横浜市の救助隊組織を見てみよう
日本の救助組織のパイオニア的存在
現在の横浜市消防局には、市内の消防署に配置されている特別救助隊である「横浜レンジャー」と、特別高度救助隊にあたる「スーパーレンジャー(通称SR)」の2種類の救助隊が存在しています。
元々、横浜市消防局は戦後横浜の経済的な発展と並行して、大事故や大災害が起きる事を想定していました。大都市横浜で起きる事故や災害に対応するには、消防の救助隊もより高度な救助技術と、救助隊員としての精神を磨く必要があるとし、1963年7月より一部の消防隊員を陸上自衛隊の富士学校への派遣を開始しました。
当時は、消防組織における救助部隊の専門機関がなかったために、自衛隊のレンジャー部隊の技術と精神を学ぶために陸上自衛隊への派遣を行ったのです。それと同時に、アメリカの消防組織を参考にした油圧式の救助器具など、より高度な救助資機材の導入も行いました。
後に、自衛隊のレンジャー部隊への派遣が終了し帰局した救助隊員たちは1963年11月9日に鶴見駅から新子安駅間で発生した列車脱線事故(鶴見事故)の救助活動で活躍しました。これを受けて、1964年8月20日に、人命救助のスペシャリスト部隊として「消防特別救助隊(横浜レンジャー)」が誕生しました。
消防組織の中で、人命救助における訓練機関やシステムがまだ存在していなかった時代に既に現在の救助技術習得の基礎となる組織となっていた横浜の救助隊組織は、日本の消防救助隊におけるパイオニア的存在と言っても過言ではありません。現在の各自治体の救助隊の通称は、「○○レスキュー」など「救助」を意味するレスキューを冠した通称が多くなっていますが、横浜の救助隊は自衛隊のレンジャー部隊から習得した技術と精神を持つという意味から、現在でも「レンジャー」の名を冠しています。
阪神淡路大震災後に「スーパーレンジャー」が誕生
1995年1月に発生した阪神淡路大震災の教訓を生かし、横浜市消防局はより高度な人命救助のスペシャリスト部隊である「機動救助隊(スーパーレンジャー)」を1997年4月に暫定的に配置させます。
その後、2006年に総務省消防庁が東京都及び政令指定都市に特別高度救助隊を配備するように定めます。横浜市も政令指定都市の為、特別高度救助隊を配備する必要がありましたが、既に機動救助隊が特別高度救助隊の要項を満たしていたので、そのまま特別高度救助隊に移行しました。
その後、2008年10月に機動救助隊と特別消防隊を統合し、横浜市消防局に配置転換され本部直轄の「特別高度救助隊」としての運用が開始、平成21年4月より正式運用となり現在の「スーパーレンジャー」に至ります。
横浜レンジャーの中でも精鋭の「スーパーレンジャー」について
横浜市の特別高度救助隊
東京都と政令指定都市に配備されている特別高度救助隊は、その都市の救助隊員の中でも専門的かつ高度な救助技術を持つ精鋭で構成されています。つまり、横浜市の救助隊である「横浜レンジャー」の中でも精鋭で構成されているのが、横浜市の特別高度救助隊「スーパーレンジャー」です。
スーパーレンジャーは、大規模災害などにおける人命救助と安全管理を主な業務としていますが、通常は横浜市消防局の災害出場計画に基づいて、横浜レンジャーと同様の活動を行っています。また、災害規模に応じて指令センターと連携して、運用しているスーパーレンジャーの持つ各車両の、より効果的な災害現場への投入なども行います。
スーパーレンジャーは、市内で発生した火災の際には、現場活動の監察業務や指揮支援、活動帯の安全管理の為に市内全域に出場します。また、横浜市消防本部のある保土ヶ谷から半径8km以内の救助事案、及び市内全域の水難救助事案と特殊災害事案に出場します。
また、国内で起きた大規模災害時には緊急消防援助隊として、国外の災害派遣要請時には国際消防救助隊として出場し、活動を行います。
横浜レンジャーとスーパーレンジャーの区別化
特別高度救助隊を配備している自治体では、特別高度救助隊員とその他救助隊員と区別するために、制服やワッペンなどが異なる仕様である場合があります。
横浜市の場合も同じく、スーパーレンジャーはオレンジ色の活動服の左肩に白い飾り紐、活動靴の紐の色も白になります。これは、「足先の汚れにまで気を配る事によって、常に緊張感をもって救助活動を行う」という気持ちが込められています。
また、右肩のワッペンの色が横浜レンジャーは水色に対して、スーパーレンジャーは黒色になります。運用している車両の側部にマーキングされたロゴも、横浜レンジャーの車両は「YR」スーパーレンジャーの車両は「SR」になります。
スーパーレンジャーの組織を見てみよう
横浜市消防本部直轄と、横浜市民防災センターの2拠点で運用
スーパーレンジャーは、保土ヶ谷消防署に隣接している横浜市消防本部と、横浜市民防災センターの2拠点に配備・運用されています。
元々は、横浜市消防本部の直轄部隊のスーパーレンジャーと横浜市民防災センターの特殊消防隊が統合され、スーパーレンジャーとして運用されていましたが、2012年に横浜市民防災センターにNBC災害専門部隊である機動特殊災害対応隊が新しく配備されました。現在は横浜市民防災センターには起動特殊災害対応隊と、特殊消火隊の部隊である機動送水隊と機動延長隊が配備されています。
横浜市消防局本部庁舎に配備されているスーパーレンジャー部隊
▼機動第1救助隊
通常の救助資機材に加えて特別高度救助隊のみが持つ高度救助資機材である電磁波人命探査装置、ファイバースコープなどの画像探査装置、音響探査機などを使いこなせる、高度な救助技術を持つ隊員で構成されています。運用している機動第1救助工作車は、これらの資機材を積載し、クレーンやウィンチ、照明灯を搭載した救助工作車Ⅲ型です。
通常時は市内全域の火災への出場の他、大規模災害時には日本全国へ緊急消防援助隊としての出場も行います。東日本大震災では宮城県仙台市での要救助者の探索及び救助活動を行いました。
▼機動第2救助隊
第2救助隊が陸上での救助のスペシャリスト部隊ならば、第二救助隊は水難救助及びNBC災害に特化した救助部隊となっています。保土ヶ谷署から半径8km圏内での救助事案への出場の他、市内全域での水難救助・NBC災害事案時に出場します。NBC災害のスペシャリストとして、東日本大震災時には福島第一原子力発電所事故への対応出場をしました。
運用している機動第2救助工作車は、水難救助資機材や化学防護服などNBC災害対応な資機材を積載した特殊災害対策車です。
▼機動けん引工作隊
交通救助や重量物挟まれ事故、救助活動の障害となる障害物の除去作業などを行う部隊です。運用している機動けん引工作車は、36トンまでをレッカーできます。
▼機動排除作業隊
ホイールローダーである機動排除作業車を使用し、救助活動の障害となる障害物の除去作業や、大規模災害時の緊急車両の交通網確保のための道路開拓などを行います。
▼機動特別高度工作隊
強い風力による煙の排除や、霧による消火活動が可能な大型ブロアーと、引火の危険性がある現場でも使用できる、水と特殊な薬剤の力で金属の切断が可能になるウォーターカッターを搭載した、特別高度工作車を運用している部隊です。第1機動救助隊及び総合指揮隊と共に、市内全域の火災事案にも出場します。
▼機動資機材搬送隊
トラック型の機動資機材搬送車を運用する部隊です。資機材搬送車の中には、高度救助用資機材や都市型救助活動の為の資機材、高エネルギー事故対応資機材など、様々な災害事案に対応できる資機材を積載しています。
▼総合指揮隊
災害現場での指揮統制を主に行う部隊です。バス型車両の総合指揮車を運用しています。市内全域の火災事案にも出場します。
▼機動震災救助隊
要救助者検索の為の資機材が積載されている1号車、救助活動の為の資機材が積載されている2号車の2台一組で活動する救助工作車Ⅳ型である機動震災救助車を運用する部隊です。機動震災救助車は車高が低くなっておりC-130型輸送機に搭載可能で、大規模な震災時緊急消防援助隊として被災地に派遣される際にも、空路から被災地への侵入が可能となっています。
ちなみに、もう一台の機動震災救助車は能美台消防署の横浜レンジャーが運用しています。
横浜市市民防災センターに配備されているスーパーレンジャー部隊
▼機動特殊災害対応隊
特殊災害対応車の運用と各種測定機器、化学防護服、放射線防護服の資機材を所持している部隊です。NBC災害に対応するための特殊部隊という位置づけです。
▼機動高発泡隊
機動高発泡車を運用しています。機動高発泡車とは、水ではなく泡原液による消火と煙の排除を行う特殊車両です。地下街や倉庫など、密閉空間での火災時に活躍します。
▼機動支援隊
シャワー、トイレ、キッチンなどを装備した機動支援車を運用しています。大規模な災害や事故、緊急消防援助隊として被災地に派遣された時など、救助隊の活動が長期にわたる時に後方支援を行う部隊です。
▼機動送水隊
スーパーポンパー(遠距離大容量送水装置)機動送水車を運用し、機動延長隊の運用するホース延長車と連携して、海や湖沼、河川などから消火活動の為の水を引き、火災現場に送水する部隊です。
通常は機動消防隊として横浜駅及びみなとみらい地区周辺の火災事案に出場しています。
▼機動延長隊
送水用の大口径ホースを分割して搭載しているスーパーポンパー(遠距離大容量送水装置)ホース延長車を運用しています。機動送水隊の運用する送水車と連携し、火災現場への送水作業を行う部隊です。
「特別高度救助隊」の名前を広めたスーパーレンジャー
日本の高度な技術を持つ救助隊のパイオニア的な存在である横浜レンジャー及びスーパーレンジャーは、「特別高度救助隊」の名前を世間に認知させるのにも一役買っています。
特別高度救助隊が世間に広まったのは、東京消防庁のハイパーレスキュー隊が、新潟県中越地震での救出救助活動が報道されたのがきっかけです。その時には、特別控除救助隊=ハイパーレスキューという認識が強かったのですが、その後スーパーレンジャーが世間に知られるようになってから、特別高度救助隊の認知度が飛躍的に上がりました。
スーパーレンジャーが世間に知られるきっかけとなったのが、TBSで報道されたスーパーレンジャーを題材にしたドラマです。人気の俳優を起用したドラマでしたが、横浜市消防局の全面協力の下でドラマは製作され、実際にスーパーレンジャーが運用している車両や資機材がドラマ内に登場しました。
他にも、スーパーレンジャーや横浜消防局は、ドラマを始めとしたメディアの製作にも全面協力をしています。
港町の救助隊を目指す方法
まずは横浜市消防局の採用試験に合格する
横浜レンジャー及びスーパーレンジャーは、横浜市消防局に所属している消防職員です。まずは横浜市の消防士採用試験に合格しなければいけません。
消防士は地方公務員ですので、消防士採用試験=地方公務員試験です。なお、他の自治体の公務員試験と日時が異なれば併用受験は可能ですが、横浜市も含め東京都と全国の政令指定都市の消防士採用試験の日程は、毎年同日に設定されている事が多くなっています。
横浜レンジャーになるには?
公務員採用試験に合格し、横浜市の消防学校で半年間の消防士としての勉強が終了すると横浜市消防局に晴れて配属になり、横浜市内の各消防署への配置先が決まります。その後横浜レンジャーになるには、厳しい基準を満たし、かつ上司からの推薦を受けなければいけません。
横浜市消防局内の横浜市安全管理局では、横浜レンジャーになる為の基準を以下の通りに定めています。
一般体力測定にて腕立て伏せは40回 以上、4秒1回の懸垂15回 以上、背筋力150kg以上、握力左右各45kg以上、及び新体力測定において総合評価A相当の腹筋運動を30秒間に33回以上、長座体前屈を61cm 以上、反復横とびを20秒間に60点以上、立幅とびを260cm以上、20mシャトルラン (持久走)を95回以上、握力左右とも45kg以上を満たした上で左右各62kg以上、4秒1回の懸垂15回以上の条件をクリアしなければいけません。
上記の体力測定の条件に加えて救助隊への配置を予定している者、そして救助隊員としての適正を有し、意欲のある者という要件を満たし、上司からの推薦を受けた消防職員は、横浜レンジャーになる為の「レンジャー隊員養成訓練」を受けます。
横浜レンジャーは、どんな状況でも要救助者を助けるための技術力、そして強い精神力を持たなければいけません。それらを養う為の訓練がレンジャー隊員養成訓練です。厳しい状況下でも救助を諦めない横浜レンジャー隊員を養成する為の訓練は、過酷の一言に尽きます。この養成訓練を無事乗り越えると、横浜レンジャーとして編成されます。
横浜レンジャーからスーパーレンジャーになるには?
横浜レンジャーから精鋭としてスーパーレンジャーとして配属されるのは、更に厳しい要件を満たさなければいけない。狭き門となっています。
スーパーレンジャーになるには、特別救助隊(横浜レンジャー)として5年以上の経験が必要ですが、ただ経験を積むだけでなくプラスして指導力がなければいけません。スーパーレンジャーは自らが現場で活動するのはもちろん、横浜のレンジャーのトップとして、後進の指導に当たる事も多く、自らも手本にならなければいけないからです。
また、スーパーレンジャー含めて特別高度救助隊員は、ひとつ何かに特化した能力を持つエキスパート集団でもあります。他の隊員と一線を課すために、大型自動車機関員・大型特殊自動車機関員・酸素欠乏危険作業主任者・潜水士・移動式クレーン運転士・玉掛作業者・ガス溶接作業主任者・足場の組立て等作業主任者などの大型特殊免許や資格の内、いずれか1つ以上取得している事も条件に含まれます。
更に、日本全国への緊急消防援助隊、国外の国際消防援助隊など広域応援出場に対して意欲と理解があり、横浜市消防局の定める救助隊認定試験で1級以上の認定を受けている事も条件になります。特にスーパーレンジャーは広域応援の機会も多く、先の東日本大震災のような大災害の時には率先して被災地へ赴きます。また、海外からの救助要請があった時には、輪番制で登録している日本全国のスーパーレンジャーを含めた特別高度救助隊員が国際消防援助隊として海外で救助活動を行います。
これらの要項を満たし、スーパーレンジャーとしての選抜を受けた救助隊員は、横浜市消防局の特別高度救助科訓練に参加します。大規模災害に対応可能な高度救助資機材を使用した捜索救助教育を終了した者が、晴れてスーパーレンジャーとして配備されます。
まとめ
首都圏の中でも大都市である横浜は、救助隊員のレベルも高いものである事が分かりました。横浜レンジャー及びスーパーレンジャーは、災害大国日本において、災害に対抗できる貴重な人力であり、財産、そして誇りであると言っても過言ではないでしょう。
(文:千谷 麻理子)
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