丸腰で勤務する日本の刑務官
日本の刑務官は丸腰で勤務します。アメリカなどでは拳銃を携帯するのが当たり前ですし、見張り所には小銃を持った刑務官が詰めています。日本の刑務所にも拳銃はあるのですが、通常は武器庫にしまっておいて、携行することはありません。
理由は、日本の刑務所は欧米と比べて規律が保たれていて平穏だからだとか、拳銃を受刑者に奪われるとかえって面倒なことになるからだとか言われます。どちらも正解なのでしょうが、丸腰で働く刑務官からすれば正直なところ心中穏やかではありません。新米刑務官の場合は尚更です。ライオンの群れの中にポイと入れられたみたいなものですから。
刑務官の花形「工場担当」
ところで、刑務官の花形は「工場担当」といわれます。何十人(時には百人以上)もの受刑者を一人で仕切ります。いわゆる交通刑務所のような場合は別ですが、刑務所に何度も入ったことのある受刑者だけを集めた刑務所(累犯刑務所)となると、暴力団をはじめ、人を傷つけたりした人がたくさんいます。
なかでも懲役8年以上の長期刑の者だけを集めたLB刑務所になるとほとんどがそのような人ばかりで、人殺しもウヨウヨいますからそのプレッシャーは相当なものです。
このような猛者ばかりの受刑者たちをたくさん預けられて、襲われることもなく、その指示命令に従わせるのは、端的に言って工場担当の人間力です。少なくとも1対1なら受刑者に負けることはないという身体能力のほかに「てめえこの野郎、ぶっ殺すぞ!」などと言われても平然としていられる胆力(精神力)が必要です。
そして、受刑者を公平に扱い、人情味のある人柄であることも大事です。これらの総合力こそが工場担当が持つ見えない武器ということになります。
受刑者たちの「オヤジ」
名担当と言われるベテラン刑務官の中には相当年齢を重ねた人もおり、このような刑務官は身体能力こそ落ちていても、胆力に優れ、受刑者を平等に扱い、人情に厚いといった点が際立っています。だからこそ務まるのだと思います。
受刑者は工場担当のことを「オヤジ」と親しみを込めて呼びますが、まさに父親のような存在であることを認めているからこそ、このような工場担当の指示命令に従順なのだろうと思います。
刑務官を守るしくみ
丸腰の日本の刑務官を支えている仕組みにはもう一つあります。それは、非常ベルと警備隊の存在です。
工場内で受刑者が暴れたりした場合には、工場担当は非常ベルボタンを押します。すると、処遇部門の詰め所にいる刑務官が一斉に部屋を飛び出してその工場に走ります。
結果、早ければ10秒ほどで工場は数えきれないくらいの刑務官で一杯になります。それだけでたいがいの受刑者は度肝を抜かれ、主人から大声で叱られた子犬のようになります。工場担当は工場ではただ一人だけですが、この非常通報システムにより、何十人もの刑務官がいると同じことになるわけです。
もう一つ、非常ベル発報の際に真っ先に駆けつけるのは警備隊に所属する刑務官なのですが、この警備隊というのは、まさに非常事態が発生したときなどのために置かれているチームであり、柔剣道の有段者が揃っています。
暴力団だろうが何だろうかその前ではなす術がありません。しかも、警備隊は常に警棒や手錠を携帯しているので、事態の鎮圧力は抜群です。工場担当の後ろにはこのような警備隊もいるために、丸腰での勤務が可能になっているのです。
人情は身を助ける
ちなみに、もし工場担当が受刑者に羽交い絞めに遭い、非常ベル通報ができなくなったとします。そうなったら万事休す、と思いがちですが、実際は、工場担当の代わりに別の受刑者が非常ベルボタンを押すのです。
オヤジさんの一大事ともなれば、それを助けるためにボタンを押す。羽交い絞めにした受刑者からすれば裏切り者でしょうが、それでも工場担当を助けようとする受刑者がいます。
逆に言えば、そのような受刑者を数多く獲得できない工場担当は、職務を全うできず、自らの命も危うくするわけです。人情味のあふれた刑務官が工場担当の適任者であるという意味はこのようなことでもあるのです。
(小柴龍太郎)
コメント