受刑者の恋路
刑務所にはアンコとカッパという隠語があります。男性同士の同性愛者のことで、アンコは女役でカッパは男です。刑務所は混浴のように男女が一緒に収容されることはありませんから、性欲の発露として同性愛が多くなりがちな環境ではあります。
しかし、これを許していては所内の規律・秩序に乱れが生じますので、規律違反行為として明記し、違反すれば懲罰に付します。
ある時、私はこのアンコ・カッパの関係を面白おかしく同僚と話していました。カッパがアンコへの愛情表現としてチリ紙とか石鹸をプレゼントしたことが発覚し、懲罰に付されたことを話題にして「チリ紙や石鹸がそれほど嬉しいもんかねェ」などと話していたのです。すると、それを聞いていたベテラン刑務官が厳しい顔で
「アンコ・カッパを甘く見ると、怪我するぞ」
と注意しました。
いわく、アンコ・カッパの関係にある受刑者をからかった刑務官がカッパ受刑者から襲われて大けがしたことがあるのだそうです。世間でも男女のカップルをからかうと男が飛び掛かってくることはあるでしょうから、それに似たようなものだと理解してもよさそうですが、受刑者のカッパの場合はその比ではないそうです。
また、アンコ・カッパの関係にある受刑者を見つけた場合、働く工場や部屋を別々にして接触できないようにすると、それを主導した刑務官も命を狙われたりするのだそうです。
人の恋路を邪魔する奴は恨みを買う。これは一般社会でもあることですが、塀の中では格段に増大するもののようです。
ですから、このような関係に気づいた場合には、刑務官は嘲笑したりせず、知らないふりをしていて、ほかの理由で一斉に工場再編成とか部屋替えのあるときに二人を引き離すようにします。これだと目立たないので刑務官が恨みを買うこともありません。これは、その後の刑務官生活で実際に体験しました。塀の中での色恋沙汰には要注意です。
人権とモラルのはざま
ちなみに、彼らの性欲の高まりの結果、成人向けの週刊誌などが好まれますが、このような類の本はドンドン許可されるようになってきました。昔はほとんどが不許可となり、差入れとして送られてきたものも彼らの手に届くことはなかったのですが、今ではそのほとんどがOKとなっています。世の中の風潮の変化が背景にあります。
それでも、いくら何でもこのようなものはいかがなものか、といったものがあるのですが、そのような雑誌などについては教育部門でチェックをし、閲覧を不許可にする場合は幹部まで上げて決裁を受けます。
不許可にするということは、ある意味国家が人権を侵害しかねないことですから慎重な手続を踏むわけです。
私がその幹部のポストになったとき、この決裁にはいささか閉口しました。真面目にやろうとすればするほど、そのエッチ度の強い写真などを食い入るように見詰めることになるわけで、刑務所の中で、しかも仕事としてそのようなことをすることにどうしても慣れなかったのです。
「こんな姿を奥さんとか子供には見せられないなあ」とよく思ったものです。
(小柴龍太郎)
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