はじめに – アメリカ各地で起こる抗議デモ
2020年5月25日、アメリカ中西部のミネソタ州ミネアポリスで白人警察官による黒人男性暴行死事件が発生しました。
この事件後、同市内で警察に対する抗議デモが発生しましたが、事態はその場で収拾したように見えました。しかし、抗議デモは全米50都市に飛び火して各地で暴動が起きています。
トランプ大統領は「軍の出動も辞さない」と、力で制圧することを発表したため、抗議活動をしている人たちの反感を買うことになりました。
多くの人が集まる抗議デモによって、新型コロナウイルスが再び拡大する恐れもあることから、アメリカでは抗議デモの様子が連日トップニュースです。
今回は、黒人暴行死事件による抗議デモの様子や背景、今後の展開などをご紹介します。
抗議デモの発端「ジョージ・フロイド窒息死事件」
今回の抗議デモの発端となったのが「ジョージ・フロイド窒息死事件」です。
5月25日、ミネアポリス市内で、白人警察官(Derek Chauvin/デレク・ショービン)が、偽札を使ったとされる黒人男性(George Floyd/ジョージ・フロイド)を取り調べる際に、男性の首を膝で5分以上も押さえつけて窒息死させました。
無抵抗、無武装だった黒人男性は何度も「息が出来ない」と訴えたにもかかわらず、白人警察官はさらに膝を押しつけて男性を殺害しました。
主犯格の白人警察官と同僚3名は事件翌日に懲戒解雇され、男性を殺害した警察官は後に第3級殺人罪で逮捕されています。(保釈金を払って保釈済み)
黒人男性暴行死に対する抗議デモの様子
抗議デモは確認されているだけで75都市に及びます。この他に、いたるところで小さなデモが実施されていることから、政府もメディアも実体数を把握できていないのが現状です。
このうち25都市については夜間外出禁止令が出されており、デモの発信源であるミネソタ州では州知事によって非常事態宣言が出されました。
これまでに伝わってきている主要都市の抗議デモの様子をご紹介します。
ミネソタ州ミネアポリスの様子
今回の抗議デモの発端となったのがミネアポリスです。暴行死事件が発生した翌朝に数百人が警察署前で抗議し、警察署のガラスを割ったり、火を放つなど過激な行動をしました。
この時の抗議デモは比較的早い段階で制圧されて群衆は解散しましたが、SNS上で事件の様子を撮影した動画が広まるに連れて、抗議デモが各地へ飛び火しました。
事件から2日後の同市では街中で抗議デモが発生し、大型スーパーマーケットで略奪が始まりました。同様に、街中の酒店や小売店などが破壊され略奪被害に遭っています。
また、警察に対する抗議活動は一層過激化し、再び警察署やパトカーが放火され、無関係な街中の建物が破壊されました。
28日、ワルツ州知事は非常事態宣言を発令し、最大で13,000人の州兵を動員することを決定しました。厳戒態勢のなか、抗議デモを取材中だった大手メディアCNNの撮影クルー3名が生中継に逮捕される事件が起きています。
ミネアポリスは今回の事件が起きた街だけあって抗議活動は過激で悪質なものが目立ちます。
▼参考URL:https://edition.cnn.com/2020/05/29/us/minneapolis-cnn-crew-arrested/index.html
ワシントンD.C.の様子
アメリカの首都であるワシントンD.C.でも抗議デモが起きました。30日夜、ホワイトハウスの前には数百人が集まり、白人警察官による差別行為に抗議しました。
「黒人を守れ」「正義がないところに平和はない」「警察の人種差別は許さない」などと書いたプラカードを掲げ、スローガンである「I can’t breathe.」を連呼しました。
一部が暴徒化し、ホワイトハウス周辺の車に火を放ち、付近の建物を破壊しています。大勢の警察官によってホワイトハウス周辺は封鎖されましたが、警察とデモ隊と衝突が続きました。
ワシントンD.C.では29日に外出規制が緩和されたばかりでしたが、抗議デモによって大勢の人が集まったため、感染拡大が懸念されます。
デモが起きた際、トランプ大統領は一時的にホワイトハウス地下壕に家族と避難したとされています。
カリフォルニア州ロサンゼルスの様子
日本人も多く住むカリフォルニア州のロサンゼルスでは、デモ隊が高速道路を占拠する事態になりました。高級住宅地で知られるビバリーヒルズでは、道路を占拠したデモ行進が行われ、数万人が集まったとされています。
30日夜、同市で起きた大規模なデモでは、500人以上が略奪行為などで逮捕され、銃撃によって1人が死亡しています。また、同州オークランドでは、ホンダのディーラーショップから車が盗まれる事件が起きました。
アリゾナ州フェニックスの様子
筆者が生活しているアリゾナ州でも事件発生から4日目の29日夜に抗議デモが発生しました。州都フェニックスのダウンタウンエリアで起きた抗議デモは次第に過激になっていき、裁判所や市のオフィスビル、銀行などの窓ガラスが割られる被害が出ました。
抗議デモは夜中1時頃まで続き、18棟の建物で物理的な被害が判明しています。翌朝には、街中のビルが修理や自衛のために窓ガラスに板を貼るなどして対策を強いられました。地元のニュースメディアによると、被害額は数千万円規模に及ぶとされています。
隣街のツーソンでも警察署前に数百人が詰めかけるデモが起こりました。被害額200,000ドル(約2,200万円)の破壊行為があり、4名が逮捕されています。これを受け、市の警察は警備を強化し、違反者をすぐにでも逮捕できるよう市長命令がおりています。
ツーソンでは、6月1日(月)の夜に再び集結しようと呼びかけられており、警察をはじめ市政府は警戒を強めている状態です。(アリゾナ州では6月8日まで毎日夜8時から翌朝5時まで外出禁止令が出た)
抗議デモに参加する人の多くは、死亡した黒人男性とは関係がなく、愉快犯や野次馬、略奪目的の人が多いと見られています。
事実、ツーソンで拘束された4名は地元の人間ではなく、デモを扇動するためにわざわざ別の街からやってきたことが分かっています。
世界都市にも飛び火
他にもアメリカ国内では、ニューヨーク、アトランタ、ヒューストン、マイアミなど全米中の主要都市でデモが起きています。
また、31日にはイギリスのロンドンやドイツのベルリンでもアメリカ大使館周辺で抗議デモが発生しており、もはやアメリカ国内だけの問題ではありません。
全米で抗議デモが発生した背景
アメリカでは白人警察官による黒人への暴行事件や抗議デモは今回が初めてではありません。しかし、今回の抗議デモは様々な理由が重なり合って巨大化したとされています。
繰り返された「エリック・ガーナー窒息死事件」
今回の黒人男性殺害事件は、2014年にニューヨークで起きたエリック・ガーナー窒息死事件とまったく同じ状況です。
いずれも取り締まりの際に、白人警察官が黒人男性に対して過剰な暴力行為を働き、殺害しています。2014年の事件は「首絞め(チョークホールド)」で、今回は膝による首絞めでした。
また、殺害された黒人男性はふたりとも「I can’t breathe.(息が出来ない)」と何度も訴えていたことも共通しています。
このような悲惨な事件が再び白人警察官によって起こされたため、黒人に限らず多くの人の怒りを買い、抗議デモに繋がったとされています。
著名人たちによる呼びかけ
今回の抗議デモはアメリカの著名人たちもSNSなどで反応しました。
例えば、アリアナ・グランデは自身のインスタグラムでコメントを寄せており、ロサンゼルスの抗議デモ行進に参加しています。デモに参加している様子を居合わせた人と一緒に写真に撮って投稿するなど、若者層から反響を読んでいます。
また、ジャスティン・ビーバーは自身のインスタグラム上に暴行時の動画をアップしてコメントし「声をあげなければならない」と団結を呼びかけました。(デモを扇動した訳ではない)
テイラー・スイフトは、デモ鎮圧に対して「軍が出動する準備がある」や「略奪が始まれば銃撃を始める」といった内容をツイートしたトランプ大統領をTwitter上で批判しました。
ちなみに、トランプ大統領のこの投稿に対しては、Twitter社も「警告ラベル」を貼って注意喚起しています。
このように、アメリカの若者たちから支持されているセレブが、SNSを通して今回の問題に批判的な立場を表明したことも、抗議デモが巨大化した原因のひとつとされています。
新型コロナウイルスによる鬱憤晴らし
抗議デモが巨大化した潜在的な理由のひとつが、新型コロナウイルスによる外出制限や失業と関連していると言われています。
新型コロナウイルスによって多くの州で5月中旬まで外出制限が出され、たくさんの人が外出を自粛してきました。規制緩和後も社会は元に戻ったとは言えないほど警戒モードで、アメリカ人はストレスを抱えていることは明白です。
さらに、3月中旬から直近までの失業保険申請数は4,000万件を記録し、アメリカ人の4人にひとりが職を失った計算です。(このうち50%は復職できていない)
そして、今回の黒人殺害事件が発生したため、全米で大勢の人が「外出」することになったと考えられます。新型コロナウイルスによって溜まったストレスのはけ口が、破壊行為を伴う抗議デモに繋がったのです。
抗議デモに対するアメリカ政府の反応
各地で頻発する抗議デモに対して、トランプ大統領は力によって制圧することに積極的です。
州兵を出動させるべき
30日の記者会見で「事件に関与した警察官4名を捜査当局が調査中だ」としたうえで、「デモの暴徒化や略奪は許さない」と厳しく批判しました。
また、自身のTwitter上では、制圧に手こずるミネソタ州知事に対して「(暴動対応が)弱い」とし「手遅れになる前に州兵を出動させるべきだ」と投稿しています。他にも「連邦政府軍に所属する憲兵隊を派遣する準備がある」とし、大統領令も辞さない構えです。
仮に、大統領がデモ隊制圧のために軍を動員する命令(暴動法)を出すとなると、1992年のロサンゼルス暴動以来です。この事件も、警察官によって黒人が暴行され、無罪判決になったことがきっかけで起きています。
「ANTIFA」をテロ組織認定
31日、トランプ大統領は一連のデモを扇動しているのは反ファシズム組織「ANTIFA(アンティファ)」としており、同グループをテロ組織に指定する方針を示しました。
同グループはこれまでにバージニア州で白人至上主義者と衝突し多数の死傷者が出た2017年の事件や、トランプ大統領就任後の抗議デモを扇動したとされており、暴力行為もいとわないことで知られています。
一方で、ANTIFAは明確な代表者や本部を有する組織ではないため、テロ組織として断定しても抑圧効果は不透明とする声もあります。
アメリカ大統領とアメリカの各州知事の温度差
トランプ大統領は力で沈静化させたい考えですが、抗議デモに直面している各州知事は慎重になっています。
アメリカでは人種差別に関する抗議デモは非常に繊細な問題とされており、軍や州兵によって力で制圧することは「火に油を注ぐ」ことになりかねません。デモが起きている都市の州知事としては出来るだけ穏便に済ませたいのが本音なのです。
これを象徴するように、ニューヨーク州知事のクオモ氏は、デモ隊に一定の同情を示したうえで「前向きな変化」を訴えています。
抗議デモについて今後の展開
アメリカ国内では抗議デモは自然に沈静化すると見られています。
理由として、今回の抗議デモは「週末」に重なったことや、多くの州で夜間外出禁止令が出たこと、そして一部の州で州兵が出動していることが挙げられます。
騒動の発端となったミネアポリス警察は、事件に関与した警察官を即座に解雇し、極めて異例の逮捕に踏み切りました。
当事者であるデレク・ショービンは職を失い、家族からは離婚申請されており、社会的な制裁は十分受けています。デモ隊の主張である元警官への制裁は既に済んでいることから、沈静化に進むはずです。
一方で、再びデモが呼びかけられていたり、全米で数千万人に及ぶ失業者たちのストレスは引き続き不安材料となりそうです。
なかでも、黒人コミュニティが多い南部のジョージア州やルイジアナ州などでは、しばらく警戒が続くことが予想されます。
まとめ
ミネソタ州ミネアポリスから始まった今回の抗議デモは「白人による黒人への不当な暴力行為」が発端です。法律や社会制度の面においては人種差別がなくなったとされるアメリカですが、実際にはまだまだ根深い問題として残っていることが露呈しました。
一方で、今回の問題は人種差別ではなく「アメリカ人の精神」に関連しているという声もあります。歴史的に力で制圧することを繰り返してきたアメリカだけに、どこにでも強者と弱者が存在します。
ときにそれは白人と黒人、英雄と敗者、正義と悪、富裕層と貧困層などです。当たり前の構図に見えますが、アメリカではこのような社会の二極化が普通なのです。今回の騒動を受けて、極端な二極化がどのように変わっていくか、今後もアメリカの動向に注視してください。
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