はじめに – アメリカで起きた抗議デモが世界規模に発展
2020年5月25日にミネソタ州ミネアポリスで発生した白人警察官による黒人男性窒息死事件は、全米で人種差別に対する抗議デモを引き起こしました。
確認されているだけで全米で70都市以上、イギリス、ドイツ、オーストリア、セルビア、ギリシャなどヨーロッパ諸国にも飛び火し、もやは世界規模の抗議デモに発展しています。
そんな抗議デモを影で扇動していると名指しで非難されているのが「「ANTIFA」(アンティファ)」です。
31日、トランプ大統領はTwitter上で「ANTIFAをテロ組織に指定することになる」と投稿し、注目を集めるようになりました。
そこで今回は、謎に包まれている「ANTIFA」がいったいどのような組織で、どんなことを目的にしているのかなどをご紹介します。
公務員の方はアメリカ情勢を理解するうえで知っておきたいことですのでぜひ参考にして下さい。
「ANTIFA」(アンティファ)とは?
はじめに「ANTIFA」とはどのような組織なのか見てみましょう。
「ANTIFA」は反ファシズムの人たち
「ANTIFA」とは「Anti-Fascist」の略称です。ファシストに反対する人や団体、思想、政治運動、抵抗運動などを包括的に表現する際に用いられます。
「ANTIFA」の歴史は浅く、トランプ大統領が就任した2017年頃から台頭し始めたと考えられています。SNSなどを通じて共感を集めたことから全米で急速に広まりました。
特定の組織を示すかのように使用されていますが、あくまでも「反ファシスト」の思想を持って行動する人たち全体、または政治運動そのものを指しています。
「ANTIFA」が反対する「ファシスト」とは?
ファシストとは結束主義の思想を持つ人のことです。1922年から1943年までイタリアのムッソリーニが率いた国家ファシスト党(Partito Nazionale Fascista)に由来します。
ファシストはファシズム(Fascism)と呼ばれる思想や政治体制を支持しています。ファシズムは、独裁的な権力で反抗の弾圧などをいとわないことから「独裁主義」と言えます。
分かりやすいところでは、ヒトラーが率いたドイツ国家社会主義労働者党(ナチス)などが該当します。第二次世界大戦時の日本では、天皇制の社会や体制がファシズムだったとされ「天皇制ファシズム」と表現されました。
ファシズムの意味や範囲は非常に広義ですので、おおまかに「一点に権力が集中している状態」と捉えると良いでしょう。
「ANTIFA」の活動目的
香港大学の主任教授であり歴史家のMark Bray(マーク・ブレイ)によると、「ANTIFA」は「ファシストによる抑圧的な政策の推進機会を否定して、寛容的なコミュニティをファシストによる暴力行為から保護することを目的としている」とあります。
同時に「再び勝利できるような僅かな機会もファシズムの恐怖に許してはならないと反論している」と指摘しています。
つまり、「ANTIFA」はファシズムから民衆(コミュニティ)を守るだけでなく、将来的にもファシズムの台頭を許容しないということです。
「ANTIFA」の政治活動
「ANTIFA」が徹底してファシズムに反抗する姿勢は彼らの政治活動に現れています。
「ANTIFA」の人たちは自らの政治活動において暴力行為や破壊行為も辞さず、極めて過激な活動をすることで知られています。
実際に、2017年にはバージニア州のシャーロッツビルで、「ANTIFA」の人たちと白人至上主義者が衝突する事件があり、3名が死亡、多数の負傷者が出ています。
近年の「ANTIFA」は「反白人至上主義」「反人種差別主義」「反性差別主義」などを主な目的として活動しています。他にも、2017年にトランプ大統領が就任したことに反対する抗議デモを扇動したとされています。
ただし、「ANTIFA」と言ってもすべての人が過激派という訳ではありません。「ANTIFA」は自主的潮流であることから、対話を望む人もいれば、過激な行動を伴って主張する人もいます。
「ANTIFA」の特徴
「ANTIFA」には特定の指導者や中心組織などはありません。本部や支部などがある訳でもなく、「自然発生的な存在」ということが最大の特徴です。
「ANTIFA」の人たちは活動する際に黒いマスクや黒い服を着ることで知られています。また、「ANTIFA」のロゴには赤い旗と黒い旗の2本が描かれており、赤い旗は階層組織に反対し、平等や自由を望むアナキズム、黒い旗は自治主義のオートノミズムを表しています。
トランプ大統領と「ANTIFA」の関係
トランプ大統領と「ANTIFA」の関係について見てみましょう。
トランプ大統領は自身に対して批判的な「ANTIFA」を快く思っていないことは明白です。
トランプ大統領は「ANTIFA」をテロ組織に指定
5月31日、トランプ大統領は「ANTIFA」をテロ組織に指定すると発表しました。その理由が、ジョージ・フロイド窒息死事件に端を発する抗議デモで過激な行動を扇動したというものです。
トランプ大統領は、暴徒化したデモ参加者を急進左派と断定します。これまでに自身に対する批判的な抗議活動をしてきたことや、過激な活動で知られていた「ANTIFA」が暴動に関与しているとし、州兵や軍を使って制圧すべきとしました。
そして、自らのTwitter上で「ANTIFA」をテロ組織に指定すると投稿したのです。トランプ大統領にとって「ANTIFA」は目の敵と言えるほど憎い存在だった訳です。
一方で、大統領が国内の組織を安易にテロ組織認定する権限はなく、感情的な判断と指摘する声もあります。
American Civil Liberties Union(アメリカ自由人権協会)は、トランプ大統領のツイートに対して、議会を通して適正な手続きを通していないため法的根拠がなく、(テロ組織認定)は政治的なレッテルに過ぎないと批判しています。
トランプ大統領に対する否定的な反響
トランプ大統領が「ANTIFA」をテロ組織に指定すると同時に、州兵や軍によって制圧すると発表したことは多くの反響がありました。
民主党の大統領候補ジョー・バイデンは「事態の沈静化を呼びかけるべき大統領が対立を助長している」とし、トランプ大統領のやり方を批判しています。バイデン氏としては、大統領選に向けてトランプ大統領の印象を悪く見せたい思惑があると見られます。
人気歌手のテイラー・スイフトも「さんざん白人至上主義や人種差別主義をあおってきたくせに、武力で脅して自分の方が道徳的に優れているふりするの?」と痛烈に批判しています。
また、次の大統領選のことにも触れ「私たちが落選させる」とツイートしました。(過去最高数のいいね!を獲得した)
3日、エスパー国防長官は記者会見で、デモ制圧のために軍を動員することに反対するとコメントしました。同氏がトランプ大統領に反対することは珍しく、政権の内部分裂かに思われました。
しかし、同氏は2日前までは軍の動員に肯定的だったことから、トランプ大統領に集中する世間の批判を和らげる狙いがあると見られます。このような状況から推測するに、政権内でも対処に追われていることが分かります。
ジョージ・W・ブッシュ元大統領は2日に声明を発表しました。「人種や性別を越えて団結が重要」としたうえで「生まれながらに平等である原則に沿った行動をすべき」と、トランプ大統領に対して批判的でした。
ふたりは同じ共和党でありながら意見が割れていることから、トランプ大統領の孤立感は否定できません。
トランプ大統領がもつ、変わらない差別意識
トランプ大統領の強硬な姿勢は、やや不利な情勢を招いたと言えるでしょう。
トランプ大統領としては、暴徒化した群衆や「ANTIFA」を制圧することで、保守層からの支持を得たい考えでした。しかし、予想以上に反発が大きく、むしろマイナスのイメージが先行しています。
皮肉にも、力で押さえつけようとする姿は、白人警察官が黒人男性(ジョージ・フロイド)に対しておこなった行為とまったく同じ構図です。
つまり、トランプ大統領のなかに白人至上主義や人種差別の意識があることを意味しています。抗議デモに参加している多くのアメリカ人はこの点に気づいているのです。
抗議デモの暴徒化、黒幕は誰か?
トランプ大統領は今回の暴動は「ANTIFA」によるものとしていますが、アメリカ国内では政府内部からも様々な声が聞こえてきます。
「ANTIFA」を装った白人至上主義組織による工作
6月2日、Twitter社は「ANTIFA」を装った白人至上主義組織が、暴力行為を扇動する投稿をしたとして、そのアカウントを停止したと発表しました。
Twitter社によると5月31日に「同士達よ、今夜都市を襲撃しよう。白人の居住エリアを狙おう」といった内容が、「ANTIFA」_USというアカウント名から投稿されたとしています。
同社の調べでは、このアカウントは「ANTIFA」と敵対関係にある白人至上主義組織によって作成されたと判明しています。
白人至上主義組織が「ANTIFA」になりすましたうえで、偽装ツイートを通して暴動をあおり、「ANTIFA」へ批判を集中させる狙いがあったとされています。
白人至上主義組織からすれば、トランプ大統領が「ANTIFA」に対して批判的な態度を見せたことは追い風だった訳です。
この偽装アカウントが発覚する以前から企てがあったとすると、抗議デモの暴徒化は白人至上主義組織によって「ANTIFA」が操られた結果起きた可能性があるのです。
抗議デモ暴徒化の黒幕は「無政府主義組織」か?
アメリカ司法省は「平和的なデモが暴力的な少数の過激派組織に乗っ取られた」としたうえで、アメリカ連邦捜査局(FBI)が調査に乗り出すことを発表しました。
FBIはトランプ大統領とは対照的に、複数の無政府主義団体が州を超えて暗躍したと考えています。「ANTIFA」をはじめ、白人至上主義組織のKKK(クー・クラックス・クラン)やネオナチなどが調査対象になると見られます。
アメリカで増え過ぎた「過激派組織」
暴徒化を扇動した組織を特定することは難しいとする声もあります。
公民権を守るための活動をしている非営利団体のSouthern Poverty Law Center(南部貧困法律センター)によると、人種などを基に他者を攻撃する「ヘイト団体」は2000年から57%も増加し、2019年時点で全米に940団体あるとしています。
また、活動家たちの多くは州を超えてデモに参加していると見られます。略奪や破壊行為が相次いだミネアポリスの抗議デモに関連した逮捕者のうち、7人に1人が州外在住と判明しています。その他の都市でも他州から参加した人物が拘束されています。
このように、全米に存在する無数の過激派組織や、州を超える幅広い活動範囲によって、暴動を扇動した人物や団体を絞り込むことは容易ではないと考えられているのです。
まとめ
アメリカ各地で続いている人種差別に対する抗議デモは「ANTIFA」によるものとされていますが、深く掘り下げてみると「ANTIFA」だけが関与している訳ではありません。
元々は、白人警察官による黒人に対する過度な暴力行為への抗議でしたが、デモが肥大化するに連れて主張も広がり、それに抵抗する人や組織も増えてしまいました。
アメリカには潜在的に白人至上主義、人種差別主義、そして反ファシズムなど様々な思想があります。また、それぞれが力による制圧や主張を繰り返すことが問題になっています。
今回の対応を巡っては大統領自身が「力による制圧」を正当化していることから、弱者を押さえつけるというアメリカの本質な要素は簡単には変わらないことが分かります。
今後も、アメリカの動向に注視してください。
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