。
「意見を付け付議」の意味
そこで、条例の制定・改廃について、2002年に地方自治法が改正され、議会は、請求のあった住民の代表者に「意見を述べる機会」を与えなければならない、とされました。(74条4項)
①の「意見を付け付議」とは、「住民の代表者の意見を付けて議会にかける」という意味です。ここは覚えておきましょう。
②事務の監査請求
「事務の監査請求」と「住民監査請求」の違いは?
実は住民が監査を求めることのできるものには2種類あります。
監査とは、簡単に言うと、ちゃんと適切に仕事をしているかどうかその内容をチェックするということですが、「事務の監査請求」とはその名のとおり、事務(仕事)を行政側がきちんと行っているかチェックすることを求めるものです。
これに対して「住民監査請求」というものもあり、こちらは、大まかに言うと行政の財務面、つまりお金の面でのチェックをするものです。
こちらは「直接請求権」ではなく、「納税者訴訟制度」という、ちょっと別の性格を持つものですのでまた次の機会に解説しますが、この住民監査請求もよく出てきますので、名前は覚えておいてください。
事務監査請求の手順
事務監査請求があったときは、監査委員は、請求のあった事項について監査し、監査の結果に関する報告を合議で決定します。
その後、その結果を議会と長(知事や市町村長)に提出し、さらに関係のある委員会・委員にも提出すると規定されていますが、関係のある委員会・委員とは、教育委員会、選挙管理委員会、人事委員会もしくは公平委員会、公安委員会、労働委員会、農業委員会などになります。
とても少ない?過去の事務監査請求件数
実はこの事務監査請求については、ここ15年ほどで全国でたったの35件ほどしか請求がありません。
自治体の仕事内容のチェックを求めるのに住民の1/50の署名がいるというハードルの高さもあるのかもしれません。
これに対して先述した「住民監査請求」という財務のチェックについては、住民1人からでも請求することができます。しかもこちらは選挙権のない住民でも請求できるのです。
③~⑦解散・解職(リコール)請求
有権者の1/3もの署名を集めるのは大変?
③~⑦の議会解散や各公職者の解職請求(=リコール請求)については、どれも有権者の1/3以上の署名を集めないと請求できず、これら以外の請求の必要署名数が1/50以上とされているのに比べ、かなりハードルが高くなっています。
1/3もの署名が必要となると、人口の多い政令指定都市などは1/3でもかなりの数になるため、署名数の条件を満たすのが困難になります。
地方自治法では例外の規定がある
そこで、ここ数年の地方自治法改正時に、有権者数が40万人以上の自治体と、80万人以上の自治体についてそれぞれ署名数の条件を緩和する規定を段階的に作りました。(76、80、81、86条の各1項)
有権者数が40万~80万以下の場合→ [(その40万を超える数×1/6)+(40万×1/3)]以上の署名
有権者数が80万人を超える場合→ [(その80万人を超える数×1/8)+(40万×1/6)+(40万×1/3)]以上の署名
これはまず、政令指定都市など大都市の人口を「50万人以上」と設定し、その8割の40万人を「選挙権を有する者」であると仮定し計算しています。
そして有権者40万人までは通常どおりその1/3の署名が必要であると規定し、40万人を超える人数に関してはその1/6の署名、さらに80万人を超える人数に関してはその1/8の署名で有効とし、それらを合計するというものです。
⑦の教育長、教育委員の解職請求について
教育長、教育委員の解職請求については、補則説明が必要なので解説します。
教育長と教育委員の解職については、地方自治法の第13条に、「解職請求ができる」ということだけは書かれているのですが、その具体的な手続き方法は地方自治法ではなく、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」という少し長い名前の法律の第8条に定められています。
この第8条に、(手続き方法は)地方公務員法86から88条のやり方を準用する、ということが書かれています。
まとめ
今回は住民の権利について、どのようなものがあるか、その種類と具体的な手続き方法について解説しました。
この項目は、条文が長文のため、文字だけを追っていくと覚える気力も失せてしまいがちですが、整理してまとめると覚えやすくなります。
また法改正の背景などのエピソードとともに覚えると記憶に残りやすくおすすめです。
次回は、今回の範囲から「署名」に焦点をあてて解説します。
コメント