はじめに - 繰り返される悲劇
2020年8月23日、アメリカ中西部ウィスコンシン州ケノーシャで、白人警察官2名によって黒人男性が背中から銃撃を受ける事件が起こりました。
今年5月には、隣りのミネソタ州で白人警察官が黒人男性(ジョージ・フロイド)を窒息死させる事件が起きたばかりです。この事件をきっかけに世界中に飛び火した「BLM運動(Black Lives Matter)」は記憶に新しいところでしょう。
世界中を騒がした白人警察官による黒人殺害事件からわずか3ヶ月の間に再び起きた今回の事件は、相変わらず人種差別が存在し、アメリカの警察の意識改革がまったく進んでいないことを露呈させました。
今回は、ウィスコンシン州で起きた黒人男性への発砲事件の詳細や、アメリカ国内での報道、世間の反応について、アメリカ在住の筆者目線でご紹介します。
2020年8月23日の事件の概要
はじめに今回起きた事件の概要を見てみましょう。
発覚はFacebookに投稿されたビデオ
今回の警察官による黒人男性銃撃事件が発覚したのは、SNS上に事件の一部を収めたビデオが投稿されたことです。
そのビデオには白人警察官2名が黒人男性を制止しようとしているところから、制止を無視して車に乗り込もうとしている男性の姿が映っています。男性が車のドアを開けた瞬間に7発の発砲音と、崩れ落ちる男性の姿が捉えられています。
別の警察官は倒れた男性に駆け寄ろうとした黒人女性に対して銃を突きつけるなど、現場は極めて緊張状態にあったことが分かります。
一方で、黒人男性は警察官を威嚇するような行動をとっておらず、発砲の正当性には疑問が残ります。また、武器を保持していない男性を背後から執拗に撃ったことは、過度な制圧行為と指摘されても仕方ありません。
撃たれた黒人男性は重傷
警察官に発砲を受けた男性は、黒人男性のJacob Blake(ジェイコブ・ブレーク/29歳)氏です。銃撃された後、同州ミルウォーキー市内の病院で手術を受けて集中治療室に入院しています。ブレーク氏の弁護士によると、重傷を負ったものの命に別状はないと公表されています。
ブレーク氏の父親の話では、ブレーク氏は下半身が麻痺状態にあるとされていますが、この麻痺状態が一時的なものなのか永久的なものなのかは分かっていません。
至近距離で背後から7発
ことの発端は、女性同士の喧嘩(家庭内の喧嘩)が起きているとの警察への通報です。喧嘩の仲裁に入ったブレーク氏と駆けつけた警察官らが揉めたことで、警察官らはブレーク氏を取り押さえようとしました。
しかし、ブレーク氏は制止を無視して目の前に停めてあった自身の車に乗り込もうとした瞬間に、背後から7発撃たれたのです。
警察官らがブレーク氏を制止しようとしていた時、ブレーク氏は武器を所持しておらず、制止を振り切る行為以外に抵抗していません。つまり、警察官らに身の危険が迫る事態ではなかったということです。
ブレーク氏の車内には子ども3人が乗車中
ブレーク氏が撃たれた時、車内には3歳から8歳のブレーク氏の子ども3人が乗車中でした。
ブレーク氏が女性同士の喧嘩を仲裁している時に、子どもたちに対して車に乗るように指示していたとされていますが、発砲した警察官らが車内に子どもがいたことを認識していたかどうかは分かっていません。
警察官らによる発砲で子どもたちにも危険が及んだことや、目の前で無抵抗の父親が執拗に撃たれる姿を目の当たりにしたことは、子どもたちの精神的ストレスや強烈なショック体験によるPTSDにつながると懸念されています。
事件後の対応
次に、この事件が起きた後の警察や市政府の対応をご紹介します。
発砲した警察官2名は休職
発砲した2名の警察官らは休職扱いになっています。(実際は休暇扱い)
ケノーシャ警察は州司法局の犯罪捜査部門に捜査を要請しており、捜査の結果、発砲した警察官らが訴追されるかどうかが検察によって判断されます。
発砲に関与した2名の警察官は、体に装着する「ボディカム」を付けていなかったことから、正確な状況を掴むことは難しいとされています。
仮に、警察官らが「ブレーク氏が(車の中の)武器を手に取ったように見えた」と証言すれば、発砲の正当性が成立する可能性があるため、警察官らの証言は今後の焦点になります。
一方で、警察官らの主張が通れば世間の反感を買うことは間違いなく、慎重な捜査が問われています。警察官を擁護する側としては、撃たれた男性の命に別状がなかったことや、制止を無視したことを理由に、発砲を正当化する公算が大きいと見られます。
すでに、警察官らを訴追するための嘆願書に数万件の署名が集まっているとされており、警察官らに有利な判断が出たときの反発は大きくなりそうです。
外出禁止令
事件当日、SNS上で拡散された動画を見た人たちが抗議デモの実施を呼びかけたため、同市に対して夜間外出禁止令が出されました。これに伴い、州政府は200名規模の州兵を動員する事態になっています。
トニー・エヴァース州知事(民主党)は、早期に州兵の動員を決めた理由に「重要なインフラを保護するため」そして「市民が安全に抗議デモを実施できるようにするため」と述べています。
市民の安全な生活維持と、憲法で保障されている表現の自由や平和的集会を開く権利のふたつに配慮した対応と見られます。
法案審議
トニー・エヴァース州知事は、ジョージ・フロイド事件以降から議会に訴えてきた「警察の説明責任と透明性に関する法案」を審議するため、州議会に特別審議を開くことを求めました。
同知事は警察組織改革を求めてきたにもかかわらず「2ヶ月以上も議員たちは何もしていない」と批判したうえで、今回の事件を機会に特別審議で警察改革案を成立させる見込みです。
人道的な政策を重視する民主党派の知事らしく警察改革に意欲的ですが、今回の事件をきっかけにして、州議会の中で抵抗があることが露呈しました。
事件による反応
この事件に対する反応を見てみましょう。
抗議デモが発生、一部が暴徒化
事件が発生した夜、SNSを通して集まった数百名の人たちが警察に対する抗議活動を実施しました。
デモ隊は発砲した警察官の逮捕を要求し、治安当局ビルの鍵を壊したり、市内のゴミ箱や家具店、車両に火をつけるなど暴徒化しています。
また、裁判所の壁には「警察が黒人を殺すのは黒人を恐れているからだ」という落書きがされるなど、人種差別問題を彷彿させる事態になっています。
報道は控えめ
アメリカではこの事件を巡る報道は控えめです。同時期に共和党大会が開催されていることや、国民の関心は大統領選に向いていることが影響していると見られます。
また、ブレーク氏の容態が安定して回復傾向にあると報道されて以降、メディアの関心は共和党大会に集中しつつあります。早期に州兵を動員したことや、外出禁止令が出されたことから、違法な抗議デモが起きていないことも影響しています。
ジョージ・フロイド事件の時のように、被害者が死亡していないことや、抗議デモが平和的に実施されていることからメディアの関心は薄いようです。
反応したのは民主党のみ
今回の事件を受けて反応を見せているのは民主党だけです。
政策綱領案(マニュフェスト)で警察組織改革に触れている民主党のバイデン氏は、この事件に対して「構造的な人種差別を撤廃せねばならず、緊急の課題だ」とコメントしています。
同じく民主党のエヴァース州知事も「警察をはじめとする法執行機関職員によって殺されたり、傷つけられたのはブレーク氏が初めてではない」と問題視しました。
警察組織改革に消極的な共和党は静観しており、両党の対応は対極的です。
自然沈下を望む警察組合
警察組合はSNSで拡散されている映像に対して「全容を捉えたものではない」としたうえで、州司法局による捜査の結果が出るまで、警察官の逮捕要求や人種差別問題といった判断をしないでほしいと市民に訴えています。
捜査結果が出るまでに事件が沈静化することを狙った発言と見られており、バイデン氏や州知事の対応とは対照的と言えます。
この呼びかけに反して、すでに抗議デモが起きていることから、警察組合と市民の怒りにはかなりの温度差があるようです。
まとめ
以上、「再び発生!白人警察官による黒人男性への発砲事件」でした。
世界中を揺るがしたジョージ・フロイド窒息死事件からわずか3ヶ月で、再び黒人男性が警察官による非人道的な扱いを受ける事件が起こりました。
最も肝心な警察官の意識改革は全く進んでおらず、白人警察官による黒人への乱暴行為は相変わらず存在しています。また、大統領選を意識してか、メディアの報道も限定的であることから、今回の事件をきっかけにして警察が変わることは期待できません。
今回の事件が警察組織改革を訴える民主党、静観を貫く共和党のどちらに、どのような形で影響するかにも注目したいところです。
追記
事件発生から2日目の夜、デモ隊と一般市民の間で衝突が起こり、2名が発砲により死亡、1名が重傷を負っています。警察の発表によると、17歳の少年を殺人容疑で逮捕したとあります。同州では25日に非常事態宣言も出されており、緊迫した状態が続いています。
また、プロバスケットボールNBAと選手会は26日に予定されていた3試合を延期すると発表し、警察に対する抗議を実施しています。今回の事件は予想よりも早く各所に影響を生み始めています。
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