はじめに
2019年11月、中国の湖北省武漢市で確認された原因不明のウイルス性肺炎が、ここまでの規模で世界を揺るがすことになろうとは、誰が想像しえたでしょうか。
この未曾有の事態は、日本の観光関連産業介にも暗い影を落としています。日本政府観光局(JNTO)の発表*によると、2019年に日本を訪れた外国人観光客は3,200万人を突破し、国が掲げる「2020年までに訪日外国人観光客4,000万人」という目標の達成が確実視されていただけに、関連各所の失望はいかばかりかと察するに余りあります。
同統計では、2019年12月の国籍別外国人日本入国者数のデータも掲載されており、それによると中国・台湾をはじめとるすアジア諸国からの渡航が上位10カ国のうち8カ国を占めます。
オセアニア最大の人口を誇るオーストラリアからは62万人が日本を訪問しており、これはランキングの第7位に位置しています。80年代から90年代にかけて、オーストラリアは日本人の海外旅行先や留学先として人気のデスティネーションでしたが、2020年を迎えた現在では日豪間の旅行市場が訪日オーストラリア人の数が訪豪日本人の数を上回ったことが伝えられています。
かつて多くの日本人がオーストラリアを訪れたのは「治安が良くて親日的」というイメージが人気を後押ししたと言われています。
ではオーストラリア人(オージー)はどういうイメージを持って日本を訪れ、また日本人と接しているのでしょうか。
オーストラリア人の、日本人に対するイメージ今と昔
日本とオーストラリアは第一次世界大戦ではともに連合国側で参戦したという歴史があります。
しかし第二次世界大戦では袂を分かち、日本はダーウィン(Darwin)やブルーム(Broome)などの港湾施設などを9ヶ月間に渡って攻撃するという作戦を繰り広げました。終戦後は、捕虜となった多くの日本兵たちがオーストラリアに収容されており、カウラ(Cowra)の捕虜収容所から500名を超える日本人捕虜が脱走を図った「カウラ事件」は、日豪間の歴史に大きく刻まれています。
戦争を経験したオージーの中には、未だ戦時中に負った心の傷が癒えておらず、日本人を毛嫌いする人もいることは否めません。かつて自らが体験し、また親から伝え聞かされた「敵国日本」のイメージを、子供へそして孫へと伝える人もいることでしょう。
また4月25日の「アンザック・デー(ANZAC DAY)」と呼ばれる戦没者追悼記念日の頃には、毎年各種媒体が戦争の歴史について特集を組んで報じるため、日本と敵対していた過去をこれらの報道で初めて認識したというオージーも多いようです。
1999年以降は、およそ15年に渡ってミナミマグロの調査漁獲と商業捕鯨の可否を巡り、日豪両国は司法の場で争っていた経緯もあり、環境問題に熱心に取り組むオージーの中には、日本に対してネガティブなイメージを持っている人もいます。2008年には反捕鯨で強硬な労働党政権が発足したため、一部メディアが大々的な半日キャンペーンを展開していました。当時は、日本人だとわかると「日本人はどうしてクジラを食べるのですか」という質問を投げかけられるというのが、オーストラリアで生活する日本人の共通の認識だったように思います。
しかし、それとは反対に、古い歴史を持つ日本の姿への憧れや「KAWAIIカルチャー」への興味など、日本への熱い思いを伝えて来る人も多く、私の20年のオーストラリア在住経験の中で、面と向かって日本や日本人に対する嫌悪感を顕にされたことは一度もありません。
現在の日豪関係は、経済や防衛をはじめとしたさまざまな分野で緊密な関係を築いているという事実があります。オージーが日本人に対して持つイメージは、総体的に良好と言えると感じています。
なぜオーストラリア人は、日本を渡航先に選ぶのか
日本に対しての好印象も相まって、今や日本はオージーにとって人気のホリデーデスティネーションの一つです。
オーストラリア統計局(Australian Bureau of Statistics – ABR)が発表した2019年のオージーの海外旅行に関するデータ**によると、同年のオージーの海外渡航回数は1,100万回を超え、このうちの57%の渡航者が休暇目的での渡航だったと回答しています。同データでは、渡航先や滞在期間についても明記されており、人気の渡航先は隣国のニュージーランドとインドネシアが1位と2位にランクインし、日本は7位に名を連ねています。
では訪日するオージーは、どのような理由で日本での休暇を計画するのでしょうか。
スノースポーツの楽しむ旅
オージーはアウトドア好きの国民として知られています。
過去十余年は冬季間に日本を訪れるオージーが多く、訪日するオージーの4割がスノースポーツを満喫して帰国の途についているとされます。1990年前半まで、オージーにとって海外でスノースポーツを楽しむといえば、ニュージーランド、カナダ、アメリカなどへの渡航が人気でした。日本のスキー場に視線が注がれるようになったのは、98年に開催された長野オリンピック以降です。長野五輪を機に、長野県白馬村や北海道のニセコなど、日本のスノーリゾートは多くの外国人で賑わうようになりました。
オージーにとって最大のホリデーシーズンである12月から1月にかけての日本訪問が圧倒的に多く、南半球の猛暑を避けて、情緒溢れる日本の冬景色を満喫したいと考えるのは当然のこととさえ感じられます。
グルメの旅
「スシ」や「ラーメン」など、大の日本食好きを宣言するオージーも非常に多く、ここ20年間で一般的なスーパーなどでもお味噌、乾麺、海苔などの日本食品が購入できるようになりました。「本場の味を味わいたい」と、人気の店や食べ物をネットで検索して万全の体制で訪日する人、また美味しそうなものを現地で見つけて挑戦してみるという人など、さまざまな形で、日本の食の文化を楽しむようです。
いつでも手頃な値段で購入できるコンビニの飲食品も人気があります。人気の理由は豊富な品揃えにあります。オーストラリアには、日本のようにたくさんの商品が陳列されたコンビニはほとんどなく、またコンビニでのアルコールの販売は禁止されているので、ビールや日本酒などのアルコールまでもを購入できる日本のコンビニは、彼らにとっては驚きの施設といえます。
歴史に触れる旅
2014年に西オーストラリアで44億年前のものとされるジルコン結晶が発見されたことで、オーストラリア大陸は世界最古の大陸だと言われています。
しかし、西洋の民主主義国家としての歴史は120年足らずという新しい国です。そのせいもあって、多くのオージーは「伝統」に対する憧れが強いように感じます。
史実に彩られた多くの建造物や四季の移り変わりや経年を感じられる日本庭園を訪れたり、歌舞伎や相撲といった古くからの芸事を鑑賞したりすることで、日本の伝統を体感し、歴史に触れたいとの思いを抱いて訪日するオージーも多いようです。
オーストラリアで暮らす日本人
オーストラリアでは90年代後半から労働者不足を補う手段として、積極的に外国からの移民を受け入れており、多文化国家が形成されています。
外務省が発表した2019年10月の海外在留邦人数調査統計によると、前年の海外在留邦人数は約139万人で、そのうち約9万8千人がオーストラリアに在住、オーストラリアはアメリカ・中国に続いて3番目に在留邦人の多い国であることが記されています。
また同調査ではシドニー・メルボルン・ブリズベン・ゴールドコースとの4都市が都市別在留邦人数のトップ30にランクインしているとも伝えています。
しかしながら、他国からの移民に比べて日本人の移民者は少なく、日本人コミュニティはまだまだ小さいと言えます。しかし私個人としては小さいコミュニティだからこそ、日本人以外の人たちとも積極的に交流を持ち、より多くの人に日本の良さを伝えられると感じています。
まとめ
以上、「オーストラリア人の日本人観」でした。
オーストラリア政府は、現在オーストラリア国籍保持者や永住権保持者の海外渡航を制限しており、効果的な治療薬やワクチンが開発されるまでは、制限解除とはいかないのではないかと言われています。日本のスキーシーズン到来までに治療や予防の方法が確立され、また多くのオージーが日本を堪能できる日が来ることを、ただただ祈るのみです。
参考資料サイト
日本政府観光局|2019年12月 国・地域別 / 目的別 訪日外客数 (暫定値)
https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/data_info_listing/pdf/2019_december_zantei.pdf
Australian Bureau of Statistics
https://www.abs.gov.au/ausstats/abs@.nsf/lookup/3401.0Media%20Release1Dec%202019
外務省|海外在留邦人数調査統計
https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/tokei/hojin/
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