日本の山岳救助隊について
大きく分けて4つの組織が山岳救助を行っている
日本で山岳救助隊として山岳救助活動を行っているのは、警察の山岳警備隊、消防の山岳救助隊、航空自衛隊の航空救難団救難隊および陸上自衛隊の冬季遭難救援隊、消防団や地元の山岳会などで結成する民間の山岳救助隊があります。
また、高地での山岳救助やその後医療機関などに搬送する時間短縮を考慮し、ヘリコプターが山岳救助に用いられることも多いですが、ヘリコプターを用いた山岳救助は大きく分けて警察の都道府県警察航空隊、消防の防災ヘリコプター、航空自衛隊航空救難団救難隊および海上自衛隊航空分遣隊の3組織によって行われています。かつては山岳救助や救助支援物資の運搬を担う民間の航空会社も存在しましたが、現在では山岳救助活動からは完全撤退し、ヘリコプターを使用した山岳救助は公の機関のみが行っています。
通報の種類によって出動する部隊が決まるわけではない
日本には、緊急通報ダイヤルとして警察への通報は110番、消防への通報は119番があります。現在は携帯電話の普及に伴って、山岳部で遭難したり負傷したりした本人が携帯電話を使用して110番、119番通報をして山岳救助要請をすることも多くなりました。
とはいえ、110番通報をしたら警察の山岳警備隊が動く、119番通報をしたら消防の山岳救助隊が動く、というわけではありません。通報のあった場所や状況、天候など色々な要素を考慮し、一番適切と思える部隊が実際に出動して山岳救助活動を行います。
警察の山岳救助について
警察では山岳警備隊が担う
警察組織で山岳救助を担う部隊が「山岳警備隊」です。日本全国の都道府県警察本部の生活安全部に配備されていますが、特に標高3千メートル級の山岳地帯を有し、山岳救助の需要の高い長野県・富山県・岐阜県の各警察本部の山岳警備隊が人員・装備・体制共に特に充実しています。また、都内の西部分に奥多摩山系を有する警視庁には警視庁山岳救助レンジャー部隊が配備されています。
長野県・富山県・岐阜県は、年間を通じて多くの入山者が発生するので、管轄山中の治安維持のために主に入山者が増える夏期は山中に派出所を作り、山岳警備隊員が交代で常に配備されています。警視庁では、山岳救助案件が入ると、奥多摩山系を有する青梅市警察署や西多摩地区を管轄する五日市警察署の署員と、警視庁第七機動隊山岳救助レンジャー部隊で構成する「警視庁山岳救助隊」が出動し、活動にあたります。
なお、長野県・富山県・岐阜県は常に山中の派出所に山岳警備隊が詰めている状態ですが、他の各都道府県の山岳警備隊員は普段は警察官や機動隊員などの通常任務にあたり、山岳警備事案が発生した時のみ山岳警備隊として収集・活動する体制になっています。ですが、常に山岳救助事案が入っても対応できるようにトレーニングをしたり、後述の管轄内山中の治安維持のためのパトロールをしたりして、山岳救助に対応できる体制を整えています。
警察の山岳警備隊の任務について
警察は、山岳「警備」の名前が付いている通り、主な任務は山岳地帯で遭難や負傷をした要救助者の捜索や救助活動の他に、山中の治安維持を目的とした活動も担っています。
登山者が入山する時の入山届の受理や、登山道に不審物や危険物がないか確認するパトロール、一般市民への登山情報の提供、環境省や農林水産省外局の林野庁との協力のもとで高山植物の無断採集の取締りなどを行います。また、山中でのバーベキューやハイキング、登山客同士のトラブル発生時にも出動します。
山岳遭難などの通報が入れば、長野県・富山県・岐阜県は派出所から徒歩もしくは都道府県警察のヘリコプターを使用して現場に出動します。他の都道府県警察本部では、山岳警備隊を編成の上で現場に向かいます。場合によっては、警察のヘリコプターを使用せず消防の防災ヘリコプターの支援を受けて現場に向かったり、活動を行ったりします。
消防の山岳救助について
通常は救助隊員が兼任していることが多い
消防の山岳救助隊は、救助活動を担う救助隊員が、任務の一環として山岳救助を担うパターンが多いです。従来では、救助隊を含めて特に登山技術を持つ隊員を集めて対応していたのが一般的でしたが、近年では、消防の山岳救助隊として専任の部隊を編成する消防本部も多くなりました。
普段は消火活動や救助活動を行う消防職員が、山岳救助事案が発生した時には山岳救助隊員として編成され、活動を行います。東京消防庁では、警視庁と同じく奥多摩山系を有する八王子消防署、青梅消防署、秋川消防署、奥多摩消防署の4消防署に山岳救助隊を配置し、いずれも各消防署の救助隊員もしくは特別救助隊員が兼任しています。
消防の山岳救助隊の任務について
消防の山岳救助隊の主な任務は、遭難者の捜索活動、山道から滑落や負傷した登山者の救出救助活動などを担います。山道への侵入は通常の車両では困難なことが多い為、4WD使用の山岳救助車を用いて現場へ侵入したり、防災ヘリコプターを使用して上空からの侵入や救助活動を行ったりします。近年では、登山ブームの波に乗り、山道から滑落した要救助者を助ける「引き上げ救助案件」が多発しています。
山岳救助に用いる資機材は長さも様々なロープ、カラビナなどロープに装着する器具、要救助者を収容する担架などかなりの量になるので、これらの山岳救助専門の資機材を山岳救助車に搭載しています。
また、山岳救助案件への対応の他にも、山での遭難や山火事を防止するための啓もう活動も行います。管轄地域の山岳会が開いている講習会などに参加して山に関する知識を高めたり、山岳救助のトレーニングを常に行ったりいつでも山岳救助に対応できる体制を整えています。また、東京消防庁は過去にバーベキュー客が山中の川の中州に取り残された水難事故を教訓に、急流救助であるスイフトウォーターレスキューに対応できる技術や知識を磨く訓練と、資機材も充実させています。
自衛隊の山岳救助について
災害派遣の一環として行う
自衛隊が山岳救助を行う時には、要救助者からの通報を受けて出動する警察や消防の山岳警備隊・山岳救助隊とは異なり、都道府県から自衛隊へ災害派遣要請が入った時に行われます。
自衛隊は、消防や警察の山岳救助隊に比べると山岳救助に関する技術の専門性などは劣りますが、大量の人員が投入できるという点では勝っています。なので、自衛隊が山岳救助を担う時には比較的低い山での遭難案件発生時に、人選戦術による捜索活動で投入されることが多くなっています。
戦闘機などの山中への墜落への対応
要救助者の救助ではなく、戦闘機などが山中へ墜落した時は航空自衛隊の航空救難団が活動を行います。主に戦闘機のパイロットの捜索や救助を任務としていて、全国の航空自衛隊基地に配備されています。
航空救難団の救難員は、前述の陸上自衛隊員や航空自衛隊の陸上隊員とは異なり山中のあらゆる天候や状況での活動が行えるように日ごろから訓練を行っています。ですので、戦闘機などの墜落の他、消防や警察だけでは手に負えない規模の山岳救助事案発生時には、両方の組織からの出動要請を受けて山岳救助に携わることもあります。
陸上自衛隊の冬季遭難救援隊
都道府県の災害派遣要請に伴う山岳救助の他、自衛隊では陸上自衛隊に専任の「冬季遭難救助隊」を配備しています。現在八甲田山の遭難救助を行う青森駐屯地第5普通科連隊の冬季遭難救助隊と、北海道の上富良野駐屯地から選抜された150から180名程度の隊員で構成する冬季遭難救援隊の2つの専任部隊があります。
民間の山岳救助隊について
地元の山岳会や消防団員で結成
山での遭難や救助案件が発生した時には、地元の山岳会や消防団員などで山の知識を持つ人たちが山岳救助隊を結成、消防や警察の山岳救助活動と連携を取って活動にあたる事があります。
民間人でありながら山を知り尽くした人で結成されるため、救助活動では力強い存在になることもあります。
山岳救助に関する色々な課題
山岳救助要請は無料、だが…
日本における山岳救助は、原則として警察、消防、自衛隊の公的機関が担っています。なので、仮に軽装備で入山したところ遭難した、安易な気持ちで入山したら滑落して負傷し、動けなくなった、など要救助者本人の過失による山岳救助を受けたとしても、費用が請求されることはありません。
ですが、限られた公的機関の予算を、登山やハイキング、レジャーなどの行楽目的での事故処理に使用してよい物か、要救助者本人の過失の場合は費用を請求すべきではないか、などの議論が起こっています。ヘリコプターを使用した山岳救助活動を費用換算してみると、一時間あたり50万円から100万円ほどがかかるといわれています。実際に、各自治体で「レジャーによる事故は基本的に本人が費用を弁済する」という条例を作る動きが出てきていて、2010年に長野県野沢温泉村が、スキーやスノーボードのコース外で遭難した場合は、捜索救助費用を遭難者が弁償することを定めた「スキー場安全条例」を全国で初めて制定しました。
私たち市民も山のレジャーを楽しむときには、ふさわしい装備や準備をしておく、天候が急変した時や急変しそうな時には入山を避ける、山を甘く見ない…など、事故防止に備えた心構えをしておくべきではないでしょうか。
山岳救助に伴う二次災害の防止
山岳救助は、足場や視界の悪さ、急変しやすい天候など様々な悪条件での活動が多くなっています。これに伴って、様々な山岳救助に伴う二次災害が発生してしまっています。
例えば、ヘリコプターを使用した山岳救助中にヘリコプターが墜落し、都道府県の航空隊員や警察の山岳警備隊員が死亡する事故も数件発生しています。また、ヘリコプターを使用して救助した要救助者を吊り下げたまま搬送している途中に、何かにぶつかって救出した人がそのまま亡くなってしまったり、救出した人を乗せたストレッチャーがそのまま滑落してしまい亡くなってしまったりする事故も発生しています。
特にヘリコプターを使用した山岳救助中に発生する二次災害の多発を受け、総務省消防庁では「消防防災ヘリコプターによる山岳救助のあり方に関する検討会」を設置し、消防防災ヘリコプターを使用した山岳救助の安全性を確保するための適切な山岳救助の検討会を開催しています。
まとめ
日本の山岳救助を担っているのは、消防団などの一部の民間人を除いて公的機関です。だからこそ、私たち市民は山に入山する時には遭難や事故防止に努めなければいけません。また、山にごみを捨てない、草花を荒らさないなど基本的な入山マナーも見なおして、山のレジャーを楽しむことが重要と言えます。
(文:千谷 麻理子)
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