【空からやってくるお医者さん】航空救命とドクターヘリについて

科学や医療の技術が進歩したのを受け、日本の救急救命率も飛躍的に伸びました。様々な救急救命や医療措置が近年誕生しましたが、その中のひとつに航空救命があります。航空救命の現場を支える上で、欠かせない存在となっているのがドクターヘリです。今回は、航空救命とドクターヘリについて解説記事です。


空からの救急救命、航空救命とは?

陸路に加えて、空からも可能となった救急救命システム

傷病者を助けるために施される救急救命には、色々なシステムがあります。一般的なのが119番通報で現場に駆け付け、傷病者の医療機関への搬送と救急救命処置を同時に行う救急車です。救急車に搭乗しているのは、自治体の消防職員である救急隊員ですが、救急隊員の中でも救急救命士資格を持つ隊員も増え、特定の状況下では定められた医療措置も可能となっています。

また、救急隊員ではなく直接医師が搭乗し、現場への出動と共にその場での医療措置が可能となるドクターカーも運用されるようになりました。

これら陸路の救急救命システムに加えて、近年では空路からの救急救命システムである航空救命も運用されるようになりました。航空救命とは、救急車の様に医療用の装備と設備を持った航空機やヘリコプターで、傷病者の搬送と救急救命措置を行う事です。

航空救命が用いられる3つのパターン

航空救命が用いられるのは、主に以下の3パターンです。

・迅速な救急医療が必要で、陸路よりも空路の方が早く搬送や救急救命ができる場合
・僻地や山岳地帯など、陸路での進入が難しい場合
・離島などで傷病者のいる現場からより適切な医療措置ができる場所までの距離が長い場合

災害現場などでは、航空救命に使用する機体も医療措置だけでなく、行方不明者の捜索を行う事もあります。

救命現場で航空救命が用いられるまで

基本的には救急車などの緊急自動車による救急業務

災害や事故によって発生した緊急で医療機関へ搬送する必要のある傷病者を、ただちに医療機関などに搬送する事、もしくは必要に応じた応急処置を行う事を救命業務と呼びます。

通常の救命業務は、市町村自治体の消防本部に属する各消防署か、もしくは一部の消防団から緊急自動車(救急車など)が出動し、行われています。

特に緊急を有する時には消防ヘリコプター

救命業務において、通常よりもさらに緊急を有する場合に航空救命が用いられます。まず、通常の救命業務を行うのが救急車である延長で、同じく消防本部に属している消防の航空隊の所有する消防ヘリコプターが出動します。

消防ヘリコプターの場合、各市町村単位で配置されている消防本部単位で航空隊及び消防ヘリコプターを所有している訳ではありません。東京都や政令指定都市、一部の自治体ではその自治体の消防本部が航空隊と消防ヘリコプターを所有しているので、そのまま航空救命の際にも運用されます。

一方でその他の自治体では市町村単位ではなく、都道府県単位で航空隊及び防災ヘリコプターを所有及び運用している事がほとんどの為、救命業務の中でも航空救命の場合は広域的な運用が必要となります。その為、あらかじめ隣接している自治体の消防本部間で、航空救命を含めて航空隊と防災ヘリコプターの運用について協定が結ばれています。


搬送と救命処置を同時に可能とするドクターヘリ

救急業務における主な活動は、傷病者の搬送です。これに加えて、現在は搬送と同時に一定の救命措置や医療措置が施される事により、救命率も飛躍的に向上しました。

救急車にも、一定の医療措置が可能な救急救命士が搭乗し、必要な医療措置や救命措置を行いながら医療機関への搬送が可能となっています。また、各措置に必要な装備や器具も揃っていて、救急救命士などが立ったままでも医療措置ができるように天井が高くなっている高規格救急車が運用されるようになりました。

限定された措置だけでなく、医師や看護師が搭乗し、搬送中及び搬送前にも医療措置も可能となったのがドクターカーです。そして、航空救命におけるドクターカーの役割を果たしているのが、ドクターヘリです。

ドクターヘリについて見てみよう

ドクターヘリとは?

ドクターヘリとは、医師や看護師などが搭乗して傷病者の元に直接出動ができる緊急車両です。人工呼吸器や各検査に必要な機器など医療用機器や器具も搭載されています。

正式名称は「救急医療用ヘリコプター」、海外ではAir AmbulanceまたはHEMS(Helicopter Emergency Medical Service)と呼ばれていますが、日本では現場に医師が直接搭乗して駆け付ける点を重視した「ドクターヘリ」の愛称がつき、今ではこの愛称で幅広く知られています。

航空医療が用いられる目的のひとつに、長時間や長距離に及ぶ医療機関への搬送時がありますが、ドクターヘリなら長時間に及ぶ搬送中でも、そのまま医師や看護師が機内で医療措置を行う事ができますので、航空医療の目的と意義にマッチした機体といえます。

ドクターヘリの始まりは阪神淡路大震災

日本の消防活動や救助・救急活動の歴史の上で、多くのターニングポイントとなっているのが阪神淡路大震災です。救急活動において多くの新しい組織や取り組みが生まれるきっかけになりましたが、ドクターヘリの誕生も阪神淡路大震災がきっかけとなっています。

阪神淡路大震災では、地震によって多くの道路が寸断されたため陸路から緊急車両の進入が難しくなり、救命措置が遅れた事から救えるはずの命が救えなかったという教訓があります。この教訓の元で航空救命の重要性が再認識され、ドクターヘリが誕生する事となりました。

1999年から2000年3月まで、厚生省の事業として岡山県の川崎医科大学付属病院高度救命救急センターと神奈川県の東海大学医学部附属病院救急センターで行われたドクターヘリ試行的事業を踏まえ、2001年10月より、ドクターヘリ事業としてスタートしました。

日本全国、ドクターヘリはどこにある?

現在は41道府県・51機、医療機関から活躍中

ドクターヘリは、指定された医療機関がヘリコプターを運航している民間航空会社と運行契約を凍結した上で運用されています。

日本全国では41道府県51機のドクターヘリが活躍しています。普段は国公立、私立問わず総合病院及び医療センターなどの医療機関に併設しているヘリポートで管理されています。市町村の消防署や消防本部、警察からの出動要請を医療機関内の救急医療センターが受け次第、ただちに出動できるようにドクターヘリはいつでも離陸可能な状態となっています。

現在は広域連携によってカバー

ドクターヘリは整備されていない都道府県にも出動できるように、もしくは災害などの事情で自らの地域のドクターヘリが使用できないにも対応できるように、都道府県間で広域連携や運用が行われています。ドクターヘリ法5条でも、「都道府県の枠にとらわれず、複数の都道府県間でドクターヘリの運用についての協議も可能」としています。

大災害時にも活躍

大規模な災害や事故が発生した時に、災害現場に派遣される機関のひとつに「DMAT」があります。DMATは、日本DMATもしくは都道府県DMAT隊員として在籍している医療従事者です。DMATが派遣される時には、ドクターヘリもDMATの装備として使用される事も多いです。

東日本大震災では岩手県の花巻空港に設けられた広域拠点でDMATとドクターヘリが全国から集まり、3か月間の間被災地から患者の輸送を行いました。

ドクターヘリは救急車の様に呼べる?

救急搬送の必要性のある傷病者が発生した時には、一般的に119番通報をして救急車を呼びます。


一方で、ドクターヘリは一般人が救急通報として直接呼ぶ事はできません。ドクターヘリは救急要請があった時や災害発生時、現場でドクターヘリの出動が必要だと判断された時に初めて出動します。ドクターヘリの出動要請は、消防や警察、役所や医療従事者などの判断の元に行われているのです。

ドクターヘリと救急救命センターを題材にしたテレビドラマのタイトル「コード・ブルー」は医療従事者の間で使われるコードネーム(隠語)の1つで、患者の容体が急変し、緊急蘇生などの救急救命措置をただちに行う事態が発生した時に使われます。コード・ブルーもドクターヘリの出動が必要な状況の1つです。

なおドクターヘリに搭乗しても請求されるのは医療費のみです。救急車と同様、追加料金はかかりません。

今後のドクターヘリが持つ4つ課題

年間の負担額が大きい

日本のドクターヘリ整備はまだまだ遅れており、最低でもすべての都道府県に1機ずつの配備が望まれています。整備の遅れの原因は主に4つあり、ひとつがドクターヘリ1機あたり年間で2億円ほどの維持費がかかるなど、負担が大きい事です。

日本のドクターヘリは自治体で運用している物と、民間の救急ヘリがあります。費用対効果が期待できないなどの理由でドクターヘリ事業整備が足踏み状態の自治体や、運営資金不足によって運航を休止する民間の救急ヘリもあります。

ドクターヘリを運用する医療機関に対しては、自治体と厚生労働省から補助金が出ます。現在はドクターヘリの運用にかかる費用の9割は国が負担する事となり、かつてよりもドクターヘリ事業への自治体の負担は少なくなりました。これに加えて、ドクターヘリの認知が広まったことにより、ドクターヘリ事業を民間企業やNPO法人もサポートしようという風潮が出てきました。

医師や乗務員など人材不足

ドクターヘリに搭乗する為に医師や看護師は「フライトドクター」や「フライトナース」と呼ばれ、ドクターヘリに搭乗する為の専門の教育を受けています。医師と看護師自体が不足していることに加え、通常業務と併用できる教育システムを確立することも今後の課題となっています。

ヘリポートや着地場所が少ない

ヘリポートを備えている医療機関が少ない事、出動しても着地できる場所やランデブーポイント(救急隊とドクターヘリの合流地点)がない事も課題となっています。

夜間の離着陸ができないので、日中の運用に限られる

夜間や視界不良時には、ヘリコプターや航空機は搭載されている計器だけに従って飛行する「計器飛行」を行っています。

現在運用されているドクターヘリは、計器飛行に対応していないタイプが多いので、日中しか活動できません。計器飛行が可能な機体の導入には、通常の機体よりも多くの資金が必要な事、また計器飛行が可能なパイロットの育成も自腹で行わなければいけないため、現在は日没後の運航を行っている医療機関はありません。

現在は日没後にドクターヘリが必要になった時には、自衛隊に災害派遣要請の上で自衛隊のヘリが出動、ドクターヘリに代わって補っています。また、埼玉県の防災ヘリコプターは計器飛行が可能な機体の為、埼玉県のみ夜間の運行を防災ヘリコプターがドクターヘリに代わって行っています。

まとめ

テレビドラマの題材としても扱われるようになったドクターヘリは、今後もより広い活躍が期待されています。一方で、僻地や離島など、本当にドクターヘリが必要な所には資金や人材面で整備が遅れているという現状もあります。日本の救急救命医療展開のためには、ドクターヘリ事業整備は不可欠といえます。

(文:千谷 麻理子)

本記事は、2017年11月13日時点調査または公開された情報です。
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