刑務官が読む機関誌「刑政」(矯正協会発行、2018年3月号)に掲載された記事から興味深いものを紹介します。
今回は、「矯正局長表彰」という比較的新しい表彰制度についてのコラムです。
「矯正局長表彰」とは
この刑政3月号では、平成12年12月、法務省において25名と1施設に対して矯正局長自らからが表彰状を授与したと紹介しています。
この「矯正局長表彰」とは比較的新しい表彰制度です。
つまり、従来は、刑務所長表彰と矯正管区長表彰、それと法務大臣表彰という3種が主な表彰だったのですが、平成10年に、新たに矯正局長表彰制度が設けられました。
矯正管区長表彰を受けた者(施設)の中から、特にその功績が抜群の者等に対してなされる表彰です。
この新たな表彰制度ができる頃に、私は現役でしたので経緯を知っているのですが、当時の議論として、刑務官を始めとする矯正職員には表彰の機会が少な過ぎるのではないかということがありました。
つまり、同じ公安職の職員である警察と比べるとびっくりするくらい少ないことが明らかになったのです。
警察では、功労があると、その都度表彰されるようですし、その種類も量も豊富。一方の刑務官はなかなか表彰の機会がありませんし、むしろ叱られて懲戒処分を受ける方が多い。
これではやる気を失うだろうということで、積極的に表彰しようということになったのですが、その中で新たに誕生したのが「矯正局長表彰」だったわけです。
少し理屈っぽくなりますが、この局長表彰というのはほかの表彰と比べて異質なものです。
というのは、刑務所長とか矯正管区長、それに法務大臣はいずれも行政庁といわれるものです。行政組織のトップという意味です。
それにくらべて矯正局長は行政庁ではありません。法務省の内部部局の長でしかありません。法務省のトップは大臣ですから。
ということで、ちょっと中途半端な立場に在る人の表彰ということになりますが、現場の刑務官からすれば、大臣は雲の上の人であって、矯正局長こそ法務省の自分たちの親分といった感覚があります。
ですから何の疑問もなく「矯正局長表彰」を受け入れられるのです。
法務省内で、内部部局の長の名前による表彰制度というのはほかにないと思うので、これは異例なことなのですが、犯罪者を相手に日々苦労している刑務官たちのことを理解してくれて、所管する大臣官房などがこの制度の新設を認めてくれたのだと思います。有り難いことです。
人命救助で表彰
では、どういう人たちが「矯正局長表彰」を受けるのか、ということになりますが、今回表彰された人たちの中から主だった人を紹介しましよう。
まずは八王寺医療刑務所の野瀬さん。この方は看護師さんで、青梅マラソン大会に参加中、男性が倒れているのを発見したとのことです。おそらく選手の一人でしょう。
その時、野瀬さんはレースを中断してその男の人を助けたというのです。看護師さんの知識・技能を生かし、気道確保などの救命措置を採った機転の行動が評価されました。
確かに、そのまま走り過ぎて救護班に任せたりしていれば手遅れで亡くなったかもしれないわけで、褒めるに値すると思います。マラソンの記録はフイになったでしょうが、金メダルものですね。
ちなみに、この看護師さん、刑務官が訓練を受けてなる準看護師なのか、いわゆる本物の看護師さんなのかは分かりません。ともあれ、矯正職員であれば、医療職の俸給表が適用される職員であっても表彰の対象になります。
逃走防止で表彰
次は大阪拘置所の瀧澤さんと三宅さん。この二人は刑務官で、裁判所の法廷で刑事被告人の出廷勤務に当たっていたそうです。すると突然その被告人が逃げ出そうとしたのですぐさま取り押さえ、無事出廷用の留置場に収容したのだそうです。
これは、見方によっては当然のことをしたまでのことですが、普通なら逃げられてしまうところ、戒護の仕方が良かったとか、手際が良かったとかの理由があったから局長表彰に選ばれたのだと思います。
しかし、刑政にはそこまで詳しく書かれていませんでした。詳しく書くと、「そうか。よし。俺ならその裏をかいてうまく逃げてやるぞ!」などと不届きなことを考える人が現われるかもしれないので、控えたのかもしれません。
この「刑政」は政府刊行物センターなどで誰でも買えるものですから油断はできないんですね。
万引き犯を確保で表彰
もう一人だけ。最後は広島拘置所の石井さん。
石井さんは、広島市内のコンビニ店で買い物中に万引きをしている人を見つけ、その身柄を確保して警察に引き渡したのだそうです。
これは一般の方でもできることでしょうが、案外見て見ぬふりをしてしまう人も多いかもしれませんね。
しかしそこは刑務官。日頃鍛えていますから少々のワルなら単独で抑える自信もあるはず。それに、刑務官として見て見ぬふりは正義感が許さないでしょう。
それにしてもその万引きさんは不運でしたね。刑務所内で反則行為の発見を仕事の一つにしている刑務官の前でやっちゃったのですから。そして、コンビニからすれば、この刑務官は是非頻繁に買いに来てほしいお客さんでしょうね。
まとめ
ということで、3人だけ紹介しましたが、いろんな行為に対して「矯正局長表彰」が行われている実態をお分かりいただけたかと思います。
こうやって刑務官などを褒める機会を多くすることはとても大事だと思いますので、この「矯正局長表彰」は今後とも出し惜しみせずにやってほしいと思います。少なくとも警察と比べればまだまだ褒める数は少ないと思いますので。
(文:小柴龍太郎)
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