中核市シリーズ第6回「盛岡市」について

地方自治体特集「中核市」シリーズ、第6回「盛岡市」です。

岩手県にある「盛岡市」の人口は2019年9月時点で約29万人と、福岡県久留米市に次いで国内72番目です。そんな「盛岡市」とはどんな都市なのか解説します。

「盛岡市」について

岩手県の県庁所在地である「盛岡市」は、同県の内陸部のほぼ中央に位置する中核市です。市域面積は、約890平方キロメートルで東京23区の約1.4倍の広さを誇り、同市の中心市街地は東西南北を山々に囲まれ、豊富で美しい自然に恵まれています。

また、高度経済成長期には、「仙台市」が広域中心都市として確立した一方で、「盛岡市」は岩手県域中心都市として発展しました。高度経済成長後の1980年代には、東北新幹線の開業や東北自動車道の全通、八戸自動車道の接続が相次ぎ、交通インフラの整備が加速しました。

さらに、「盛岡市」の気候は、市域全般が北上盆地に位置していることから、内陸性気候で夏と冬、昼と夜の寒暖差が大きいのが特徴です。また、同市は本州で最も年間平均気温の低い県庁所在地で、桜の開花時期は、東京よりも1ヵ月ほど遅い傾向があります。

>盛岡市のホームページ
http://www.city.morioka.iwate.jp/

「盛岡市」の成り立ち

「盛岡市」の成り立ちは、1889年(明治22年)4月の市制施行により、全国39都市の一つとして、人口約3万人、市域面積約4.5平方キロメートルで誕生したのが始まりです。その後、市制施行100周年を迎えた後、1992年(平成4年)に南に隣接する都南村と、2006年(平成18年)に北に隣接する玉山村とそれぞれ合併し、人口は約30万人に拡大しました。そして、2008年(平成20年)4月に中核市に指定されました。

歴史的には、豊かな自然に恵まれた同市には、旧石器時代から人々が暮らしていました。平安時代には、朝廷による東北開拓の拠点になり、戦国時代には、盛岡藩が誕生して城下町の建設が進みました。当時の町割りが、現在の「盛岡市」の環状市街地の骨格となりました。

盛岡市長「谷藤 裕明」(たにふじ ひろあき)さんはどんな人?

2003年9月から盛岡市長を務める「谷藤裕明」さんは、1950年4月29日に盛岡市で生まれました。大学卒業後は、同市に本社のある株式会社橋市の役員を経て、岩手県議会議員を3期務めました。その後、第19代の盛岡市長となり、4期目になります。

好きな言葉は、「守破離」・「 果敢に挑戦する」だそうです。

>盛岡市長公式ホームページ
http://www.morioka-21net.com/hiroaki-tanifuji/

「盛岡市」の行政プラン

「盛岡市」の行政プランは、目標年次を2025年とし、「ひと・まち・未来が輝き 世界につながるまち盛岡」を目指す将来像としています。そして、その将来像実現のため、まちづくりの理念と方向性を示す以下の4つの基本目標を定めています。

1) 人がいきいきと暮らすまちづくり
2) 盛岡の魅力があふれるまちづくり
3) 人を育み未来につなぐまちづくり
4) 人が集い活力を生むまちづくり

まとめ

以上、地方自治体特集「中核市」シリーズ、第6回は岩手県の「盛岡市」についてご紹介させていただきました。

本シリーズの他の都市は下記よりご覧いただけます。

地方自治体特集「中核市」シリーズ 記事一覧

本記事は、2019年10月21日時点調査または公開された情報です。
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