アメリカでTikTokが使用禁止?トランプ政権による対中政策の狙い

新型コロナウイルス感染拡大以降、アメリカと中国の関係は悪化の一途を辿っています。そんな中、トランプ大統領は中国の動画投稿アプリ「TikTok」の国内での使用を禁止する考えを発表しました。

今回は、トランプ政権による対中政策とその狙いについて、アメリカ在住の日本人にレポートいただきました。


はじめに - 中国のアプリ、使用禁止

2020年8月2日、アメリカのトランプ大統領は中国の動画投稿アプリTikTokを「ユーザーの個人情報が中国共産党に渡る可能性がある」として、アメリカ国内での使用を禁止する考えを発表しました。

そして、4日にはMicrosoft社がTikTokのアメリカ事業を買収する交渉に入ったことが明らかになり、これに合わせるようにして「45日以内(2020年9月15日まで)に買収交渉がまとまらなければ、TikTokの使用を禁止する」と改めました。

新型コロナウイルス感染拡大以降、中国との関係が悪化する一方のアメリカで、また新たな火種が生まれたかたちです。とくに今回の騒動は、アメリカ国内に8,500万人程度のユーザーがいる人気アプリに関することなので注目を集めています。

今回は、アメリカのTikTok騒動を通じて浮かび上がる対中問題や、トランプ政権の隠れた狙いについて解説します。

TikTok騒動の概要

はじめに、今回のTikTok騒動の概要を見てみましょう。

TikTok騒動、一連の流れ

2020年8月2日、トランプ大統領が記者会見において「アメリカでTikTokの使用を禁止する」と発言したことから始まりました。

この発言に先だって、トランプ大統領の側近でもあるポンペオ国務長官が「大統領はTikTokを巡って何かしらの行動にでるだろう」とテレビインタビューで答えており、対中政策の一環として新たな制裁を実施すると見られていました。

しかし、翌日には「アメリカの安全な大企業が(TikTokを)買収してもいい」と述べ、禁止から合法的な買収へと譲歩する姿勢を見せました。

そして、4日にはMicrosoftがTikTokの親会社であるバイトダンス(字節跳動/ByteDance)を買収するために交渉していることが判明します。

これに対してトランプ大統領は「9月15日までに買収交渉がまとまらなければ、アメリカ国内でのTikTokの事業を禁止する」と述べ、禁止措置を前提に45日間の猶予を設定しました。また、6日にはTikTok使用禁止に関する大統領令に署名しており、圧力を強めています。

Microsoftによる買収交渉の結果次第では、強制的にTikTokの使用が禁止されることから、中国政府の反発は免れません。また、アメリカ人TikTokユーザーからの批判や混乱も起きることが予想されています。


TikTok使用禁止の背景

今回の騒動が起きた背景には「中国共産党によるスパイ疑惑」があります。

アメリカ政府はかねてから中国共産党がアメリカの機密情報を盗んでいると見ており、TikTokはアメリカ人の個人情報を中国共産党に渡している疑いがあるとしています。

TikTokでは、顔認証データ、電話番号、住所、名前などを盗まれる可能性があるとしたうえで、政府関係者による使用を禁じてきました。そして、一般のアメリカ人にも危険が及ぶと判断したことから禁止措置に踏み切ったと見られます。

これまで、ファーウェイやZTEなどの中国系IT・通信企業との取引を禁止する措置に加えるかたちで、ソフトウェア・アプリ企業にも制裁の幅を広げています。

「Clean Network Program」の概要

TikTok騒動以降、アメリカ政府による中国系IT企業の締め出しは加速しています。

「Clean Network Program」とは?

8月5日、ポンペオ国務長官は通信業界から中国系企業を排除する「Clean Network Program」を発表しました。

このプログラムは、アメリカの重要な電気通信および技術インフラを保護することを目的に5つの要素で構成されており、5つすべての分野から中国企業を締め出す内容です。

・Clean Carrier:中国の通信キャリア4社に対してサービス提供の認可取り消し要請
・Clean Store:アプリストアからTikTokやWeChatを排除
・Clean Apps:中国製スマートフォンに対するアメリカのアプリインストール阻止
・Clean Cloud:アリババなど中国系企業のクラウドにアメリカのデータを保存させない
・Clean Cable:中国系の海底ケーブル企業を排除

ポンペオ国務長官は、日本を含めた30ヶ国に対してプログラムへの参加を呼びかけており、国際社会全体で中国を孤立させる狙いがあると見られます。

一方で、同プログラムの実用性については不透明な部分が多く、国際社会からの理解を得られるかは不明です。

微信(ウィーチャット)も「Clean Network Program」の対象に

「Clean Network Program」の一環として、TikTokに続いて中国のメッセージアプリ「ウィーチャット」も使用禁止措置の対象になりました。

8月6日、トランプ大統領はTikTok買収期限を巡る大統領令に署名したと同時に、ウィーチャットを運営するテンセント(騰訊控股/Tencent)との取引も禁止する措置を発表しました。

今回の大統領令は「国際緊急経済権限法(IEEPA)」と呼ばれる法律に基づいており、大統領の権限で民間企業の経済活動を制限することが可能になります。

アメリカ国内ではウィーチャットの利用者は少ないものの、アメリカを訪れた中国人がウィーチャットで利用した情報を中国共産党が集めていると見られることから、禁止措置の対象になりました。

ポンペオ国務長官は、TikTokやウィーチャットの使用禁止措置に向けて、関係各国に同調するよう圧力をかけていることから、日本政府も従わざるを得ない公算です。


中国企業を徹底排除するトランプ政権の目的とは

トランプ政権がここまで中国企業を徹底排除しようとするのには、2つの目的があると考えられています。

目的1:国家安全保障

ひとつめの目的は、アメリカ政府やアメリカ人の機密情報を中国共産党に渡さないようにすることです。

アメリカ政府はこれまでにハイテク、防衛、医療などの機密情報に関する、中国人による情報漏えい事件を起訴してきました。FBIのクリストファー・レイ長官は「10時間毎に中国関連の諜報捜査を新たに始めている」と述べており、数の多さを指摘しています。

7月にはテキサス州ヒューストンにある中国総領事館がスパイ活動の拠点になっていたと断定し、閉鎖命令を出す事態になりました。(スパイ活動の証拠は公開されていない)

アメリカ政府としては、中国人がアメリカ国内でスパイ活動をしていることは明白と考えており、国家安全保障を脅かす中国共産党の働きを許す訳にはいかないのです。

目的2:アメリカ大統領選の妨害を防ぎたい

もうひとつの隠れた目的とされているのが、TikTokユーザーらによる大統領選の妨害を防ぐことです。

6月20日、トランプ大統領が参加したオクラホマ州タルサの選挙集会で、申し込みに100万人以上がエントリーしたにもかかわらず、実際に来場したのはわずか6,000人程度で、会場の3分の1は空席に終わった事態が関係しています。

この集会では、反トランプ派の若者たちがTikTokをはじめとするSNSを活用して「虚偽の参加申し込み」を呼びかけ、当選した場合でも実際には参加しないことで空席を生もうと計画したと見られています。(トランプ政権はこの計画を否定)

そして、集会から2週間後、ポンペオ国務長官は初めてアメリカ国内でのTikTok使用禁止について触れています。

つまり、オクラホマ州で起きたような政治活動の妨害行為が、11月の大統領選で起きることを防ぐために、TikTokを制限しようとしているという訳です。

TikTok騒動や「Clean Network Program」に対する周囲の反応

一連の騒動に対する周囲の反応はどうなのでしょうか?

TikTokを運営する企業「バイトダンス」の反応

8月3日、TikTokを運営する中国のIT企業バイトダンスの張一鳴CEOは、従業員に向けたメッセージのなかで「最終的な判断にはまだ時間がかかる」としたうえで「外部の噂や関心はしばらく続く」と述べています。

また、Clean Network Programの発表に対しては「アメリカ政府と解決に向けて協議してきたが、アメリカ政府は正当な法律上の手続きを守らない」と批判し「アメリカ政府が公正に向き合わないなら裁判に訴えるだろう」と法的措置の考えを示しました。

ウィーチャットを運営する企業「テンセント」の反応

テンセントの広報は「大統領令を理解するために精査中」とだけ述べています。テンセントは今回の騒動で急遽、槍玉に上がったことから、まだ対応しきれていない様相です。

中国政府の反応

中国外務省の汪文斌報道官は今回の騒動について「アメリカは根拠を示すことなく、国家の安全に関する概念を拡大して、関係企業を脅している」としたうえで「市場経済の原則に違反し、WTO(世界貿易機関)のルールにも反している」と、今回の対応を批判しました。

また、アメリカ政府に対して「開放的で公平な市場環境を提供し、経済や貿易に政治を持ち込まないよう求める」としています。

TikTok買収交渉の結果や、今後の「Clean Network Program」の行方次第では、中国政府の反発はこれまで以上に大きくなると見られます。

日本政府の反応

日本政府はTikTok騒動については静観気味です。菅官房長官は6日の記者会見で「国際的な動向を見て対応したい」とだけ述べています。また、高市総務相は記者会見で「外交上のやり取りについては私の立場では申し上げられない」としたうえで「国際情勢に留意し、関係府省と連携する」とコメントしました。

一方で、大阪府や埼玉県、神戸市などの自治体が運用しているTikTokアカウントを利用停止する動きが始まっており、このような動きは加速すると見られます。日本政府としては、関係をこじらせたくない中国政府と、強硬なアメリカに挟まれた状態と言えるでしょう。


Facebook社の反応

インスタグラムを運営するFacebookは、トランプ大統領の発言に合わせるかのように、インスタグラム上の短時間動画投稿機能「Reels(リール)」を世界50ヶ国で提供し始めました。アメリカ国内のTikTokユーザーを、アメリカ資本のFacebookの管理下に移行させる狙いがあると見られます。

アメリカ政府としては、仮にSNS上で選挙妨害行為が起きたとしても、アメリカ資本の企業であれば大統領令を使うことで統制が取りやすい事情があります。

Twitter、Facebook、インスタグラム、そしてReelsなどの主要SNS機能はすべてアメリカ資本企業のため、SNS上での選挙妨害行為封じ込めが実現されるという訳です。

まとめ

以上、「アメリカでTikTokが使用禁止?トランプ政権による対中政策の狙い」でした。

トランプ政権は中国共産党によるスパイ活動を表向きの理由にして、中国系IT企業の排除を強めています。一方で、11月に控えている大統領選で、トランプ大統領を再選させるために躍起になっているようです。

ひとまず、9月15日までにMicrosoftがTikTok買収交渉をどのようにまとめるか、そして、「Clean Network Program」がどのように展開されていくかが重要なポイントです。日本にも影響が及ぶ問題ですので、とくに「Clean Network Program」は注視しておきましょう。

本記事は、2020年8月20日時点調査または公開された情報です。
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