【陸上自衛隊】アメリカとの共同軍事訓練(FTX)について

陸上自衛隊とアメリカとの共同軍事訓練(FTX)について解説します。この共同訓練には二種類あり、指揮所訓練をCPXと呼び、実働訓練をFTXと呼びます。訓練の内容から、微妙に違う米軍と日本の自衛隊の作法の差など解説します。


日米共同軍事訓練(FTX)

陸上自衛隊の訓練の中に米軍と共同で行う日米共同訓練があります。米軍との共同訓練は、海上自衛隊と米海軍の共同訓練などのニュースが良くテレビなどで放送されます。

これに比べて陸上自衛隊と米陸軍(海兵隊)との共同訓練は、海上自衛隊と米海軍との共同訓練ほど話題にはなりません。理由はいたって簡単で海上自衛隊の共同訓練は、領海や公海で行う為に国際的に注目されるのでニュースになりやすいのです。

陸上自衛隊と米軍との共同訓練は、日本国内の演習場内で行う為にあまり目立ちません。要するに地味な訓練だからニュース性が乏しく話題になりにくいと言うわけです。

今回は、陸上自衛隊と米海兵隊との実動訓練の概要をご紹介します。

CPXとFTXの違い

とはいうものの陸上自衛隊と米軍との共同訓練は定期的に行われています。この、共同訓練には二種類あって指揮所訓練を『CPX』と呼び、実働訓練を『FTX』と呼びます。指揮所訓練(CPX)は『図上演習』の事で、別名『兵棋演習(へいきえんしゅう)』とも言われます。

図上演習は、地図上で敵味方に分かれ地形データー、味方及び敵に関する様々なデーターを定量的に把握して、将棋の駒のように部隊を動かして効果的な作戦の立案や分析をする為に行います。

CPXの約束事としては、同盟軍を含む味方を『青部隊』と呼び、敵部隊を『赤部隊』と呼びます。この赤部隊が俗にいう『仮想敵国』です。近年はコンピューターの進歩により、敵部隊(対抗部隊)の膨大なデーターはコンピューターに内在しています。

つまり、仮想敵国の膨大なデーターを入力したコンピューターシステムが『対抗部隊』となり、陸上自衛隊と米軍(海兵隊)が青部隊となってコンピューターシステムと戦います。

パソコンによるシミュレーションというと戦闘ゲームのように感じるかも知れませんがCPXは現実の装備で実際に起こりうるシミュレーションなのでけして、お遊びではありません。

CPXは超リアルシミュレーション

CPXの戦闘シュミレーションが超リアルシュミレーションである理由はCPXのシュミレーション結果による装備や人員の損耗が、実際に起こった戦争の損耗と大きく違わないことが確認されているからです。

その根拠となる事実は米軍がイラクとの戦闘を想定して行ったCPXによるシュミレーションの結果が『湾岸戦争』や『イラク戦争』など実際に起きた戦争の結果と大きな差が無かったからです。


実際にCPXに使われるホストコンピューターに入力されているデーターは、きわめて詳細で膨大なデーターが入力されています。それらの定量データーをフルに活用して、コンピューター上で彼我の部隊が戦うのです。

このリアリティーは格段に高く、コンピューター上で戦闘が始まっていないのに人員が損耗したりします。これは実戦で恐怖心やその他の理由から逃亡する兵士がいる為で、そのような戦場心理などの細かいデーターまで想定されています。

あるいは燃料補給を受けていないトラックが数時間で移動したりもします。これは兵員がトラックを押しているのです。つまり、実戦において過去に起きた戦争の状態のあらゆるデーターが入っているのです。

これによって可能な限り偶発的な要素を少なくして、現実の戦闘を予測しながら真剣に『命令』が出されます。図上演習と言っても真剣そのものの訓練が行われるのです。

FTXは実員による実動訓練

FTXはCPXと違い実際の装備、武器、実員が参加して対抗演習をする実動訓練です。FTX訓練の想定は、その都度訓練目的により様々な内容になりますが陸上自衛隊と米軍が共同作戦を取る訓練が一般的です。

その理由は、有事の際は日米安全保障条約によって日本と米国が共同で敵と戦う事になるからです。また、FTX訓練において自衛隊の隊員は、日米安全保障条約の『隠されたメリット』を認識することができます。

日米安全保障条約の隠されたメリットとは『世界一強力な軍隊と戦わなくて済む』というメリットがある点です。実際に米軍と共同訓練をしてみると、その実力の凄さがよく解ります。

ただし、装備の質と訓練練度では陸上自衛隊は米軍に必ずしも劣ってはいません。ところが中・長期戦の勝敗を決定づける兵站(補給)能力には格段の差があります。米軍の後方支援能力の充実ぶりは陸上自衛隊をはるかに圧倒しています。

日米安全保障条約には世界最強の米軍と戦わなくて済むと言う隠されたメリットがあるのです。もし米軍が仮想敵国なら防衛費は格段に跳ね上がります。なぜなら、米軍に最低限対抗できるだけの装備が必要となるからです。

演習場内で行われる編成完結式

実動訓練であるFTX訓練は『編成完結式』から始まります。参加する米軍は、沖縄に駐屯している海兵隊、あるいはハワイに駐屯地している海兵隊が参加対象で訓練目的により参加する部隊が異なります。

訓練場所は日本国内で行う場合、国内の演習場で実施されます。編成完結と言うのは共同訓練実施計画で編成された訓練編成で集合して、それぞれの任務や立場を理解する為に行うものです。

また、編成完結では演習統裁官の訓示及び訓練参加部隊の指揮官訓示などがあります。その後、中隊あるいは小隊単位で対面式などが行われます。

日米相互に中隊や小隊単位で紹介行事があるのは、共同訓練の前半は小隊単位で合同訓練をする為です。これは日米相互の号令や、号令に応じる動作が異なるのでそれを相互に把握する為に行います。

一般の通訳が苦労する『軍事用語』

日米共同のFTX訓練に必要不可欠なものは『通訳』です。訓練参加人員も大規模なものになるので通訳部隊も大きな部隊になります。この通訳部隊は自衛官以外の部外の通訳と英会話が一定の基準以上の自衛官の両方で編成されます。

部外者の通訳は英語検定の上級者が多く陸上自衛隊の隊員の英語力よりも平均にレベルが高いと言われています。ところが、訓練で通訳をする場合、その内容によっては陸上自衛隊の隊員の方が役に立ちます。


その理由は、部外者の通訳は『軍事用語』が解らない為に訳せない場合が出て来ます。たとえば、朝礼の時に直立不動で立つ時の号令は、自衛隊は『気をつけ』です。

米軍の『気をつけ』は『アテンション』と言います。この、アテンションの本来の意味は(注意、注目)なので、米軍の号令を知らない通訳は上手く訳せません。

つまり、軍事用語は、そのまま訳すことが出来ない言葉や号令などが一杯あるのです。自衛官は、元々、軍事用語を日常的に使っているので軍事用語を上手く訳せます。しかも同じ軍事組織なので米軍の号令なども理解が早いのです。

たとえば、戦闘訓練で一番使う号令は『前へ』です。これは『前へ進め』という号令の略で前進号令です。ところが米軍では『アタック』といいます。本来の意味は攻撃ですから直訳すると号令になりません。
日米の号令の違いで、一番解りやすいのが戦争映画でもよく出て来る射撃号令の『撃て』です。米軍は『ファイアー』と言います。ファイアーは「火」ですから、やはり軍事用語を知らないと効果的な通訳が出来ません。

事前訓練で日米相互の号令を相互確認する

FTX訓練を実施する部隊は、双方の基本的な号令を事前訓練で習得します。そうすることによって、一般の通訳担当が意味が解らなくて訳せない号令を自衛官がサポートして通訳に意味を教える事が出来ます。

また号令には『予令』と『動令』があり、予令では行動を起こさず準備をするだけです。ところが、この予令と動令も、日米で少しルールが違います。

たとえば自衛隊の『気をつけ』には予令がありません。休めの姿勢からいきなり『気をつけ』で不動の姿勢になります。ところが米軍の『気をつけ』には予令と動令があります。

その理由は『アテンション』と言う単語は、文字数が多すぎるので、そのまま発すると活発に動作をしにくい為です。この場合『アテ~ン』の部分が予令になり、『ション』が動令になります。この違いなども、自衛官以外の一般の通訳には意味が解りません。

ちなみに、日本語は、漢字があるので英単語よりも文字数が少ないので号令になりやすいのです。ともあれ、部外者の通訳が一番苦労するのは戦闘訓練中に訳さなければいけない軍事用語です。

小部隊の日米交流訓練が重要な理由とは?

各小隊単位で1週間程度の交流訓練があります。これによって、実際に学科だけでなく日米相互の号令の違いを実際に耳で聞いて体得するのです。航空や海の共同訓練で、日米双方の兵士が顔を合わす機会は指揮官ぐらいで実際の兵員が直接顔を合わす機会は少ないでしょう。

ただし、陸上の場合は違います。有事の際、戦況の場合によっては日米両軍の兵士が、個人あるいは分隊、小隊単位で行動する場合は大いに考えられます。その為、この交差訓練はとても大事で小部隊同士の共同訓練の意義は多いものがあります。

米兵が日本語を話せず自衛官も英語を話せない。そんな状態でも戦闘訓練自体は、共通点が多いので数日間共同訓練をしていると、戦闘行動に関しては相手が何を望んでいるのか、だいたい解るようになって来ます。

ただし、ジェスチャーも交えて大まかな事は通訳なしでもどうにか通じるのですが、一歩踏み込んだ細かいコミュニケーションとなるとやはり通訳が必要になります。共同訓練では、通常、各小隊に1~2名は通訳が帯同しています。

日米の訓練練度どちらが高い?

この基本訓練では、お互いの訓練練度を確認する為に、簡単な競技会を訓練に取り入れたりします。たとえば81ミリ迫撃砲小隊同士の訓練では日米相互に迫撃砲を設置してから射撃までのタイムを計って速度や照準の正確さを競います。

この種の訓練練度の確認では、一般的に米軍よりも陸上自衛隊の方が優秀です。これは、ひいき目で見た評価ではなくハッキリとした理由があります。陸上自衛隊の隊員の方が米軍の兵隊よりも一般的に訓練練度が高い理由は、自衛官の平均年齢が高い、つまり熟練度が高いからです。

これには色々な理由がありますが、一番、大きな理由は日米の兵員数の違いです。2017年現在、米軍は約46万人。陸上自衛隊は約15万人です。また退役する年齢が日本では54歳以上で定年退官の年齢がほぼ一定です。

これに比べて米軍は階級ごとに昇任しないと退役になる年数が決まっているので、若年で退役する軍人が日本より圧倒的に多いので、幹部・下士官の年齢層が低くなる為です。

この結果、練成訓練をやっている年数が陸上自衛隊の方が長くなり、熟練度が高くなるので、自衛隊の方が訓練に対する習熟度が高いのです。逆に、平均年齢が若い分、米軍の方が、総合的に体力が優れていると言う評価もできます。

微妙に違う米と日本!

戦闘状況下の訓練は、FTX訓練の後半に行われますが、この実動訓練は通訳がいないとスムーズに行きません。理由は複雑な戦術行動が加わって来るので細かい意思疎通を必要とされる調整がある為で、特に小隊長以上の指揮官の近くには通訳の存在が不可欠です。


面白いのは日米双方に生活習慣の違いがあるように、自衛隊と米軍の間でも慣習が違う点が幾つもあります。たとえば陸上自衛隊の隊員は戦闘状態での訓練、すなわちでは鉄帽を脱ぐことはよほどでないとありません。

違いその1:帽子

米兵は戦闘状態での訓練でも平気で鉄帽を脱いで布製の帽子で歩きまわります。一見、戦闘モードに入っていない様に見えるのですが、逆に野外で行動中の米兵士は、銃の引き金に指を掛けたまま歩きます。

違いその2:引き金

自衛官は歩行中に引き金には指を掛けません。なぜなら陸上自衛隊の場合は『安全管理』が徹底しているためです。たとえ空砲でも弾薬を装てんしている場合、自衛官は引き金に指は掛けません。

これは、誤射を避けると言う安全管理上の意味からです。実戦的ではないと言われるかもしれませんが、これは自衛隊が決めたのではなく、憲法や法律上の問題で実践的な訓練の方がいいか悪いかは、日本国民が決める話です。

実動訓練の意義はお互いの事情を理解する!

米軍との実動訓練の大きな意義の一つに、お互いの国の事情を理解するというのがあります。いくつか紹介すると、たとえば砲迫の実弾射撃については米軍と自衛隊は明らかに重点項目が違います。

違いその1:射撃精度

自衛隊の場合は可能な限り射撃精度にこだわります。考えられる理由として防衛予算が少ないので質にこだわるのではないかと思いますが、実は、演習場が狭いことにその原因があります。

北海道の演習はともかく、本州・四国の演習場は国土の関係で米軍の演習場と比べると圧倒的に狭いので、大砲の射撃をする為の弾着地域が狭いというお家の事情があります。

違いその2:弾着地域の大きさ

米軍は一般的に、日本の演習場での砲迫の射撃に過剰に反応します。弾着予定地域の地図を見ると一様に驚くのです。「オー!ノー、‥スモール!スモール!」つまり、目標地域が小さすぎて危険ではないかと必ず言います。

陸上自衛隊側は、狭い弾着地域での射撃が日常なので、精密射撃に慣れているので、米軍がどうして消極的なのか最初は理解できません。また、射撃後、射撃精度についての検討会があっても米軍は一応に不機嫌です。

当てなくてもいい『ファイアーカーテン』の思想

その理由は「我々は、当てる為に射撃していないのに、どうして自衛隊は射撃精度にそこまでこだわるのか?」と言う事が多いです。米軍の砲迫射撃の主眼は指定された地域にどれだけ大量の砲弾を早く落とせるのかにあります。

米軍の砲迫の射撃

米軍の砲迫の射撃は一秒でも早く友軍の将兵の前面に援護射撃をして歩兵を安心させることにあります。これは『ファイアーカーテン』と言う思想で、国家は我々を見捨てないという意識を歩兵に持たせる狙いがある為だと言われています。

自衛隊の射撃

自衛隊の場合は少ない砲弾でより多くの効果を得たいと言う射撃です。これは資源のあり余る国と、限られた資源の国と言う事情の違いと言うほかありません。物量が豊富な米軍だから出来る事で、資源が少なく防衛予算も限りがある自衛隊が質を追求するのは当然と言えるでしょう。

砲迫の射撃とは

ただし、砲迫の射撃は『射弾散布』があるので確実に命中させることはできません。従って砲迫の射撃はピンポイントで狙って撃つと言うよりは地域制圧をするのが本来の目的です。
それでも射撃にこだわるのは演習場が極端に狭すぎる為に、自然とそういう精密な射撃をする習慣になっているからです。

※射弾散布(しゃだんさんぷ)=放物線を描いて飛ぶ大砲の砲弾は、同じ砲で、同じ条件で射撃しても同じところに弾が落ちず一定量のばらつきがあります。これを射弾散布と言います。

戦陣訓の中に『大砲の弾は同じ所には落ちない。だから砲弾の跡に飛び込めば助かる確率が高い』と言う教えがあります。これは射弾散布の特長を上手く言い表した言葉ですが、ただし、同じ大砲一門で撃った場合の話です。

交流行事も面白い日米共同訓練

共同訓練にはウエルカムパーティーやエンディングパーティなどの日米交流事業もあります。また訓練中も日米合同で交流行事などを行い、親睦を深める行事も計画されます。また防衛協力団体と米軍との地域交流行事なども自衛隊が計画して実施されています。

また宿営地でも日米双方が『旗衛隊』を編成し、課業開始前には、日本国家の吹奏と国旗掲揚、あるいは米軍国家の吹奏や国旗掲揚など、営内服務の部分でも共同行事を実施します。

また米軍兵士に、タトゥー(入れ墨)が多い本当の理由も自衛官の間ではよく知られています。それらの面白いこぼれ話などは、また別の機会にご紹介いたします。

本記事は、2017年11月18日時点調査または公開された情報です。
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