中核市シリーズ第55回「大分市」について

地方自治体特集「中核市」シリーズ、第55回は「大分市」です。

大分県にある「大分市」の人口は2020年4月1日時点で約47万7千人と、兵庫県西宮市に次いで国内30番目です。そんな「大分市」とはどんな都市なのか解説します。


「大分市」について

「大分市」は、大分県のほぼ中央に位置し、南は臼杵市および豊後大野市、西は別府市、由布市および竹田市に接し、県内の総人口のおよそ42パーセントが集中している首位都市で、人口は熊本市に次いで高く、およそ47万7千人です。

市域は、東西50.8キロ、南北24.4キロ、面積502.39平方キロメートルで、九州でも有数の広大さを有し、県庁所在地では、宮崎市、鹿児島市に次いで 3 番目の大きさです。

この「大分市」は、山地の占める割合が大きく、西部には九重連山、南部には祖母山・傾山がそびえ、このうち九重連山の中岳は九州本土の最高峰で、平野部は北部の中津平野、中部の大分平野、南部の佐伯平野など限られた地域に分布しています。

海岸部は、北部から西部で瀬戸内海に面し、中部では豊後水道を挟んで四国地方に接し、南部の日豊海岸にはリアス式海岸が発達しており、日豊海岸国定公園に指定された景観が楽しめます。

「大分市」の産業は、第一次産業は0.4パーセント、第二次産業は31.3パーセント、第三次産業は68.3パーセントで、市内総生産は大分県のおよお47パーセントを占めています。

主要農産物は、水稲、にら、みつば、温州みかん、おおばで、畜産物生産数は、牛乳・肉豚・鶏卵です。

工業は、高度成長期に新産業都市の指定を受けて大分臨海工業地帯が形成され、近年は、電子工業等の立地が進んでいます。

商業は、九州では珍しい駅前型の繁華街が広がり、近年は、中心部の大型小売店舗が閉鎖する一方で、郊外にショッピングモールが開発されています。

そんな「大分市」の気候は、瀬戸内海式気候に属し、年間を通じて温暖、少雨で、平均気温は16.4℃、降水量1644.6ミリです。

なお、旧大分郡野津原町地域は障子岳、御座ヶ岳等の600~800m級の山々が連なり内陸部の入り口となるため内陸性気候に属し、平地より気温が若干低くなっています。

>大分市のホームページ
https://www.city.oita.oita.jp/


「大分市」の成り立ち

「大分市」の成り立ちは、町村制施行によって以下の37の各町村が発足した1889年(明治22年)4月1日までさかのぼります。

1)大分郡大分町
2)西大分町
3)鶴崎町
4)別保(べっぽ)村
5)三佐(みさ)村
6)桃園村
7)松岡村
8)高田村
9)明治村
10)荏隈(えのくま)村
11)豊府(ほうふ)村
12)東大分村
13)八幡村
14)日岡村
15)戸次(へつぎ)村
16)判田村
17)河原内(かわらうち)村
18)竹中村
19)吉野村
20)稙田(わさだ)村
21)東稙田村
22)西稙田村
23)賀来(かく)村
24)諏訪村
25)野津原村
26)北海部郡佐賀関町
27)川添村
28)一尺屋(いっしゃくや)村
29)大志生木(おおじうき)村
30)神馬木村
31)佐加村
32)市村
33)小佐井村(こざい)
34)丹生(にう)村
35)西大在(にしおおざい)村
36)東大在村
37)大野郡今市村

1892年(明治25年)に佐加村が佐賀村と改称され、1907年に大分町に西大分町・荏隈村・豊府村が編入、河原内村が竹中村に編入、西稙田村が稙田村に編入、諏訪村が野津原村に編入されました。

1907年に西大在村と東大在村が合併(新設合併)して大在村となり、佐賀村と市村が合併(新設合併)して佐賀市村となり、大志生木村と神馬木村が合併(新設合併)して神崎村となり、1911年に市制施行によって大分町が大分市となりました。

1920年(大正9年)に町制施行によって佐賀市村が坂ノ市町となり、1921年に町制施行によって戸次村が戸次町となり、1922年に東大分村のうち、大分川左岸の地域(中島裏・弁天島)が編入されました。

1938年(昭和13年)に別保村が鶴崎町に編入、1939年に八幡村・滝尾村・東大分村が編入、1941年に小佐井村・丹生村が坂ノ市町に編入、1943年に三佐村が鶴崎町に編入、1943年に岡村が編入、1944年に桃園村が鶴崎町に編入されました。

1950年に川添村・今市村の所属郡が大分郡に変更、1954年に鶴崎町・松岡村・高田村・明治村・川添村が合併(新設合併)、市制施行によって鶴崎市となり、戸次町・判田村・竹中村・吉野村が合併(新設合併)して大南町となり、1955年に佐賀関町・神崎村・一尺屋村が合併(新設合併)して佐賀関町となり、東稙田村の一部・賀来村の一部が編入されました。

1955年に稙田村・東稙田村・賀来村が合併(新設合併)して大分村となり、今市村が野津原村に編入、1955年に鶴崎市の一部、挾間町の一部が編入、1957年に町制施行によって大分村が大分町となり、一部地域が分離されて挾間町に編入されました。

1959年に町制施行によって野津原村が野津原町となり、1963年に日 – 大分市・鶴崎市・大分町・大南町・大在村・坂ノ市町が合併(新設合併)して新たに大分市となりました。

1997年に中核市に移行、2005年(平成17年)に北海部郡佐賀関町・大分郡野津原町が編入されました。

大分市長「佐藤 樹一郎」(さとう きいちろう)さんはどんな人?

2015年4月26日から大分市長を務める「佐藤 樹一郎」さんは、1957年(昭和32年)11月28日に大分市で生まれました。

経歴は、1980年に東京大学経済学部卒業、通商産業省(現 経済産業省)に入省、
1995年(平成7年)に在サン・フランシスコ日本国総領事館領事に勤務、2006年に部経済産業局長に就任、2007年に独立行政法人経済産業研究所副所長に就任しました。

2009年に中小企業庁次長に就任、2010年に独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)ニューヨーク事務所長に就任、2012年にJSR株式会社に入社、
2015年に大分市長就任しました。

座右の銘は、「己こそ己の寄る辺」だそうです。

>大分市長公式ホームページ
http://www.city.oita.oita.jp/shisejoho/shichoshitsu/


「大分市」の行政プラン

「大分市」は、平成8年2月に策定した「大分市行政改革大綱」に基づいて2018年度から2022年度までの5年間を計画期間とする「大分市行政改革推進プラン2018」
を策定しました。

このプランにより、「大分市」は、「将来を見据えた行財政運営の推進」のため、「『笑顔が輝き 夢と魅力あふれる 未来創造都市』を目指して」を基本方針として、下記の5つの方向性と16の取組項目を掲げました。

1)方向性1:市民満足と利便性のさらなる向上
・計画行政の的確な推進
・市民満足のさらなる向上
・市民ニーズに対応した質の高い行政サービスの提供

2)方向性2:多様な主体との連携による活力の創造
・市民のまちづくりへの参画
・連携によるひとづくり・地域づくり
・多様な主体との連携・協働

3)方向性3:安定的な行財政基盤の強化
・業務手法等の見直し
・公共施設等のマネジメントの推進
・健全な財政運営の推進

4)方向性4:合理的・効率的な事業手法による行政運営
・業務の効率化等の推進
・効率的な手法による財源の確保
・民間活力の積極的活用
・公営企業における健全な行財政運営の推進

5)方向性5:職員の意識改革と組織体制の強化
・職員の能力向上と意識改革
・組織体制の強化
・危機管理の強化と職員の資質向上

このように、「大分市」は、質の高い行政サービスの提供を維持するため、行政改革の基本姿勢を堅持して改革の取組を継承し、安定した行財政基盤の構築を目指しています。

▼参考URL:大分市|行政改革推進プラン2018(2018年度~2022年度)

まとめ

以上、地方自治体特集「中核市」シリーズ、第55回は大分県の「大分市」についてご紹介させていただきました。

本シリーズの他の都市は下記よりご覧いただけます。

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本記事は、2020年11月29日時点調査または公開された情報です。
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