アメリカの大統領令制度とは? | TikTok使用禁止・新型コロナウイルス対策法など

アメリカの現役大統領が発令する「大統領令」とは、どのような手続きを経て出され、どれほどの法的拘束力があるものなのでしょうか。

今回は、「アメリカの大統領令」ついて、アメリカ在住の日本人にレポートいただきました。


はじめに - コロナ禍の中発令された多くの「大統領令」

アメリカ合衆国の政治に関する報道で「大統領令」という言葉をよく耳にすると思います。みなさんは、この「大統領令」についてどこまでご存知でしょうか?

2020年8月8日、アメリカのトランプ大統領は、失業給付増額延長や納税猶予などを含む新型コロナウイルス対策法に対して「大統領令」を出しました。

また、これに先立ち、中国系アプリTikTokやウィーチャットなどをアメリカ国内で使用禁止する内容の大統領令にも署名しており、このところ大統領令の発令が続いています。

そこで今回は、アメリカの大統領令とはどういう制度なのかや、歴代大統領による大統領令の事例、トランプ大統領の大統領令の特徴についてご紹介します。

アメリカの大統領令について(忙しい人向け)

忙しい人向けにざっくりアメリカの大統領についての5ポイント解説です

1)アメリカの大統領令は、アメリカの大統領が、議会の承認なく、命令できる制度です。

2)ただし、命令は国民にはできません。

3)大統領令はあくまで、アメリカの連邦法にそったものである必要がある

4)議会や最高裁が無効にすることもできる

5)近年では、年平均約75回、大統領令は発令されている(1946年以降)

※アメリカの法制度は、連邦法 (federal law) と州法 (state law)による「連邦制」


アメリカの大統領令について(じっくり理解する人向け)

それでは、じっくり理解したい人向けに、大統領令に関する基本的な概念から解説していきます。

アメリカの大統領令制度とは?

アメリカの「大統領令制度」とは、議会での立法手続きを経ることなく、軍隊を含む連邦政府機関に直接発する執行命令制度のことです。ただし、対象は政府機関に限定され、国民には命じられないことが特徴です。

大統領令は議会で承認された法律と同等の効力を持ち、議会を介さず円滑に政策を進められるメリットがあります。

一方で、議会が大統領令を無効にする新たな法律を制定したり、最高裁が違憲と判断すれば大統領令を無効にできるため、必ずしも絶対的な効力があるとは限りません。また、大統領令は連邦法を覆す効力はなく、あくまでも政府機関に対する執行命令と考えると良いでしょう。

通例では、議会での承認を待っていては対応が遅くなってしまう緊急性が高い法案や、議会での反対が多く議会が空転してしまう場合、さらに「大統領の肝煎り法案」を実行する際に大統領令が用いられます。

1901年、第26代セオドア・ルーズベルト大統領の時代から大統領令の回数が急激に増えており、1946年以降の戦後の平均を見ると大統領ひとり当たり352回の大統領令を出しています。年平均では約75回となり、5日に1回程度の頻度で発令されている計算です。

このような事実から、アメリカの政治において大統領令の発令は決して珍しいことではないと言えます。

アメリカの大統領令の法的根拠

実は、アメリカの大統領令の権限については、憲法で明確に規定されている訳ではありません。

強いて挙げるなら、合衆国憲法第2章第1条第1項の「執行権」と、第2章第3条「大統領の義務」が法的根拠になるとされています。

一方で、法的根拠に乏しい大統領令が発令された場合でも、議会が黙認してしまうケースが多いことも事実です。過去に最高裁は「議会の黙認=大統領令は有効」という判決を出しています。

つまり、大統領令は法的根拠に乏しく、仮に独断であったとしても有効になることがほとんどです。

大統領令は、アメリカ行政府の長である大統領に与えられた特権と言えるでしょう。また、大統領には議会が成立させた法案を拒否する「大統領拒否権」という権限もあります。

ちなみに、大統領令は英語では「Executive order」ですが、他にも「Presidential Memoranda(大統領覚書)」「Proclamations(布告)」「Related OMB Material(行政管理予算局関連資料)」などの、大統領が決定権限を持った制度「Presidential Actions」があります。

アメリカ大統領令を無効化・修正する方法

アメリカの大統領令を無効化するためには「立法」「訴訟」「大統領自らが無効化」する3つの方法があります。

ひとつめは、連邦議会が大統領令そのものを無効にする、あるいは大統領令の対象となる法律を無効化するなどの立法措置です。(修正も含む)仮に、議会が新たな法律を成立させたとしても、最後に署名する大統領には「大統領拒否権」があるため、この方法による無効化は現実的とは言えません。


ふたつめは、訴訟を起こして違憲判決を勝ち取ることです。大統領令の無効化に最も現実的な手段として扱われていますが、時間がかかることや複雑な手続きを伴うことから、決して簡単ではありません。事実、大統領令が裁判で無効化されたのは過去14,000件のうち、わずか2件です。

最後の方法が、大統領自らが無効化することです。実は、この方法による無効化や廃止、修正が最も多く、2018年トランプ政権下で発令されたイスラム諸国からの入国制限措置を巡っては、永住権保有者は免除するように修正しています。

このように、大統領令は無効化や修正できる余地こそ残されていますが、どれも現実的とは言い難く、実質的には非常に強力な大統領権限のひとつになっています。

アメリカの大統領令を企業で例えると

アメリカの大統領令は企業にとって「社長命令」と考えられます。

本来であれば、取締役会を経て各部署に様々な指令がおりてきますが、社長命令の場合は直接各部署に命令が下されます。俗に言う「トップダウン」です。

なかには、反社長派による抵抗が起こる場合があるかもしれませんが、見直しのために訴訟や取締役会を開くことは容易ではないため、黙認することがほとんどでしょう。この点も大統領令は酷似しています。

アメリカの歴代大統領による主な大統領令

ここではアメリカ歴代大統領が発令した大統領令について見てみましょう。トランプ大統領による大統領令の特徴も合わせてご紹介します。

エイブラハム・リンカーン大統領が発令した大統領令

1861年から1865年に暗殺されるまで第16代大統領を務めたリンカーンは、記録されている限り48回の大統領令を出しています。

リンカーンの大統領令で最も有名なのが、1862年の「奴隷解放宣言」でしょう。厳密には「Proclamations 95」のため「布告95号」となりますが、大統領令(Executive order)として認識されています。

フランクリン・ルーズベルト大統領が発令した大統領令

歴代大統領の中で最も大統領令を発令した回数が多いのは、1933年から1945年まで12年間大統領を務めたフランクリン・ルーズベルトです。12年間で3,734回の大統領令を発令しました。

日本人に知られている大統領令が、1942年2月19日の「大統領令9066号」です。この大統領令では、特定の地域を軍管理地域に指定できる権限を陸軍長官に与えたことから、結果的に日系人を強制収容する動きに繋がりました。

世界大恐慌や第二次世界大戦など、混乱の時代であったことや、有事を理由に12年も務めたことから大統領令も多くなったとされています。他の大統領と比較して10倍以上の大統領令を出した計算です。

ジョージ・W・ブッシュ大統領が発令した大統領令

ジョージ・W・ブッシュは8年間で291回の大統領令を発令しました。2001年のニューヨーク同時多発テロを受けて、テロリストのアメリカ国内にある資産凍結を実施する大統領令を出しています。

また、2004年にはイラクが大量破壊兵器を保有していることを調査する「Intelligence Capabilities of the United States(諜報能力委員会)」設立に関する大統領令を出していますが、結果的に戦争を始めたものの大量破壊兵器は見つけられませんでした。

バラク・オバマ大統領が発令した大統領令

2009年から2017年まで大統領を務めたオバマは、8年間で276回の大統領令を出しています。2011年10月には医薬品不足を解消するための措置として、FDAや司法省に対して製薬会社や医薬品会社の監視を強化できるように大統領令を使っています。

また、在職中は下院を野党の共和党が占めていたことから、政策を円滑に推進するために大統領令を積極的に行使することを公言していました。

ドナルド・トランプ大統領が発令した大統領令

トランプ大統領は2017年から2020年8月までで176回の大統領令を出しています。オバマは始めの4年で146回、ブッシュは171回、クリントンは200回ですので、決して頻度が高い訳ではありません。

トランプ大統領は大統領就任当日に「オバマケア撤廃」の大統領令を出しました。(厳密には、早急な撤廃を目指すことを目標とする内容)また、不法移民の取り締まりを強化する「大統領令13767号」や、イスラム諸国からの入国を禁止する「大統領令13769号」などが知られています。

就任早々にオバマケアを撤廃するための大統領令を出したことで話題になりましたが、前政権の政策を大統領令で覆そうとすることはよくあることです。


事実、オバマもブッシュ政権時に設立された「グアンタナモ湾収容キャンプ」について、就任直後に見直す大統領令を出しています。

また、2020年の大統領選で民主党候補になっているジョー・バイデンは、当選した場合、就任式後すぐに「WHOからの脱退を見直す大統領令」を出すと公表しています。

大統領令は時として「前政権のイメージを払拭する」ことにも使われており、必ずしも政策の執行を目的としている訳ではないこと知っておくと良いでしょう。

トランプ大統領による大統領令

トランプ大統領による大統領令の使い方は非常に巧妙とされています。

とくに、新型コロナウイルス対策法や反中政策においては、大統領選に向けて「実行力の高さ」をアピールするのに役立ったと言えます。

7月31日、新型コロナウイルスの影響で失業した人に週600ドル上乗せ支給されていた失業給付が期限を迎えました。8月8日には、企業が雇用を維持する限り政府が給与や経費を肩代わりする「PPP制度」も期限を迎えています。

議会ではこれらの予算確保について協議が重ねられたものの空転したことから、大統領令を出すことで、失業給付の延長、納税猶予、学生ローン返済猶予、家賃未払いによる強制立ち退きの阻止などを決定しました。

今回の大統領令を受けて民主党は、予算編成権を持つ議会を無視した「越権行為」と批判していますが「立法・訴訟・大統領自らが無効化」のいずれかを使った無効化は現実的ではないため、批判しながらも黙認する事態になっています。

一方で、民主党に対する世論はマイナス方向に動いたことは否めません。共和党に反対するばかりで、7月31日までに予算を成立させられなかった責任は重く、冷ややかな目を向けられています。

そんななか、満を持してトランプ大統領が大統領令を行使して決着を付けたことは「実行力が高い」という印象を与えました。全米に2,500万人いるとされる失業給付受給者にとって、トランプ大統領の大統領令は英断に映ったかもしれません。

大統領選まで3ヶ月を切ったいま、大統領令によって劣勢だったトランプ陣営に追い風が吹き始めています。

まとめ

以上、「アメリカの大統領令制度とは?」でした。

大統領令は大統領に与えられたひとつの特権であり、議会を介すことなく執行命令が可能になります。ひとたび、大統領令が出されると大統領本人が修正、撤廃しない限り、無効化されることはほとんど起こりません。

また、大統領令の使い方によっては、大統領や政権のイメージにも大きな影響を与えます。必ずしも執行命令として利用されるとは限らず、国民に対するアピール目的の場合もあります。

「大統領令の目的」を見極めることで、アメリカの政治が違った見え方をするかもしれません。今後も大統領令には注目しましょう。

本記事は、2020年8月20日時点調査または公開された情報です。
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