「新紙幣発表」で改めて知っておきたい日本の「紙幣」の歴史とデザイン

先日、2024年に「新紙幣」が発行されることが「財務省」から発表されました。 そこで、今回は「新紙幣」のデザインの内容や、これまでに発行された日本の「紙幣」の歴史、そして「紙幣」を発行する「国立印刷局」の歴史についてご紹介します。

2024年、日本は「新紙幣」に移行へ

日本の通貨には「紙幣」と「硬貨」があり、「紙幣」には1万円札・5千円札・2千円札、千円札の4種類があります。日本の「紙幣」は、通称「お札」などとも呼ばれますが、1946年以降の正式名称は「日本銀行券」といい、表面には「日本銀行券」と印刷されています。

現在、「紙幣」の発行を担っている「独立行政法人 国立印刷局」によると、戦後に発行された「紙幣」は発行された順に「A券」「B券」、とアルファベット順に呼ばれているようです。2019年現在、最も新しいデザインの「紙幣」は戦後5番目のお札なので「E券」と呼ばれています。

2019年の財務省の発表によると、2024年度の上半期に「E券」の、1万円札・5千円札・千円札が新しく生まれ変わることになりました。「D券」の2千円札は、流通している枚数が少ないことから、今回の刷新は見送られます。

「新紙幣」へ移行する理由は「偽造防止」

日本では20年ごとを目安に通貨を刷新していく方針のようですが、その大きな理由は、「偽造防止」です。今回、「新紙幣」についての発表が「新元号」の発表と重なったため、元号と通貨に関係があると感じた方も多いと思いますが、「新元号」の発表と「新紙幣」の発表が同じ時期になったのは、偶然のようです。

2024年度発行予定の「新紙幣」の表・裏の図柄について

「新紙幣」の図柄では、1万円札の表面は「福沢諭吉」の肖像から「渋沢栄一」に変更され、裏面は「平等院鳳凰堂の鳳凰像」から「東京駅駅舎」に変更されます。

渋沢栄一
新一万円裏

5千円札の表面は「樋口一葉」の肖像から「津田梅子」に変更され、裏面は尾形光琳が描いた「燕子花図」の一部から、古事記や万葉集などにも登場し日本で古くから親しまれている「藤の花」に変更されます。

新五千円札
新五千円札裏

千円札の表面は「野口英世」の肖像から「北里柴三郎」に変更され、裏面は「富士山と桜」から、葛飾北斎が描いた「富嶽三十六景」の「神奈川沖浪裏」に変更されますが、富士山が描かれているという点では旧札も新札も共通しています。

新千円札
新千円札裏

これまでにもおよそ20年ごとに、お札は刷新されてきましたが、最初のお札が誕生したのは、江戸時代だと言われています。江戸時代がら今までにどのように紙幣が移り変わってきたのか、紙幣の歴史をたどって解説します。

参考・画像引用元:財務省ホームページ「わが国の紙幣」
https://www.mof.go.jp/currency/bill/index.html

日本の「お札」を製造する「国立印刷局」の歩み

現在、日本の通貨には「紙幣」と「貨幣」があります。実は「紙幣」と「貨幣」では、「紙幣」を発行するのは「独立行政法人 国立印刷局」、「貨幣」を発行するのは「独立行政法人 造幣局」というように、製造元が異なっています。

「国立印刷局」の前身組織は、1841年(明治4年)に設立した「大蔵省紙幣司」でした。「大蔵省紙幣司」では、「紙幣」の発行や交換も業務の一つでしたが、「紙幣」の偽造防止のために一時はドイツやアメリカに製造を依頼していました。

しかし、その後「大蔵省紙幣寮」と名称が変わり、研究が重ねられ、さらに「紙幣寮」から「紙幣局」に改称した1877年(明治10年)に「国立銀行券」としての「国産紙幣第1号」を発行するに至りました。

その後、1898年(明治31年)には、国の広報紙である「官報」を発行していた「内閣官報局」と「紙幣局」から改称した「大蔵省印刷局」が統合し、内閣所管の「印刷局」が誕生します。

しかし、1943年(昭和18年)には再び大蔵省所管の「印刷局」に戻り、1949年(昭和24年)には大蔵省外局の「印刷庁」となりました。さらに、大蔵省の付属機関や特別機関など、立場を変えながら「紙幣」の製造の専門機関として研究・技術開発を行なってきたようです。

2001年(平成13年)の「中央省庁再編」の際に「大蔵省」は「財務省」と「金融庁」に分かれ、「印刷局」は「財務省」の特別機関となりました。そして2003年(平成15年)からは、「財務省」が所管する「独立行政法人国立印刷局」として、行政からは独立した法人格を持った組織へと改編されました。

しかし「紙幣」を製造するという公共性の高い仕事を担う「国立印刷局」は「独立行政法人」の中でも「行政執行法人」に区分されており、「国立印刷局」の職員は「国家公務員」として働いています。

現在、「国立印刷局」の本局は、東京都港区の虎ノ門にあり、そのほかに1つの研究所と、6つの製造工場を保有しているようです。

中央官庁「財務省」の組織構成と各部門の役割について

【公務員になりたい人保存版】日本の中央省庁一覧まとめ解説

「貨幣」をつくるのは「造幣局」

「紙幣」をつくるのは「国立印刷局」ですが、「一円硬貨・五円硬貨・十円硬貨・百円硬貨・五百円硬貨」など「貨幣」をつくるのは「独立行政法人造幣局」です。「造幣局」も「国立印刷局」と同様に「行政執行法人」であり、職員は「国家公務員」の身分を持ちます。

「造幣局」の本局は大阪府大阪市にあり、貨幣の工場と博物館も併設されています。埼玉県と広島県にも、造幣局の支局と工場が設置されています。

参考:造幣局ホームページ
https://www.mint.go.jp

「お札」が誕生したのは「江戸時代」

お札を製造している「国立印刷局」によると、日本で最初のお札は江戸時代である慶長年間(1600年頃)に伊勢商人の間で流通していた「山田羽書(やまだはがき)」だと言われているようです。その後、1661年(寛文元年)に、越前福井藩で初めて、藩内で使用される「藩札」が発行され、各藩がそれぞれ発行する藩札が全国各地に広がっていきました。

参考:国立印刷局ホームページ「お札の歴史」
https://www.npb.go.jp/ja/intro/ostu_history.html

「明治時代」の「お札」

明治時代は、「お札」が短い期間で移り変わっていった時代かつ、全国で使用できる政府発行の「お札」が登場する時代でした。

1868年(慶応4年、明治元年)に発行された「太政官札」がその第一号です。しかし、当時は単純な製法だったため、「太政官札」には偽札が多発してしまいました。そこで、ドイツに製造を依頼した「新紙幣」が1872年(明治5年)に発行され「ゲルマン紙幣」と呼ばれていたようです。

1871年(明治4年)に「新貨条例」と「国立銀行条例」が交付されると、「国立銀行紙幣」としての「新紙幣」の製造をアメリカに依頼し、1873年(明治6年)から発行されました。1877年(明治10年)には国産第1号の「国立銀行紙幣」が誕生し、偽造防止できる「お札」が日本でも製造できるようになったことがうかがえます。

1881年(明治14年)には、初めて肖像が入った「改造紙幣」と呼ばれる紙幣が発行され、「神功皇后」が最初の肖像として使用されたことから「神功皇后札」とも呼ばれていたようです。

1885年(明治18年)には、はじめての「日本銀行兌換銀券」という「お札」が発行され、「一円券」は「大黒天」の図柄だったことから「大黒札」とも呼ばれたようです。「大黒札」が出始めの頃はまだ「銀本位制度」でしたが、その後の1899年(明治33年)には「金本位制度」が導入され、貨幣法が改正されたことに伴い、「銀券」に代わる、「日本銀行兌換券」の発行が始まりました。

旧一円券
「旧一円券(大黒札)」

「昭和時代」の「お札」

昭和の時代に入ると、日本は「金本位制度」から「管理通貨制度」に移行し、金がなくても紙幣が発行できる、つまり「紙幣」を含む国内通貨を際限なく発行できるようになりました。「通貨」は「金」と交換できなくなったため、お札からは「兌換」という文字が削除され、新様式のものが発行されました。

そして、太平洋戦争が集結した1946年(昭和21年)には、戦後の物不足に伴うインフレに対処するために「金融緊急措置令」が公布され、それまで使われていた「紙幣」が使用できなくなります。それに代わって発行された新券が、いよいよ現在の「お札」にも通じる「A券」です。

「A券」のデザイン

1946年に発行された「A券」には「二宮尊徳」が描かれた「一円券」、「彩紋模様」が描かれた「五円券」、「国会議事堂」が描かれた「十円券」、「聖徳太子」が描かれた「百円券」がありました。

A一円券
「A一円券」
A五円券
「A五円券」
A十円券
「A十円券」
A百円券
「A百円券」

「B券」のデザイン

1951年(昭和26年)には「B券」が発行され、「高橋是清」が描かれた「五十円券」、「板垣退助」が描かれた「百円券」、そして、「岩倉具視」が描かれた「五百円券」と「聖徳太子」が描かれた「千円券」など、高額紙幣が登場しました。

B五十円券
「B五十円券」
B百円券
「B百円券」
B五百円券
「B五百円券」
B千円券
「B千円券」

「C券」のデザイン

1969年(昭和44年)には「C券」が発行されました。B券に引き続き「岩倉具視」が描かれた「五百円券」、「伊藤博文」が描かれた「千円券」、「聖徳太子」が描かれた「五千円券」と、同じく表面に「聖徳太子」、「裏面」に「彩紋」という模様が描かれた「一万円札券」が初登場しました。

C五百円券
「C五百円券」
C千円券
「C千円券」
C五千円券
「C五千円券」
C一万円券
「C一万円券」

「D券」のデザイン

1984年(昭和59年)には「D券」が発行されました。D券からは現在と同様、最小金額の「お札」は「千円札」になりました。D券には「夏目漱石」が描かれた「千円券」、「新渡戸稲造」が描かれた「五千円券」、「福沢諭吉」が描かれた「一万円券」があります。「福沢諭吉」はE券にも引き継がれますが、「D一万円券」の裏面の「キジ」のデザインは、「E券」では「鳳凰像」に変更されます。

ちなみに、2000年(平成12年)に発行された「二千円券」も分類上は「D券」であり、「D券」の中では唯一、2019年現在も発行され続けています。

D千百円券
「D千百円券」
D五千円券
「D五千円券」
D一万円券
「D一万円券」
D二千円券
「D二千円券」

「平成時代」の「お札」

「平成」の時代に入ってから最初に新規発行されたのは、2000年(平成12年)に発行された「二千円券」でした。「二千円券」には表面に「首里城の守礼門」、裏面に「源氏物語絵巻」と「紫式部」が描かれています。

その後、平成16年に「E券」が発行されはじめました。

「E券」のデザイン

2004年(平成16年)に発行された「E券」は、2019年現在も流通している「紙幣」です。「野口英世」が描かれた「千円券」、「樋口一葉」が描かれた「五千円券」、そしてD券に引き続き表面に「福沢諭吉」、裏面には「平等院鳳凰堂の鳳凰像」を描いた「一万円券」があります。

E千円券「E千円券」
E五千円券
「E五千円券」
E一万円券
「E一万円券」

旧札も新札も使えます!詐欺に注意が必要

「紙幣」が新しくなる際に予想されるのが、「旧札が使えなくなるので交換する」などと言って、旧札を騙し取る振り込め詐欺などの詐欺行為です。

新紙幣の発行が始まっても、旧紙幣は引き続き使用できますので、こういった詐欺には注意が必要です。

参考:財務省ホームページ「「現行の日本銀行券が使えなくなる」などを騙った詐欺行為(振り込め詐欺など)にご注意ください」
https://www.mof.go.jp/currency/bill/20190412.html

おまけ:「切手」の新規発行は?

「紙幣」を発行する「国立印刷局」の偽造防止の技術は、「切手」の製造にも活かされています。「切手」には通常の切手のほかに、枚数限定で発行される「記念切手」があり、2019年の4月26日には、改元を祝う「令和」と「平成」の字がセットになったフレーム切手など、新元号に合わせて記念切手が販売される予定です。

「国立印刷局」では「切手」の他にも「収入印紙」や「パスポート」などについても、特殊な印刷技術を研究・開発し、「紙幣」だけでなく大切な書類等の偽造防止に貢献しています。

まとめ

このページでは、日本の通貨である「紙幣」の歴史についてまとめました。また、「紙幣」の発行を担当する「国立印刷局」の歴史についてもご紹介しました。

2024年の「新紙幣」については、新元号の発表と時期が重なったため、発行前の段階から大きな話題を集めているようです。そもそも「紙幣」と「元号」には直接の関係は無いということは解説した通りですが、およそ20年に一度の「新紙幣発行」の発表と、「改元」のタイミングが重なったのは、偶然とはいえ、お祝いムードを盛り上げるのに一役買っているとも言えそうです。

「新紙幣」には偽造などの犯罪対策として、最新技術も盛り込まれると思われます。「紙幣」が偽造されてからでは遅く、「国立印刷局」では常に高度な印刷技術の研究・開発に基づいた「紙幣」の製造が行われており、今後もその挑戦は続いていきます。

画像引用元:国立印刷局ホームページ「お札について:過去に発行されていたお札」
https://www.npb.go.jp/ja/intro/kihon/kako/index.html

本記事は、2019年4月28日時点調査または公開された情報です。
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