陸上自衛隊の「殉職隊員追悼行事」の実施運営について

国家公務員である「自衛官」の陸・海・空合同で防衛省が実施する『自衛隊殉職隊員追悼式』についての記事です。自衛隊創設以来、任務を達成する途中で訓練事故などによって殉職された隊員とその遺族に哀悼する行事です。


殉職隊員追悼行事(ついとうぎょうじ)とは

「殉職隊員追悼行事」とは、自衛隊創設以来、任務を達成する途中で訓練事故などによって殉職された隊員の御霊(みたま)を慰霊し、その功績を顕彰(けんしょう)するとともに隊員の遺族に哀悼(あいとう)の意を表する為に行われるものです。

全国の行事としては毎年1回、陸・海・空合同で防衛省が実施する『平成○○年度自衛隊殉職隊員追悼式』があります。

自衛隊の最高指揮官である内閣総理大臣が出席して行われます。

ただし、自衛隊で行う全国規模の追悼式の場合、遺族が全国各地から東京に来る必要があり、日程その他の都合により、全ての遺族が参加できるわけではありません。

この為、陸上自衛隊では「師団」及び「旅団」単位で方面総監の命令により、年1回各地で地方追悼式を実施するように定めています。

「戦没者慰霊祭」と混同しがちですが、戦没者慰霊祭は、戦争による戦没者の御霊を慰霊する為に行うもので、国及び地方自治体が護国神社などで行ないます。

今回は旅団で行われる追悼行事について紹介します。

追悼行事を実施する方面隊及び師団・旅団について

「方面隊」は陸上自衛隊で最も大きな部隊の単位で、世界の軍隊の標準的な呼び方をすれば「方面軍」のことです。

日本全国を5つのブロックに分けて、北から北部方面隊、東北方面隊、東部方面隊、中部方面隊、西部方面隊の5個方面隊からなります。

各方面隊には、標準として2個師団、2個旅団、その他の部隊があり、総人員約3万人、戦車約300両、火砲200門を装備しています。

なお各方面隊が所在する地域の特性や編成の都合により方面隊内の部隊の編制及び編成が異なります。


(凡例)
*編制=法令で規定された枠組み(呼称する時は「へんだて」とも言います)
*編成=実用上の組織の陣容(呼称する時は「へんなり」とも言います)
*師団隷下(れいか)=師団長の命令で行動する部隊。
*師団隷下外(れいかがい)=師団の防衛区域内にあって、師団長の命令で行動しない部隊(方面直轄部隊などがそうです。)

師団及び旅団で、追悼行事を実施する理由

方面隊の警備隊区(防衛を担当する地域)は、多くの都道府県にまたがる為、殉職隊員の遺族など関係者及び参加者の範囲が広範囲になり行事の実行が難しくなります。

その為、ご遺族の立場からすれば、参加するのに遠すぎる事もなく行事を実行できるだけの大きな組織力のある師団、旅団が最適の部隊という事になるのです。

その為、各方面隊において「輪番制」で、追悼行事を実施する部隊を決めて実施します。

輪番制とは、方面内の各師団、旅団が交代で追悼行事を担当する部隊になると言う意味です。

陸上自衛隊の駐屯地の規模は大小さまざまで、駐屯地の中にバスの停留場が十数個もあるような東千歳駐屯地もあれば800人~1,000程度のコンパクトな駐屯地、あるいは数十人程度の分屯地など実に様々です。

追悼行事を実施する部隊は、師団司令部や旅団司令部のある駐屯地の場合が多く駐屯地の所属人員数が約2000名以上の部隊が通常選ばれます。

所属人員が多いのと命令によって行動する自衛隊の特性から行事の実行に必要な人員を迅速に確保できるのが師団・旅団で追悼行事を行うメリットです。

(参考)
方面隊の隷下部隊で、最大の単位部隊が『師団』で定員は約8,000名、次に大きいのが『旅団』で定員は2,000名~4,000名です。

方面総監の命令で実施される殉職隊員追悼行事

方面総監は、隷下の各師団、各旅団長に追悼行事の実行を命じます。

旅団の所属人員は2,000名~4,000名で旅団司令部の部課は総務課、第1部、第2部、第3部、第4部、その他の部課という区分になっています。

ちなみに、この1部、2部、3部、4部という部下は陸上自衛隊の基準です。

(旅団以下の部隊、たとえば連隊では、連隊本部、1科、2科、・・・と呼び方が異なりますが機能は同じです。)

任務区分は、「総務課と1部が、人事・総務・行事」、「第2部」が、通信・情報」、「第3部が、防衛・訓練」、「第4部が人事・兵站」です。

したがって、旅団が追悼行事を担当する場合、旅団司令部 第1部 総括班が担当します。第1部の責任者は、第1部長で一般の会社で言う部長とは格付けなどが違います。第1部長は連隊長クラスの階級でVIPに指定される要職になります。


この第1部長が追悼行事の企画運営の責任者となります。

そして実施計画の作成を担当するのが総括幹部(1等陸尉~准陸尉)で、第1部長の指示を受けて追悼行事の計画を作成します。

追悼行事は命令であり遺族援護業務でもある

旅団司令部第1部総括班総括幹部が、年度の業務予定に合わせて追悼行事の企画を起案します。総括幹部は『遺族援護業務』という任務も持っています。

遺族援護業務というのは、殉職隊員のご遺族の名簿の管理、遺族との連絡調整業務、さらに駐屯地の中にある殉職隊員の慰霊碑の維持管理も担当します。

追悼行事は、通常、各駐屯地で年に1回実施される『自衛隊創隊記念日行事』及び『部隊の創立行事』の前日に行います。

記念日行事と一緒に行うメリットは、ご遺族が自衛隊記念日を見学に来る機会を利用すれば1回の宿泊費等で、二つの行事経費が賄えるからです。

実施大綱の作成から着手する!

仮に追悼行事の実行日を10月上旬のある土曜日とします。

自衛隊では決定していない計画がある場合、その実行日を表現するのにX日(エックス・デー)を用います。

追悼行事をX月X日と仮定すると『追悼行事実施計画』は、約一カ月前~二カ月前に作成します。

さらに『実施大綱』は、実施計画の数か月前に作成する必要が生じます。ただし、作成が早すぎると、他の業務が未定の部分が多くなるので調整が難航します。

起案する場合は、仮の名称を付与します。

(例)※〇には数字が入ります。

「〇〇年度〇〇旅団殉職隊員実施計画大綱(仮称)」

決定していない名称に(仮称)とつけるのは、執行官(旅団長)の決裁が降りるまで、名称が未定だからです。

名称は部隊の事情により「追悼行事」になったり「追悼式」あるいは「慰霊祭」になったりします。

追悼行事という名称にする場合は、追悼式と昼食会を二つの行事とするという考え方ですが、いずれにしても「追悼式」としても、特に問題があるわけではありません。

実施大綱は、実際はA4用紙で1枚か2枚程度の簡素なものです。追悼行事を実行するX(デー)を決定するというのが一番大きな目的です。

その他の要素は、実施計画を作成するのに、最低限必要な項目を、決定しなければいけません。ただし、内容は簡素ですが大きな行事の日時、場所、編成を決定するのでその調整は重要であり、調整内容は少なくありません。

正式な案としては『平成○○年度第〇〇旅団追悼行事実施大綱(仮称)』という事になります。


行事の実施年月日、編成、参加範囲(遺族・来賓・参列隊員)、昼食会、送迎計画の概要などが決定すれば計画作成に進みます。

なにからなにまで決める命令書「実施計画」

実施大綱が決まれば、「正式名称」が決定し、いよいよ実施計画の作成が始まりますが、人事、情報、警備、訓練、兵站、輸送など、行事に係る全ての調整事項を総括幹部一人でやって行く必要があります。

現場責任者として、命令発令までの約二カ月にわたる孤独な戦いが始まるのです。勿論、追悼行事以外の任務も複数こなしながら計画作成をしなければ行けません。

まず、真っ先にやるのが必要なスタッフの確保です。自衛隊の呼称で言うと追悼行事勤務員編成表です。

旅団規模の追悼行事の場合、一般的に言うスタッフは、受付案内・交通統制・警備・司会進行・儀じょう隊・音楽隊)など、総勢120名程度の勤務員になります。

招待する遺族・来賓・各部隊長を含めた参列隊員を合計すると参加人数を絞った小規模の編成にしても300名を超える大きな行事になります。

旅団長の指示により参列隊員を増やせば500名1000名の大規模な行事にもなります。

勤務員の確保が最大の難関

実施計画は一例をあげれば、次のようになります。『平成○○年度追悼行事の実施に関する第○○旅団一般命令』

計画の名称の最後の部分の「一般命令」というのが、自衛隊特有の命令形式で、内容は全て「実行せよ」「差し出せ」という命令形式(口調)になります。

*(この命令文書の中で「依頼する」「希望する」などの表現は厳禁です。)

この計画の中の編成表で行事の実行に一番重要な役割を果たす勤務員を指定するのですが、通常、一般命令で個人名は記載しません。

理由は自衛隊の計画は「命令」という拘束力の強い公文書だからです。極論すれば個人を指定して、病気になった場合、命令違反をさせることになってしまいます。

その為、職名や階級で表現します。たとえば受付案内係は、幹部自衛官3名1等陸曹1名、2等陸曹10名、陸士、10名という具合です。

略式で書けば、O×3、S×11、P×10で、A連隊O×3と書けばA普通科連隊の幹部自衛官3名を勤務員として差し出せと言う意味です。

あるいは、職名を指定する場合もあります。司会者(正)は総括班長という具合です。職名の場合は代行を立てる事が出来るので、計画上は上司の指名するもので可という事になります。

ともあれ、各部隊は行事だけに絞って仕事をしているわけではありません。演習、訓練、警備、補給など様々な活動をしています。

命令を出してしまえば部隊は、絶対に従うほかありません。その為、担当者間の事前調整が困難を極めるのが普通です。

実施計画の発簡が最大の山場

実施大綱から実施計画を作成して発簡するまでが担当者としての最大の山場になります。

旅団長が発令する命令になりますから、旅団隷下の各部隊長にとっては絶対的な指令になります。

ちなみに旅団隷下には、旅団司令部付隊、○○普通科連隊、○○後方支援隊、○○戦車中隊、○○高射特科中隊、○○施設隊‥○○音楽隊に至るまで、約17の部隊と2,000名の隊員がいます。


旅団隷下の各部隊の実情を無視して、一方的に命令を出すわけにはいきません。人員の確保、資材等の確保など呆れるほどの調整が必要になって来ますが、実施計画の発簡(発令)は、それらの調整が全て終わったことを意味するのです。

計画起案者の総括幹部にとっては、長い孤独からの解放になります。

自衛隊で発簡する計画は、通常命令文書になります。ところが、部外者であるご遺族や国会議員や自治体の長などの来賓、あるいは旅団隷下外部隊に命令は出せません。

その為、命令の末尾だけを変えて発簡します。

『〇〇年度殉職隊員追悼行事に関する○○旅団一般命令(般命)』の()の部分を(依頼)にかけて発送します。

これにより依頼文書になるのです。

ちなみに(般命)とは自衛隊が発令する一般命令の事で(個名)』は個別命令です。(依頼)は、依頼文書になり命令ではありません。

業務担当者からスタッフに変わる日

追悼行事の1週間くらい前になると、追悼行事の執行官である旅団長以下、旅団隷下の主要幕僚、勤務員の各任務区分の主な指揮官がそろっての最終会議が行われです。

ここで企画担当の総括幹部は約2時間の実勢要領を説明して、旅団長からの最後の指導受けと実施要領の徹底を図ります。

極論すれば実施計画を発簡した後の、最後の大きな仕事がこのミーティングになります。旅団長から「それでいい」となれば無事終了ですが、そんな事はまずありません。

ともあれ、この最終会議が終われば、矢は放たれたのと同じです。

この、行事実施の前に、第1部長から厳命された指示は一つです。『企画担当者は自分自身を絶対に勤務員にしてはいけない』、実施計画をたった一人で作成した総括幹部は、この行事を誰よりも詳しい自衛官になります。

その結果、行事の当日は、無線機と携帯電話は鳴りっぱなしになります。

これは自衛隊の行事・訓練全般に言えるのですが、計画を起案した自衛官は、自分を勤務員にしては行けません。

そんな事をすれば実際の行事で何もできなくなります。


そして所属部課で、最後のミーティングを行います。この時に少なくとも数名の幹部自衛官が、勤務員の各部門の責任者として参加します。

このミーティングで、企画運営部の第1部長から、幹部自衛官に対して正式に任務付与があります。たとえば受付案内係であれば、K一等陸尉に任せる!という具合です。

この瞬間、一人でやって来た仕事が、事実上のスタッフ組織に変わり、みんなでやって行くと言う意識が生まれるのです。総括幹部が孤独から解放される瞬間です。

本番より緊張する総合予行

追悼行事前日、あるいは、前々日に総合予行が行われます。

これは可能な限り当日と同じ時程で予行をして問題点を把握するのが目的です。ちなみに蛇足ながらアメリカ陸軍は予行を嫌う傾向にあり、陸上自衛隊は予行を好む傾向になります。

アメリカ軍が予行を嫌う理由は、問題点を修正することによって本番での問題点が内在して隠れてしまうリスクがあるからです。

陸上自衛隊が予行を好む理由は、問題点を事前に把握して完璧を期する為です。

アメリカ軍は問題点をポジティブにとらえ、陸上自衛隊はネガティブにとらえる傾向にあります。

ともあれ予行が終われば、やり直しの聞かない実際の行事になりますが、通常、アクシデントの対応処置も予行しているのでほとんど支障なく行事は実行されます。

追悼行事は関係協力団体との協力が必要!

ちなみに陸上自衛隊で実施する殉職他員追悼行事には『弔銃』(ちょうじゅう)という空砲射撃を行います。

これは『自衛隊の礼式に関する訓令』及び『達』によって定められており、儀じょう隊の編成も殉職隊員の階級によって、中隊編成又は小隊編成と定められています。

ただし式場などの都合により、やむを得ない場合は規模を縮小した儀じょう隊で実施することは認められています。

追悼行事の実施に当たっては白昼に大きな射撃音がしますので、所轄の警察署に行事の実行と弔銃による空包射撃の有無を連絡しておく必要があります。これは大砲の空包射撃のある記念日行事でも同じです。

警察・消防などの防衛協力団体との協力関係は行事の実施に欠かせません。

自衛隊における殉職隊員の慰霊祭(追悼行事)は組織を発展させる柱石となった御霊に対するもので自衛隊の行事の中でも位置づけの高いものです。

その為、方面隊でも厚生課が所掌して日頃から遺族援護業務として、殉職隊員の援護業務と追悼行事を実施しているのです。

本記事は、2017年10月24日時点調査または公開された情報です。
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