【国交省の仕事】運輸事業者向けの制度 – 運輸安全マネジメント制度

平成17年におきたJR西日本福知山線列車脱線事故のような事故を防ぐには、従来の「安全規制+事後監督」だけでは不十分として、国土交通省が新たに「運輸安全マネジメント制度」を平成18年10月1日から開始しました。


「運輸安全マネジメント制度」を知っていますか?

ふだん私たちは電車、バス、飛行機など、多くの公共交通機関を利用しています。日々乗り物に乗っていて「安全」が当たり前のように、私たちはあまり気にとめていません。

しかし、その安全を見えないところで支えている一つが、国土交通省と運輸サービス業者が取り組んでいる「運輸安全マネジメント制度」です。

いまからおよそ10年前、平成18年10月に導入された、経営トップから現場まで一丸となり安全管理体制を構築・改善することにより輸送の安全性を向上させる制度です。

事故が多発した、最悪の平成17年がきっかけに。

「運輸安全マネジメント制度」導入となった背景は、平成17年に乗客や乗務員が死傷する事故の多発によります。JR西日本福知山線列車脱線事故などは、強烈に記憶に残っているのではないでしょうか。これらの事故は、いわゆるヒューマンエラーに起因する事故です。

●平成17年中に発生した主な重大事故

1月:JAL新千歳空港での管制指示違反
3月:東武鉄道伊勢崎線踏切障害事故(死者2名、負傷者2名)
JAL客室乗務員の非常口扉操作忘れ
4月:JR西日本福知山線列車脱線事故(死者107名、負傷者562名)。
近鉄バス転覆事故(死者3名、負傷者20名)
大川運輸踏切衝突事故
ANK小松飛行場での管制指示違反
5月:九州商船フェリーなるしお防波堤衝突(負傷者23名)
6月:知床半島観光周遊船乗揚(負傷者26名)
12月:JR東日本羽越線列車脱線事故(死者5名、負傷者33名)

平成17年は重大な事故の連続で、尊い数多くの命が失われました。

このような事故を防ぐには、従来の「安全規制+事後監督」だけでは不十分として、国土交通省が新たに「運輸安全マネジメント制度」を導入しました。

ヒューマンエラーとは?

ヒューマンエラーは人為的過誤や失敗のことを言い、次の2つのファクターがあります。

1)狭義のヒューマンエラー

いわゆるうっかりミスや錯覚です。
信号の見落としや機器操作のミスなど、「意図せず」に行ってしまうものです。

2)不安全行動

本人がリスクを認識しているが、「意図的」に行ってしまうものです。たとえば、時間に追われた状況で、意図的に信号無視などをしてしまうことなどです。


最近では、ヒューマンエラーは個人のみならず、チーム全体、管理職の意識も含めてその防止の対象となっています。

余談ですが、スウェーデンの自動車メーカー・ボルボの安全性の高いクルマづくりは良く知られていますね。世界のメーカーが安全よりも量産型のよく売れるクルマづくりを続けていた頃からボルボは「安全」にこだわっていました。
創立時にすでに「クルマは人間によって運転されるもの。だからこそ、ボルボは常に安全なクルマでなければならない」という基本理念を打ち出していたのです。

つまり、人間を守ること、また人間はエラーを起こすものという大前提のもとで、「安全」に向き合ってきた自動車メーカーと言えます。

対処療法ではなく、総合的に安全をマネジメント。

従来の対応策は、事故発生後原因を追及し、規制を強化し、事後規制を遵守しているかどうか関係省庁が監督をすると言う流れでした。

これは医療に例えるならば、発熱したら熱を冷ます薬を処方するなどの対処療法的な処置しかされておらず、患者さんの体質、生活習慣、心まで踏み込んだ根本治療がなされていなかったと言えます。

「運輸安全マネジメント制度」では、こうした対処療法ではなく、総合的かつ継続的に安全をマネジメントするシステムとして導入されました。

では、その「運輸安全マネジメント制度」の内容を見てまいりましょう。

「運輸安全マネジメント制度」3つの取り組み

この制度の対象となるのは、

鉄道・自動車・海運・航空など国民の生活・経済を支える運輸事業です。
主な取り組みには以下の3つがあります。

1)従業員に対する指導監督

すべての運送業者に義務づけられています。

2)輸送の安全情報の公表

貨物軽自動車運送事業者を除くすべての運送業者に義務づけられています。

3)安全マネジメント評価(推奨されている)

安全方針の策定・周知、安全重点施策の策定、見直し、コミュニケーションの確保、事故・ヒヤリ・ハット情報の収集・活用、教育・訓練の実施、内部監査の実施等です。

安全マネジメント評価は義務ではなく推奨されているものですが、次の5つの大きなメリットがあります。

一、安全に対する現状を、客観的に把握できます。
二、評価の準備そのものが、改善のきっかけになります。
三、具体的な改善目標を設定することができます。
四、結果は国土交通省に報告されるので、高評価だった場合は巡回監査や呼出監査の対象とならない場合があります。
五、何よりも、利用者や顧客に高品質な安全を提供し、従業員の命を守ることができます。

これらの取り組みを、運輸安全監理官を中心とする国土交通省の評価チームが事業者に赴き、「運輸安全マネジメント評価」を行います。輸送の安全に関する取組状況を確認し、継続的改善に向けてプラス評価や助言を実施します。


「運輸安全マネジメント評価」は、PDCAサイクルが基本です。

PDCAサイクル、よく耳にする言葉だと思います。品質管理などに用いられる、plan-do-check-act cycleの頭文字から取ったものです。Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Action(改善)の4段階を繰り返すことで、品質や業務を改善する手法です。「運輸安全マネジメント評価」もこのPDCAサイクルの考え方を取り入れ、14項目のガイドラインに基づいてチェックされます。14項目は以下の通りです。

(1)経営トップの責務

ガイドラインの冒頭に掲載されているのが、経営トップの責務です。
担当部署や部下任せにするのではなく、経営トップ自らが安全最優先で運営し、リーダーシップを発揮することが肝要であることが述べられています。
経営とは、財務の数字だけではなく、ヒトやモノを安全に輸送することが、根本になくてはなりません。だからこそ、経営トップの陣頭指揮が必要なのですね。

では、具体的には経営トップにはどんなことが求められているのでしょう。

1 関係法令等の遵守と安全最優先の原則を事業者内部へ徹底する。
2 安全方針を策定する。
3 安全統括管理者、その他経営管理部門で安全管理に従事する者に指示するなどして、安全重点施策を策定する。
4 安全統括管理者等に指示するなどして、重大な事故等への対応を実施する。
5 安全管理体制を構築・改善するために、かつ、輸送の安全を確保するために、安全統括管理者等に指示するなどして、必要な要員、情報、輸送施設等(車両、船舶、航空機及び施設をいう。)が使用できるようにする。
6 マネジメントレビューを実施する。

ざっと見ただけでも、経営トップがすべきことは多くて煩雑そうですね。「安全」は企業の資産と言えます。また、イメージアップや企業の成長にも大きく関わってきます。経営トップが先頭に立たなければならないのも頷けます。

以下は、PDCAサイクルに則って実施すべきガイドラインの項目です。運輸事業に興味のある方は、国交省のホームページで目を通しておくとよいでしょう。

【Plan(計画)】

(2)安全方針

輸送の安全の確保に関する事業者の全体的な意図及び方向性を明確に示す安全方 針を策定します。

(3)安全重点施策

安全方針の実現に向けた具体的な目標及び取り組み計画に係る安全重点施策を策定します。

【Do(実行)】

(4)安全統括管理者の責務

安全統括管理者は、経営トップの指示のもと、安全管理体制のPDCAサイクルを回すための責務と権限を有しています。

(5)要員の責任・権限

実施にあたり関係者の責任・権限を明確に定め、内部にしっかり周知することが望まれます。

(6)情報伝達及びコミュニケーションの確保

さまざまな情報が縦断的・横断的にすぐに伝わる組織を作ることが重要とされ、風通しの良いコミュニケーションの確保が大切とされています。

(7)事故、ヒヤリ・ハット情報等の収集・活用

現場で起きる事故、ヒヤリ・ハット等を収集・分類・整理し、原因を分析し、事故、トラブルの防止を図ります。

(8)重大な事故等への対応

重大な事故等が発生した場合に備えて、あらかじめ対応ルールを定めておくことにより、いざ発生した場合に被害を少しでも低減ことができます。

(9)関係法令等の遵守の確保

輸送の安全を確保するためには、関係法令等の定めに沿って、業務を行うことが必要不可欠です。

(10)安全管理体制の構築・改善に必要な教育・訓練等

安全管理体制を適切に運営し、安全文化を保っていくためには、常に安全確保のために教育・訓練等を実施します。

【Check(評価)】

(11)内部監査

自分自身で定期的に安全管理体制をチェックすることにより、安全管理体制の課題及び問題点等を明らかにします。


【Action(改善)】

(12)マネジメントレビューと継続的改善

安全管理体制を継続的に改善するために、少なくとも年に1回に経営トップが主体的に関与して安全管理体制を評価し、必要に応じて見直し・改善を行うことが重要です。

(13)文書の作成及び管理

誰もがわかる体系的にルールを文章化し管理します。

(14)記録の作成及び維持

体系的に取り組みの記録を整理し、管理します。

14項目それぞれにおいてPDCAサイクルが実施され、安全性の向上を目指しています。

各項目の詳細につきましては、国土交通省ホームページの「運輸事業者における安全管理の進め方に関するガイドライン」に掲載されています。

https://www.mlit.go.jp/common/000110883.pdf

※補足PDCAサイクル

第二次世界大戦後、品質管理を構築した米国の統計学者ウォルター・シューハート、エドワーズ・デミングらが提唱した理論。シューハート・サイクルまたはデミング・ホイールとも呼ばれています。

運輸安全マネジメントの効果は?

ここまで「運輸安全マネジメント制度」の概要を見てきました。

この制度の特徴は、ゴールがないと言うことです。完璧な安全はありません。常にPDCAを繰り返し、より高い安全性を追究し磨いていくところに意義があります。

実際に、平成24年10月~平成25年9月までの間、国土交通省・運輸安全監理官室が「運輸安全マネジメント評価」を実施した事業者に対し行ったアンケートがあります。

この制度について
「非常に有効である」と答えた事業者が74%、
「やや有効である」との回答が19%と、
9割以上が有効性を認める結果が出ています。

安全の向上は、決して容易いものではありません。経営トップから、従業員、そして国が一緒に「行動」することが重要ですね。

 

目に見えない「安全」を支える。

国土交通省の仕事は、実に多岐に渡っています。国土の総合的な利用、開発・保全、社会資本の整合的な整備、交通政策の推進、気象業務の発展、海上の安全および治安の確保など、どれも私たちの生命財産に関わるものです。

ご紹介した「運輸安全マネジメント制度」も、私たちの命を守る大切な制度の一つです。

安全標語や安全キャンペーン、または精神論ではない安全へのアクション。多大な犠牲の痛みを乗り越え、叡智を結集した制度と言えます。今日も、明日も、私たちは公共交通機関を利用します。定刻に発車し、定刻に到着。安全に私たちを目的地に運んでくれています。

何も起きないこと、当たり前の日常を、「運輸安全マネジメント制度」が支えています。

本記事は、2017年6月30日時点調査または公開された情報です。
記事内容の実施は、ご自身の責任のもと、安全性・有用性を考慮の上、ご利用ください。

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