日本政府による「領土問題」と「尖閣問題」についてのまとめ

日本では、現在、北方領土・竹島・尖閣諸島の3つの領土に関する国際問題があります。

ただこの問題、「北方領土」と「竹島」については「領土問題」と言えるものの、「尖閣諸島」については「領土問題」は存在しないというのが日本の立場で少々わかりにくいものとなっています。

今回は問題となっている3つの領土についての経緯を、外務省や内閣府などの解説を基に、まとめてみました。


日本が抱える「北方領土」「竹島」「尖閣諸島」の問題

日本には、日本が領土と主張しているにもかかわらず、他の国も同じく領土だと主張していることによって、他国と主張が対立している地域があります。

それが「北方領土」と「竹島」、そして「尖閣諸島」です。

ただし外務省によると、「北方領土」と「竹島」について、日本として「領土問題」があると認めていますが、「尖閣諸島」については国際法上でも日本の領土であることが認められているため、「領土問題」は無いというのが日本の立場です。

この3地域の問題の経緯について、簡単にご紹介します。

▼参考URL:外務省|日本の領土をめぐる情勢
https://www.mofa.go.jp/mofaj/territory/

ロシアとの領土問題を抱える「北方領土」について

こちらは、学校の歴史の教科書にある第二次世界大戦の章でもでてくるテーマで学ばれた方が多いかと思います。

「北方領土」とは、北海道の北東沖にある択捉島(えとろふとう)・国後島(くなしりとう)・色丹島(しこたんとう)・歯舞群島(はばまいぐんとう)の4島のことを指します。

内閣府領土・主権対策企画調整室によると、1854年にロシアと締結した「日露和親条約」では、この4島より北にロシアとの国境を設定することで合意していましたので、国際法的にも北方領土は自他ともに認めた日本の領土であったということです。

▼参考URL:内閣府領土・主権対策企画調整室
http://www.cas.go.jp/jp/ryodo/

「北方領土」がロシア(ソ連)に実行されたのは第二次世界大戦の敗戦がきっかけ

1945年に第二次世界大戦で日本が敗戦し、ポツダム宣言に調印して敗戦後のことが決まる前に、北方領土はソ連軍に占領されてしまいました。


さらに1946年に、GHQが日本の行政権を停止すると、それを見ていたソ連が北方領土を自国領に編入することを宣言します。

そのため、1947年7月以降には、北方領土に暮らしていた日本人は強制的に退去させられてしまい、代わりにロシア人が暮らし、実行支配を今も続けています。

問題のポイントは、日本とロシアでの「千島列島」の解釈の違い

1951年、第二次世界大戦の講和条約として「サンフランシスコ平和条約」が締結され、日本の領土は「本州、北海道、四国、九州とその周辺の島々」に限定されることが決まりました。この時日本は、「千島列島」の領有権を放棄することにも合意しています。

しかし、日本が認識している放棄した「千島列島」の範囲と、ソ連(ロシア)が「千島列島」としている範囲が異なったために、領土問題が生じることとなります。

日本としては「千島列島」に「北方領土の4島」は含まない認識だったのですが、ソ連側は「北方領土4島を含む千島列島」と認識していました。さらにソ連はアメリカと冷戦中だったことから「サンフランシスコ平和条約」の調印に参加しなかったので、もともと日本が「千島列島」に対して持っていた領有権について、ソ連としては公式に認めたことはない、ということとなります。

北方領土の2島返還と、4島返還への道

その後、1956年に平和条約である「日ソ共同宣言」の締結後に、ソ連は「歯舞群島」と「色丹島」の2島を日本に引き渡すことを宣言しました。

その後、ソ連が崩壊し、1991年には日本とロシアの間の領土問題と公式に認定されました。

しかし、平和条約締結に向けて交渉が成立しない間に、国際情勢も変化し、しだいにロシア側の主張は「領土問題は存在しない」と変化しました。こうして、今もロシアによる占領は続き、2016年時点では1万6000人を超えるロシア人が北方領土に住んでいるようです。

1945年には1万7000人の日本人が北方領土に暮らしていたので、同じくらいの人口になろうかとしています。

▼参考URL:公益社団法人北方領土復帰期成同盟
https://www.hoppou-d.or.jp/cms/cgi-bin/index.pl?page=contents&view_category_lang=1&view_category=1056

韓国との領土問題を抱える「竹島」について

「竹島」とは島根県隠岐の島町に属する、女島(東島)、男島(西島)の2つの島と、その周辺の数十の小島からなる群島のことです。

外務省によると、17世紀初めには、隠岐島民が、あしかやあわびの漁猟の好地として利用したことが記録にも残されているようです。特にあしか猟は、1900年代初期から本格的に行われるようになったため、1905年の閣議決定で正式に島根県に編入されました。

竹島に対する領有権はすでに確立していましたが、国会を通した決定により、近代国際法上としても、諸外国に対してより明確に「竹島」の領有を主張できるようになったようです。

「竹島」の領有について韓国と主張が対立し始めた「サンフランシスコ平和条約」

内閣府領土・主権対策企画調整室などによると、1951年、第二次世界大戦後に日本の領土処理等についてサンフランシスコ平和条約が締結されますが、その条約の起草過程において、韓国が条約を起草していたアメリカに対し、日本が放棄すべき地域に「竹島」を加えるように求めたことが、「竹島問題」のはじまりのようです。

島根県などによると、それ以前に、敗戦後の日本を統治していたGHQが設定した日本の漁船の操業限界線であるマッカーサーラインによって「竹島」を日本の行政権が及ばない範囲に入れていたことが、韓国側が国境の位置を、日本とは違う位置として主張する要因にもなっているようです。


キーワードチェック:マッカーサーライン

「マッカーサーライン」とは、第二次世界大戦後に日本を占領統治していた連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)によって定められた、日本漁船の活動可能領域のことです。同時代の日本語の資料に「マッカーサーライン」と記されていたことから、このように呼ばれています。

ただし、当時アメリカは韓国の要望に対し、「竹島は朝鮮の一部として取り扱われたことはなく日本領である」と明確に拒絶したことが、米国政府が公開した外交文書によっても明らかになっています。

そのような経緯により、サンフランシスコ平和条約では、韓国に関連して日本が放棄すべき地域として規定されたのは「済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮」にとどまり、竹島はそこから意図的に除外され、国際的にもそれが認められているというのが、日本の立場です。

キーワードチェック:済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮

「済州島、巨文島、鬱陵島を含む朝鮮」は、サンフランシスコ平和条約で、日本が韓国に対して放棄するよう明記された島々です。

韓国としては上記の島に加えて「独島」つまり「竹島」を追加することを求めましたが、韓国が竹島を古来から保有していたという証拠はなく、アメリカが拒否したという記録が残っているようです。

キーワードチェック:サンフランシスコ平和条約

「サンフランシスコ平和条約」とは、第二次世界大戦後に、敗戦国である日本と、連合国との間で結ばれた平和条約のことです。

1951年9月8日、アメリカののサンフランシスコで講和会議が開かれ、日本と48か国がこの「サンフランシスコ平和条約」に署名しました。1952年4月28日、この条約の発効により、日本は主権を回復したという重要な条約です。

▼参考URL:島根県|竹島問題とは何か
https://www.pref.shimane.lg.jp/admin/pref/takeshima/web-takeshima/takeshima04/takeshima04-1/fujii-201302shakaikakyouiku.html

韓国が「竹島」の領有を主張する根拠は「李承晩ライン」

しかし、「竹島」の領有を主張する韓国は、サンフランシスコ平和条約発効直前の1952(昭和27)年1月にいわゆる「李承晩ライン」と呼ばれる国境のようなものを、マッカーサーラインを参考に一方的に設定し、そのライン内に竹島を取り込みました。

外務省によれば、これは明らかに国際法に反した行為ですが、韓国はその後、竹島に警備隊員などを常駐させ、宿舎や監視所、灯台、接岸施設などを構築するなどして実行支配を続け、日本から抗議を続けるも、対立は収まらず平行線の状態が続いています。

日本としては、竹島の領有権をめぐる問題を,平和的手段によって解決するため、1954年、1962年、2012年と3回にわたって国際司法裁判所に付託する、つまり裁判によって決着をつけることを提案してきましたが、韓国側が全て拒否しているようです。

以上のように、「竹島」には、敗戦後に設定された漁業の限界線や、サンフランシスコ平和条約の効力をめぐった解釈の違いによる領土問題が存在しています。

▼参考URL:外務省|竹島
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/gaiyo.html

キーワードチェック:李承晩(りしょうばん)ライン

「李承晩ライン」の李承晩とは、韓国の大統領の名前です。

日本の領土などについて定めるサンフランシスコ平和条約が締結される直前の、1952年1月18日に大韓民国(韓国)のイ・スンマン(李承晩)大統領はの宣言から、朝鮮半島周辺の水域に画された線のことです。

韓国政府はこの線内での、大陸棚の天然資源の保護や利用のために一方的に主権を留保ししていると見られ、また水産・漁業資源の乱獲を防ぐために見張りをして取り締まりができる監督権を行使する意図を表明しました。

中国が侵入するも… 領土問題は存在しない!「尖閣諸島」について

「尖閣諸島」とは、沖縄県石垣市に属する、魚釣島・北小島・南小島・久場島・大正島・沖ノ北岩・沖ノ南岩・飛瀬などの島を含めた総称です。

外務省によると、日本は尖閣諸島について、「北方領土」や「竹島」のような領土問題は存在せず、日本固有の領土であることは歴史的にも国際法上も明らかだと主張しています。

日本としては、日本が尖閣諸島を国際法上、何の問題もなく有効に支配しているため、「尖閣諸島」をめぐって解決しなければならない領有権の問題はそもそも存在しないという立場をとっています。


「尖閣問題」とは?領土問題ではない、別の問題。

「尖閣諸島」をめぐって日本と対立しているのは中国です。

日本政府によると、中国は、「尖閣諸島」の周辺で石油埋蔵の可能性が指摘された後の1970年代以降になってから、「尖閣諸島」が古くから中国の領土であると主張を始めたとしています。

キーワードチェック:尖閣諸島

日本が「尖閣諸島」を利用していたのは、東シナ海を行き来する船に航路標識としてでした。また、琉球国の資料や絵図にも尖閣諸島が描かれるなど、古くから知られる存在だったということもわかっています。

1819年頃には琉球王族の上陸記録が残っており、1859年には琉球国の人物が接近して観察したという記録があるようです。

無人島だった尖閣諸島は、1895年に日本が領土編入するまで、中国はもちろん、どこの国にも統治されたことはないという見解を、日本政府は示しています。

中国の主張は、中国の古文書や地図に「尖閣諸島」の記述があることから、島々を発見したのは歴史的にも中国が先であり、地理的にも中国に近い、というものです。

しかし、実際に中国が「尖閣諸島」を日本を含め、他国より先に発見したとの証拠として、国際的に何も認められているものは何もないというのが、外務省の見解です。

外務省の説明では、そもそも、単に島を発見することや、地理的に近いということのみでは、国際法に照らし合わせても、領有権の主張を裏付けることにはならないようです。

外務省によると、国際法上では、ある土地を国が領土として主張するためには、明確にその土地を領有するという意思を持って、継続的に、かつ平和的に領有主権を行使、つまりその場所で暮らしたり、利用したりしてきたという事実が必要とされます。しかし、外務省などの日本側が確認したところ、これまで中国は、自らが「尖閣諸島」を実効的に支配していた証拠を何も示していないようです。

外務省のHPによれば、このように、「竹島」「北方領土」と違い、実際に他国の国民による支配が無い「尖閣諸島」に領土問題は存在しないというのが、日本の立場です。

▼参考URL:
外務省|尖閣諸島について
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/senkaku/

内閣官房|根拠のない中国の主張
https://www.cas.go.jp/jp/ryodo/senkaku/faq.html

日本の領土と主権について統括している内閣官房「領土・主権対策企画調整室」

以上のような日本の領土問題などについて、統括しているのが、内閣官房に設置されている「領土・主権対策企画調整室」です。

「領土・主権対策企画調整室」は、領土問題等の解決を目指し、関係府省庁と緊密に連携して政策を進めています。

領土・主権に関する事実や日本の立場を、日本国民や諸外国にも正確に理解してもらえるような政策について、「領土・主権対策企画室」の職員が中心となって、企画立案・総合調整などを日々行っています。

「領土・主権対策企画調整室」の具体的な主な取り組みとしては、領土・主権をめぐる内外発信に関する有識者懇談会や総合調整会議、尖閣諸島及び竹島問題に関する世論調査や、「竹島ポスター展」の開催など、さまざまな活動があります。

▼参考URL:
内閣官房|領土・主権対策企画調整室
https://www.cas.go.jp/jp/ryodo/

内閣官房|領土・主権対策企画調整室「政府の取り組みについて」
https://www.cas.go.jp/jp/ryodo/torikumi/torikumi.html

領土問題についての、各省庁の取り組み

内閣官房が領土・主権に関する取り組みとして、緊密に連携をとっている主な省庁と、それぞれの取り組みの内容を解説します。

「内閣府 北方対策本部」は外交交渉を支える広報や世論の形成などを担当

「内閣府北方対策本部」は、外交交渉を支えている、国民世論の結集と、交渉の必要性などについて意識の高揚を図る広報・啓発の充実を図っています。


さらに、北方領土の返還要求運動の支援や、北方四島との交流事業などを通して、北方領土問題の解決に向けたさまざまな施策の推進を担当しています。

▼参考URL:内閣府|北方対策本部
https://www8.cao.go.jp/hoppo/

「外務省」は、諸外国へ日本の立場を丁寧に説明するなどを担当

「外務省」は、日本が抱える領土問題について、国際法の観点を踏まえて、国際社会に対して、日本の立場正しく理解されるよう丁寧に説明する役割を担っています。

領土問題が、歴史的事実と国際法に基づいて、解決されることを目指し、外交や情報発信などを中心に取り組んでいます。

▼参考URL:外務省|日本の領土をめぐる情勢
https://www.mofa.go.jp/mofaj/territory/

「文部科学省」は、日本の子どもたちへの領土に関する教育を担当

「文部科学省」は、日本の子どもたちが自国の領土について正しく理解できることを目標に、子どもの発達段階に応じた「領土に関する教育」が行われるよう、指導要領の策定などに取り組んでいます。

▼参考URL:文部科学省|学習指導要領「生きる力」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/index.htm

「防衛省」は、領土を守るための監視活動などを担当

「防衛省」は、領土の周辺の領海や領空と、その周辺海空域について安全確保に努めるとともに、周辺海域での不法侵入などが無いか、日々警戒監視活動を行っています。

▼参考URL:防衛省|わが国を取り巻く安全保障環境
https://www.mod.go.jp/j/approach/surround/

「海上保安庁」は、違法な船の侵入などを取り締まり、領海の安全を守っている

「海上保安庁」は、外国公船や、領有権に関して独自の主張を行う、いわゆる「活動家」の船舶などに対して、国際法と国内法に基づいて、冷静に、かつ、毅然として対応することで、日本の海を守っています。

▼参考URL:海上保安庁|海上保安レポート2019:特集1 我が国周辺海域の情勢と海上保安体制強化
https://www.kaiho.mlit.go.jp/info/books/report2019/html/tokushu/toku19_01.html

「国土地理院」は、領土をはっきり示した地図の作成と提供を担当

国土地理院は、離島を含む日本の領土全体の地図を作成し、内外に発信することを担当しています。

地図として表現することで、日本の領土に対する立場が対立している国だけでなく、そのほかの国に対しても、明確になるため、国土地理院も重要な役割を担っています。

▼参考URL:国土地理院
https://www.gsi.go.jp

まとめ 「領土問題」がある地域と無い地域の違い

このページでは、日本が抱える領土問題として「北方領土」と「竹島」、そして、領土問題は存在しないものの、その領有についての対立がある「尖閣諸島」についてまとめました。


また、政府の中で領土問題について特に役割がある省庁と、その省庁の取り組みなどについてもご紹介しました。

「北方領土(北方四島)」と「竹島」、そして「尖閣諸島」の3島について、領土問題として一括りにする論調もありますが、外務省の説明のように、実際には「尖閣諸島」には領土問題が存在しないといったケースもありますので、正しい情報をもとにした慎重な対応が求められます。

本記事は、2021年3月9日時点調査または公開された情報です。
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