【受刑者は刑務官ではなく制服に従っている】刑務官の制服にまつわる話

刑務官の制服のことを「官服」と呼びます。この官服は、受刑者を従順にさせるというだけでなく、刑務官の退職や就職など節目節目で象徴的な役割を担っているとも言えるんだそう。今回は、そんな官服にまつわる様々なエピソードが詰まったコラムです。


「受刑者は官服に従っている」

「いいか、勘違いするなよ。受刑者は官服に従ってるんだ。お前じゃない!」
若い頃、先輩刑務官によく言われた言葉です。

総じて受刑者は刑務官に従順です。ベテラン刑務官に対してはもちろんですが、採用間もない刑務官に対しても同様です。そのような受刑者の態度に接し、若い刑務官が陥りがちなのが自信過剰。

「おー、受刑者なんて案外チョロイじゃん。これなら俺でもやれる。ウン」

などと思いがちなのです。実際は、従順ではなく、面従腹背であることが多くて、表面上は従順そうに行動しているものの心の中ではアッカンベーをしているかもしれないのですが、新米刑務官にはそれが分かりません。

受刑者の多くが従っているのは刑務所という組織にすぎない

受刑者の多くは、自分が世話になっている工場担当職員などには相当高い信頼を寄せているものですが、そうでない刑務官にはニュートラルというか、むしろ少し疑心暗鬼とか、警戒、あるいは軽蔑をしているのが普通だと思います。

それでも彼らの多くが刑務官の指示命令に従うのは、刑務官そのものというよりは刑務所という組織にあらがえないと考えているからだと思います。もし反抗すれば懲罰に付されることになりますし、刑務官に暴行をはたらくなどした場合には訴追されて刑事罰を科されることになりかねません。

そういうことを繰り返していると、いつまでたっても刑務所から出ることができなくなります。さすがにそれは願い下げということで、しぶしぶであっても受刑者は刑務官に従う。そういうことだと思います。そして、刑務所という組織を象徴するのが制服(官服)であるので、受刑者は刑務官に対してではなく官服に従っているという冒頭のベテラン刑務官の言葉になります。

退職の時も採用の時も、官服は象徴的な存在

一方、刑務官が退職するときに「官服を脱ぐ」と言う表現があります。これは、官服を脱いで平服で暮らす、すなわち民間人になるということです。刑務官でなくなる、刑務所という組織から離れるという意味合いで、ここでも官服は刑務官・刑務所の象徴になっています。

逆に新たに刑務官になったときは、この象徴である官服が新米刑務官を悩ませることがあります。というのは、貸与された官服が自分の身体のサイズに合わないときに「身体を合わせろ!」と言われたりするのです。身体は伸び縮みできませんからむちゃくちゃな言い草ですが、担当部署の用度課職員からそう言われると小さな声で

「ハイ…」

というしかありません。今では官服のサイズも豊富になっているのでそのような悲しい経験をする刑務官は少なくなったかもしれませんが、私が若い頃、同僚の足の長いイケメン刑務官がつんつるてんの官服をあてがわれて困っていたことを思い出します。面白かったです。


官服の力を感じた経験

最後に官服の力を感じた経験をもう一つ。ある大きな刑務所で朝の点検が行われた時のことです。私はそこで看守長になって赴任しました。看守長という階級は、警察でいえば警部ですから、幹部クラスです。そして、看守長になると時々当直勤務に就き、朝の職員点検の点検官の役割を担います。

そこの刑務所では、その点検に100人ほどの刑務官が並びました。そして副看守長(警部補クラス)が、

「点検官に対しー、敬礼っ!」

と号令をかけます。

その瞬間、100人の刑務官が私に向かって挙手の敬礼をします。挙手の敬礼とはお辞儀するのではなく、右手を帽子のひさしの所に当てるやり方です。警察官や自衛官がやっているアレです。これを100人で一斉にやる。すると、バシッという音が聞こえました。敬礼を素早くやると官服のこすれる音などがするのですが、その100人分の音です。また、ドンと私の胸が押されたような感覚がありました。すごい迫力です。ここの刑務所の刑務官がよく鍛えられている証拠でもあります。そして、私はこれにしびれたのです。こんな経験はかつてしたことがありません。身体の芯からジーンとしびれた感覚です。

刑務官冥利の一瞬

男ならではなのでしょうか。理由は分かりません。とにかくしびれました。感動しました。階級が上位になって初めて知る快感でもありました。私は特に偉くなろうと思っていたわけでもありませんし、このように多数の部下(下の階級職員)を抱えることを目標にしたこともありません。しかし、この時は感動しましたし、快感も覚えました。

そしてこれは官服の力でもあろうと思います。同じ服を着た者が整然と並び、一斉に敬礼をする。その時の視覚、聴覚から受ける迫力。これは経験しないと分からないかもしれません。テレビドラマや映画では同じような光景を見ることができますが、たいていの場合それは遠景で映されます。それではあの迫力は出ません。すべての敬礼が自分に向かってなされるあの感覚をかつて映像で見た経験はありません。刑務官冥利の一瞬かもしれません。

(小柴龍太郎)

本記事は、2018年1月18日時点調査または公開された情報です。
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