はじめに
前英国首相ボリス・ジョンソン氏は2022年9月6日、コロナ禍のパーティー開催などのスキャンダルで首相の座を追われました。次期保守党党首として選出された、リズ・トラス氏が英国新首相になってまだ日が浅いにも関わらず、2022年10月20日在任45日というイギリス史上最短となる記録で辞任表明となりました。
なぜ辞任においやられたのか、その原因を探って行きます。
リズ・トラス英国首相ってどんな人
保守党党首に選出された時点で、リズ・トラス氏の政治家としての経験不足を危ぶむ声も多くありました。
彼女のこれまでの経歴
- イギリス、オックスフォード大学在学中には自由民主党の総裁をつとめるものの、1996年の卒業と同時に現在の政党である保守党に入党。一般企業に勤務した後2010年の総裁選で保守党議員として当選。
- 2012年~2014年 保育・教育担当国務次官に就任
- 2014年 環境・食料・農村問題担当事務長官に就任
- 2016年7月 司法長官と大法官に就任(歴史上初の女性大法官)
- 2017年 財務省の首席秘書官に就任
- 2019年 国際貿易大臣、商務庁長官、女性・平等担当大臣に就任
- 2021年 外務・英連邦・開発大臣に就任
- 2022年 保守党党首選挙で勝利し、ジョンソン氏退任後の英国新首相となる。
英国首相就任の2日後に女王エリザベス2世が崩御したため、国葬の際、英国首相としてのトラス氏のスピーチは多くの国民の記憶に強く残りました。
トラス政権が打ち出した「ミニ・バジェット(小さな予算)」とは
前首相ボリス・ジョンソン氏からバトンを渡されたイギリスの現状は決して容易な状態ではありませんでした。どうにかコロナのパンデミックから解放されつつあったものの、コロナ禍の経済低迷、上昇するインフレ率、EU離脱にともなう労働者の不足、ロシア・ウクライナ戦争の影響によるエネルギー不足などなど、待ったなしの対策を余儀なくされていたのです。
2022年9月23日トラス首相は今後の政策の基礎とする「ミニ・バジェット(小さな予算)」を発表しました。ところが、そのほとんどが短期間で撤回されるという失態が政権の命取りとなったと言えそうです。
トラス首相が発表したミニ・バジェットの主な内容(2023年4月実施予定)
2022年9月23日発表 | 2022年10月修正 | |
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法人税 | 19%から25%に引き上げ | 撤廃19%据え置き |
所得税 | 基本税率を20%~19%に引き下げ | 撤回20%据え置き |
年間150,000ポンド以上45%税率を廃止 | 撤回 | |
外国人の消費税免税 | 復活 | 撤回 |
土地所得税 | 上限の引き上げ(イングランド、北アイルランドのみ) | 継続 |
エネルギー補助 | 2年間政府がエネルギー補助を拠出 | 2023年3月までに短縮 |
酒税 | 減税策 | 撤廃 |
納税を避けているような個人事業主への課税要請 | 撤廃 | 継続 |
国民保険料 | 1.25%引き上げ | 継続 |
銀行員の賞与 | 給料の2倍以上の上限撤廃 | 継続 |
大規模減税策であった「ミニ・バジェット」どこがいけなかったのか
政権発足後に打ち出した大規模減税策「ミニ・バジェット」でしたが、その減税の矛先が裕福層に向けられていたからです。
最大課税率45%の撤廃により、富裕層減税とたたかれました。トラス首相は富裕層がお金を回すことで下までお金が流れ出すと考えたのでした。
ところが現在直面している生活苦に、イギリス国民の多くはその政策内容に落胆しました。
更なるインフレ率の上昇をまねく原因になると、危惧したのです。
イギリス国民だけではなく、海外投資家からもイギリスの前途を不安視する向きが強く、ポンドやイギリス国債の下落が顕著になりました。ポンドの対ドル為替が過去最安値を示したことは、イギリス国民にいかにイギリスが危機的状況下に置かれているかを思い知らされたのです。
トラス政権が発足してから1ヶ月あまりで、イギリスの株式や債券の時価総額は最低でも3000億ポンド(約49兆円)損なわれたことになります。
トラス首相はこの政策の失敗を認めると同時に、財務相として起用していたクワーテング氏を更迭しました。後任にハント氏を任命し、すぐさま政策の修正を行い、自身の首相辞任を強く否定しました。今後も更なる努力を惜しまないと演説したものの、彼女の声がイギリス国民の胸には響くことはありませんでした。
特に、クワーテング氏の更迭に関しては、国民からは「責任のなすりつけ」、「トカゲのしっぽ切り」と強い批判が噴出したことも確かです。このことによってますますトラス首相は、国民からの信頼を失い、首相としてのリーダーシップを疑問視されるようになったことは否定できません。
トラス政権2人目の閣僚を失う
減税政策の失敗で、クワーテング元財務相の更迭に続き、2022年10月19日ブレイバーマン内相が個人のメールアドレスから公的な文書を議会の同僚に送った事に対する責任を取り、辞任を表明しました。
ブレイバーマン氏の辞任はトラス首相に対する批判の現れとして、とらえられている面もあり、トラス首相続投に大きなひびが入ったのです。すでに身内からの信用も無くし、四面楚歌状態になったトラス首相は2022年10月20日辞任を決意しました。
まとめ
エネルギー料金、インフレ率の上昇による厳しい生活の状況など、毎日メディアからは年金受給者の生活苦の声が伝えられます。冬に向かうイギリスで暖房も入れず、テレビも付けずに暮らしていると訴える人々に、トラス首相は「ミニ・バジェット」には明記がなかった年金受給額の増加を約束しましたが、「時すでに遅し」だったようです。
現在ボリス・ジョンソン前首相を再度推す声も出てきていますが、前回のスキャンダルを許せない国民も多く、どれだけ支持をとりつけられるのか注目されています。
参考資料サイト
》Mini Budget 2022 | Highlights | Analysis | Advice – BDO
》EY Global – Home | Building a better working world
》Mini-budget scrapped: A simple guide to why plan was dropped – BBC News
》What was in the mini-budget and what is the government’s new plan? – BBC News
》Jeremy Hunt scraps almost all mini-budget as Liz Truss battles to remain PM – BBC News
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