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わかる政治経済シリーズ 第21回

法の下の平等における「違憲判決」について

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目次

違憲判決

「違憲判決」とは、法律・政令・命令・規則・処分が憲法に違反している(違憲立法)と裁判所が判断することです。「違憲立法」が確定した法律などは無効とされます。これは国会や内閣が国民の基本的人権を侵害するのを防ぐための、裁判所の「憲法の番人」としての機能です。

それでは、「法の下の平等」原則違反の「違憲判決」にはどのようなものがあるのでしょうか。以下で4つ具体的に紹介します。

その1:国籍付与制限規定違憲判決

改正前の国籍法3条1項では、日本国民である父と日本国民ではない母の間に生まれた「婚外子」について、父母が結婚し「嫡出子」となった場合は日本国籍の取得を認めていました。しかし、この規定では日本国民である父に認知されていても父母が法律上の婚姻をしていない「婚外子(非嫡出子)」である場合、日本国籍を取得することができませんでした。

このことは「嫡出子」と「婚外子」の間で日本国籍の取得について差別的な扱いをしているとして問題になりました。

これに対し最高裁は、国籍法3条1項の規定は日本国籍の取得につき、合理的な理由のない差別であると判断し、違憲判決を下しました。

その結果、2008年に国籍法が改正され、出生後に日本人に認知されていれば、父母が結婚していない場合にも届け出によって日本国籍の取得が可能になりました。

その2:婚外子相続差別規定違憲判決

民法400条4号ただし書前段は、婚姻関係にない男女の間に生まれた「婚外子」の相続分は、婚姻関係にある男女の間に生まれた「嫡出子」の2分の1としていました。たとえば、A男とB女が婚姻関係にあり二人の間にC子(嫡出子)がいるとします。さらに、A男は婚姻関係にないD女との間にもE子(婚外子)がいます。A男が死亡した際、C子にもE子にもA男の遺産を相続する権利がありますが、「婚外子」であるE子が相続できる財産は「嫡出子」であるC子の2分の1になるということです。

このことは「嫡出子」と「婚外子」を不当に異なった扱いをしていて差別であり、違憲なのでははないかと問題になりました。

これに対し最高裁は、民法900条4号の目的は法律婚や婚姻家族の尊重・保護にあるため、「婚外子」の相続分を嫡出子の半分にすることは不合理ではないとして合憲であると一旦は判断していました。

しかし、2001年にはやはりこれは「法の下の平等」の原則に反しており違憲であると決定されました。そのため2013年に法が改正され、「婚外子」の法定相続分は「嫡出子」と同等に計算されることになりました。

その3:尊属殺重罰規定違憲判決

改正前の刑法200条は、「尊属(祖父母や両親など親族で目上の人)」を殺害した場合の刑として死刑か無期懲役しか認めおらず、極めて重いものでした。それに対して普通殺人(刑法199条)は有期懲役が認められています。被害者が「尊属」であろうがそれ以外であろうが人であることに変わりはないのに、「尊属」を殺害したときのほうが重い刑が設定されていたということになります。これは「尊属」とそれ以外を異なった扱いをしていることであるとして、憲法14条の「法の下の平等」の原則に反するのではないかと争われました。


これに対し、最高裁は「尊属」を敬い大切にするというのは倫理上大切なことであるため、尊属殺人は普通殺人よりも社会的に非難されて当然であり「尊属殺人」を普通殺人より重く処罰するのは合理的であると認めました。ただし、刑が死刑か無期懲役しか認めないというのは重すぎるとして、これを憲法14条の「平等原則」に反する「違憲」なものであると判断しました。

その4:衆議院議員定数配分規定違憲判決

衆議院銀選挙、参議院議員選挙では選挙区によって有権者数と議員数の比率に大きな格差が生じています。選挙において、選挙区ごとの議員一人当たりの有権者数の差が広がると投票の価値が不平等になり「法の下の平等」の原則に反するという問題があります。

たとえば、選挙区Aの有権者数が100万人、選挙区Bの有権者数が400万人、それぞれの議員定数が2だったとします。この場合、選挙区Aでは議員一人当たり50万人、選挙区Bでは議員一人当たり200万人の有権者がいることになります。そうすると、選挙区Bでは選挙区Aに比べて、一票の価値が4分の1であることになります。どのような人の一票も等しく同じ一票の価値を持つはずであるのに、これでは格差が生じており、不平等であるという点が問題となっています。この問題は「一票の格差」や「投票価値の不平等」と呼ばれます。

1962年に初めて「一票の格差」是正を求める訴えが起こされ、それ以降国政選挙のたびに「法の下の平等」の原則に反しているとして無効選挙が主張されてきました。1972年の衆議院選挙に対して1976年に初めて「違憲判決」が出ています。

最高裁の判例によると、格差が著しく不平等であれば「違憲状態」、その「違憲状態」が合理的な是正期間を過ぎたと認められれば「違憲」であるとしています。

まとめ

以上、「違憲判決」について説明しました。

本記事は、2023年2月11日時点調査または公開された情報です。
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この記事を書いた人

2021年に公務員総合研究所に入所した新人研究員。

好きな言葉は、「つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの」

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