中核市シリーズ第38回「高槻市」について

地方自治体特集「中核市」シリーズ、第38回は「高槻市」です。

大阪府にある「高槻市」の人口は2020年4月1日時点で約34万8千人と、奈良県奈良市に次いで国内54番目です。そんな「高槻市」とはどんな都市なのか解説します。

「高槻市」について

「高槻市」は、大阪平野の北東、京都と大阪の中間に位置し、 北は北摂山地に連なる山並みと丘陵、南は山間から流れる芥川・桧尾川などで形成された平野が広がり、 琵琶湖から大阪湾に流れる淀川が市域の南の境になっています。

「高槻市」の2020年4月1日時点での人口は約34万8千人で、大阪市・京都市の二大都市のベッドタウンとして発展しています。

山裾には大小500基以上の古墳を有する三島古墳群が拡がり、古代・山陽道(西国街道)が市内中央部を東西に通っていることから、かつては交通の要所として街道沿いに発展し、郡衙や宿場などが作られました。

この「高槻市」の地名「高槻」の由来は、2つの説があります。

1つ目は、「古事記」や「日本書紀」にある神武東征で、長に任じられた道臣命と可美真手命が東征軍の征伐に成功し、天皇がこの2人に三島の土地を与える際、軍隊の旗印が月をかたどっていたことから褒美に貰った土地を「高月」と呼ぶようになったという説です。

2つ目は、安満庄にあった天月弓杜(あめのつきゆみのやしろ)が高月読杜(たかのつきよみのやしろ)とも呼ばれ、その一帯が「高月」と呼ばれたという説です。

ちなみに、「高月」が「高槻」に転じた理由としては、戦国時代に欅の古称である「槻」の近くに本陣が立てられたことから、月を槻に変えたとされています。

高槻市の産業は、平地では工業地帯が広がり、山間部では農業が盛んで、第三次産業の割合が多く、大阪府の平均より小売業やサービス業が盛んなことが特徴です。

特に、JR高槻駅周辺から阪急高槻市駅周辺にかけては、百貨店が2軒、映画館を備えたショッピングセンターなどの大型店舗と多数の商店街を有し、大阪府三島地域最大級の商業集積地となっています。

飲食店や服飾関係の店舗も多く、近年は、周辺の自治体から多くの若者が集まるエリアとして関西でも注目を集めています。

そんな「高槻市」の特産品は、花壇苗、いちご、しいたけ、トマト、大阪しろな
などです。

かつては、山間部において京菓子向けの寒天作りが盛んに行われていましたが、市街化が進んで平年の気温も上昇したため、現在は生産されていません。

淀川河川敷では、鵜殿と呼ばれる良質なヨシが採れたことから簾作りも盛んで、かつては、市街地北部の服部地区でたばこの栽培も行われ、「服部煙草」とも呼ばれていました。

さらに、「高槻市」西部の富田地域は、池田、伊丹とならぶ「北摂三銘酒」の1つに数えられる酒の名産地で現在2軒の造り酒屋があり、オリジナルブランドで日本酒や地ビールを生産しているほか、北部の原地区ではどぶろく特区としてどぶろくの生産も行されています。

「高槻市」の気候は、平野部を中心としたほとんどの地域が夏や冬に降水量の少ない瀬戸内海気候の周辺部に位置し、北部の山間部は日本海側気候の影響を受け、冬には降雪が見られます。

年間平均気温は、16℃前後で、湿度は67%前後で、平均気温の推移をみると、市街地の形成に伴うヒートアイランド現象等もあり、1980年代以降は上昇傾向にあります。

>高槻市のホームページ
http://www.city.takatsuki.osaka.jp/

「高槻市」の成り立ち

「高槻市」の成り立ちは、 町村制施行によって島上郡高槻村・上田辺村の区域をもって高槻村が発足した1889年(明治22年)4月1日までさかのぼります。

1896年に所属郡が三島郡に変更、1898年に三島郡高槻村が町制施行して高槻町となり、1931年(昭和6年)に三島郡高槻町が大冠村・清水村・芥川町・磐手村と合併し、改めて高槻町が発足されました。

1934年三島郡高槻町が如是村を編入、三島郡高槻町が市制施行して高槻市となり、1948年(昭和23年)に阿武野村が編入、1950年に五領村が編入、1955年に三箇牧村が編入、1956年に富田町が編入、1958年に京都府南桑田郡樫田村が編入され2003年(平成15年)4月1日に中核市に移行されました。

高槻市長「濱田 剛史」(はまだ たけし)さんはどんな人?

2011年5月1日から高槻市長を務める「濱田 剛史」さんは、1964年(昭和39年)10月30日に生まれました。

経歴は、1987年(昭和62年)に大阪経済法科大学法学部を卒業、1993年(平成5年)に司法試験に合格、1996年から東京地検等で少年犯罪、贈収賄事件などを担当、2002年に大阪地方検察庁検事を退官して弁護士となりました。

2009年より市公正職務審査会委員に就任、2011年5月から高槻市長に就任し、現在は、3期目に入っています。

趣味は、「ギター演奏、登山、ジョギング」だそうです。

>高槻市長公式ホームページ
http://www.city.takatsuki.osaka.jp/mayor_letter/

「高槻市」の行政プラン

「高槻市」は、中核市へ移行し、人口減少や少子高齢化の進展、地球環境問題の深刻化、行動情報化社会の進展などによる市民の多様化したニーズに応えるため、「高槻市総合戦略プラン」を策定しました。

この総合戦略プランで、「高槻市」は、下記の将来の6つの都市像を打ち出しました。

都市像

1)憩いの空間で快適に暮らせるまち
2)ともに支え合う安全・安心のまち
3)子育て・教育の環境が整ったまち
4)行き交う人々でにぎわう魅力あるまち
5)都市の特長を利用した活力あるまち
6)地域に元気があって市民が誇れるまち

この6つの将来の都市像を実現するため、「高槻市」は、特に優先して力を入れる2つの重点目標を示しました。

重点目標

1)次代を担う世代が住みたいと思うまちをつくる
2)誰もが安心して生活できるまちをつくる

さらに、「高槻市」は、6つの将来の都市像を実現するため、必要であると考えられる基本目標を掲げました。

憩いの空間で快適に暮らせるまち

基本目標:
1)心地よく暮らせるまちをつくる
2)利便性の高いまちをつくる
3)将来に良好な環境を引き上げる社会を形成する

ともに支え合う安全・安心のまち

基本目標:
1)いざという時も安心できるまちをつくる
2)誰もがイキイキと暮らせる社会を形成する
3)心健やかに暮らせるまちをつくる
4)地域で支え合う社会を形成する

子育て・教育の環境が整ったまち

基本目標:
1)子どもが健やかに育つまちをつくる
2)魅力のある教育を推進する

行き交う人々でにぎわう魅力あるまち

基本目標:
1)交流人口が増えるまちをつくる
2)余暇を楽しめる基盤を形成する

都市の特長を利用した活力あるまち

基本目標:
1)地域経済の活性化を図る
2)知の拠点としての環境の充実を図る

地域に元気があって市民が誇れるまち

基本目標:
1)市民によるまちづくりを推進する
2)満足度の高い行政サービスを実現する
3)効果的・効率的な行財政運営を推進する

このように、「高槻市」は、この総合戦略プランを実現するため、2011年~2020年を5次として、基本構想・基本計画・実施計画を推進しています。

▼参考URL:高槻市公式ホームページ|高槻市 総合戦略プラン

まとめ

以上、地方自治体特集「中核市」シリーズ、第38回は大阪府の「高槻市」についてご紹介させていただきました。

本シリーズの他の都市は下記よりご覧いただけます。

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本記事は、2020年11月21日時点調査または公開された情報です。
記事内容の実施は、ご自身の責任のもと、安全性・有用性を考慮の上、ご利用ください。

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