自衛隊の人事施策「上級曹長制度」と「曹友会」について

自衛隊の人事施策の一つに、『上級曹長制度』という制度があります。この制度は、自衛隊の歴史の中でも新しく採用されたシステムで、陸上だけでなく、航空・海上にも取り入れられています。

今回は陸上自衛隊の上級曹長制度と、上級曹長制度に関連のある『曹友会』について、ご紹介して行きます。


陸上自衛隊の上級曹長制度

災害派遣などの活躍や創立記念日行事など、地域交流活動によって自衛隊に対する国民の理解は時代と共に良くなって来ました。ただし自衛隊について深い理解のある人でも『上級曹長制度』という制度がある事を知っている人は少ないと思います。

これは上級曹長制度が自衛隊の人事施策、つまり専門分野なのでメディアに取り上げられる事が無かったからです。この制度は自衛隊の歴史の中でも新しく採用されたシステムです。

また陸上だけでなく、航空・海上にも取り入れられています。今回は陸上自衛隊の上級曹長制度と、上級曹長制度に関連のある『曹友会』について、ご紹介して行きます。

(注)上級曹長制度は、陸海空で名称が異なります。(陸上自衛隊では『上空曹長』。海上自衛隊では『先任伍長』。航空自衛隊では『准曹士先任』と呼ばれます。)

上級曹長は新しい階級?

『上級曹長』のモデルはアメリカ陸軍です。そのアメリカでは最先任上級曹長と言う階級があります。ただし陸上自衛隊の上級曹長制度は『役職』であり階級ではありません。

上級曹長制度を理解する為には陸上自衛隊の階級を理解する必要があります。陸上自衛隊の階級は3つのグループから成り、上位グループから幹部・陸曹・陸士と言う3つの区分に分けられ、これは世界の軍隊に共通する分け方です。

陸上自衛隊の全階級は次のとおりですが上級曹長は陸曹と陸士の最上位者と言う位置づけです。

◎幹部(将校)
陸将、陸将補、1等陸佐、2等陸佐、3等陸佐、1等陸尉、2等陸尉、3等陸尉

〇 最先任上級曹長、上級曹長
(階級ではありません。)

◎陸曹(下士官)
準陸尉、陸曹長、1等陸曹、2等陸曹、3等陸曹

◎陸士(兵士)
陸士長、1等陸士、2等陸士、3等陸士


※1 将校・下士官・兵士は世界各国の軍隊の分類

※2 3等陸士は少年工科学校卒業後に任官する自衛官が付ける階級で、通常は2等陸士が一番下の階級になります。

※3 ちなみに陸上自衛隊の階級の中で『准陸尉』という階級は、身分は陸曹ですが、礼式及び処遇は幹部としての扱いを受けると言う特殊な階級です。

上級曹長制度の目的

上級曹長制度は、陸曹及び陸士の最上位者として指揮官を直接補佐する上級曹長を置き効果的な指揮官の補佐と准曹士の育成及び准曹士の目標を明確にすることを目的として作られた制度です。

上級曹長制度では、中隊・隊の『隊付准尉』の職を有する自衛官が『先任上級曹長』になります。隊付准尉と言う役職は中隊や隊に於いて中隊長等の服務指導を補佐する重要な役職です。

つまり、中隊・隊の隊付准尉は、先任上級曹長を兼務するのです。さらに中隊の上級部隊である大隊・連隊以上の部隊に『最先任上級曹長』という役職を置きます。

四国を警備隊区に持つ第14旅団を例に挙げて上級曹長制度を説明すると以下のような構成になります。(カッコ内の都道府県名は、所属する部隊の所在地)

中部方面総監部 最先任上級曹長(兵庫県)

第14旅団 最先任上級曹長(香川県)

第15普通科連隊 最先任上級曹長(香川県)
第50普通科連隊 最先任上級曹長(高知県)
第14旅団司令部付隊 先任上級曹長(香川県)
第14偵察隊 先任上級曹長(香川県)
第14戦車中隊 先任上級曹長(岡山県)
第14通信中隊 先任上級曹長(香川県)
第14特殊武器防護隊 先任上級曹長(香川県)
第14特科隊 先任上級曹長(愛媛県)
第14高射特科中隊 先任上級曹長(愛媛県)
第14施設隊 先任上級曹長(徳島県)
第14飛行隊(徳島県)

中隊以上の部隊には最先任上級曹長。中隊以下の部隊は、先任上級曹長
最先任上級曹長は、専属で先任上級曹長は兼務の部隊が一般的です。

陸曹集団の情報ネットワーク

上級曹長は、役職であり階級ではありませんから指揮権がありません。つまり各部隊指揮官を補佐する『専門幕僚』と言う立場です。それでは、なにを専門にするのかと言うと陸曹集団のノウハウを管理し、そのノウハウを持って指揮官を補佐すると言う役割を果たすのです。

たとえば第14旅団最先任上級曹長が、第14偵察隊先任上級曹長に命令を出す事は出来ません。できるのはあくまでアドバイスです。これを自衛隊流に言えば、適切な『助言』をすると言う事になります。

つまり上級曹長制度は各部隊の指揮系統の中にありますが指揮系統にこだわらずにダイレクトに指揮官の意図を陸曹集団に伝達する情報ネットワークのようなものです。

上級曹長制度の意義

それでは、既に軍事組織として確立した指揮系統を持っている陸上自衛隊で、どうして、指揮系統にこだわらないダイレクトな情報ネットワークが必要なのかという事について考察してみましょう。

陸上自衛隊には、幹部集団、陸曹集団、陸士集団という大きな3つのグループがあります。ただし、これは階級による区分をしただけの事で陸上自衛隊が、有事の際、陸曹だけで部隊を編成して戦う事はありません。

ただし、幹部及び陸曹が、部隊の中で果たすべき役割は異なりますが、それぞれの階級と役職に於ける職務の内容は共通する部分が沢山あります。したがって訓練や災害派遣で培った陸曹集団のノウハウ(小部隊の指揮官としてのノウハウ)を結集して部隊運用に役立てようと言うのが上級曹長制度導入の意義です。


モデルはアメリカ合衆国陸軍

上級曹長制度のモデルがアメリカであるというのは既にご紹介しました。アメリカ陸軍は実戦に数多く参加しています。幹部(将校)は配置換えにより部隊を転戦します。これは軍事組織に限らず一般の企業でも同じでしょう。

そのため、幹部はベテラン社員の効果的な助言が無いと職場の実務経験やノウハウを上手く継承する事ができません。特にアメリカ陸軍は、実戦経験を持つ下士官が多くいますので戦闘のノウハウを部隊長に提供して部隊の精強度を高め部隊を勝利に導きく事に大きな役割を果たすのです。

この実践ノウハウは部隊の指揮系統だけで行うとすれば有能なアドバイスのできる下士官のいる部隊は精強になります。またノウハウの伝達と拡散は極めて限定的なものになり、部隊全体で必要とするノウハウを速やかに得る事が出来ません。

その為に、部隊の指揮系統に関わらず、実戦ノウハウをダイレクトに陸曹に伝達してノウハウをより早く活用しようとする発想を、陸上自衛隊でも取り入れられたのです。

曹友会とは?

曹友会は陸曹で構成する任意団体です。曹友会は上級曹長制度の構想の中に現れる『陸曹集団』と言う概念を共有する集団です。ただし曹友会は陸上自衛隊の組織とは異なるものです。つまり自治会です。

曹友会は上級曹長制度ができる前から全国各地の駐屯地に存在し、各駐屯地単位で活動していました。この曹友会は陸上自衛隊の人事施策の大きな改革となる上級曹長制度の誕生に少なからず貢献をしています。

その経緯について少しお話しておきましょう。その経緯を知れば上級曹長制度をより理解できるでしょう。陸上自衛隊には二つの任意団体があります。一つは幹部自衛官で構成する『修身会』で、もう一つが『曹友会』です。

曹友会は、設立当初は駐屯地単位でしたが、現在では『曹友連合会』(SOUYOU)をトップとする全国組織です。ただし自治会活動なので陸曹相互の融和親睦を図る事を目的とした陸曹のネットワークです。

曹友会員になるには?

曹友会員は、陸上自衛隊に在籍する3等陸曹から陸曹長までの自衛官で、平成18年度から准陸尉の参加も認めています。

駐屯地修身会の活動は各駐屯地の会員の転出・転入の際の歓送会が主体でボランティア活動もしていますが、活動規模は大きくはありません。

これに比べて駐屯地曹友会は、全国曹友サミット、方面曹友会会議、自衛隊への行事協力、地域ボランティア、地域の行事への参加など幅広い活動をしています。

曹友会の発足

駐屯地曹友会は、陸上自衛隊の発展に伴い全国各駐屯地に於いて融和親睦を兼ねた自治会的な団体が作られており、その起源は各駐屯地によって異なりますが、多くの駐屯地で早くから存在していました。

なぜ曹友会が生まれたのかと言うと陸上自衛隊の陸士隊員の場合は任期制なので二年単位での契約になります。したがって陸曹候補生選抜試験に合格しない陸士は、二年単位でいずれは離職し、再就職しなくてはなりません。

その為、陸士隊員の任意団体は形成されませんでした。これに比べて3等陸曹に任官すると定年制になります。したがって陸曹相互の結びつきを強める為に、全国各地に自然発生的に曹友会が生まれ、親睦団体として発展して行きました。

当初は、純粋な融和親睦団体として会費を徴収して会員相互の厚生活動(釣り大会、球技大会、歓送会など、餅つき大会、盆踊り、地域の行事への参加)などを行っていましたが、時代の変化とともに陸曹と言う立場で自衛隊の行事への協力が増えて来ました。

曹友会と部隊との関係

ところが曹友会は陸上自衛隊の編成の中には存在しない団体です。つまり自衛隊の規則上は、曹友会には存在基盤がありません。したがって曹友会活動は基本的に課外での活動になります。

しかし、任意団体ですから駐屯地ボーリング大会を日曜日に開催すれば、自衛隊の規則には抵触する事はありませんからなんの問題もありません。ところが会員数が千名を超える駐屯地曹友会も存在します。

その陸曹の集団としてまとまって行動する場合の『隊力』は自衛隊と言う組織から見た場合、大きい隊力として見ると魅力的な集団になります。そういう事情もあって全国各地の曹友会は次第に自衛隊の行事への協力が増えて行きます。

ところがここで厄介な問題が発生することに成ります。たとえば、陸上自衛隊創立記念日行事の売店のスタッフに曹友会員として参加したらややこしい事になります。日曜日と言っても自衛隊行事の場合は平常勤務になります。


その場合、曹友会員として『勤務』したら陸曹としては『欠勤』していることになり。部外者(曹友会員)として自衛隊の行事に任意で協力している事に成ります。もっと具体的にシュミレーションして見ましょう。

例えば駐屯地創隊記念日行事の催し物として『焼きそば店』を開くとどうなるでしょうか?この店のスタッフとして参加している曹友会員は休日に自衛隊の行事に協力しているにも関わらず防衛施設局に施設の使用料金を払わなくては行けません。

国有地で、民間人が売店を開設する場合は施設の使用料金が発生するからです。
では自衛官としてやればいいじゃないかと言う事になると、自衛官は特別職国家公務員なので営利行為は出来ません。

無料で焼きそばを配るとなると経費が掛かるので非現実的です。予算を付けるとなると自衛隊の行動は全て国費で賄うべきものですから、名目から、書類から、なにからなにまで恐ろしく複雑になってしまいます。しかも金額に関係なく利益が出るとややこしくなります。

曹友会を認知する裏ワザ

そこで任意団体を活用するという裏ワザが登場します。自衛官として売店を開設するよりも、曹友会が開設した方がうまく行くのです。なぜなら一民間人として自衛隊の施設を使って焼きそば店を開けば自衛隊の行事に善意で協力していると言う立場になります。

経費は曹友会の経費なので任意団体の経費で行い。営利行為は問題ありません。制約があるとすれば保健所の承認を得る事ぐらいです。次にクリアしないといけないのは隊力管理の問題です。

自衛官(公務員)の顔と、曹友会員(民間人)という二つの顔を持っていることに成ります。この場合、隊力管理のうえでは陸曹として行事に参加しているのです。

自衛隊の課目分類では『指揮官時間』を使って仕事をしているという扱いをします。課目は『自己啓発』『社会見学』などそれなりの課目になります。

そして営利行為の部分、つまりお金の関わる部分は任意団体の個人。つまり曹友会員として自衛隊の行事に任意で参加し協力している事に成ります。自衛隊からは行事に協力してくれたお礼として規則で定める範囲内で謝礼が支払われ、それが施設使用料金に充てられるわけです。

自衛隊に於ける曹友会の扱い

それでは規則上は存在しないのに、実際に活動している曹友会活動を、自衛隊はどういう風に扱うのでしょうか。

曹友会は、部外行事や地域ボランティアなどの活動もしています。その活動は大規模な駐屯地では年間延べ人数で1,000名~2,000名規模になり、全国レベルでは大きな活動になります。

そこで陸上自衛隊では、曹友会活動を人事施策の一環として捉える事にしました。つまり陸曹の資質の向上に資する活動として認知する事にしたのです。ただし、その上に於いても、公的な存在基盤はありません。

その為、会員数の多い駐屯地では、駐屯地曹友会事務局などの便宜供与を受けて曹友会活動の活性化を図って各種活動をしていました。

この曹友会活動をバックアップする立場になったのが人事施策を担当する部課の人事班です。

陸上自衛隊で最上位の人事担当部署は『陸幕人事部』です。陸幕人事一班が幹部人事を担当し人事二班が陸曹人事の担当です。したがって陸曹を扱う人事二班が曹友連合会の主務相談役となっています。

上級曹長制度と曹友会

全国各駐屯地の曹友会は、時代の流れとともに発展して全国組織になってからは陸幕人事二班が曹友会の相談役として曹友会にアドバイスを与え、部隊と曹友会は良好な関係を築き上げて来ました。

そしてアメリカ陸軍の最先任上級曹長をモデルとして陸上自衛隊に『上級曹長制度』を導入する際の担当部署が陸幕人事二班だったのです。この時点で、自衛隊の新しい施策の上級曹長制度と任意団体の曹友会との接点が生まれました。

上級曹長と曹友会長

上級曹長制度が施行されるにあたって、この制度を推進する陸幕人事二班は陸曹の意識把握の為に行う正式アンケートを行います。他方、全国組織である曹友会のネットワークを使って全国規模で陸曹の意見を集めたのです。

曹友会には陸曹集団として活動している曹友会活動の履歴と豊富な実績があるからです。これに加えて、陸上自衛隊(陸幕人事二班)では上級曹長制度の実施に当たって曹友会活動に公的な立場を与えようという検討がなされました。

その結果、約二年間の準備期間を経て、平成18年から駐屯地の最上位の上級曹長と曹友会長が兼務すると言う施策を推進しました。その結果、曹友会活動は全国的に縮小しました。


上級曹長制度はあくまで自衛隊の施策なので、いい悪いと評価できるものではありません。紆余曲折を経て発展する事を期待するのみですが、曹友会活動だけにスポットを当てると公的な立場の付与は問題が残りました。

曹友会活動は任意団体であったが為に有意義な活動が出来ていたのですが、上級曹長と兼務した時点で、役職上の任務と曹友会事業の推進と言う二束のわらじを履く事になり必然的に曹友会活動の企画立案をする時間が無くなりました。

曹友会活動は存在基盤を持っていない事が特徴であり強みでしたが、そのリーダーである曹友会長に公的な立場を与えた事で逆に自衛隊の規則上の制約を大きく受ける事に成りました。

この曹友会の発展だけを考えると陸幕人事二班の曹友会の改善についての施策は明らかに間違いだったと言えます。ただし、曹友会が任意団体と言う特性からみれば自衛隊の組織としてはなんの問題もありません。

本記事は、2018年5月8日時点調査または公開された情報です。
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