刑務所が荒れていた時代、サラシ代わりに新聞を腹に巻いて出勤していたという刑務官の先輩がいました。奥さんや子供に悟られないように新聞を巻き、五体満足に帰って来られるかどうかと不安を抱きつつ官舎を出たということです。
反抗する受刑者
当時、先輩の働く刑務所では規律が緩み、暴力団をはじめ職員の言うことを聞かない受刑者が増えていたのだそうです。「このままでは刑務所が駄目になる」と思ったその先輩は、志を同じくする少数の仲間と一緒にルールを厳しく守らせることを決意。不届きな受刑者を次々に摘発し、懲罰にしていったのだそうです。すると反発した受刑者たちは、その先輩たちに様々な攻撃をしかけるようになりました。
暴力団幹部からの「鉄砲玉」
暴力団の世界ですから、幹部クラスは直接手を下しません。「鉄砲玉」と称される若い衆がその役目を買うわけです。金属工場で凶器になるヤッパ(ナイフ)を密作し、それを使って刑務官を襲うなどといったことをやります。もちろんそこまでやると刑務所での懲罰の域を超えて刑事罰を受けることになるわけですが、鉄砲玉はむろんそれを承知でやります。それでこそ顔が売れるのであり、やがて出所した時に暴力団の中で厚遇が約束されるのですから、嬉々としてやるわけです。ある意味暴力団の世界には共済制度というか福祉制度がよくできているともいえます(最近はそうでもないそうですが)。
また、暴力団には口のうまい人が多く、知能のあまり高くない受刑者をうまくだまして鉄砲玉のようなことをやらせたりもします。したがって、刑務官が注意すべき相手は暴力団に限りません。これが刑務官にとってはとてもやっかいなのです。気を許していた受刑者が急に飛びかかってきたりするわけですから。
刑務所の存在意義を考える
先輩たちはこうして襲われることとなり、それこそ命懸けの日々を送るようになって新聞サラシを使うようになったのですが、先輩たちの孤軍奮闘がやがてほかの刑務官たちを動かし、また幹部を動かして、刑務所全体で規律の回復に向けて力を合わせるようになったそうです。その努力が実り、1年ほどかけてその刑務所は以前のような規律・秩序を回復し、新聞サラシは要らなくなったとのことです。
そして、その先輩はこうも言いました。
「暴力団が新米刑務官の言うことに素直に従うようになってこそ初めて刑務所だ。」
これが刑務所の基本であり、今に至るまで変わらない金言だと思っています。
(小柴龍太郎)
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