警察の特殊部隊「SAT」と「SIT」とは?その違いや任務内容を解説

警察、自衛隊、海上保安庁には特殊部隊が存在しますが、その任務内容から公にされる事はあまり多くありません。今回ご紹介する警察の特殊部隊である「SAT」と「SIT」もそのひとつ。ここではSATとSITの違いや任務内容について解説しています。


警察の特殊部隊「SAT」と「SIT」を比較してみよう

共通するのは「特殊犯罪」に立ち向かう事

「SAT」「SIT」、両者が混同されがちなのは名前が似ているだけでなく、取り扱っている事件も酷似しているためです。両者の違いを比較する前に、「特殊犯罪」に立ち向かう点が共通している事を挙げておきます。

特殊犯罪とは、特殊犯や特殊事件とも呼ばれ、その名の通り特殊な犯罪や事件事故を指す用語です。警察白書では、以下が事案の例として挙げられています。

▼鉄砲や爆発物を使用した人質事件や誘拐事件
航空機、列車、船舶などの乗っ取りやハイジャック、車両や建物への立てこもりなど。

▼多数の死傷者を伴う大規模事件事故
爆発事故や列車事故、航空機墜落事故、火災事故など業務上過失致死事案も含む。

▼企業恐喝事件
グリコ森永事件など。

▼毒物薬物、有害物質事件
サリンなどを使用した化学テロなど。

特殊犯罪に該当する事件事故とは?

前述の事件事故が特殊犯罪になぜ該当するかは、一般的な捜査の体制や捜査技術では対処が難しいとされているからです。殺人や放火、強盗や傷害事件と特殊犯罪を比較すると、一般的な捜査体制や技術に加えて、逆探知や張り込み、犯人との交渉などの特殊な技術、爆発物や薬物などに関する特殊な知識も必要になります。

「SAT」と「SIT」の大きな違いは2つ

同じく特殊犯罪を取り扱っているという共通点を踏まえた上でSATとSITの違いを挙げてみると、警察組織の部署が違う事、それに伴い事件事故に政治色が強い場合はSAT、それ以外はSITが担当する、という2つの違いがあります。

これら2つの違いを念頭に置き、SATとSITについて解説します。

特殊部隊「SAT」について

正式名称特殊部隊

SATの正式名称は「特殊部隊(SAT)」、SATはSpecial Assault Teamの略です。SATの直訳である「特殊奇襲部隊」と新聞や雑誌などでは多く書かれていますが、警察組織では特殊部隊の名称を用いています。

本項では、SATと記します。


SATは、警視庁警備部警備第一課に3隊、大阪に2隊、北海道、千葉、神奈川、愛知、福岡、沖縄の全国8都道府県警察本部の計11隊が現在編成されています。SATは特殊部隊全体を表す名称ですので、正式名称で呼ばれたり、記されたりする際には、所属警察名+特殊部隊(警視庁警備部警備第一課特殊部隊、北海道警察特殊部隊など)表記となります。

SATの主な任務は、設置目的であるハイジャック事件や銃器などを使用した重要凶悪事件、重要施設の占拠などテロ事件に該当する事件、及び特殊犯捜査係(SIT)では対処が難しい事件の制圧となっています。

警備の特殊部隊であり、公安警察と似た働き

SATの任務は、特殊犯罪の中でも特に政治色や思想の強い事件事故に対する取り締まりや監視を行う事です。警察の任務の中で、特に政治色や思想の強い事件事故を取り扱う警察官の事を「公安警察」と呼びますが、SATの取り扱う任務は公安警察の任務と同一もしくは酷似しています。

政治色や思想の絡む事件事故を取り扱う公安警察は、その任務の内容から秘密裏に動く事が多く、あまり公にされる事がありません。SATも公安警察と同様、メディアに少しずつ姿を見せるようになりましたが、まだまだ一般には知られていない秘密性の高い部隊と言えます。

ちなみに、「公安警察」は警視庁と他の都道府県警察本部では所属が異なります。警視庁では公安の取り扱う対象が巨大であるため、「公安部」として独立していますが、他の都道府県警察本部では警備警察部門に「公安第一課」「公安第二課」が所属しています。「公安警察の特殊部隊」と呼ばれる事も多いSATですが、実はこれは間違い。SATは警視庁の特殊部隊ですので公安部所属ではなく警備警察部門所属だからです。

厳しい訓練と銃火器の扱いを行うエキスパート

SATの第一目的は事件事案の制圧です。その為には、危険な銃火器を持つ犯人や犯行グループに立ち向かわなければいけません。その為日々厳しい訓練が行われています。

SATは機関けん銃や自動式けん銃を携帯の上突入しますが、中にはライフルなどの特殊銃と規定されているものもあり、特殊銃は指定警察官だけが持つ事ができます。通常特殊銃の使用には現場指揮官の命令が必要ですが、命令を受ける事ができない状況かでは、指定警察官本人の判断の元で使用が可能です。

公にされたにされたのは、設置から20年後の1996年5月

日本の警察がSATの存在を明らかにしたのは、1996年5月8日です。当時の警察庁長官國松孝次氏が都道府県7部隊のSATに特殊部隊隊旗の授与を行うと共に、SATの発表を行い、その存在を初めて公にしました。

正式なSATの発表は1996年5月8日ですが、SAT自体はそれより20年前、1970年代に編成されていました。つまり、SATは20年近く存在を隠されてきたのです。

編成のきっかけになったのは日本赤軍の事件

正式にSATが誕生したのは1970年代と発表されていますが、具体的な年数は明らかにされていません。誕生のきっかけとなったのは、当時多数の武力闘争事件やテロ事件を国内外で起こしていた「日本赤軍」の存在です。

1977年9月28日に発生した日本赤軍による「ダッカ航空機ハイジャック事件」の教訓から、警視庁、大阪警察に特殊部隊を設置したと言われています。結成当時は、警視庁第6機動隊に各機動隊から選抜された、特殊部隊入りを希望する51人の機動隊員が集められ、日本警察初の対テロ組織としてSATの前身となる「警視庁第6機動隊特科中隊」が誕生、大阪警察でも警視庁の半数ほどの人数で「大阪府警察第二機動隊」が設置されました。

1980年ごろ(1982年夏ごろの説有)は、警視庁特科中隊SAP(Special Armed Policeの略)と呼ばれていましたが、警視総監がこれを正式名称と認め、Sをデザインした警視総監旗と同色の紫の部隊旗の贈呈が行われました。

1996年4月に編成強化、5月に正式発表

1996年4月にはSAPの再編成及び強化が行われ、警視庁第6機動隊特科中隊は警備部警備第一課へ、大阪府警察第二機動隊は警備部警備課に所属が移り、それぞれ特殊部隊として独立した組織になりました。その後5月8日の公式発表と共に特殊部隊「SAT」の名がつけられました。

1995年3月には、当時の國松警察庁長官銃撃事件、オウム真理教による地下鉄サリン事件、6月にはサリンと見せかけた水入りのビニール袋を持った男による全日空機ハイジャック事件(日本国内のハイジャック事件としては16年ぶり)が発生しています。国内を揺るがす特殊犯罪が多発した1995年の情勢を受けて、警察は20年間隠し続けたSATの存在を明らかにしたのです。

SATは、特殊部隊(SAT)と呼称する事、警視庁、大阪府警察、北海道警察、千葉県警察、神奈川県警察、愛知県警察、福岡県警察の計10隊、1995年4月1日に設置、設置規模は「有能な装備と高度な専門的能力を有する200名」、設置目的は「ハイジャック事件や昨今の銃器等使用の重要凶悪事件に対応する事」と発表されました。


その後2005年9月に沖縄県警察にもSATが設置され、現在の11隊となりました。

現在少しずつメディアの前に姿を見せるように

2000年代に入ると、SATは銃器を使用した人質立てこもり事件において特殊犯捜査係(SIT)の支援として出動するようになります。

2007年には4月の町田市人質立てこもり事件、5月の愛知長久手町立てこもり発砲事件にSATは出動しています。しかし、愛知長久手町立てこもり発砲事件では犯人の発砲した銃弾によって愛知県SAT隊員1名が殉職、この教訓を生かして警察庁はSATのサポートを目的とする特殊部隊支援班SAT Support Staff(通称スリーエス)を創設しました。

2007年4月の街だし人質立てこもり事件以降、事件現場への出動や突入の様子だけでなく、SATの訓練風景も公開されるようになり、少しずつメディアの前に姿を見せるようになりました。

特殊犯・特殊捜査係「SIT」とは

各組織によって名称が異なる

SITは、特殊犯罪を取り扱う組織を指します。SITとは正式名称ではなく、警察庁と各都道府県警察内で特殊犯罪を取り扱う組織の総称、もしくは警視庁特殊犯捜査係を指す名称です。その為、正式名称は「特殊犯捜査係」や「特殊事件係」など、所属している警察本部によって異なります。

本項では、全てSITと記します。

何故特殊犯捜査係捜査係がSITと呼ばれるようになったのか?

SITとはSpecial Investigation Teamの略、と認識されていますが、実はこれは後付けと言われています。

警視庁特殊班の正式名称は「捜査一課特殊犯捜査係」、通称特殊班です。マスコミに特殊班の存在を知られないようにしている為、この正式名称を公舎の表札に書くのはためらわれました。表札にどう書けばよいか班員同士で相談していた所、「捜査(S)」「一課(I)」「特殊班(T)」の略で「SIT」としたのが実は真実。その後、在外公館で勤務経験のある管理官が特殊犯捜査係に赴任してきた時に表札を見て、「Special Investigation Teamとは、国際色豊かでしゃれているね」と勝手に思い込んで言い出したのがきっかけとなり、いつのまにかSITはSpecial Investigation Teamの略、というのが広まり、SITと呼ばれるようになりました。

SITは失態への反省として生まれた組織

1963年3月に発生した吉展ちゃん誘拐殺人事件では、身代金を奪われた上に犯人を逃し、人質となっていた4歳児が殺害されるという警察としては大失態を演じてしまいました。この時の反省をきっかけに、SITが誕生する事になります。

その後、1968年の寸又峡逮捕監禁事件、1970年のよど号ハイジャック事件、定期旅客船ぷりんす乗っ取り事件などの特殊犯罪が多発し、国内情勢の変化に伴ってSITの重要性はより高まってきました。SITは最初警察庁に特殊事件捜査係として置かれた後、1995年に発生したオウム真理教に関する一連の事件発生を受けて、特殊事件捜査室に昇格しました。

警視庁と都道府県警察のSITを見てみよう

警視庁のSIT「特殊犯捜査係」は警視庁刑事部捜査第一課管理官に所属しています。特殊犯捜査第一係、第二係、第三係があり、それぞれ特一、特二、特三と呼ばれています。また、誕生のきっかけが誘拐殺人事件の対応への反省の為、警視庁SITは誘拐事件の専門部署としての性格も持っています。

都道府県警察のSITは、刑事部捜査第一課の中に置かれており、「特殊事件係」「特殊班捜査係」などの名称が付いています。

専門的な機材と技術を持った捜査員が所属

SATは政治色の強い特殊犯罪に立ち向かう為にできた特殊部隊であるのに対し、SITはそれ以外の特殊犯罪を担当しています。この事から、SATは事件事故の制圧を第一目的としている事に対し、SITは犯人も一般人である事から、犯人を生きたまま確保する事に重点を置いて任務にあたります。

事件事故の際には、内部の状況を遠方から知る為に盗聴器の設置や逆探知を行う事もあります。犯人の心理状態を見極めながら交渉する技術を持つ、「交渉人」や「ネゴシエーター」と呼ばれる捜査員も在籍しています。

いずれの場合も、専門的な機材や手法を駆使し、特殊犯罪に立ち向かう捜査員が集まるのがSITなのです。

番外編 SATとSITが登場する日本のドラマ

S -最後の警官-

警察庁特殊急襲捜査班(NPS)とSATに所属する2人の警察官のぶつかり合いを描いたドラマ。NPSは犯人を生身で確保する事を目的としているので、SITのような存在ともいえる。

ジウ 警視庁特殊犯捜査係

原作はジウI 警視庁特殊犯捜査係【SIT】・ジウII 警視庁特殊急襲部隊【SAT】・ジウIII 新世界秩序【NWO】の3部作からなる。SIT及びSATに所属する2人の女性警察官を描いたドラマ。

アンフェア the movie

主人公の女性警察官(公安警察などに所属)の娘が入院している病院がテロリストに占拠される。テロリストの鎮圧のためにSATが登場。

交渉人~THE NEGOTIATOR

SITに女性警察官が赴任し、犯人と交渉を行うネゴシエーターとして活躍するドラマ。


交渉人 真下正義

「踊る大捜査線」のスピンオフ作品。主人公はロサンゼルス市警でクライシス・ネゴシエーションの研修を受けて、警視庁初の「交渉人」として活躍する。警視庁SITに配属後、警視庁刑事部交渉課準備室課長(架空の組織)、そのまま課長へ。

また、踊る大捜査線本編では、真下正義の要請によってSATが出動するシーンも。

まとめ

日本国内だけでなく、日本を取り巻く国外情勢も日々変化しています。特殊犯罪の多様化も加わり、今後国内外問わずSATやSITの存在意義は重要度を増していく事が予想されます。

(文:千谷 麻理子)

訂正とお詫び

誤)Special Investing Team
正)Special Investigation Team

訂正してお詫び申し上げます。 (訂正日:2023年9月25日)

本記事は、2017年11月19日時点調査または公開された情報です。
記事内容の実施は、ご自身の責任のもと、安全性・有用性を考慮の上、ご利用ください。

気に入ったら是非フォローお願いします!
NO IMAGE

第一回 公務員川柳 2019

公務員総研が主催の、日本で働く「公務員」をテーマにした「川柳」を募集し、世に発信する企画です。

CTR IMG