「赤ちゃんポスト」のシステムを見てみよう
「赤ちゃんポスト」とは?
赤ちゃんポストとは、その名称から「何らかの事情で育てられなくなった赤ちゃんを遺棄する場所」といったイメージを持たれがちです。けれども実際には、育てられなくなった赤ちゃんを保護するための設備や施設だけでなく、子供を育てられなくなった親が匿名で子供を児童養護施設で保護する、もしくは養子縁組する為の支援やシステム全体の事を指しています。
発祥は海外
赤ちゃんポストが全世界の中で初めて設置された所としては、中世のヨーロッパとされており、1198年のローマ教皇インノケンティウス3世が、子供が育てられなくなった女性が子供を殺してしまう事を防ぐために設置した「捨て子ホール」が発祥と言われています。
その後、ローマだけでなくドイツやロシアなど、世界各国に育てられなくなった子供の保護を目的とした乳児院や孤児院が多く誕生します。しかし、いずれも入所する子供の数が念を追うごとに増加する事、そして経営難によって続々と閉鎖してしまいます。
1952年以降には「赤ちゃんポスト」というシステムとして、再び全世界中で注目されるようになりました。今では全世界中各国で、色々な形を変えて赤ちゃんポストが運用されています。また、赤ちゃんポストの設置数の上位はパキスタンで300施設以上、ドイツには100施設以上があります。
日本における赤ちゃんポストの歴史とは
第二次世界大戦後、戦災孤児の為の施設が誕生
日本における赤ちゃんポストの誕生は、第二次世界大戦後に、戦争で両親を亡くしたいわゆる戦災孤児の保護と救済のために設置された、済生会病院の施設が始まりと言われています。その後、日本にも児童福祉法が制定されたため施設の利用者も少なくなり、この施設は閉鎖されました。
赤ちゃんを預ける施設として誕生したのは「天使の宿」
次に日本で赤ちゃんポストが設置されたのは、1986年に「鐘の鳴る丘愛誠会」の創設者の男性が群馬県前橋市内に設置した「天使の宿」です。天使の宿は、鐘の鳴る丘愛誠会の施設敷地内に建てられた6畳ほどのプレハブ小屋で、中にあるベッドに匿名で子供を預ける事ができました。今の「赤ちゃんポスト」のシステムに近い物の発祥であると言えます。
ところが、1992年に預けていた赤ちゃんが死亡する事故が起こり、天使の宿も閉鎖となります。
現在唯一の預かり型赤ちゃんポスト「こうのとりのゆりかご」
その後日本で設置された、唯一の匿名預かり型赤ちゃんポストとして今でも機能しているのが、2007年5月から熊本県熊本市の慈恵病院に設置されている「こうのとりのゆりかご」です。
「赤ちゃんポスト」の言葉を周知させた「こうのとりのゆりかご」
「こうのとりのゆりかご」と「SOS赤ちゃんとお母さんの妊娠相談」
こうのとりのゆりかごは、匿名で赤ちゃんを預ける事ができる施設です。また、いきなり赤ちゃんを連れてきて預けるだけでなく、まずは前段階として望まない妊娠や育児に関する悩みを電話やメールで相談できる「SOS赤ちゃんとお母さんの妊娠相談」も慈恵病院では同時に併設しています。
こうのとりのゆりかごを利用する前にSOS赤ちゃんとお母さんの妊娠相談にて相談を受け、その後どうするのかについて決めます。その後、特別養子縁組を利用する、児童養護施設に預ける、自分で育てる決意をする、人工妊娠中絶を選ぶ…など、色々な選択肢を決めます。相談した上でこうのとりのゆりかごを使用する人もいますし、相談せずに直接こうのとりのゆりかごへ子供を託す人もいます。
新生児の命も守れる、こうのとりのゆりかごのシステム
こうのとりのゆりかごは、人目のつかない所に設置されている事、そして監視カメラには子供の姿は映るものの、匿名性を重視した施設の為、預けに来た親の顔はカメラには映らないようになっています。
こうのとりのゆりかごの内部には、36度に常時設定されている保育器があります。保育器の中に子供が入れられるとロックがかかり、外側からは開けられなくなります。そしてアラームが鳴り、すぐに病院のスタッフが駆け付け、迅速に子供を病院側が保護するシステムとなっています。また、保育器の近くには妊娠や育児に対する相談ができる連絡先などが書かれた「お母さんへの手紙」も一緒に置かれています。
こうのとりのゆりかごに入れられた子供は、健康状態に異常がないか、感染症がないかなどを調べるために、慈恵病院で医師の診察を受けます。その後、事前に前述のSOS赤ちゃんとお母さんの妊娠相談で相談を受けていて、母親の同意がある場合には早い段階で特別養子縁組がされる場合が多いです。一方で、事前の相談がなかった場合には、警察や児童相談所に病院側が通報します。その後、事件性がない事が分かれば、後日母親が引き取りに来る可能性もある為、まずは県内の乳児院に預けられます。
「こうのとりのゆりかご」の果たす目的とは?
命を救う上で匿名というシステムを採用
ここで、「こうのとりのゆりかご」を含む赤ちゃんポストが設置される目的について見てみましょう。
最大の目的が、何らかの理由で養育できなくなった子供の保護です。望まない妊娠の中には、計画外の妊娠の他にも、性的暴行や虐待による本人ではどうにもならない妊娠もあります。また、性被害にあった場合には誰にも相談できず、気が付けば中絶もできない週数になっている場合や、妊婦健診なども受けないままに自宅や外出先のトイレなどで出産してしまうケースもあります。
望まない妊娠の上で出産した子供は、残念ながら出産後放置されてしまったり、母親自らの手で命を奪われてしまったりする事も少なくありません。放置されてしまった新生児は、感染症や野犬やカラスに襲われるなど、命を失うリスクが多くあるので、すぐに保護しなければいけません。また、出産後養育していても、虐待やネグレクトなどに繋がる、事情があって出産した場合無戸籍になる恐れもあります。
ちなみに日本ではまずありませんが、諸外国の場合いわゆる「捨て子」となった赤ちゃんや子供は、人身売買の標的とされる事も多いです。いまだに子供を商品として扱っている場所も残念ながら多く、諸外国の赤ちゃんポストは、人身売買から子供を守る目的でも設置されています。
これらの望まない妊娠や出産を経て誕生した子供の命を救う手段のひとつとして、こうのとりのゆりかごは誕生しました。また、匿名で子供を預けられるようにしているのは、より多くの子供の命を救える様に、母親が利用しやすい環境として匿名を採用していますが、これには賛否両論もあります。
匿名の場合、戸籍はどうなる?
あらかじめ母親の身元が判明している子供がこうのとりのゆりかごに預けられ、あらかじめ出生届が出されている場合には、そのままの戸籍が使われます。ちなみに、児童養護施設に預けられる事になっても、児童養護施設はあくまで「事情があって両親と生活できない子供たちの一時的な預かり施設」という位置づけの為、今までの戸籍が使われるのです。そして、特別養子縁組がされた場合には、戸籍は変わります。
匿名で母親の身元も分からず、戸籍のない子供が預けられた場合には、該当する市町村長が戸籍を作り、名付け親にもなります。こうのとりのゆりかごのある慈恵病院は熊本市にあるので、熊本市長が子供の戸籍を作り、名付け親にもなるのです。もちろん、この場合も後に特別養子縁組が組まれれば、戸籍は変わります。
何らかの理由で養育が出来なくなった場合
生まれたばかりの赤ちゃんを預ける場合だけでなく、近年では幼児に近い年齢の子供をこうのとりのゆりかごに預ける親も多くなりました。
経済的な理由で養育ができなくなるパターンもありますが、多くが育児ノイローゼなど親の精神的な問題が原因で預けられるパターンとなっています。特に、発達障害など障害を持つ子供の育児ができなくなる親が、こうのとりのゆりかごに子供を預ける事が目立つようになりました。
特に、発達障害などはある程度の年齢まで子供が成長するまで分からない事が多いです。ですので、障害を持つ子供がこうのとりのゆりかごに預けられる場合は、乳児ではなく幼児のケースが多くなっています。
こうのとりのゆりかごを巡る色々な意見
こうのとりのゆりかごには、賛成意見と反対意見があります。
賛成意見は、罪のない子供の命を救う事ができる、子供を持てない人の養子縁組の手助けとなる、などの意見です。
反対意見は、望まない妊娠をしても子供を匿名で預ける場所がある、という事で、母親が望まない妊娠を防止する為の自衛をしなくなる、安易に利用されるなどの意見となっています。
新しい養子縁組の形「インターネット赤ちゃんポスト」
スピーディ、かつ匿名で利用できるネット上の赤ちゃんポスト
匿名で子供を実際に預けられる赤ちゃんポストは、「こうのとりのゆりかご」ですが、新しい形の赤ちゃんポストとして誕生したのが「インターネット赤ちゃんポスト」です。
これは、インターネットを通じて望まない妊娠をした女性が匿名でサイトに連絡をすると、特別養子縁組を求めている夫妻と養子縁組のサポートを行う、大阪市のNPO法人が提供しているサービスです。
特別養子縁組を組むまでには、従来は多くの段階を踏んで時間がかかるものとされてきました。けれども、「インターネット赤ちゃんポスト」は匿名性だけでなく、特別養子縁組が決まるまでのスピーディさも話題となっています。
年齢制限や結婚年数の制限もない
また、特別養子縁組をあっせんしている団体は他にもありますが、多くが「45歳以下の夫婦」や「結婚3年以上」などの条件を満たした場合にのみ利用できるようになっています。これは、子供が成人する年齢の20歳までに、養育する親は65歳以下である事が望ましい事や、より良い環境で養子が養育される為の条件として、特定の結婚年齢を設けている事が多いのです。
ところが、インターネット赤ちゃんポストではこれらの受け入れ側の夫妻に対して、年齢制限なども設けていません。今まで他の団体を利用した際に、年齢などを理由に特別養子縁組のあっせんを断られた夫婦のケースでも、その後インターネット赤ちゃんポストで新しく養子を迎える事ができた方々もいます。
命に係わる事だからこそ、慎重に
日本は、特別養子縁組に関するシステムの整備がまだ先進国の中では遅れているため、手続きも複雑、かつ特別養子縁組を求めている人にもなかなか順番が回ってこない、といった現状があります。また、特別養子縁組をする前に、生みの親が引き取るといえば、子供は生みの親の元に戻される、といった問題がある為、特別養子縁組を巡る制度改革には慎重となっている背景があります。
特別養子縁組を求める人も、何らかの事情で子供が持てなかった夫婦だけでなく、LGBTのカップルが子供を求める事もあります。日本はLGBT同士の婚姻関係も法律では認められていませんので、養子縁組以前の問題もあります。
この現状を踏まえて、こうのとりのゆりかごやインターネット赤ちゃんポストは匿名で子供を預けられる、スピーディに養子縁組のあっせんができるなど、画期的なシステムとなっています。
一方で、容易に子供を手放す人が増える、望まない妊娠が止まらないだけでなく、子供をビジネスの道具としている、といった意見もあります。いずれの場合でも、命の重みを再認識する必要があります。
まとめ
時代の変遷とともに、特別養子縁組を求める人や周りの環境も変化してきました。いずれにせよ、生まれてくる子供自身に罪はありません。生みの親でも、養父母の元でも、全ての子供たちが幸せに暮らし、明るい未来を歩んで欲しいと望まざるを得ません。
(文:千谷 麻理子)
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